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6巻
6-3
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「クルト、そんな転移装置、作れるのか!?」
私は質問して、「しまった」と思った。
クルトのことだ、そんな質問をしたら、「はい、作れますよ」と言うに決まっている。
悪魔界なんかに転移できる装置ができたりしたらどうなることやら。
変な事件に巻き込まれるのはもう御免だ。
だが、クルトは意外なことを言った。
「僕にはちょっと複雑すぎて。理論の理解はできるんですけど、最後まで書かれていませんし、実現するのは無理ですね」
「クルト様でも作れないものがあるのですね」
「あはは、当たり前ですよ。作れないものだらけですよ」
驚くリーゼにクルトは苦笑したが、私は少し安心した。
部屋はさらに奥に続いているので、引き続き奥に向かう。
そして、私は思わぬものを見つけた。
そこにあったのは、巨大な転移石だったのだ。
なんでこんなところに転移石が? 誰かが設置したのだろうか?
「ユーリシアちゃん」
「わかったよ」
ミミコが言わんとしていることを察し、私は転移石に触れた。
そして、転移結晶を使い、移動しようと試みる。
しかし――
「ダメだな。私の登録している場所のどこにも転移できない」
「そっか……転移盤で制御をしているのか、それとも――」
私の脳裏を、ある仮説がよぎった。
「高位の次元に転移するための転移石……という可能性はありませんか?」
リーゼが言った。
やはりそうなってくる。この部屋の壁に書かれていた内容から察するに、普通の転移石じゃないんだろう。心なしか、私たちが知っている転移石より大きく見えるし。
「うーん、これだと高次元への転移はできそうにありませんね」
クルトが転移石を調べて、リーゼの考えを否定する。
「クルトちゃん、見ただけでわかるの?」
「はい。この転移石はさっき壁に書いてあった理論に基づいて作られていますから。これだと高次元に転移はできません。人工的に創り出した疑似高次元くらいなら転移できるかもしれませんが」
「そんなもの作れるのか?」
疑似的な高次元――世界をひとつ作るようなものじゃないのか?
「僕には無理ですね」
さすがにこればかりは私も安心した。
そこまでいけば、クルト=神になりかねない。
「そういう研究を遊びでしている人は村にいましたが」
一気に不安になった。
本当に作ってないだろうな?
工房や町を作るのと全然違うんだぞ?
「では、クルト様にならこの転移石の先に行くことはできますか?」
「それも無理ですね。部品がいくつか足りなくなっているみたいで、双方向の転移ができなくなっているようです。この転移石は向こう側から来るだけの一方通行みたいです」
クルトの言う通り、転移石の周りにはなにかを嵌め込むような窪みがいくつもあった。
でも、足りない部品はいったいどこに?
元からなかったのか、それとも――たとえばここに出入りしているという誰かが盗んだのか?
その後、クルト、リーゼ、ミミコの三人で、部屋の調査が徹底的に行われた。
リーゼの奴も、工房主オフィリアさんの弟子ということもあり、調査の役に立っている。
自分がバカだとは思わないが、しかし専門的な知識のない私は、邪魔にならないところでアクリとおままごとをして遊ぶことにした。
おままごとなんて久しぶりだし、少々気恥ずかしい。
ローレッタ姉さんとよく遊んだっけ。というか私が無理にせがんでいた。
ドリアードの大樹の中で過去の記憶を見たせいか、ローレッタ姉さんとの思い出がずいぶんと鮮明に蘇るようになった。
きっと、私とおままごとをしていたローレッタ姉さんも少し恥ずかしかっただろう。
そんなことを思いながら二人で遊んでいるうちに、調査は終わった。
結局、目新しい発見はなかったようで、クルトが申し訳なさそうにしていたが、隠し部屋二つを発見し、そして壁面の文字の解読をしているので十分過ぎる成果だと思う。
私たちは例の隠し部屋の前で昼食をとることにした。
「これ、アクリがつくったの!」
アクリがサラダが挟まっているパンを指さして言った。
作ったといっても、クルトが用意したパンにアクリが燻製肉と野菜を挟んだだけだ。難しかったのか、トマトがいくつか潰れている。
それでも私は嬉しかった。
娘の手料理を食べることができるというのは、感慨深いものがある。
「上手にできているね。じゃあ食べようか」
私たちはまず、アクリの期待に応えてサラダが挟まったパンを食べた。
うん、これはうまい。
パンや燻製肉がクルトの手作りで、野菜もクルトが育てているため美味しいに決まっているが、それ以上に娘の愛情がたっぷりこもっていて、なおさら美味しい。
「美味しいよ、アクリ」
「えへへ」
あぁ、本当にうちの娘は世界一だ。
こうして私を連れ戻してくれたクルトとリーゼには感謝するばかりだよ。
「……あれ?」
そうして五人でご飯を食べていると、アクリが転移石が置いてあった隠し部屋の方を見た。
何かに気付いたのだろうか? じっとそちらを見ている。
不思議に思ったが、また隠し部屋でも見つけたのだろうと思いなおし、先にパンの残りを食べようと思った――その時だった。
「――っ!? みんな、私の後ろに下がれ!」
私はそう言ってパンを置くと、クルトから貰った愛刀の雪華を抜いた。
「ユーリさん、どうしたのですかっ!?」
「誰かの気配がする!」
「気配!? でも、あの転移石は使えないと――」
リーゼが言ったが、そうじゃない。
「クルト、転移石はこちらから転移することはできないけど、別の場所から転移してくることは可能なんだよな?」
「はい。対応する転移石があれば可能です」
間違いなくあったんだろう。
そして、誰かがここにやってきた。
おそらく、この遺跡に日常的に入っていた何者かが。
「ミミコ、リーゼ、援護を頼む」
私はそう言った。
出てくるのが人間だとは限らない。
疑似高次元とやらから来た存在かもしれない。魔族の可能性も、化け物の可能性だってある。
徐々に足音は近付いてきた。
そして――
現れたのは女性だった。
頭にバンダナを巻いている、レンジャーのような風貌の女性だ。
彼女は私たちがいることに気付いていたのか、まるで悪戯がバレた子供のようなバツの悪そうな顔でこちらを見ていた。
いったい、何者だ?
