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7巻

7-3

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「このあたりの地図ってありますか?」
「ああ、そうだったわね。地図は――」
「ソフィ、僕が取ってくるよ」

 ソフィが立ち上がろうとすると、ニコラスが笑顔で止めて二階に上がった。
 そんなニコラスを見て、ソフィは苦笑する。
 すぐにニコラスが戻ってきて、周辺の地図を見せてくれた。
 さすがに周辺国まで描いている地図はないようだ。

「どう思います?」

 それを見て、リーゼが小声で私に意見を求めてきた。

「私たちは剣聖の里には転移で行ったから、周辺の地理には詳しくないが……南に大砂漠、東に大森林――ということは魔領だと思う」
「やはりそうですわね。少なくとも、クルト様がハスト村があると言っていたシーン山脈ではありませんわよね」
「ああ。もしかしたら、過去じゃなくて、現代のハスト村に転移したのかとも思ったが……そうではないらしいな」

 ひそひそと話す私たちに、ソフィが心配そうに尋ねてくる。

「大丈夫?」
「え……えぇ、大丈夫です。ちょっと思ったより遠くに来ていたようで」

 私はそう言って苦笑し、紅茶を飲んだ。
 ヒルデガルドの話では、時間が経てば元の時代に戻れるそうだから、予定通りの仕事はしておくか。
 私たちが調べるのは三つ。
 シーン山脈にあったハスト村がなぜ消滅したのか?
 大賢者とは何者なのか?
 そして、時の大精霊――アクリはどうして生まれたのか?
 もっとも、「あなたの村はこれから消滅するみたいですが、なぜですか?」なんて馬鹿みたいな質問はできないし……さて、なんと質問したらいいものか。

「あの、聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 私が言いあぐねていると、リーゼが口を開いた。
 腐っても、さすがは第三王女だ。
 政治の話をすることも多いだろうし、私なんかより、リーゼの方が的確な質問を――

「この村に、クルトという男の子はいらっしゃいますか?」
「なにバカな質問をしてるんだっ!」

 私は思わずリーゼの頭を引っぱたいていた。
 リーゼは恨みがましくこちらを見ると、小声で抗議してくる。

「なにをしますの、ユーリさん!」
「なにをするは私のセリフだ!」
「だって、ここが過去のハスト村ということは、子供のクルト様がいるかもしれないではありませんか。十五歳であの可愛さですよ。幼き日のクルト様は絶対にかわいいに決まってます」
「それは否定しないが、聞き方ってもんがあるだろ!」

 確かに、確かに私も気になる。
 子供のクルトなんて、絶対に天使のような子供に決まっている。
 見たい、見てみたい。
 だが――

「クルト? いや、そんな男の子はこの村にはいないな」

 ニコラスの返事は、そんな残念なものだった。
 クルトがいない……ということは、ここはクルトが生まれるより前の時代なのか。

「もしかして、その子を探して旅をしているの?」
「あぁ、いえ、クルトっていうのは私の国に伝わる英雄の名前で、そのモデルとなった人がこのあたりに住んでいるといううわさを聞いたような聞かなかったような、そんな感じなんです」
「そうなの? でもそんな凄い人がいたら、ぜひお目にかかりたいわね」

 ソフィは笑顔で頷いた。
 ふぅ、なんとか誤魔化せたな。
 そうだ、この話の流れで――

「この村に、そういう伝説とかいろんなことを知っている人はいませんか? 賢者とか呼ばれていそうな人とか」

 私はそう言って、大賢者について聞くことにした。

「賢者か。といっても、ここは何もない村だからな。面白い研究をしている人ならいるけれど」
「面白い研究? どんな研究ですの?」
「この世界そのものについての研究だよ――そうだな、これを飲み終わったら案内するよ」

 ニコラスはすっかりぬるくなった紅茶に角砂糖を一つ入れながら、笑ってそう言った。
 なるほど、世界そのものの研究か。
 私は一度、大賢者と顔を合わせたことがあるのだが、自らを大賢者と名乗る彼女らしいな。


