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9巻

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 プロローグ


 人類の強さを試すために、あえて悪の道を突き進んだポラン教会の教皇、魔神王まじんおうとの戦いが終わって、一カ月が経過した。
 僕――クルトは同じ工房の仲間であるユーリシアさんやリーゼさん、そして娘のアクリと一緒に、僕の故郷であるハスト村に訪れていた。
 まぁ、故郷といっても、死の砂漠さばくと呼ばれていた大砂漠を村のみんなで緑化して作った町に村ごと引っ越してきているから、正確には故郷じゃないんだけど。
 ちなみにこの前来た時は、村に来てすぐにお月見をするために、ロケットで月に出かけてしまったため、こうしてハスト村でのんびりと過ごすのは久しぶりだった。
 だけれど、落ち着かない。
 その理由は――

「お義母かあさま、こちらの味付けはどうでしょうか?」
「うん、美味おいしいわよ、リーゼさん。クルトもきっと喜ぶわよ」
「ソフィさん、こっちの煮物にものもいい感じじゃないか?」
「ええ、そうね、ユーリシアさん。このまま煮込んでみましょうか。まだお芋が生茹なまゆでだからね」

 厨房ちゅうぼうで料理をしているのは、母さんとリーゼさんとユーリシアさんの三人。
 その厨房を見える位置で、僕は父さんと椅子いすに座って、料理ができるのを待っていた。
 父さんが微笑みながら口を開く。

「クルト、いい結婚相手が見つかってよかったな。しかも、お前は貴族になったから二人同時に結婚しても問題ないなんてすごいじゃないか。あ、もちろんお父さんはお母さん一筋だけどね」

 居心地の悪い理由はこれだった。
 ユーリシアさんが僕のことを、庇護ひご対象としてでも護衛対象としてでもなく、一人の異性として好きだと言ったこと。
 リーゼさんが、実はこのホムーロス王国の王女であるリーゼロッテ様で、だけど既に王族から抜けて、ユーリシアさんと同じように僕のことを好きだと言ったこと。
 そして、ユーリシアさんとリーゼさんが二人で話し合い、二人ともアクリの母親なんだから、三人で結婚してもいいと言ってくれたこと。
 そんな一連の話を、父さんと母さんが聞いていたらしい。
 そのせいで、月面で千二百年物のワインを飲んでいる時に村人中に広まり、いつの間にか、僕とユーリシアさん、リーゼさんは結婚を前提に付き合っているといううわさになっていた。

「僕……ちょっと外の風に当たってくる」

 そう言うと、椅子から立ちあがって、二階のベランダに出た。
 僕たちの工房があるヴァルハからはるか南に位置するこの場所の日差しは、ヴァルハと同じ季節の太陽とは思えないくらいきつい。

「頭を冷やして考えようと思ったけど、無理かな……洗濯物せんたくものが早くかわくのはうれしいけど」

 僕はそう言って、母さんが干した洗濯物を洗濯かごに入れてから、少し火照ほてった頭で考える。
 ユーリシアさんとリーゼさん、二人との結婚について。
 正直、二人との結婚を考えたことがないと言ったら、それはうそになる。
 何しろ、僕たち三人にはアクリという娘がいる。
 それに、二人とも優しくて美人で、二人のような素敵な女性と結婚できたら――と考えるのは男だったらよくある話だと思う。
 だが、同時に悩んでしまうこともある。

「パパ、何を考えているんですか?」

 いつの間にか現れた――転移してきたのだろう――アクリが、僕に声をかけた。

「アクリ、用事は終わったの?」
「はい、ウラノ大叔父おおおじさんがいろいろと教えてくれました。元々世界の構造について研究なさっていた方なので、今後の賢者けんじゃとうり方について、建設的な意見を頂きました」

 そういえば、ウラノおじさん――母さんの弟は、そんな研究をしてるって言ってたっけ。
 ニコッと天使のように笑うアクリだが、そのしゃべり方はもう立派な成人女性だ。
 彼女は魔神王との戦いの後、旧世界を救うために過去へと旅立ち、数千年の時を賢者の塔で生きてきた。
 だから当然といえば当然なのだが、それでも、まだ慣れないな。