私がそう思った時だった。
「バンダナさんっ!?」
バンダナ!? こいつがかつてクルトが所属していた冒険者パーティ「炎の竜牙」のメンバーだった、バンダナだっていうのか?
「いやぁ……とりあえず話が長くなりそうやから、うちもそのお弁当もらっていい?」
彼女は、こんな状況下で弁当の催促をしてきたのだった。
「いやぁ、クルが作った料理は相変わらず美味しいわぁ」
上機嫌にバンダナが、クルトの作った料理を食べる。
それはいい。
クルトの料理が美味しいのは、氷が冷たいのと同じくらい当然の話なのだから。
問題は、そのクルトが甲斐甲斐しくバンダナの世話をしていることだった。
「はい、バンダナさん、お茶が入りましたよ」
「おぉ、ありがとな、クル」
バンダナはクルトが淹れたお茶を笑いながら手にし、それを見てクルトが嬉しそうな笑みを浮かべる。
いつも私たちに見せる笑顔より、僅かに、本当に僅かに嬉しそうなその笑みに、私は複雑な気持ちになる。リーゼはおそらく嫉妬の炎を燃やしていることだろう。
クルトにとって、「炎の竜牙」が非常に大切な存在であることは私もリーゼも知っている。
その仲間との久しぶりの再会、そして久しぶりの食事。
喜ぶなという方が無理があるのだが……
「バンダナだっけ、そろそろ話してくれないか? あんたはどこの転移石からやってきたんだ?」
「ん? まだ話してへんかったかな?」
バンダナはとぼけた口調で言った。
「サマエラ市から東北東の洞窟――って言ったらわかるやろ」
それを聞いて、アクリ以外の全員がその場所に思い当たった。
サマエラ市といえば、私とクルトが初めて出会った町。そして東北東の洞窟は、クルトと「サクラ」の面々がアイアンゴーレムの討伐に向かい、ゴブリンの大群によってピンチに陥った場所だ。
と同時に、私はあることを思い出す。
「思い出した。あんたの声、どこかで聞いたと思ったら、私にクルトの居場所を教えた――」
サマエラ市で、クルトの居場所を教えてくれた謎の女性。その声は、口調こそ違うがこの女の声だった。
「え? じゃあバンダナさんが、ユーリシアさんたちに僕の居場所を教えてくれたんですか? ありがとうございます! あの時、ユーリシアさんの到着が少しでも遅かったらどうなっていたことか」
「待って! そもそもなんであんたはクルトの居場所を知っていたんだ!」
こいつが裏で手を引いていたんじゃないか?
私がそんな疑問を持ち尋ねると、バンダナはあっさりと答えた。
「そりゃ、あの時のアイアンゴーレム狩りの依頼主がうちやからや。直接依頼したわけやないけど、誰が依頼を受けたかくらい知ってて当たり前やろ?ss」
あっさり認めた?
アイアンゴーレム狩りの依頼主というのは、つまりはビビノッケの依頼主ということだ。
ビビノッケというのは、「サクラ」の元メンバーの運び屋で、その正体は冒険者パーティの中に入り、内側からパーティを破滅に追い込む盗賊ギルドの一員だった。
つまり、このバンダナが「サクラ」の三人とクルトを窮地に追い込んだ黒幕ということになる。
クルトたちを窮地に追い込ませたり、私に救わせたり、一体何を考えているんだ?