「そういえば、その人はどんな女性なんですか?」

 紅茶を飲み終え、案内してもらっている途中、私はそう尋ねてみる。

「え? 男だよ、あの子は」

 しかしニコラスの答えは、予想外のものだった。
 それはつまり、私が顔を合わせた彼女に会えるわけではない、ということだ。
 内心ガッカリするが、ここで引き返すわけにはいかない。
 なぜなら、私はまだ、大賢者と会っていない――ということになっているからだ。
 少なくとも、リーゼにはまだ話したくない。
 私が大賢者と会って、彼女と話した内容を。

「はぁ……」

 私は大賢者との会話を思い出し、ため息をついた。

「どうしました、ユーリさん。緊張しているんですか?」

 リーゼが私のため息を曲解して捉え、小声で尋ねてきた。

「……あぁ、そんなところだ」
「仕方ありませんわ。大賢者といえば、私のお母様とユーリさんのおばあ様にも関係があるようですから。普通に考えればこの時代に生きているとは考えにくいですが、大賢者が人間とは限りませんし、先祖代々記憶を引き継いできたという工房主アトリエマイスターヴィトゥキントの例もございますから、一概に否定はできませんわ」
「そうだな」

 私は頷きながら考えた。
 大賢者は私に言った。
 私、ユーリシアは千二百年以上も前から大賢者の弟子なのだ、と。
 私はそれを聞かされた時、運命論みたいなものだと思って一笑に付したが、こうして実際に過去にやってきてみると、私が今から大賢者の弟子になる可能性が高いと一瞬思ったのだ……まぁ、その予想は外れたわけだけど。
 そうだ、この世界について研究しているというのなら、相手が大賢者ではないとしても、私たちの知らない別の何かについて知っているのかもしれない。
 歩くことしばし、私たちは村のはずれの、建物らしきものもない場所まで来た。

「その研究者の家は遠いんでしょうか?」

 リーゼが少し不安そうに尋ねる。
 ニコラスは悪人には見えないが、しかしハスト村の住人だ。
 常識知らずだから、もしかしたらここから歩いて十時間――とか言われても困るよな。

「いや、もうここだよ」

 ここ?
 しかし、目の前には大きな岩があるほかは何も見えない。

「この岩があいつの研究所の入り口さ。ほら、ここに三つの突起があるだろ? これを順番に押すと――」

 ニコラスが三つの突起を合計七回押すと、岩の側面に切れ目が入り、扉のように開いた。

「と、このように開くんだよ。驚いた?」

 私たちは同時に頷いた。

「うん、そうだよね。田舎じゃ全員見知った仲だから、建物に入る番号を全員知ってるんだ」

 ニコラスは笑って言った。
 驚いたってそっち? このかぎの仕組みじゃなくて?
 まるで、「うちは田舎だから、村人全員、鍵をかける習慣がないんだ」みたいな言い方だった。
 本当にクルトと同じノリだ。

「あの、ニコラスさん。少し気になるんですけど、村の人の中で、急に意識を失う人とかいませんか? 丸一日寝込んで、でも翌日には何事もなかったかのように目を覚まして、なぜか意識を失ったその日の記憶がない……みたいな」

 私が尋ねると、ニコラスは笑顔で頷く。

「知ってるの? このあたりの風土病? って言うのかな。多い時だと年に、二、三回起こるよ。僕たちにも原因がわからなくてね」

 なるほど、クルトが自分の能力について自覚したら意識を失うのは、あいつだけの特異体質かとも思っていたけれど、やっぱり村人全員が同じなのか。
 まぁ、ニコラスたちの様子を見るとそうだよな。

「もしかして、ユーリシアさんはその原因に何か心当たりがあるのかい?」
「いえ、このあたりでたまに発症する病気としか。治療法があれば知りたいと思いまして」

 私はそう言葉をにごす。

「そっか……残念だ。残念だけど治療法は僕たちにもわからないんだ。どんな薬も効かなくてね」

 彼はそう言って、岩戸の中に入っていく。
 中は階段になっていて地下に続いていた。
 少し薄暗いが、地獄じごくの底に続いているような恐怖はなく、まるで未知の世界に続いているような不思議な感覚におちいった。
 足取りが軽い。
 いや、足取りだけじゃなく、胸も軽くなったような……ん?