「もしかして、ママたちのことですか?」
「うん……まぁ、そうなんだけど。えっと、アクリは僕たち三人の結婚について、どう思う?」
「……悩みますね」

 アクリが見せたのは、意外な反応だった。
 てっきり、すぐに賛成してくれると思ったんだけど。

「果たして、私はリーゼママとユーリママ、どちらのベールガールをすればいいのでしょうか? 二人分一緒に……というのはいささか無理がありますよね」

 違った、結婚式の演出プランについて悩んでいるようだった。

「……? もしかして、結婚したくないんですか? それとも、『僕なんかと結婚して、二人は幸せになるのだろうか?』なんて考えていませんよね?」
「そんなことはないよ。確かに前までの僕だったらそんなことを考えたかもしれないけれど――」

 魔神王との戦いが終わってから、僕は以前より少し、自分に自信を持つことができるようになった。ほとんど寝ていただけなので、なぜかはわからないけれど。

「だったら――」

 アクリはそう何かを言おうとして、首を横に振った。

「ううん、パパはきっといろいろと考えているんですよね。なら、私は何も言いません。私、お祖父じいちゃんとお祖母ばあちゃんに挨拶あいさつしてきますね」

 アクリはそう言って、ベランダから家の中に入っていく。

「ありがとう、アクリ。気を遣ってくれて……」

 僕がアクリにお礼を言うと、ちょうど家の中からお昼ご飯ができたと声がかかった。
 リーゼさんとユーリシアさんが待っている食堂に向かう。
 これ以上待たせるわけにはいかないというあせりが僕の中にあった。
 ちゃんと返事をしないといけない。
 これから始まるのは、平和になった世界を生きる僕――クルト・ロックハンスの日常の物語だ。




 第1話 クルトの埋蔵金まいぞうきん


 賢者の塔と呼ばれているが、ここは正確には塔ではなく、旧世界から新世界にエネルギーを吸い上げる管の役割をしているらしい。
 こんな代物しろものを五千年以上も昔に作ったという、クルトのご先祖様、ファーストの民は本当に偉大な人だったんだなと私――ユーリシアは常々思っていた。
 そして、私がこの賢者の塔に訪問したのは、墓参はかまいりをするためだ。
 墓といっても、墓標ぼひょうが立っているわけではない。
 ただ、眠っているだけだ。

「――本当に生きているみたいだな」

 真空状態のカプセルの中で目を閉じて動かずにいる機械人形のユーナを見て、私はそうつぶやいた。
 彼女は何千年もの間、アクリと一緒に過ごし、見守ってきてくれた私の分身でもある。
 私は彼女の前で両手を合わせ、祈りをささげた。
 本当はクルトやリーゼも連れてきたかったんだが、賢者の塔は大賢者であるアクリとその弟子しか入ることができないらしい。しかも大賢者の弟子の数は限られていて簡単に増やすことができないそうなので、私だけでの墓参りとなった。

「ユーナはもう動かないのか?」

 故障が原因だとしたら、クルトに頼めば直せるんじゃないかと疑ってしまう。
 そう思い、私はすぐ隣にいたバンダナ――クルトのかつての仲間に向かってそう尋ねた。

「再起動は可能やで? 部品にも異常はないからな。ただ、魂はそこにはない、ただの人形や。再起動したところで、そこにいるのはユーナではなく、元の意思も魂もない。だから、ユーナは死ぬ間際、再起動しないように大賢者様とうちに頼んで、息を引き取ったんや。まぁ、本当は壊してほしかったみたいやけど、塔の管理にはユーナの演算機能が必要不可欠やからな。こうして機械の身体は封印ふういん状態にして、演算機能だけ利用させてもらってるんや。死体にむちつような話やけど、そこはユーナも納得してたで」