「そうだったんですかっ!?」
何も知らないクルトは驚いて声を上げた。
凄い偶然だと言わんばかりの驚きようだが、さすがに私は全て偶然で片付けることができない。
「そうやで。洞窟の奥にある遺跡の、さらに奥にある宝がちょっと気になってな」
ヘラヘラとクルトに頷くバンダナに、リーゼが待ったをかける。
「待ってください。あの遺跡の隠し通路を含め、国の調査隊が調べたそうです。特に新しい発見はなかったという話を聞いています」
「リーゼちゃん……やったかな? 調査隊が調べて全ての隠し扉が見つかるんやったら、ここの隠し扉もすでに発見されているんとちゃうの?」
バンダナはそう言って、先ほどクルトが発見したばかりの隠し通路を指さした。
その通りだ。
調査隊は隠し扉等を発見するエキスパートが揃っているが、しかし全ての隠し扉を見つけられるわけではない。
クルトが調べるわけじゃないのだ、見落としくらいあって当然だ。
「そもそも、アイアンドラゴンゴーレムみたいな大物ゴーレムが採掘できるような場所には、たいてい宝物庫があるもんやろ」
「――っ!?」
本来であれば、ゴーレムが守っている場所――と言うべきなのに、バンダナはあえて採掘できるような場所と表現した。
それは、ゴーレムが、遺跡を守るような強い存在であることをクルトに知られないため……つまりは、クルトが自分の能力に気付くのを防ぐため。
マーレフィスへの取り調べで、バンダナがクルトの秘密を守ってきていることは予想していたが、まさかここまで堂々と明かしてくるとは。
掴みどころのない存在だ。
「それじゃあ、転移石はその洞窟の奥にあり、この遺跡に繋がっていた――そういうことでしょうか?」
「間違いないで。まぁ、一方通行やから使い勝手はえろう悪いんやけど」
と、バンダナはなにかを思いついたように手を打った。
「そうや、クル! うちから頼みがあるんやけど、大丈夫やろか?」
「はい、なんでしょうか?」
「この遺跡の転移石には、特定の場所に転移するために、そこを記録した石が埋め込まれていたんやけど、盗まれてもうて今はないみたいなんよ。それを取り戻してくれへん?」
「ちょっと待って。たしかにクルトちゃんも、すでにこの隠し部屋は誰かが入った形跡があるって言ってたけど、あなたじゃないの?」
ミミコが尋ねた。バンダナは首を横に振って否定する。
「ちゃうちゃう。うちがここの隠し扉を発見する前から、この隠し部屋は荒らされとった。このバンダナに誓うわ」
バンダナに誓う意味がわからないし、信じられる要素がひとつもない。
それに――
「さすがに犯人が誰かもわからないのに、盗まれたものを取り戻すのは無理だろ」
「犯人はわかってるで」
バンダナは、まるで私の言葉を待っていたかのように後出しで情報を伝えた。
「ヴィトゥキント・アークママ――この国の第三王妃、イザドーラ・アークママの弟であり、七ヵ国によって認められた工房主や。聞いたことくらいあるやろ?」
「ちょっと待ってください! ヴィトゥキントが遺跡荒らしの犯人だとしたら、彼が発明したという転移結晶と転移石、転移盤は?」
「想像の通りやけど、発明っちゅうんは間違えてるやろ? 彼がやったんは、転移石と転移結晶の解析と複製。といってもできあがったのは劣化品やけどな。転移盤はその副産物やな」
「……劣化品」
「クルトがおるんやったら、壁の文字の解読は終わったんやろ? 本来、ここで作られていた転移石というのは別の次元に行くためのもんや。結果的に、高次元への転移はできなくても、亜次元――高次元とこの次元との間にある亜次元転移は可能になっている。ま、それのニセモンの劣化品は亜次元どころか、一定の距離までしか転移できへんけど」
亜次元というのは、クルトが言っていた疑似高次元のことか。
この女、一人であの壁画の文字を解読したっていうのか?
こちらに危害を加えるつもりはなさそうだが、底の見えないこの女を、私は警戒した。
「そんな警戒せんでもいいやん。うちはただのレンジャーやで。宮廷魔術師や凄腕の冒険者であるあんさんがおるところでなにかするわけないやろ」
バンダナは笑って言った。
ちっ、やりにくい。
というか、クルトの前で私があんたのことを警戒しているって伝えるなよ。
クルトはこの女のことを仲間として慕っている。
そんな奴のことを警戒しているなんて知られたら、クルトに悪い印象を与えるだろうが。
「はぁ……いや、あんたのことを警戒したわけじゃないんだ。ちょっと変な気配がしてね」
「魔物ですかっ!?」
私が余計なごまかしを入れたせいで、クルトが不安そうに周囲を見回した。
「大丈夫や、クル。魔物はおらへん。魔物はな。だから安心し」
「はい、ありがとうございます、バンダナさん」
頭をポンポンとバンダナに叩かれて、クルトが嬉しそうに笑った。
こいつ、やはり見張りにつけているファントムのことも気付いているのか。
「話を戻してください。ここの転移石と転移結晶の情報が盗まれたということは、転移石と転移結晶の知識はホムーロス王国の所有物だったということになります。それを横から奪い、莫大な使用料と権力を手にしたヴィトゥキントは許せません!」
「そんな怒らんでもいいやん、リーゼちゃん。そりゃ王国にとっては大損害かもしれへんけど、そのおかげで転移結晶と転移石がいろんなところに配置されて、転移結晶を持っていればどんな人でも使えるようになったんやから。国家に所有されとったら、軍事利用のために独占されて、世間に広がることはなかったやろ? そういう意味ではリーゼちゃんはまったく損をしていないんやし、怒るのは筋違いや、王族でもあるまいし」
「くっ……」
リーゼが呻いた。