「なんで胸が軽くなるんだ?」

 私は下を見る。胸がしぼんでしまったわけではない。

「確かに私も胸が軽くなった気がしますわ。これはいったい」

 リーゼの胸が軽いのは元からだろうとか、そういうことを言っている場合ではなさそうだ。
 胸だけではなく、体全体が軽くなっている。

「あぁ、このあたりはGが小さくなってる――というより、反重力が働いているからね。もう少ししたら完全な無重力状態になるから、手すりを持っていてね」
「無重力?」
「わかりやすく言うと、水中にいるのと同じ状態って感じかな? 厳密にはちょっと違うし、呼吸もできるけど、感覚として一番近いのはそれだと思う。重い荷物を運ぶ時とか便利に思えるけど、定期的に魔法晶石に魔力を補給しないといけないから、やっぱり不便だよね」

 いやいやいやいやいやいや、不便とか便利とかそういう次元じゃないから。
 無重力という言葉の意味はよくわからないけれど、これってつまり、空を飛ぶことができる魔道具ってことだろ?
 空を飛ぶ魔道具については、これまで多くの研究者、工房主アトリエマイスターが作成を試みては失敗し続けてきた。それを千二百年も前に既に完成させていたというのか。
 もっと詳しく聞きたくてニコラスを見ると、彼は何かを察したような表情になった。

「ごめん、気付かなかったよ。スカートをはいている女性に無重力の場所は辛いよね」

 察するところが全然違う!
 ただ、そういう気遣いができるところは、少しクルトに似ている気がする。

「ちょっと待って」

 ニコラスはそう言うと、持っていたかばんから裁縫さいほうセットと糸の束――というよりかたまりを取り出した。
 なんで裁縫セット? と思っていると、ニコラスは一瞬にしてスカートの下に穿くためのショート丈のレギンスを作った。手の動きがまるで見えなかった。
 普通、服を作る時は糸から機織はたおりり機で布を織って、それを型紙に合わせてって、って作るものだ。糸から直接作るものではない。

「男の僕が作ったもので申し訳ないけど、これを穿いてよ。僕は後ろを向いてるから」

 彼はそう言って私たちにレギンスを渡した。
 糸から直接作ったためか、布の縫い目がどこにも見つからない。
 当然、穿き心地は申し分がない。
 見ただけでサイズを把握されるのは少し恥ずかしいが。

「ありがとうございます。あ……でも、対価として渡せるお金が……」

 リーゼが申し訳なさそうに言った。
 こちらは無一文というわけではないのだが、持っているのはこの時代から千二百年後の貨幣。この時代に使えるとは思えない。
 金貨なら鋳潰いつぶせば……と思うかもしれないが、ハスト村はミスリル鉱石を屑石くずいしとして捨てているような村らしい。当然、きんの価値も高くはないだろう。

「ははは、そんな急ごしらえのものにお金なんてもらえないよ。というより、この村ではあまりお金は使わないからね」

 ニコラスは私たちに背を向けたまま笑って言った。
 急ごしらえというけれど、百年穿いても擦り切れない品質は保証されていてもおかしくない。
 とはいえ、ここでお金を渡そうとして変に思われても困るし、ありがたく受け取っておこう。
 レギンスを穿き終えてから、さらに先に進むと、完全に体から重さという概念が失われた。
 水の中なら上下の感覚は残っているが、今は上下の感覚どころか左右も含めて曖昧あいまいになっている。
 目を閉じて動いた結果、壁を歩いていたとしても不思議ではない。いや、もはや歩くという感覚が正しいかどうかすら微妙だ。
 私たちは手すりを頼りに奥に向かう。
 すると遠くから、輝くような明かりが見えてきた。
 少なくとも蝋燭ろうそくやランプなどのかすかな光ではない。
 魔法晶石による照明とも違う気がする。
 まるで太陽の光のような――でもこんな地下に?
 まぁ、ハスト村だし、太陽の光が差し込む地下空間があっても不思議ではないか。
 そう思ったが、やっぱりというか、私の予想は簡単に裏切られることになった。
 なぜなら、その先に広がる大きな部屋――そこに小さな太陽そのものがあったのだから。
 私はその光景に圧倒された。

