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幕間話4

クリスマスSS リーゼとオフィリア

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クリスマス特別サイドストーリー
一巻のあの日に続く物語を描きますが、これを番外編で語っていいのかどうか不安になります。
語り部は、工房主オフィリアです。


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 リーゼが髪を結ぶにしても長すぎるリボンを持って、鼻歌交じりになにかの準備をしている。
 私――オフィリアが訪れてから、手が離せないといって、色とりどりのリボンを見詰めてはなにか野準備をしているようだ。
 リボンというのだから、プレゼントだろうか?
 今日はクリスマスだ、娘のアクリになにかを用意しているのだろう。
 とても楽しそうだ。

 いまでも時々不安に思う。
 あのように楽しそうにしているリーゼの姿は私が作った幻であり、本当のリーゼは件の呪いのせいでもう死んでいるのではないか?
 そんな風に思ってしまう。

 しかし、それも仕方のないことだ。
 彼女が私の下を訪れ、呪いの治療に専念することになったとき、彼女の寿命は数カ月もない。クリスマスまで生きるなんて到底不可能な状態だったのだから。

   ※※※

 あれはサマエラ市全域を、雷を伴った大雨に見舞われた日の夜のこと。
 こんな日に客が訪れるはずもなく、私は住み込みで働いているエルフのミシェルを休ませ、一人で雨風が窓ガラスを叩きつける音を聞きながら、薬の調合に集中していた。薬の実験というのは百回実験をして実用化できる薬が一本できたら上出来と言われる世界であり、簡単に成果が出るものではないが、私の場合はこれまで成果を出し続けている。
 これも幼いころに薬の調合を教えてくれた師匠がよかったからでしょう。
 と言っても、その師匠の名前を私は知らない。
 時折、この町を訪れては薬を売りに来るお婆さんでした。

 彼女と出会った私は、彼女から薬師としての知識を学び、そして王都で学ぶ機会を与えられた。
 もっとも、私が工房主として認められ、この町に帰ってきたときにはその師匠はこの町を訪れなくなっている。どこかで元気にしていればいいのだが、私が幼い頃には既にご高齢だったから、おそらく亡くなっているでしょうね。

 そんなことを考えていたら、危うくガラス瓶の中の薬の変色を見逃しそうになった。
 私は自嘲気味に笑い、薬品をガラス瓶に加える。
 感傷に浸り、調合を疎かにしていたら師匠に笑われてしまうわ。
 もしかしたら疲れているのかもしれないわね。

 私は作業を中断し、薬を暖めていたアルコールランプをそのまま横にずらし、丸底フラスコに入っている蒸留水を暖めた。
 沸騰した蒸留水をポットに入れ、紅茶を注ぐ。
 その時、私は違和感に気付き、耳を澄ませた。

 最初は雨と風の音かと思ったが、どうやら誰かが扉を叩いているらしい。
 こんな日に?
 急患かもしれないが、強盗かもしれない。
 工房主アトリエマイスターという地位を得てから、私がお金を貯めこんでいると勘違いした不埒な輩が、時折こうして訪れることがある。
 普通の工房なら、門番や冒険者を雇っているが、ここにいるのは私とミシェルの二人しかいないから、鴨だと思っているらしい。
 もっとも、私は古武術の担い手だし、ミシェルもあれで精霊魔術の適性はB、その辺の強盗に負けるほど柔ではない。
 私はなにかあったときに対応できるように注意を払いながら玄関に向かった。
 鍵はあえて開けている。
 強盗に対処するとき、一番気を付けないといけないのは扉を開けるその瞬間だ。
 鍵が開いているのを確認せずにそのまま入ってくるような奴らなら敵ではない。
 むしろ、私が扉を開けるのを待っている相手の方が恐ろしい。
 私は扉を見て尋ねた。

「どちら様でしょうか?」

 私がそう尋ねると、予想外の返事が帰ってきた。

「……オフィリア先生ですか?」

 私はその消え入りそうな声を聴いて思わず扉を開けた。
 すると、そこにいたのは、こんな場所にいるはずもない女性――かつて私が工房主として認められたあと、一年間王都で勉強を教えたことがあるリーゼロッテ王女だった。