こいつが王女であることをクルトに知られるわけにはいかないからな。
「私は宮廷魔術師だよ。そんな話を聞かされて黙ってろとでも? バンダナさん」
「バンダナちゃんって呼んでくれてええよ。クルの友達のミミコちゃん。ミミコちゃんにとって、うちは友達の元仲間、うちにとってミミコちゃんは元仲間の友達。堅苦しい言葉は無しにしようや。なぁ、クル」
「そうですね」
クルトが笑顔で頷いた。
この女、クルトのことを最大限に利用して場を支配していやがる。
「でも、バンダナさん。ミミコさんも困っていますから、知っている情報はちゃんと教えてください」
クルトがそう言うと、バンダナは少し困った顔を見せたが、頷いて語り始めた。
「……そやな。といっても、知っている情報はそんなもんやで。ヴィトゥキントは元々レンジャーで、世界中のラピタル遺跡に特徴的な仕掛けがあることに気付いた。その仕掛けを解いて、数々の魔道具を見つけ、それを解析、複製して世に出してきた。もっとも、大半は使い方もわからないガラクタにしかならんかったみたいやけど」
「使い方のわからないガラクタ?」
「たとえば、魔力を測定する土っていう発明品があるんやけど。それは元々は、土に魔力を染みわたらせて、特別な植物を急激に成長させるための肥料となる土やったんや」
「へぇ、そんな土があるんですか。僕、知らなかったです」
それって、元々ハロワで魔力測定用の魔道具として使われ、つい最近、クルトが運んで、ドリアードを顕現させるために使われた土嚢のことじゃないか?
どうりで、土嚢を魔力測定用の道具に使うなんておかしいと思った。使用方法がわからずに、そんな変な使い方になっていたのか。
「工房主ヴィトゥキントの発明品は、転移石を除いて、突拍子がないものばかりだけれど、使い方のわからない魔道具が多かったの。まるで、自分でも何が飛び出すかわからないびっくり箱を作ってるみたいだって思ったことがあるんだけど……そういう理由があったのなら納得できる」
ミミコがため息をついて、一番重要な質問をした。
「それで、バンダナさん。工房主ヴィトゥキントが犯人だっていう証拠は?」
「うちの依頼主から聞かされた。依頼主の正体は守秘義務で教えられへん。でも、今話したんは真実や」
「宮廷魔術師の命令でも教えていただけませんか?」
「令状でも持ってこんかいってことやな。まぁ、準備しているうちに、うちは一人で逃げるで」
睨みあうミミコとバンダナ。
すると突然、バンダナは笑い出した。
「あはははは、うちにうちはって、とんだ親父ギャグかましてもうたわ」
なにがそんなに面白いのか、バンダナは涙を浮かべて笑った。
「まぁ、ここで睨みあっててもクルが心配するだけやし、ヒントの可能性だけならプレゼントしてやってもいいで。昼食代としてな」
「ヒントの可能性?」
「ユーリシアって言うたかな、さっきからうちのことを睨んでる姉ちゃん」
「私?」
ここまで黙って話を聞いていた私に対して、突然話を振られた。
正直、工房とか盗掘とかは、私と一切関係のない話だったから意外だった。
「姉ちゃんの祖母ちゃんの家、たしかサマエラ市の近くの山やったやんな?」
「あぁ、そうだけど?」
なんで知っているんだ? と尋ねたところで、適当にはぐらかされるだけだろう。
「うちの依頼主と、その祖母ちゃんは知り合いなんよ。だから、もしかしたら、そこになにかヒントがあるかもしれないっちゅう話や」
なるほど、それでヒントの可能性か。
祖母は山ひとつ所有し、それを維持できるだけの力を持っていたし、変な交流があった。それこそエレメント氏族会とも。
「じゃあ、うちはこれでお暇するわ」
「え、バンダナさんもう帰っちゃうんですか?」
「まぁな。近いうちまた会えるやろうから、その時にでもゆっくり話をしようや」
クルトが名残惜しそうにする中、バンダナは終始自分のペースを崩さないまま話を終え、そして去って行った。
「調べないといけない場所が二カ所できたね」
一カ所は、クルトがかつてアイアンドラゴンゴーレムを倒した洞窟。
そして、もう一カ所は私の祖母の家。
「一度工房に戻って二手に分かれて調査しましょ」
「じゃあ、クルトは洞窟の方だね。隠し扉を見つけるにはクルトの力が必要になる。私は当然、祖母の実家に行く」
「なら、私は洞窟に――」
「リーゼは私と一緒だ。アクリも一緒に行くからな。母娘でピクニックだ」
「私も洞窟はちょっと……蝙蝠とか怖いし」
リーゼが目を見開く横で、ミミコのぶりっ子モードが発動した。
でも、クルト一人で洞窟の調査は無理だろ。
なにかあった時にツッコミ……じゃなくて対処できない。
「それなら、クルト様の面倒はあの人たちに任せましょう」
リーゼはそう提案した。
こうして、私たちは工房に戻るなり、二手に分かれて行動を開始することにしたのだった。
私は質問して、「しまった」と思った。
クルトのことだ、そんな質問をしたら、「はい、作れますよ」と言うに決まっている。
悪魔界なんかに転移できる装置ができたりしたらどうなることやら。
変な事件に巻き込まれるのはもう御免だ。
だが、クルトは意外なことを言った。
「僕にはちょっと複雑すぎて。理論の理解はできるんですけど、最後まで書かれていませんし、実現するのは無理ですね」
「クルト様でも作れないものがあるのですね」
「あはは、当たり前ですよ。作れないものだらけですよ」
驚くリーゼにクルトは苦笑したが、私は少し安心した。
部屋はさらに奥に続いているので、引き続き奥に向かう。
そして、私は思わぬものを見つけた。
そこにあったのは、巨大な転移石だったのだ。
なんでこんなところに転移石が? 誰かが設置したのだろうか?