「なんだ、これ……?」

 やみの空間に、巨大な火の玉が浮かんでいる。
 丸い火の玉なのに、それが太陽であると頭の中で理解できる。
 その周囲に浮いている、太陽よりはるかに小さな球体はいったいなんだ?
 夜空に輝く星々を模しているのだろうか?
 太陽の下にある魔道具も気になる。あれが無重力を発生させている道具なのだろうか。
 そう思っていると、ニコラスがその答えを教えてくれた。

「この小さな玉がこの世界だよ」
「え? この小さい玉が!?」
「この世界ですのっ!?」

 ニコラスの説明に、私とリーゼは思わず声を上げた。
 私たちの常識では、世界は平面であると言われている。
 実際のところ、これまでの歴史上で、世界が球体であるという説を唱えた学者は幾人かいて、またその証拠もいくつか上がっていた。
 それでもいまだに世界が平面であるということが常識として根付いているのは、ポラン教会による言論統制が行なわれているからだ。
 しかし私とリーゼは、それが間違いである可能性をミミコから教えてもらっている。
 そのため、火の玉が太陽であるというのなら、豆粒のような球体がこの世界を模しているものと言われても理解はできた。
 だが、理解できたとしても、目の前の光景が真実であると頭が納得するのに時間がかかる。

「ここは、太陽と周囲の星々の動きを研究するために作った模擬宇宙なんだ。これは模擬太陽ってところかな」

 ニコラスが笑って言った。
 星々の動きを観測……なるほど、世界の研究をしているとはこういうことか、と私は納得した。

「ウラノ君、いるかい? お客さんを連れてきたよ!」
「ん? ニコラスさん? こっちだこっち。来てくれ」

 奥の部屋から声が聞こえてきて、私は手すりを頼りにさらに奥に進んだ。

「あ、ここから重力が徐々に戻っていきますから、お気をつけてください」

 ニコラスの言う通り、だんだんと体に重さが戻ってくる。
 まるで、長時間海に入ったあとに浜に戻った時のようなけだるさを感じる。
 無重力とかいうものの体験は面白かったが、しかしその状況に慣れてしまうと大変そうだ。
 奥の部屋からは、魔法晶石の明かりが漏れている。
 また模擬太陽なんていうとんでもないものじゃなくてよかったと安堵あんどの息を吐いてから、私は思わず苦笑した。
 魔法晶石の照明なんて高級品、普通の家どころか富豪の屋敷ですら使わないのに、それが普通だと思ってるなんて。
 私もたいがい、世間にとっての非常識に染まってきたようだ。
 完全に体が元の重さに戻ったところで、私たちはウラノ君と呼ばれた男の人に会えた。
 声を聞いた時から予想していたけれど、ウラノ君の見た目は幼い男の子だった。
 黒色と銀色が混じった髪をしていて、白衣を着ている。
 もしかしたらヒルデガルドみたいに見た目の年齢と実際の年齢が違うのかもしれないが、見た目通りなら、七歳くらいの少年だ。

「いらっしゃい、ニコラスさん。お客さんもいらっしゃい」
「はじめまして、ユーリシアです」
「リーゼロッテです。ウラノ君はこの世界について研究なさっているということで、ぜひ拝見したいのですが」
「え? 誰から聞いたの? そんな昔の話。今は完全自律型メイドゴーレムの試作機の開発しかしてないのに」

 ウラノ君はそう言って、作りかけのゴーレムを私たちに見せた。
 細かい部品が多く、私の知っているゴーレムとは全然違う。
 リーゼも同じ感想を抱いたようで、目を丸くしている。