 あっけらかんとした口調で、バンダナはそう説明する。
 彼女もアクリとともに過去の世界に渡った一人だ。アクリのような精霊でも、ユーナのような機械でもない彼女は、定期的に身体を封印することで、ここまで生き永らえてきた。
 そして今では、アクリから一時的に塔の管理を引き継いでいるのだ。
 バンダナ、アクリ、そしてユーナの三人の関係性はいまいちわからないが、死体を利用しているというよりも、ユーナの意志を継いでいるといったように見える。
 最初はクルトを利用していた嫌な奴としか思えなかったバンダナだが、アクリを見守ってきてくれた彼女の言葉は、とても優しそうに聞こる。
 かつてクルトが所属していた冒険者パーティ「炎の竜牙りゅうが」の中でクルトをないがしろにしてきたことは許せないけど。
 バンダナは、自分は大賢者であるアクリのことを誰よりも大事に思っているのに、アクリが自分よりクルトのことを大切に思っていると知って、軽い嫉妬しっとから嫌っていたらしい。これは彼女の口から聞かされたことだ。
 確かに、こいつが本当にクルトの味方であろうとするのなら、アクリの知る歴史をなぞる必要があったとしても、もっと別のやり方もあっただろう。

「なんや、にらまんといてぇな。クルのことは確かに嫌いやって言ったけど、でも、それは認めているからっていうのもあるんやで? 何しろ、偉大なるファーストの民の末裔まつえいなんやから」
「ファーストの民ね……新世界を作るために人工的に作られた人造人間……だっけ? 古代人によって、新しく移住する世界を整備するために作られ、本来だったらそのまま使い捨てられるはずだった種族。確かにクルトの人間離れした力は――」
「それ、嘘やけどな」
「普通にはあり得ないと思ったけど……今、何て言った?」

 私が尋ねると、バンダナはケタケタと笑いながら言った。
 まるで私を揶揄からかっているかのような。

「だから、ファーストの民が古代人によって作られたってのは嘘や。彼らは普通に暮らしとった人類の一部やで。新世界を作って人類に移住してもらうって時に、うちと大賢者様がそういう設定にしたんや」
「な、なんでそんなことを?」

 バンダナは冗談でそんなことをしたかもしれないが、アクリが理由もなしにそんなことをするとは思えない。

「考えてもみいや、クルたちみたいな万国びっくり人間が人知れず生活しておって、それが一緒に新世界に行くなんて、一部の人間からしたら恐怖でしかないやろ? なにしろ、過ぎたる文明によって生み出された禁忌きんきの怪物が、今にも自分たちの世界を滅ぼそうってしてるんやからな。そやから、人間に完全に管理されている超人類を生み出した――といううそで、民衆を納得させるしかなかったんや。ファーストの民なんていうのも、ちょうどハスト村と語呂ごろが似てたからうちらがそう呼んだだけで、最初から村の名前はハスト村やったで?」

 私は頭が痛くなった。
 魔王を倒したと思ったら、第二の魔王が現れて、しかもその倒し方が全然わからない勇者の気分だ。

「……じゃあ、ハスト村の人間って何者なんだ?」
「さぁ? そんなんうちが知ってるわけないやん。大賢者様はもちろん、旧世界のハスト村に住んでた本人たちもわからんのに」

 一瞬、こいつを本気でぶんなぐってやろうかと思った。
 くそっ、もしもクルトたちハスト村の住民が人工的に作られたのだとしたら、その方法を聞き出そうと思ってたのに。そしたら、自分の能力を把握した時に意識と記憶を失うとか、出産時にリスクが高くなるとかいう病気(?)も治せるはずだったんだが……そういうハスト村の住民の病気(?)も最初からだったらしい。

「でも、もしかしたら、旧世界の教会にある世界図書館なら、そういう情報もあるかもしれんな」
「世界図書館?」
「文字通り、世界中の書物が集められた図書館や。その数は数百億とも数千億とも言われとる」
「いや、待て! なんだ、その出鱈目でたらめな数字」

 本って、少なくとも一冊で銀貨数枚、下手したら金貨で取引されるほど貴重なものだろ? しかも一冊の本を作るのに膨大ぼうだいな時間が必要になる。
 それを数千億冊も保存?
 私のいる世界の最大の図書館でも、蔵書数は数万冊程度だったはずだ。