「ユーリシアちゃん」
「わかったよ」
ミミコが言わんとしていることを察し、私は転移石に触れた。
そして、転移結晶を使い、移動しようと試みる。
しかし――
「ダメだな。私の登録している場所のどこにも転移できない」
「そっか……転移盤で制御をしているのか、それとも――」
私の脳裏を、ある仮説がよぎった。
「高位の次元に転移するための転移石……という可能性はありませんか?」
リーゼが言った。
やはりそうなってくる。この部屋の壁に書かれていた内容から察するに、普通の転移石じゃないんだろう。心なしか、私たちが知っている転移石より大きく見えるし。
「うーん、これだと高次元への転移はできそうにありませんね」
クルトが転移石を調べて、リーゼの考えを否定する。
「クルトちゃん、見ただけでわかるの?」
「はい。この転移石はさっき壁に書いてあった理論に基づいて作られていますから。これだと高次元に転移はできません。人工的に創り出した疑似高次元くらいなら転移できるかもしれませんが」
「そんなもの作れるのか?」
疑似的な高次元――世界をひとつ作るようなものじゃないのか?
「僕には無理ですね」
さすがにこればかりは私も安心した。
そこまでいけば、クルト=神になりかねない。
「そういう研究を遊びでしている人は村にいましたが」
一気に不安になった。
本当に作ってないだろうな?
工房や町を作るのと全然違うんだぞ?
「では、クルト様にならこの転移石の先に行くことはできますか?」
「それも無理ですね。部品がいくつか足りなくなっているみたいで、双方向の転移ができなくなっているようです。この転移石は向こう側から来るだけの一方通行みたいです」
クルトの言う通り、転移石の周りにはなにかを嵌め込むような窪みがいくつもあった。
でも、足りない部品はいったいどこに?
元からなかったのか、それとも――たとえばここに出入りしているという誰かが盗んだのか?
その後、クルト、リーゼ、ミミコの三人で、部屋の調査が徹底的に行われた。
リーゼの奴も、工房主オフィリアさんの弟子ということもあり、調査の役に立っている。
自分がバカだとは思わないが、しかし専門的な知識のない私は、邪魔にならないところでアクリとおままごとをして遊ぶことにした。
おままごとなんて久しぶりだし、少々気恥ずかしい。
ローレッタ姉さんとよく遊んだっけ。というか私が無理にせがんでいた。
ドリアードの大樹の中で過去の記憶を見たせいか、ローレッタ姉さんとの思い出がずいぶんと鮮明に蘇るようになった。
きっと、私とおままごとをしていたローレッタ姉さんも少し恥ずかしかっただろう。
そんなことを思いながら二人で遊んでいるうちに、調査は終わった。
結局、目新しい発見はなかったようで、クルトが申し訳なさそうにしていたが、隠し部屋二つを発見し、そして壁面の文字の解読をしているので十分過ぎる成果だと思う。
私たちは例の隠し部屋の前で昼食をとることにした。
「これ、アクリがつくったの!」
アクリがサラダが挟まっているパンを指さして言った。
作ったといっても、クルトが用意したパンにアクリが燻製肉と野菜を挟んだだけだ。難しかったのか、トマトがいくつか潰れている。
それでも私は嬉しかった。
娘の手料理を食べることができるというのは、感慨深いものがある。
「上手にできているね。じゃあ食べようか」
私たちはまず、アクリの期待に応えてサラダが挟まったパンを食べた。
うん、これはうまい。
パンや燻製肉がクルトの手作りで、野菜もクルトが育てているため美味しいに決まっているが、それ以上に娘の愛情がたっぷりこもっていて、なおさら美味しい。
「美味しいよ、アクリ」
「えへへ」
あぁ、本当にうちの娘は世界一だ。
こうして私を連れ戻してくれたクルトとリーゼには感謝するばかりだよ。
「……あれ?」
そうして五人でご飯を食べていると、アクリが転移石が置いてあった隠し部屋の方を見た。
何かに気付いたのだろうか? じっとそちらを見ている。
不思議に思ったが、また隠し部屋でも見つけたのだろうと思いなおし、先にパンの残りを食べようと思った――その時だった。
「――っ!? みんな、私の後ろに下がれ!」
私はそう言ってパンを置くと、クルトから貰った愛刀の雪華を抜いた。
「ユーリさん、どうしたのですかっ!?」
「誰かの気配がする!」
「気配!? でも、あの転移石は使えないと――」
リーゼが言ったが、そうじゃない。
「クルト、転移石はこちらから転移することはできないけど、別の場所から転移してくることは可能なんだよな?」
「はい。対応する転移石があれば可能です」
間違いなくあったんだろう。
そして、誰かがここにやってきた。
おそらく、この遺跡に日常的に入っていた何者かが。
「ミミコ、リーゼ、援護を頼む」
私はそう言った。
出てくるのが人間だとは限らない。
疑似高次元とやらから来た存在かもしれない。魔族の可能性も、化け物の可能性だってある。
徐々に足音は近付いてきた。
そして――
現れたのは女性だった。
頭にバンダナを巻いている、レンジャーのような風貌の女性だ。
彼女は私たちがいることに気付いていたのか、まるで悪戯がバレた子供のようなバツの悪そうな顔でこちらを見ていた。
いったい、何者だ?