「これがゴーレムですの? 大きさは人間と変わりないみたいですけど」
「うん、単純なゴーレムとは全然違うけどね。既に理論はできるんだけど。最終的には、ゴブリンをも倒せるような戦闘メイドにするつもりで、そのためのアルゴリズムを構築するのに十年くらい必要かな。今でもトレントくらいなら切り倒せるんだけど……いっそのこと、僕は兵器作りに専念して、ゴーレムは別の誰かに作ってもらうか……」

 トレントは切り倒せて、ゴブリンを倒せないゴーレム……さすがはハスト村仕様のゴーレムだな。
 と、そこで私はあるゴーレムを思い出した。
 かつて、パオス島での武道大会で私と戦い、苦しめられた対戦相手、メイド仮面。
 武道大会が終わった後、クルトにあのゴーレムについて尋ねたことがあった。
 あれはクルトが作った試作ゴーレムで、除草用の火炎放射器を、裏のおじさんが対ゴブリン用汚物洗浄火炎放射って名付けたり、対ゴブリン用破壊光線とかいうものを勝手につけたりしてたんだとか。
 確か、そのゴーレムの名前は――

「あぁ、エレナだったっけ」
「――っ!?」

 私が呟くと、ウラノ君は驚き、すぐにニコラスに顔を向けた。

「ニコラスさん。僕は彼女たちと話すから帰っていいよ」
「え? でも――」
「大丈夫だよ。それに、大切な人が家で待ってるんじゃないかな?」

 ウラノ君がそう言うと、途端にニコラスはそわそわし始めた。
 ソフィのことをよほど大事にしているのだろう。
 それにしても……ウラノ君はどうやらニコラスを遠ざけて、私たち三人で話をしたいらしい。
 それを察した私は、ニコラスに笑いかける。

「大丈夫だよ。話が終わったら戻るから」
「……うん。じゃあおいとまさせてもらおうかな。あぁ、そうそう、ウラノ君。夕食はぜひうちで食べていきなよ。五人分、食事を用意するからね」
「わかったよ、ニコラスさん。ご馳走ちそうになる」

 ウラノ君が頷くと、ニコラスはそそくさと戻っていった。
 彼の姿が完全に見えなくなったところで、ウラノ君が私に尋ねた。

「君たちは何者だ? 僕は誰にも、このゴーレムの名前を教えていないんだけど」

 ウラノ君はそう尋ね、さらに自分の予想を告げる。

「考えられる可能性はいくつかある。君たちが読心術の使い手である可能性。もしくは、君たちが僕のことを調べ上げ、僕の命名パターンからゴーレムの名前を予想した可能性。でも、どっちも限りなくゼロに近いんだよね……ならば、もう一つ。本来ならば一パーセントにも満たない可能性なんだけど、それしか残っていない以上、事実になる――君たちは未来から来たんじゃないのかい?」

 怒濤どとうの勢いで語るウラノ君に、私は恐れ入った。
 クルトの村の人間だから、かんは鈍いとばかり思っていた。
 まさか私のあの一言のせいで、未来人であることに気付かれるなんて。

迂闊うかつでしたわね、ユーリさん」
「あぁ……悪い」

 小声でそう言ってくるリーゼの視線が痛い。
 いや、少し考えたら気付けたはずだ。
 裏のおじさん――それがおじさんであることを。
 ウラノ君は現在、子供にしか見えないけど、クルトが成長する頃にはおじさんと呼ばれる年齢になっているということだろう。
 そうすると、クルトが生まれてくるのはまだまだ先ということになりそうだ。
 どう答えるかと悩んでいると、ウラノ君はあっさりと言った。

「あぁ、大丈夫だよ。さすがにタイムパラドックスは怖いからね。事情がわかって用事が済めば、記憶を消す薬でも飲むよ」
「タイムパラドックス? 魔物の一種でしょうか?」

 リーゼが尋ねた。
 私も聞いたことがない言葉だ。


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