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第六章
ワイン造り始めました(その4)
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村はその日、祭り騒ぎだった。
久しぶりの葡萄の収穫作業だ。
たとえ自分たちの葡萄ではなかったとしても、村人にとっては歓喜の瞬間であった。
しかも、葡萄の収穫を手伝ったということでリーゼ太守代理から僅かながらの手当てと、何百本というワインが進呈された。
「村長さん、ごめんなさい。全部、飲みさしばかりで」
そう言って俺に声を掛けたのはこの宴会の主役ともいえる、ロックハンス士爵だった。
「飲みさしですか?」
「はい。これ、全部リーゼさんが用意してくれたんですが」
ロックハンス士爵は語った。
この村のワインではなかったが、ロックハンス士爵のワインの勉強のために、リーゼ太守代理が用意したものらしい。
ロックハンス士爵は酒にはあまり強くないらしく、そのためワインが大量に余ってしまったため、在庫処理に付き合ってほしいと言われた。
確かにワインは一度開封した跡がある。
つまり、在庫処分というわけか。
「そういうことなので、遠慮なく呑んで下さい。僕は下戸なのであまり飲めませんが。えっと、今夜は無礼講だそうなので」
ロックハンス士爵はそう言うと、他のところに挨拶に言った。
それなら遠慮することなくワインを頂こう――そう思ったのだが。
「お、おい、村長。これ……」
「なんだ?」
「ロイヤルローズだ」
「は? ロイヤルローズ?」
何言ってるんだ? ロイヤルローズって言えば東部にある王家の荘園で王家に納めるためだけに使っているワインだろ?
過去に数回市場に出回ったことがあるが、一本で豪邸が建つような値段がついたっていう幻のワインだ。
そんなものがこんなところに――と俺は持ってきた瓶を見た。
確かにロイヤルローズと書いている。去年納められたものらしい。
「少し入れてくれ」
俺のグラスに赤いワインが注がれる。
香りとともに、一口飲んでみた。
一年目のワインのため、若いが、それでもこの芳醇な香りは俺の知っているワインとは格が違う。
当然、俺は本物のロイヤルローズのワインなんて知らないが、しかし偽物であったとしてもこのワイン、一体金貨何百枚支払って手に入るものなのか。
改めて俺は他のワインの瓶を見た。
名を知る者は数多いても、口にする者はほとんどいない高級ワインのオンパレード。かと思えば、安酒場に置いてあるような大衆ワインもあるもんだからどう判断していいかわからない。
まるで金に糸目を付けず、できるだけ多くの種類のワインを集めましたという感じだ。
「なんなんだこれは」
目録があったら見てみたい。
しかも、こんな高級ワインを一口だけしか飲まないだと?
ワインは一度開封すると数日で味が落ちてしまう。
「くそっ、もったいない。一体このワインはいつ開けたんだ!」
俺はそう言って近くにあった高級ワインをグラスに注ぐ。
本来ならロイヤルローズの香りで満たされた口の中に他のワインを注ぐような真似はしたくないが、どれも捨てるには惜しいワインばかりだった。
「……うまいな」
最近開けたものなのか、風味が落ちたような感じはしなかった。
他の奴に聞いても、やはりワインの質には問題がないという。
これを全部、ロックハンス士爵が試飲したのだとすれば、彼は僅か数日でこの何百本というワインを飲んだことになる。全部グラス五分の一程度しか飲まれていないが、それでもかなりの量だ。
一日ワインの瓶数十本分は飲んでいる計算になる。
「何が下戸だ。蟒蛇じゃないか」
そう呟く俺の前には空になったワインの瓶が数本転がっていた。
高級ワインばかりだと思って、かなりハイペースで飲んだらしい。
既に夜も更け、子供たちは寝て、広場で残っているのは酔っ払いたちだけだ。
俺はまだ残っているワインの瓶を二本持って、ロックハンス士爵のところに向かった。
大丈夫だ、まだ真っすぐ歩けている。酔ってはいない。
「あぁん、クルト様、飲み過ぎてしまいました。あら、クルト様、今日は筋肉が一段と逞しい」
「リーゼさん、それは樽ですよ。本当に飲みすぎちゃったんですね」
どうやら、リーゼ太守代理は飲み過ぎてダウンしてしまったらしい。
「ロックハンス士爵、少々よろしいですか?」
「あ、村長さん。なんですか?」
「少しこの村の儀式がありまして。飲み比べ、してみませんか?」
「飲み比べですか? でも、僕、お酒はあまり強くありませんよ」
「ははは、ご謙遜を」
ネタは既に上がっていると、俺はそう言ってワインを一本、ロックハンス士爵に渡した。
「村で一番の漢を決める儀式です。是非ご参加を」
「村一番の漢ですか……わかりました。不肖ながら参加させていただきます」
俺とロックハンス士爵が勝負をするということで、残っていた連中が集まりだした。
「ではどちらが早く飲み終えるか勝負です」
「え!? 瓶のまま飲むんですか!? さすがに一気に飲んだら体を壊してしまいます!」
「え? あぁ……それじゃ、どちらが最後まで倒れずに飲めるかでいいですか?」
「それなら。あ、でもお酒ばかりじゃなくて料理も一緒に楽しんで下さいね。一応、肝臓にいい料理を用意してますから」
料理を用意?