「出鱈目やあらへんで? 古代文明の識字率しきじりつは九割を超えとる。食料供給率も高く、えて死ぬ人間なんてまずおらへんかった時代やからな。当然、食欲が満たされたら、人間は娯楽ごらくを求める。その矛先ほこさきの一つが本や。知識欲やのぉて、物語とかそういうのが主流やけどな。製紙技術も印刷技術も新世界とは全然違う。毎日、数え切れない本が出版されとるんや。ちなみに、この塔の下の階層にも、大賢者様が退屈せぇへんように、十万冊以上の本が保管されとるで? もう全部読んでもうたみたいやけど」
「そうなのか? でも、紙って五千年も風化せずに……封印があるのか」

 人間や動物を魔法晶石まほうしょうせきに封印して寿命を延ばしたように、本も同じように封印すれば、風化する心配もないのだろう。

「正確には真空保存らしいけどな……似たようなもんや」
「真空……? あぁ、ユーナにほどこしてるって言ってたな、その封印。どういう意味――いや、それより、その世界図書館にハスト村の住民に関する情報があるのか?」
「世界図書館には、教皇と教皇が認めた人間しか入ることができない、教皇の書庫ってのがあってな。たとえば、禁忌の怪物を生み出した研究資料なんかが保管されとる。ファーストの民は人工的に生み出した民であると教皇が宣言した時点で、そのファーストの民に関する情報は極秘扱いになるから、当然、その資料は教皇の書庫に保管されとるやろうな。そして、そこも真空保存しとるから、何事もなければ今もその資料は残っとるはずや」

 バンダナの言っていることが今度こそ事実なら、確かに世界図書館に行けばクルトの秘密がわかるかもしれない。
 だが、旧世界の状態は全くわからないからな。
 旧世界があるという塔の下を見下ろしてもきりおおわれていて、地上がどうなっているか全くわからない。
 旧世界の世界図書館に行くのは不可能ということだ。

「じゃあ、私は戻るよ」

 墓参りに来ただけなのに、こんなに疲れるとは思わなかった。

「ああ、大賢者様によろしゅう伝えといて。あ、それと今度来る時は、クルの作った差し入れと保存食、忘れんようにな」
「わかったよ」

 私はうなずくと、一時的にアクリに代わって賢者の塔の管理をしてくれているバンダナに、少し頭を下げたのだった。


 賢者の塔から帰った私は、翌日、可及的速やかに解決しないといけない事態に直面した。
 リーゼがかじを取り、その事態を解決するために必要な人間を工房の会議室に招集した。
 第三席宮廷魔術師のミミコ、工房主アトリエマイスターオフィリア、アクリ、そしてハロハロワークステーションのヴァルハ支部長であるキルシェルに私を加えた五人だ。

「あの……なんで私が呼ばれてるのでしょうか?」

 元王女に宮廷魔術師、工房主アトリエマイスターという錚々そうそうたるメンバーがそろっているこの場において、キルシェルが震えるように尋ねたが、私はそれを無視した。

「それで、ユーリシアちゃん、大変な事態っていうのはなに?」

 ミミコが手を挙げて尋ねてくる。このメンバーを見て、ただごとではないことは彼女も察したようだ。

「それは私から説明します。今からお配りする資料をご覧ください」

 そう言って、リーゼは私を含む全員に資料を配布した。
 私はあらかじめこの書類を読んで内容を知っているのだけれども、正直何も知らずにいたかった。
 その資料には、数字が羅列られつされている。

「皆さんは、半年前、王都においてお父様――国王陛下へいか御用達ごようたしの商会を立ち上げ、そこでクルト様の商品をおろして販売しているのはご存知ですよね?」

 リーゼの問いに、キルシェルを除く全員が頷いた。
 キルシェルは、「ふぇ? いつの間にそんなことになっていたんですかっ!?」と言いたそうな顔をしているが、話の腰を折るのが嫌なのか黙っていた。

「もちろん、クルト様が直接作れば国宝級の物しか出来上がりませんし、値段もつけられません。そのため、クルト様にはレシピだけを提供していただき、提携している村で作ったワインを主商品としつつ、一部の化粧品けしょうひんの販売を行ってまいりました」

