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幕間話2

SS お雑煮を作ろう(実食編)

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 東国三日目の夕方。
 黒い液体が壺の中に溜まっている。
 これが醤油という調味料らしい。
 醤油は味噌ほど嫌な臭いじゃない。塩の香りがあって、どことなく私の故郷を思い出させてくれる。私の故郷はいつも潮の香りがしたからな。

「……ん? クルト、お雑煮の素材に醤油はあったか?」
「皆さん、味噌のにおいが苦手みたいなので、味噌を使ったお雑煮ではなく、すまし汁のお雑煮を作ろうと思います。夜には完成しますよ」
「すまし汁?」
「はい。干した海草と燻乾させた魚で出汁を入れて、醤油で味をつけます」
「魚と海草のスープ? フィスクシュッペ(魚のスープ)みたいなものだろうか?」
「いえ、魚も海草も食べないんですよ」

 入れるのに食べない?
 言っている意味がよくわからないが、クルトがそういうんだ、きっと凄い料理ができるのだろう。
 料理の心配は必要ない。
 それより心配は――

「リーゼ、外の様子はどうだ?」
「囲まれていますわね」

 窓から外の様子を見ていたリーゼが言った。


 クルトお手製の圧雪煉瓦住居――イグルーを取り囲むように、東国の人間約五十人が集まっていた。
 昨日から怪しい目で見られていたんだが。

「まぁ、勝手にこんな家を建てたら、そりゃ怪しまれるよな。でも、地主には土地の使用許可はもらったんだろ?」
「クルト様がイグルーを建てる前に、銀貨を数十枚程を握らせて許可をもらいました」

 遠く離れた国で直接貿易を行っていないため、銀貨としての価値はあまり高くないが、それでも銀としての価値は十分にあるらしい。ホム―ロス王国の銀貨は銀の含有量が多い方だからね。

「なら、なんでこんなことになってるんだ?」
「わかりませんが、しかし、妙なのです。ユーリさん、あちらをご覧ください」

 リーゼが目で合図を送った先にいたのは、昨日の味噌醸造の店のおばちゃんだ。
 それだけじゃない、その後ろにいるのは、団子屋のおっさん? 横にいる同じくらいの年の女と若い女は、奥さんと娘だろうか? 仲直りできたようだ。
 他にも、ここ数日、クルトが出会った人ばかり集まっている。

「いったいどうなってるんだ?」
「もしかして、クルト様のお雑煮を目当てに集まってきたとか?」
「それも考えたのですが、しかし、クルト様はお雑煮ができる時間は、一昨日の時点ではわからなかったと思うのですが」

 言われてみればそうだ。
 味噌や醤油を作るのに、どれだけの時間が必要かわかっていない。
 それ以外の材料もいつ揃うかわかっていなかった。
 クルトは今夜中には完成させたいと言っていたけれど、完成するかどうかわからない状態で、他人を招待するようなことはしない。

「彼らに敵意はないようですが、ファントムがいないのです。万が一のとき、クルト様とアクリを守れるように、注意しておきましょう」
「だな。最悪、アクリの転移魔法に頼ることになりそうだが」

 本来であれば、リーゼが一番の護衛対象であることを忘れてはいけないが、私にとって一番の護衛対象はアクリであり、次にクルトだ。
 最悪、リーゼには尊い犠牲になってもらって、王女を見殺しにしたとなればホムーロス王国には戻れないから、クルトとアクリと三人、この地に骨をうずめることになるだろう。出国記録がないから、私たちが東国にいることは絶対にバレないはずだ。