そう言えば、目の前には見たこともない料理が並んでいた。
いつの間に用意させたんだ、この人は。
というか、食事と一緒にワインを楽しむって、それは飲み比べじゃなくてただの飲食になってしまうのだが。
まぁ、どうでもいいか。
俺はただ、ロックハンス士爵と一緒に酒を飲みたかっただけなのだから。
そうして、勝負(?)は始まった。
終わった。
ロックハンス士爵、まさかワインを一本ちょうど飲み終えたところで倒れた。
本当に下戸だったのか……少し悪いことをしたな。
そう思ったとき、ロックハンス士爵は突然立ち上がって言った。
「一番、クルト・ロックハンス! ワイン酒房を造ります!」
突然そんなことを宣言して、倉庫の隣でなにか土を掘りだした。
完全に酔っぱらっているらしい。
ただ、酔って土を掘る奴なんて初めて見た。
「はは、面白い貴族様だ! おい、野郎ども! 士爵様がワイン酒房を造り終える前に、俺たちが瓶を空にしちまうぞ!」
『おぉぉぉぉっ!』
こうして、俺たちは宴会を再開した。
そして――翌朝。
なんか知らんが、見たこともない建物が倉庫の横にできていた。
久しぶりの葡萄の収穫作業だ。
たとえ自分たちの葡萄ではなかったとしても、村人にとっては歓喜の瞬間であった。
しかも、葡萄の収穫を手伝ったということでリーゼ太守代理から僅かながらの手当てと、何百本というワインが進呈された。
「村長さん、ごめんなさい。全部、飲みさしばかりで」
そう言って俺に声を掛けたのはこの宴会の主役ともいえる、ロックハンス士爵だった。
「飲みさしですか?」
「はい。これ、全部リーゼさんが用意してくれたんですが」
ロックハンス士爵は語った。
この村のワインではなかったが、ロックハンス士爵のワインの勉強のために、リーゼ太守代理が用意したものらしい。
ロックハンス士爵は酒にはあまり強くないらしく、そのためワインが大量に余ってしまったため、在庫処理に付き合ってほしいと言われた。
確かにワインは一度開封した跡がある。
つまり、在庫処分というわけか。
「そういうことなので、遠慮なく呑んで下さい。僕は下戸なのであまり飲めませんが。えっと、今夜は無礼講だそうなので」
ロックハンス士爵はそう言うと、他のところに挨拶に言った。
それなら遠慮することなくワインを頂こう――そう思ったのだが。
「お、おい、村長。これ……」
「なんだ?」
「ロイヤルローズだ」
「は? ロイヤルローズ?」
何言ってるんだ? ロイヤルローズって言えば東部にある王家の荘園で王家に納めるためだけに使っているワインだろ?
過去に数回市場に出回ったことがあるが、一本で豪邸が建つような値段がついたっていう幻のワインだ。
そんなものがこんなところに――と俺は持ってきた瓶を見た。
確かにロイヤルローズと書いている。去年納められたものらしい。
「少し入れてくれ」
俺のグラスに赤いワインが注がれる。
香りとともに、一口飲んでみた。
一年目のワインのため、若いが、それでもこの芳醇な香りは俺の知っているワインとは格が違う。
当然、俺は本物のロイヤルローズのワインなんて知らないが、しかし偽物であったとしてもこのワイン、一体金貨何百枚支払って手に入るものなのか。
改めて俺は他のワインの瓶を見た。
名を知る者は数多いても、口にする者はほとんどいない高級ワインのオンパレード。かと思えば、安酒場に置いてあるような大衆ワインもあるもんだからどう判断していいかわからない。
まるで金に糸目を付けず、できるだけ多くの種類のワインを集めましたという感じだ。
「なんなんだこれは」
目録があったら見てみたい。
しかも、こんな高級ワインを一口だけしか飲まないだと?