 あくまで、クルトに自信を付けさせるために行ってきた。
 クルトが考えた物がこれだけみんなに受け入れられている、そう伝えるために。
 しかし――

「最初のページに書かれているのは、その収支報告書になります」

 そこには、庶民しょみんなら一生見ることがないであろう数字が羅列されている。
 だが、それはあくまで庶民なら――の話だ。
 工房主アトリエマイスターオフィリアであれば、大きな仕事を終えればこのくらいの報酬がもらえるし、宮廷魔術師のミミコもそのくらいの金額を管理させられることがある。

「あ、あの……これが半年分の収支報告だとするのなら、あまりにも……その人件費が安すぎませんか?」

 キルシェルが恐る恐る尋ねた。

「そういえばそうだな。仕事のほとんどをファントムに任せているのか?」

 オフィリアが不思議そうに尋ねた。
 商会の警備に、ミミコはファントムの一部を貸し出している。
 諜報員ちょうほういんとして教育を受けた彼女たちは、戦いだけでなく、潜入せんにゅうのプロでもあり、当然、店の従業員として働くこともできる。
 そして、その報酬は王家の予算から支払われているので、給与を支払う必要がない。
 人件費を抑えられることこの上ない。
 しかしリーゼは首を横に振った。

「いいえ、ファントムの皆さんには裏からの警備に集中していただくため、表の警備や接客は普通にやとっている人に行ってもらっています。もちろん、高等教育を受けた優秀な方を厳選しております。そのため、かなりの額の給与を支払っておりますわよ?」

 最初の頃はファントムにも従業員として働いてもらっていたが、現在は主に他の商会や他国からのスパイの捕縛ほばくに専念してもらっている。そして現在でも、週に数人は捕縛されている。

「では、この給与は?」
「そもそも、キルシェルさんの勘違いですね。これは半年分の売り上げではございません。一日分の売り上げです」
「ふぇぇぇぇぇぇっ!?」

 そう言った時、驚きの声を上げたのはキルシェルだけだったが、ミミコもオフィリアも驚きを隠せていなかった。
 彼女たちは直接、クルトの商会を見たことがあるので、キルシェルのように半年分の売り上げなどとは勘違いしていなかったはずだ。しかし、それでも一週間分くらいはあるだろうと思っていたに違いない。

「しかも、その金額はあくまで店の売り上げなんだよ。ワインや化粧品の中でも高品質なものは、週に一度、オークションで販売されてる。その額は次のページに書かれてる」

 私はそう言って、紙をめくらせる。
 そこには、目を覆いたくなるような大金が書かれていた。それこそ、大都市の予算規模の数十倍の売り上げになっている。

「ミミコ、知っていたのか?」
「ある程度はね……本当はもう少し安く売りたいんだけど、他の商会からこれ以上値段を下げないでって言われているのよね」

 クルトのワインを飲んだ人は、口を揃えて「これを飲んだら他のワインを飲めなくなる」と言う。
 それほど美味しいという表現であるのだが、実際にクルトのワインを飲むために節約をし、それ以外のワインを一切飲まなくなった貴族が何人かいた。
 そのため、クルトのワインの値段が下がって顧客層が広がれば、同じような貴族が現れかねないから、値段を下げないでほしい――と要望があったそうだ。
 化粧品も似た感じになっている。
 同様の理由で、販売数を増やすこともできず、結果としてクルトのワインや化粧品の希少性がさらに上がり、オークションでの値段がつり上がったのだ。

「それで、ユーリシアちゃん、私たちが集められた理由を教えてくれない? 店の売り上げは確かに凄いけど……ねぇ、クルトちゃんの貯金、今いくらあるの?」
「最後のページを見てくれ」

 途中にも膨大な商会の資料があるのだが、それらを飛ばして私は最後のページを見せた。
 現在の商会の、つまりはクルトの資産である。
 その金額は――既に国家予算の数倍にもふくれ上がり、誰にも使われることなくもれていた。
 差し詰め、クルト埋蔵金だ。


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