私がそう思った時だった。
「バンダナさんっ!?」
バンダナ!? こいつがかつてクルトが所属していた冒険者パーティ「炎の竜牙」のメンバーだった、バンダナだっていうのか?
「いやぁ……とりあえず話が長くなりそうやから、うちもそのお弁当もらっていい?」
彼女は、こんな状況下で弁当の催促をしてきたのだった。
「いやぁ、クルが作った料理は相変わらず美味しいわぁ」
上機嫌にバンダナが、クルトの作った料理を食べる。
それはいい。
クルトの料理が美味しいのは、氷が冷たいのと同じくらい当然の話なのだから。
問題は、そのクルトが甲斐甲斐しくバンダナの世話をしていることだった。
「はい、バンダナさん、お茶が入りましたよ」
「おぉ、ありがとな、クル」
バンダナはクルトが淹れたお茶を笑いながら手にし、それを見てクルトが嬉しそうな笑みを浮かべる。
いつも私たちに見せる笑顔より、僅かに、本当に僅かに嬉しそうなその笑みに、私は複雑な気持ちになる。リーゼはおそらく嫉妬の炎を燃やしていることだろう。
クルトにとって、「炎の竜牙」が非常に大切な存在であることは私もリーゼも知っている。
その仲間との久しぶりの再会、そして久しぶりの食事。
喜ぶなという方が無理があるのだが……
「バンダナだっけ、そろそろ話してくれないか? あんたはどこの転移石からやってきたんだ?」
「ん? まだ話してへんかったかな?」
バンダナはとぼけた口調で言った。
「サマエラ市から東北東の洞窟――って言ったらわかるやろ」
それを聞いて、アクリ以外の全員がその場所に思い当たった。
サマエラ市といえば、私とクルトが初めて出会った町。そして東北東の洞窟は、クルトと「サクラ」の面々がアイアンゴーレムの討伐に向かい、ゴブリンの大群によってピンチに陥った場所だ。
と同時に、私はあることを思い出す。
「思い出した。あんたの声、どこかで聞いたと思ったら、私にクルトの居場所を教えた――」
サマエラ市で、クルトの居場所を教えてくれた謎の女性。その声は、口調こそ違うがこの女の声だった。
「え? じゃあバンダナさんが、ユーリシアさんたちに僕の居場所を教えてくれたんですか? ありがとうございます! あの時、ユーリシアさんの到着が少しでも遅かったらどうなっていたことか」
「待って! そもそもなんであんたはクルトの居場所を知っていたんだ!」
こいつが裏で手を引いていたんじゃないか?
私がそんな疑問を持ち尋ねると、バンダナはあっさりと答えた。
「そりゃ、あの時のアイアンゴーレム狩りの依頼主がうちやからや。直接依頼したわけやないけど、誰が依頼を受けたかくらい知ってて当たり前やろ?ss」
あっさり認めた?
アイアンゴーレム狩りの依頼主というのは、つまりはビビノッケの依頼主ということだ。
ビビノッケというのは、「サクラ」の元メンバーの運び屋で、その正体は冒険者パーティの中に入り、内側からパーティを破滅に追い込む盗賊ギルドの一員だった。
つまり、このバンダナが「サクラ」の三人とクルトを窮地に追い込んだ黒幕ということになる。
クルトたちを窮地に追い込ませたり、私に救わせたり、一体何を考えているんだ?