「最悪、ユーリさんには尊い犠牲になってもらって、クルト様とアクリと三人で、この地に骨を埋めましょう」
「なにを考えてるんだよっ!」

 私も考えていたけれど。
 その時だった。
 厨房のほうからいい匂いが漂ってきた。

「ユーリママ、リーゼママ、おぞうに完成したの!」

 とてとてとアクリが駆け寄ってきて、リーゼの脚にしがみついた。

「そうですか。では、皆さんでいただきましょうか」
「いや交代で警戒するべきだろ」

 私がリーゼを窘める。
 さすがにこの状態で、全員居間に行くわけにはいかない。
 そう言ったのだが、

「おそとでみんなでたべるの!」

 突然、アクリが意味不明の提案をした。

   ※※※

「いやぁ、間に合ってよかったです。今夜、みんなを誘ったのに間に合わなかったらどうしようと――皆さん、お雑煮ができたのでどうぞ。このお雑煮には海老、大豆が使われていますので、アレルギーがある方は仰ってください。低アレルゲン雑煮も用意していますから」

 クルトがそう言って雑煮を椀に入れて配り始めた。
 アレルギーってなんだ? と東国の人は不思議そうに言っている。アレルギーに関しては、近年になってようやくホムーロス王国の工房で研究が始まったばかりなので、彼らが知らなくても不思議ではない。

「すまし汁の雑煮か……うちは白みそだからなぁ」
「おいらの故郷はすましだったから懐かしいぞ」
「お前、それ言ったら脱藩してきたことがバレるぞ、黙ってろ。それにしてもいい香りだな」

 まだ誰も手を付けていない。
 箸を持って待ち構えている。
 箸は私も東国の人間から聞いたことがあり、実際に使ったことがある。慣れるまでは時間がかかるが、木の枝をナイフで切るだけで作ることができるから、野宿のときに便利だ。
 リーゼはフォークを使っている。

「皆さん、いきわたりましたか? このお雑煮の餅は、飲み込んでも喉に詰まらないように工夫している餅ですけど、やっぱりよく噛んで食べてくださいね」

 クルトが注意事項を述べると、集まっていた東国の人が笑った。冗談を言っていると思っているようだ。
 でも、クルトが言ったんだから、きっとこの餅は飲み込んでも喉に詰まることはないんだろうな。

「では、みんなで食べましょう!」

 クルトが言ったときだった。
 太陽が沈み、闇に染まった大地に光が灯った。

 私たちがさっきまでいたイグルーが輝いていたのだ。
 白だけではない、赤、青、緑、黄、紫、煉瓦のひとつひとつが様々な色の光を放っている。
 とても幻想的な光景だった。
 硝子の中に入れた光だったらこんな光景にはならないだろう。
 白いようで、実は半透明の雪の中に光源が組み込まれているからこそ、このような優しい光になるに違いない。
 感動で涙がでそうになる。
 そうか、ここにいる人間は、これがあることをクルトに教えられ、こうして集まったのか。

「これ、クルトが作ったのか?」
「はい、うちの村は山の上にあったので、冬になると雪がいっぱいになるんです。それで、年に一度、このような光の建物を作って遊んだりするんですけど、あはは、僕、毎回予選落ちなんですよね」

 予選落ち?
 私をここまで感動させたクルトの建物が?
 ハスト村がますます恐ろしい場所に思えてきた。
 突然の幻想的な光景に呆然としていたみんなだったが、誰かひとりが「うめーーーっ!」と声を上げたことで我に戻り、全員がお雑煮を食べた。

 それがとてつもなく美味かったことは言うまでもない。

「僕とアクリは城壁警備の仕事で来られなかったサクラの皆さんや、騎士団の皆さんにお雑煮を届けてから、アクリを寝かしつけますので、ユーリシアさんとリーゼさんはゆっくり帰ってきてください」
「あぁ、そうさせてもらうよ。この光景をもう少し目に焼き付けたい」
「私も同じですわ」

 こうして、東国旅行は幕を閉じた。
 ……あれ? ちょっと待てよ?

「なぁ、リーゼ。私たち、どうやって帰ればいいんだ?」
「――っ!? はっ、クルト様がさも当然のように仰ったので、忘れていましたが、私たちだけでホムーロス王国に戻ることができません!」
「おいっ! クルトっ!」

 探しても、クルトの姿はそこにはなく――私とリーゼ、ふたりして東国の地に骨を埋めることになったのだった。

(翌日、イグルーの撤去にやってきたクルトと一緒に、無事に帰った) 
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