 事情を聞く前に、私は直ぐに彼女を中に入れ、タオルと、自分のために入れた紅茶を差し出す。
 彼女は、「ありがとうございます」と言って、体を拭いて、温かい紅茶をゆっくりと飲んだ。

「――姫様、一体なぜこのような場所に」
「先生、王都のように私のことはリーゼで結構です」
「……護衛は一緒ではないのですか?」

 彼女は現ホムーロス国王の一人娘であり、第三王女という立場もある。
 ひとりで出歩こうと思って出歩けるような立場にはない。
 ましてや、王都の外になど。

「一人で来ました。私がここにいることは誰も知りません。執事がなんとかここまで逃がしてくれたのです」
「逃がしてくれた?」

 不穏な言葉に、私は眉をひそめた。
 すると、彼女は立ち上がり、濡れていた外套を脱ぎ、さらにはその上着も脱いだ。
 王女がそう簡単に素肌を見せるものではない――そう窘めようとする前に、私は彼女の身体を襲っているものに気付いた。
 呪い――しかも、かなり重度のものだ。

「リーゼ、それは――」
「呪いです。私の信用できる医官に調べてもらいました」
「そんな、王家の人間の部屋には常に呪い避けの護符が――」
「私の部屋のものだけ剥がされ、偽物にすり替えられていました。私は父――陛下に手紙を残し、城を去ることにしました」

 何故、そのようなことを?
 とは尋ねない。
 城の中を自由に動け、さらにリーゼの命を狙うもので一番に心当たりがあるのが、彼女の義母であるイザドーラだ。イザドーラにはイザベラという娘が第四王女として生を受けたが、国の政治を動かす議会に対し発言権を持つのは第三王女までと決まっており、同じ王女でもその地位は天と地ほどの差がある。
 リーゼが死んで最も喜ぶ人間が彼女だろう。
 イザドーラが呪いの元凶だとした場合、城の中のどこに敵がいるかわからない。

「薬の腕前ではオフィリア先生の右に出るものはいません。先生ならこの呪いを治せるのではないかと思って参りました」
「わかったわ、とりあえず調べてみましょう」

 こうして、私はリーゼの治療を引き受けたのだが、呪いは思っている以上に術式が複雑で、簡単に治療できるものではなかった。
 とりあえず、呪いの進行を抑える薬を作って投与しているが、根本的な治療には繋がらない。

「これもダメか」

 彼女の呪いの術式と似たものを埋め込んだネズミに薬を投与しても、呪いに対し効果のある薬は一本もできていない。
 薬の実験を百回行い、一回成功すれば上出来だと言ったが、目の前にあるネズミの死体の山を見ると自分の才能の無さにうんざりとする。
 天才と言われ、工房主という地位を得て、結局こんなものなのかと。
 もう諦めて寝てしまいたい衝動にかられる。

「大丈夫ですか、先生。少しは休んでください」

 私の苦労を知ってかしらずか、リーゼがそう声をかけた。

「先生の薬のお陰で、最近少し調子がいいんです。だから、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」

 リーゼはそう言って私に微笑みかけた。
 その言葉に私は乗りそうになる。
 彼女もそう言っているんだ、慌てても意味がない。
 そう思ったときだった。

 一匹のネズミの呪いによる青い斑点が消えていた。
 これは効果が出たのではないだろうか?
 本来、ネズミに効果が出たあとは、ゴブリンのような人に近い魔物を捕まえて実験をするべきなのだろうが、私はその過程を飛ばすことにした。
 リーゼを一刻も早く治したいという気持ち以上に、早くこの苦労から解放されたい――そんな気持ちになった。
 結果、私は人体を対象とした治験を行うことにした。
 対象は私だ。

 私は呪いの術式を自分の中に埋めることにした。
 リーゼを蝕んでいる呪いと九十七パーセント同じ、ただし二時間という時限式の術式だ。
 ネズミでは薬の効果が出るまで五分かかった。
 私の計算では人体で薬の効果が出るまで一時間必要となっている。
 そのため、二時間は必要だ。

