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幕間話2
SS 工房のクリスマス
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読み切りSSです。
2章の中頃設定で、時系列に僅かに矛盾がありますが、ご了承ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヴァルハの工房は、現在取り急ぎクリスマスツリーの飾りつけが行われていた。
といっても、飾りつけは全部クルトが行っている。
「ユーリママ、おっきい木なの」
アクリが私に抱かれ、モミの木を見上げて指さした。
あぁ、本当に大きな木だ。
昨日まで高さ二十メートルを超えるモミの木なんて、この工房にも周辺にも生えていなかった。
というより、天然のモミの木そのものがこの国にはないというのに、いったいどこで用意してきたのか。
まぁ、クルトだからこの程度は納得するか。
それより、問題はクルトが飾り付けている光る石だ。
あれが全部魔法結晶だというのだから驚きだ。
「見事でしょう、ユーリさん、アクリ」
「うん、綺麗なの!」
「……リーゼ、やりすぎじゃないか? 宝石を用意したのお前だろ」
「はい。クルト様はモミの木を用意するのに忙しそうでしたので。内助の功です」
内助の功って……宝石のひとつひとつは原石で用意したそうで、大した価値ではなさそうだが、それでも数が数だ。
恐らく、金貨十枚単位の金が動いているだろう。
リーゼの第三王女は肩書きだけではないということだ。
「それを言うなら、ユーリさん。まさか一日で七色鳥を仕留めてくるなんて。あれは難易度Sランクの魔物でしょう?」
リーゼが呆れたように言った。
七色鳥――七つの属性のブレスを吐く恐ろしい鳥の魔物だ。
しかも、同じだけ属性耐性を持つため、魔法の攻撃はほぼ効かず、羽はとても頑丈であり、ドラゴンにもっとも近い鳥と言われる。
ただし、その肉は柔らかく、非常に美味であり、多くの物語で聖なる夜に英雄たちは七色鳥を食べる。
「アクリにとってははじめてのクリスマスだからね。正しいクリスマスの夜っていうのを味わってもらいたいだろ?」
「貴族ですら、クリスマスに食べるのは鶏肉。庶民だとよくて鳩肉。私も七歳のお祝いに一度食べたことがあるだけですのに」
リーゼがため息をつく。
私だって、食べたことは一度もない。
それでも、クルトの雪華があれば、七色鳥の羽を斬ることは、鋏で紙を斬るくらい容易い。
なにはともあれ、クリスマスの準備は滞りなく進んでいた。
一番重要なことを思い出すまでは。
それを思い出したのは、クリスマスパーティ開始十分前だった。
「あ、そういえばアクリへのプレゼントを用意するのを忘れていた」
アクリがクリスマスパーティー(舌足らずでクリウマウと言っていたのでとても可愛かった)をしたいと言って、慌てて用意したせいだが、まさか愛する娘へのプレゼントを忘れるとは。
「……私もクルト様とおそろいの下着を用意するのに夢中で忘れていましたわ」
「お前は聖なる夜になにをしようとしているんだ」
「あら、聖なる夜だからではありませんか。まぁ、アクリがなにを望んでも、クルト様がいるから大丈夫でしょう」
「……あぁ、そうだな。クルトがいるから大丈夫か」
あいつにかかれば、熊のぬいぐるみでも、馬車の玩具でも一分もあれば用意できる。
「それでも、子供だからな。変なものが欲しいって言われたらどうしたらいいか」
「妹か弟が欲しいと言うのなら、私が頑張ります」
「頑張るなっ!」
私はトイレ用のスリッパでリーゼの頭をひっ叩き、ケーキの飾りつけをしているクルトとアクリのところに向かった。
「アクリ、ちょっといい?」
「なーに? ユーリママ」
つまみ食いしていたのだろう。ほっぺに生クリームをつけたアクリが指をくわえながら尋ねた。やばい、私の娘、可愛い。
意識を持っていかれそうになりながら、私はアクリに尋ねた。
「アクリ、クリスマスプレゼント何が欲しい?」
私が尋ねた。
すると、アクリは無邪気な顔で言った。
「んー、おしろがほしいの!」
その直後、私たちは動いた。
「……お城か。最初から建てようと思えば、最低一カ月はかかるかな」
「待て、クルト。確か、北西にいまは使われていない砦があったはずだ。恐ろしい魔物が巣くっているが私が退治してくるから、そこの基礎を使えば、もっと短期間でできるだろ」
「いいえ、ユーリさん。ここは私に任せてください。私は第三王女ですが、アクリのためなら手練手管を駆使し、次期女王の座を手に――そしてゆくゆくはアクリを跡継ぎにしましょう」
「どれだけ時間がかかるんだよ! クルト、砦があれば何時間で城を作れる?」
「そんな、砦があっても最低二週間はかかりますよ。ハスト村の村人総出なら一日でできるかも……リーゼさん、シーン山脈近くの町に転移しましょう!」
私たちがそんな計画を立てていると、厨房にシーナがやってきた。
「あ、こんなところにいたんだ。アクリ、頼まれていた人形用のお城、持ってきたよ」
シーナはそう言って、近所の細工屋の紋章が入っているアクリの顔くらいの大きさのお城の模型を渡した。
「ありがとう、シーナお姉ちゃん」
今日一番の笑顔でシーナにお礼を言うアクリを見て、私たちに焦りが出た。
「アクリ、お城の他に欲しい物はあるかい?」
「アクリ、弟か妹は欲しくない?」
「ケーキの上に、砂糖菓子でお城を乗せるからね」
こうして、私たちはアクリから最高の「ありがとう」をもらうための作戦を開始した。もちろん、リーゼはあとで説教しておくとして。