「そうだったんですかっ!?」
何も知らないクルトは驚いて声を上げた。
凄い偶然だと言わんばかりの驚きようだが、さすがに私は全て偶然で片付けることができない。
「そうやで。洞窟の奥にある遺跡の、さらに奥にある宝がちょっと気になってな」
ヘラヘラとクルトに頷くバンダナに、リーゼが待ったをかける。
「待ってください。あの遺跡の隠し通路を含め、国の調査隊が調べたそうです。特に新しい発見はなかったという話を聞いています」
「リーゼちゃん……やったかな? 調査隊が調べて全ての隠し扉が見つかるんやったら、ここの隠し扉もすでに発見されているんとちゃうの?」
バンダナはそう言って、先ほどクルトが発見したばかりの隠し通路を指さした。
その通りだ。
調査隊は隠し扉等を発見するエキスパートが揃っているが、しかし全ての隠し扉を見つけられるわけではない。
クルトが調べるわけじゃないのだ、見落としくらいあって当然だ。
「そもそも、アイアンドラゴンゴーレムみたいな大物ゴーレムが採掘できるような場所には、たいてい宝物庫があるもんやろ」
「――っ!?」
本来であれば、ゴーレムが守っている場所――と言うべきなのに、バンダナはあえて採掘できるような場所と表現した。
それは、ゴーレムが、遺跡を守るような強い存在であることをクルトに知られないため……つまりは、クルトが自分の能力に気付くのを防ぐため。
マーレフィスへの取り調べで、バンダナがクルトの秘密を守ってきていることは予想していたが、まさかここまで堂々と明かしてくるとは。
掴みどころのない存在だ。
「それじゃあ、転移石はその洞窟の奥にあり、この遺跡に繋がっていた――そういうことでしょうか?」
「間違いないで。まぁ、一方通行やから使い勝手はえろう悪いんやけど」
と、バンダナはなにかを思いついたように手を打った。
「そうや、クル! うちから頼みがあるんやけど、大丈夫やろか?」
「はい、なんでしょうか?」
「この遺跡の転移石には、特定の場所に転移するために、そこを記録した石が埋め込まれていたんやけど、盗まれてもうて今はないみたいなんよ。それを取り戻してくれへん?」
「ちょっと待って。たしかにクルトちゃんも、すでにこの隠し部屋は誰かが入った形跡があるって言ってたけど、あなたじゃないの?」
ミミコが尋ねた。バンダナは首を横に振って否定する。
「ちゃうちゃう。うちがここの隠し扉を発見する前から、この隠し部屋は荒らされとった。このバンダナに誓うわ」
バンダナに誓う意味がわからないし、信じられる要素がひとつもない。
それに――
「さすがに犯人が誰かもわからないのに、盗まれたものを取り戻すのは無理だろ」
「犯人はわかってるで」
バンダナは、まるで私の言葉を待っていたかのように後出しで情報を伝えた。
「ヴィトゥキント・アークママ――この国の第三王妃、イザドーラ・アークママの弟であり、七ヵ国によって認められた工房主や。聞いたことくらいあるやろ?」
「ちょっと待ってください! ヴィトゥキントが遺跡荒らしの犯人だとしたら、彼が発明したという転移結晶と転移石、転移盤は?」
「想像の通りやけど、発明っちゅうんは間違えてるやろ? 彼がやったんは、転移石と転移結晶の解析と複製。といってもできあがったのは劣化品やけどな。転移盤はその副産物やな」
「……劣化品」
「クルトがおるんやったら、壁の文字の解読は終わったんやろ? 本来、ここで作られていた転移石というのは別の次元に行くためのもんや。結果的に、高次元への転移はできなくても、亜次元――高次元とこの次元との間にある亜次元転移は可能になっている。ま、それのニセモンの劣化品は亜次元どころか、一定の距離までしか転移できへんけど」
亜次元というのは、クルトが言っていた疑似高次元のことか。
この女、一人であの壁画の文字を解読したっていうのか?
こちらに危害を加えるつもりはなさそうだが、底の見えないこの女を、私は警戒した。
「そんな警戒せんでもいいやん。うちはただのレンジャーやで。宮廷魔術師や凄腕の冒険者であるあんさんがおるところでなにかするわけないやろ」
バンダナは笑って言った。
ちっ、やりにくい。
というか、クルトの前で私があんたのことを警戒しているって伝えるなよ。
クルトはこの女のことを仲間として慕っている。
そんな奴のことを警戒しているなんて知られたら、クルトに悪い印象を与えるだろうが。
「はぁ……いや、あんたのことを警戒したわけじゃないんだ。ちょっと変な気配がしてね」
「魔物ですかっ!?」
私が余計なごまかしを入れたせいで、クルトが不安そうに周囲を見回した。
「大丈夫や、クル。魔物はおらへん。魔物はな。だから安心し」
「はい、ありがとうございます、バンダナさん」
頭をポンポンとバンダナに叩かれて、クルトが嬉しそうに笑った。
こいつ、やはり見張りにつけているファントムのことも気付いているのか。
「話を戻してください。ここの転移石と転移結晶の情報が盗まれたということは、転移石と転移結晶の知識はホムーロス王国の所有物だったということになります。それを横から奪い、莫大な使用料と権力を手にしたヴィトゥキントは許せません!」