 私は自分の身体に術式を埋め込んだ。
 直後――予定通り私の二の腕に呪いの青い斑点が浮かび上がり、同時に激しい痛みが襲った。
 なんだ、この痛みは?
 この術式はリーゼの呪いの現状をほぼ同じように再現している――つまり痛みも同じはずだ。
 リーゼは常にこの痛みに耐えているというのか?
 私は立ち上がることもできず、その場に倒れた。

 一時間後、二の腕の斑点は薄くなって消えたが、しかし痛みはさらに増していく一方だった。
 時間後、痛みが続くまま呪いの効果は切れた。
 私と同じ薬を飲んだネズミは、呪いで死んでいた。
 結局のところ、治療薬は完成していなかった。

「オフィリア様、相談があるのですが――オフィリア様っ!?」

 私が倒れていたとき、リーゼの世話を任せていたミシェルがやってきた。

「オフィリア様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、少し寝ていただけだ」
「床で寝るならベッドで寝てください」
「今度からそうする、それでミシェル、相談というのは?」

 私がそう尋ねると、ミシェルは少しバツの悪そうな表情を浮かべ、

「その、厨房が大分汚れてしまいまして――」

 あぁ、そうか。
 ミシェルは料理はできるが、片付けは全然できない。
 これでも八十歳のはずなのだが、そのあたりにいる子供以上に片付けが下手で、そのせいでどこにも雇ってもらえなかった経緯がある。
 私も調合と実験に集中して片付けができなかった。
 恐らく、厨房は見るも絶えないことになっているだろう。

「それで、厨房の清掃を外部に依頼したいんですけれど、よろしいでしょうか?」
「外部か」

 本来、リーゼがいるこの時に外部の人間を招くようなことはしたくない。
 だが、彼女の食事の準備を考えると、厨房をいつまでも使えない状態にしておくわけにもいかないし、私が時間を割くことはできない。

「わかった。厨房の掃除だけ外部の人間を雇う許可を出そう」
「ありがとうございます」

 ミシェルは礼を言って階段をあがった。
 私は再度、薬の調合を始めた。

 眠たいという感情は消えた。そんな感情がなくても気を抜けば寝てしまうからだ。
 でも、同時に辛いという感情も消えた。こんな苦痛、あの子が絶えている痛みに比べれば全然大したことはない。

 翌日、私はリーゼの経過観察をしたあと、厨房の状態を確認しようと一週間ぶりに玄関の方に向かった。
 誰かがいる?
 ミシェルはいま、地下二階にある倉庫で薬の本を探してもらっている。
 とすると一体?

「ちょうどできたところで――あ」

 そこにいたのは、銀髪の少年だった。
 私をミシェルと勘違いしたのだろう。
 少年は私を見るなり、こう尋ねた。

「オフィリア様でしょうか?」

 それが、この後直ぐにリーゼを救うことになる少年、クルトとの出会いだった。

   ※※※

 私は結局、リーゼを救うことはできなかった。
 それで構わないと思っている。
 いま、こうしてリーゼが元気でいてくれるのなら?
 ただ、今度同じことがあったときに対処できるように、私はこれまで以上に薬の勉強を続けている。

「オフィリア先生」

 かつて、王宮内で見せてくれた笑顔を伴い、彼女は私の名前を呼んだ。

「オフィリア先生、こちらのリボンとこちらのリボン、どちらがいいと思いますか?」
「アクリへのクリスマスプレゼントか? それなら箱の色を見てみないとわからないぞ」
「いいえ、クルト様へのプレゼントです。それに、箱は用意しませんわ」
「……どういうことだ?」

 私の疑問に、リーゼは自分の体にリボンを括りつけて言った。

「このようにこうして、クルト様に『プレゼントは私です! どうぞ召し上がってください』と言おうと思いまして」
「…………」

 昔はこんなアホな子じゃなかったはずなのに――と私は思った。
 もしもこれがなにかの呪いなのだとするのなら、すぐにでも解いてあげないと彼女が――いえ、この国が大変なことになりそうです。
 もっと勉強をしないといけませんね。


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 最後で全て台無しにしてしまってすみません。
 なお、リーゼの計画はユーリシアによって粉砕されました。
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