その後のクリスマスパーティはとてもいい思い出になった。
メリークリスマス。
2章の中頃設定で、時系列に僅かに矛盾がありますが、ご了承ください。
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ヴァルハの工房は、現在取り急ぎクリスマスツリーの飾りつけが行われていた。
といっても、飾りつけは全部クルトが行っている。
「ユーリママ、おっきい木なの」
アクリが私に抱かれ、モミの木を見上げて指さした。
あぁ、本当に大きな木だ。
昨日まで高さ二十メートルを超えるモミの木なんて、この工房にも周辺にも生えていなかった。
というより、天然のモミの木そのものがこの国にはないというのに、いったいどこで用意してきたのか。
まぁ、クルトだからこの程度は納得するか。
それより、問題はクルトが飾り付けている光る石だ。
あれが全部魔法結晶だというのだから驚きだ。
「見事でしょう、ユーリさん、アクリ」
「うん、綺麗なの!」
「……リーゼ、やりすぎじゃないか? 宝石を用意したのお前だろ」
「はい。クルト様はモミの木を用意するのに忙しそうでしたので。内助の功です」
内助の功って……宝石のひとつひとつは原石で用意したそうで、大した価値ではなさそうだが、それでも数が数だ。
恐らく、金貨十枚単位の金が動いているだろう。
リーゼの第三王女は肩書きだけではないということだ。
「それを言うなら、ユーリさん。まさか一日で七色鳥を仕留めてくるなんて。あれは難易度Sランクの魔物でしょう?」
リーゼが呆れたように言った。
七色鳥――七つの属性のブレスを吐く恐ろしい鳥の魔物だ。
しかも、同じだけ属性耐性を持つため、魔法の攻撃はほぼ効かず、羽はとても頑丈であり、ドラゴンにもっとも近い鳥と言われる。
ただし、その肉は柔らかく、非常に美味であり、多くの物語で聖なる夜に英雄たちは七色鳥を食べる。
「アクリにとってははじめてのクリスマスだからね。正しいクリスマスの夜っていうのを味わってもらいたいだろ?」
「貴族ですら、クリスマスに食べるのは鶏肉。庶民だとよくて鳩肉。私も七歳のお祝いに一度食べたことがあるだけですのに」
リーゼがため息をつく。
私だって、食べたことは一度もない。
それでも、クルトの雪華があれば、七色鳥の羽を斬ることは、鋏で紙を斬るくらい容易い。
なにはともあれ、クリスマスの準備は滞りなく進んでいた。
一番重要なことを思い出すまでは。
それを思い出したのは、クリスマスパーティ開始十分前だった。
「あ、そういえばアクリへのプレゼントを用意するのを忘れていた」
アクリがクリスマスパーティー(舌足らずでクリウマウと言っていたのでとても可愛かった)をしたいと言って、慌てて用意したせいだが、まさか愛する娘へのプレゼントを忘れるとは。
「……私もクルト様とおそろいの下着を用意するのに夢中で忘れていましたわ」
「お前は聖なる夜になにをしようとしているんだ」
「あら、聖なる夜だからではありませんか。まぁ、アクリがなにを望んでも、クルト様がいるから大丈夫でしょう」
「……あぁ、そうだな。クルトがいるから大丈夫か」
あいつにかかれば、熊のぬいぐるみでも、馬車の玩具でも一分もあれば用意できる。
「それでも、子供だからな。変なものが欲しいって言われたらどうしたらいいか」
「妹か弟が欲しいと言うのなら、私が頑張ります」
「頑張るなっ!」
私はトイレ用のスリッパでリーゼの頭をひっ叩き、ケーキの飾りつけをしているクルトとアクリのところに向かった。
「アクリ、ちょっといい?」
「なーに? ユーリママ」
つまみ食いしていたのだろう。ほっぺに生クリームをつけたアクリが指をくわえながら尋ねた。やばい、私の娘、可愛い。
意識を持っていかれそうになりながら、私はアクリに尋ねた。
「アクリ、クリスマスプレゼント何が欲しい?」
私が尋ねた。
すると、アクリは無邪気な顔で言った。
「んー、おしろがほしいの!」
その直後、私たちは動いた。
「……お城か。最初から建てようと思えば、最低一カ月はかかるかな」
「待て、クルト。確か、北西にいまは使われていない砦があったはずだ。恐ろしい魔物が巣くっているが私が退治してくるから、そこの基礎を使えば、もっと短期間でできるだろ」
「いいえ、ユーリさん。ここは私に任せてください。私は第三王女ですが、アクリのためなら手練手管を駆使し、次期女王の座を手に――そしてゆくゆくはアクリを跡継ぎにしましょう」
「どれだけ時間がかかるんだよ! クルト、砦があれば何時間で城を作れる?」
「そんな、砦があっても最低二週間はかかりますよ。ハスト村の村人総出なら一日でできるかも……リーゼさん、シーン山脈近くの町に転移しましょう!」
私たちがそんな計画を立てていると、厨房にシーナがやってきた。
「あ、こんなところにいたんだ。アクリ、頼まれていた人形用のお城、持ってきたよ」
シーナはそう言って、近所の細工屋の紋章が入っているアクリの顔くらいの大きさのお城の模型を渡した。
「ありがとう、シーナお姉ちゃん」
今日一番の笑顔でシーナにお礼を言うアクリを見て、私たちに焦りが出た。
「アクリ、お城の他に欲しい物はあるかい?」
「アクリ、弟か妹は欲しくない?」
「ケーキの上に、砂糖菓子でお城を乗せるからね」
こうして、私たちはアクリから最高の「ありがとう」をもらうための作戦を開始した。もちろん、リーゼはあとで説教しておくとして。
その後のクリスマスパーティはとてもいい思い出になった。
メリークリスマス。
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