「そんな怒らんでもいいやん、リーゼちゃん。そりゃ王国にとっては大損害かもしれへんけど、そのおかげで転移結晶と転移石がいろんなところに配置されて、転移結晶を持っていればどんな人でも使えるようになったんやから。国家に所有されとったら、軍事利用のために独占されて、世間に広がることはなかったやろ? そういう意味ではリーゼちゃんはまったく損をしていないんやし、怒るのは筋違いや、王族でもあるまいし」
「くっ……」
リーゼが呻いた。
こいつが王女であることをクルトに知られるわけにはいかないからな。
「私は宮廷魔術師だよ。そんな話を聞かされて黙ってろとでも? バンダナさん」
「バンダナちゃんって呼んでくれてええよ。クルの友達のミミコちゃん。ミミコちゃんにとって、うちは友達の元仲間、うちにとってミミコちゃんは元仲間の友達。堅苦しい言葉は無しにしようや。なぁ、クル」
「そうですね」
クルトが笑顔で頷いた。
この女、クルトのことを最大限に利用して場を支配していやがる。
「でも、バンダナさん。ミミコさんも困っていますから、知っている情報はちゃんと教えてください」
クルトがそう言うと、バンダナは少し困った顔を見せたが、頷いて語り始めた。
「……そやな。といっても、知っている情報はそんなもんやで。ヴィトゥキントは元々レンジャーで、世界中のラピタル遺跡に特徴的な仕掛けがあることに気付いた。その仕掛けを解いて、数々の魔道具を見つけ、それを解析、複製して世に出してきた。もっとも、大半は使い方もわからないガラクタにしかならんかったみたいやけど」
「使い方のわからないガラクタ?」
「たとえば、魔力を測定する土っていう発明品があるんやけど。それは元々は、土に魔力を染みわたらせて、特別な植物を急激に成長させるための肥料となる土やったんや」
「へぇ、そんな土があるんですか。僕、知らなかったです」
それって、元々ハロワで魔力測定用の魔道具として使われ、つい最近、クルトが運んで、ドリアードを顕現させるために使われた土嚢のことじゃないか?
どうりで、土嚢を魔力測定用の道具に使うなんておかしいと思った。使用方法がわからずに、そんな変な使い方になっていたのか。
「工房主ヴィトゥキントの発明品は、転移石を除いて、突拍子がないものばかりだけれど、使い方のわからない魔道具が多かったの。まるで、自分でも何が飛び出すかわからないびっくり箱を作ってるみたいだって思ったことがあるんだけど……そういう理由があったのなら納得できる」
ミミコがため息をついて、一番重要な質問をした。
「それで、バンダナさん。工房主ヴィトゥキントが犯人だっていう証拠は?」
「うちの依頼主から聞かされた。依頼主の正体は守秘義務で教えられへん。でも、今話したんは真実や」
「宮廷魔術師の命令でも教えていただけませんか?」
「令状でも持ってこんかいってことやな。まぁ、準備しているうちに、うちは一人で逃げるで」
睨みあうミミコとバンダナ。
すると突然、バンダナは笑い出した。
「あはははは、うちにうちはって、とんだ親父ギャグかましてもうたわ」
なにがそんなに面白いのか、バンダナは涙を浮かべて笑った。
「まぁ、ここで睨みあっててもクルが心配するだけやし、ヒントの可能性だけならプレゼントしてやってもいいで。昼食代としてな」
「ヒントの可能性?」
「ユーリシアって言うたかな、さっきからうちのことを睨んでる姉ちゃん」
「私?」
ここまで黙って話を聞いていた私に対して、突然話を振られた。
正直、工房とか盗掘とかは、私と一切関係のない話だったから意外だった。
「姉ちゃんの祖母ちゃんの家、たしかサマエラ市の近くの山やったやんな?」
「あぁ、そうだけど?」
なんで知っているんだ? と尋ねたところで、適当にはぐらかされるだけだろう。
「うちの依頼主と、その祖母ちゃんは知り合いなんよ。だから、もしかしたら、そこになにかヒントがあるかもしれないっちゅう話や」
なるほど、それでヒントの可能性か。
祖母は山ひとつ所有し、それを維持できるだけの力を持っていたし、変な交流があった。それこそエレメント氏族会とも。
「じゃあ、うちはこれでお暇するわ」
「え、バンダナさんもう帰っちゃうんですか?」
「まぁな。近いうちまた会えるやろうから、その時にでもゆっくり話をしようや」
クルトが名残惜しそうにする中、バンダナは終始自分のペースを崩さないまま話を終え、そして去って行った。
「調べないといけない場所が二カ所できたね」
一カ所は、クルトがかつてアイアンドラゴンゴーレムを倒した洞窟。
そして、もう一カ所は私の祖母の家。
「一度工房に戻って二手に分かれて調査しましょ」
「じゃあ、クルトは洞窟の方だね。隠し扉を見つけるにはクルトの力が必要になる。私は当然、祖母の実家に行く」
「なら、私は洞窟に――」
「リーゼは私と一緒だ。アクリも一緒に行くからな。母娘でピクニックだ」
「私も洞窟はちょっと……蝙蝠とか怖いし」
リーゼが目を見開く横で、ミミコのぶりっ子モードが発動した。
でも、クルト一人で洞窟の調査は無理だろ。
なにかあった時にツッコミ……じゃなくて対処できない。
「それなら、クルト様の面倒はあの人たちに任せましょう」
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