ワインは一度開封すると数日で味が落ちてしまう。
「くそっ、もったいない。一体このワインはいつ開けたんだ!」
俺はそう言って近くにあった高級ワインをグラスに注ぐ。
本来ならロイヤルローズの香りで満たされた口の中に他のワインを注ぐような真似はしたくないが、どれも捨てるには惜しいワインばかりだった。
「……うまいな」
最近開けたものなのか、風味が落ちたような感じはしなかった。
他の奴に聞いても、やはりワインの質には問題がないという。
これを全部、ロックハンス士爵が試飲したのだとすれば、彼は僅か数日でこの何百本というワインを飲んだことになる。全部グラス五分の一程度しか飲まれていないが、それでもかなりの量だ。
一日ワインの瓶数十本分は飲んでいる計算になる。
「何が下戸だ。蟒蛇じゃないか」
そう呟く俺の前には空になったワインの瓶が数本転がっていた。
高級ワインばかりだと思って、かなりハイペースで飲んだらしい。
既に夜も更け、子供たちは寝て、広場で残っているのは酔っ払いたちだけだ。
俺はまだ残っているワインの瓶を二本持って、ロックハンス士爵のところに向かった。
大丈夫だ、まだ真っすぐ歩けている。酔ってはいない。
「あぁん、クルト様、飲み過ぎてしまいました。あら、クルト様、今日は筋肉が一段と逞しい」
「リーゼさん、それは樽ですよ。本当に飲みすぎちゃったんですね」
どうやら、リーゼ太守代理は飲み過ぎてダウンしてしまったらしい。
「ロックハンス士爵、少々よろしいですか?」
「あ、村長さん。なんですか?」
「少しこの村の儀式がありまして。飲み比べ、してみませんか?」
「飲み比べですか? でも、僕、お酒はあまり強くありませんよ」
「ははは、ご謙遜を」
ネタは既に上がっていると、俺はそう言ってワインを一本、ロックハンス士爵に渡した。
「村で一番の漢を決める儀式です。是非ご参加を」
「村一番の漢ですか……わかりました。不肖ながら参加させていただきます」
俺とロックハンス士爵が勝負をするということで、残っていた連中が集まりだした。
「ではどちらが早く飲み終えるか勝負です」
「え!? 瓶のまま飲むんですか!? さすがに一気に飲んだら体を壊してしまいます!」
「え? あぁ……それじゃ、どちらが最後まで倒れずに飲めるかでいいですか?」
「それなら。あ、でもお酒ばかりじゃなくて料理も一緒に楽しんで下さいね。一応、肝臓にいい料理を用意してますから」
料理を用意?
そう言えば、目の前には見たこともない料理が並んでいた。
いつの間に用意させたんだ、この人は。
というか、食事と一緒にワインを楽しむって、それは飲み比べじゃなくてただの飲食になってしまうのだが。
まぁ、どうでもいいか。
俺はただ、ロックハンス士爵と一緒に酒を飲みたかっただけなのだから。
そうして、勝負(?)は始まった。
終わった。
ロックハンス士爵、まさかワインを一本ちょうど飲み終えたところで倒れた。
本当に下戸だったのか……少し悪いことをしたな。
そう思ったとき、ロックハンス士爵は突然立ち上がって言った。
「一番、クルト・ロックハンス! ワイン酒房を造ります!」
突然そんなことを宣言して、倉庫の隣でなにか土を掘りだした。
完全に酔っぱらっているらしい。
ただ、酔って土を掘る奴なんて初めて見た。
「はは、面白い貴族様だ! おい、野郎ども! 士爵様がワイン酒房を造り終える前に、俺たちが瓶を空にしちまうぞ!」
『おぉぉぉぉっ!』
こうして、俺たちは宴会を再開した。
そして――翌朝。
なんか知らんが、見たこともない建物が倉庫の横にできていた。
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