勘違いの工房主~英雄パーティの元雑用係が、実は戦闘以外がSSSランクだったというよくある話~

時野洋輔

文字の大きさ
上 下
172 / 214
幕間話2

騎士団の新装備

しおりを挟む
――ようやく授業が終了し、短い頬ムルームも終える。
私は午後の授業で貯めた眠気を発散するように、大きく伸びをした。そして、近くの席の親友に声をかける。
「じゃあ理子、また明日!」 
「はーい、また明日ね!」  
カバンをつかみ、教室を出て、顔を出すのはとなりのクラス。
戸を開けて、中にいる彼に声を掛けた。
「蒼、帰ろ~!」
「おー、今行く。」

……あれから二年。
高年生になった私たちはいまだ、付き合っていない。



 *



「――ひな!」
あの時、私は歩道橋から転がり落ちることはなかった。
その場に来ていた蒼が、バランスを崩していく私の腕を、ギリギリ掴んだからだ。
「よかった、間に合った……!」
蒼はそう言って、私を抱きしめてくれた。
私も、一瞬でも遅れたら死んでいた恐怖もあいまって、蒼に抱きついた。そしてそのままそこで少しだけ泣いた。
久保さんはほっとしたような顔をしていたけど、直樹くんはそんな私たちを白けたような目で見ていた。
蒼はこっちに駆けてくる間に、私と彼の口論の、だいたいの内容を耳にしていたらしい。直樹くんをにらむと……それでもどこか辛そうに言った。
「……佐古。オレはお前を友達だと思ってたけど、お前にとってはそうじゃなかったんだな。」
それに、彼はフンと鼻を鳴らして応えた。
「――そうだよ。僕はお前のことがずっと大嫌いだったんだ。……お前のその、すぐに僕を責めたりののしったりしない、『良い子』なとこも嫌いだよ。」
二人でせいぜいお幸せに。
手を振り払って危ない目に遭わせたのはごめんね。
……そう言って、とっととその場を去っていった。久保さんも、私に一言「ごめん」とだけ言って、その場を立ち去った。
二人で残されると、蒼は全てを話してくれた。
「あの時、手紙を回し読みなんかしてごめん。今さら許してもらえるとは思ってないけど……、お前の気持ちを気持ち悪いなんて思ったことは、本当に一回もないから。これだけは信じてほしい。」
蒼が言うには、手紙の件は、直樹くんの言う通り、友達への誠意と自分の想いに板挟みになって、パニックになってしまったためだったらしい。彼にはずっと牽制をされていて、彼のことを、友人のことを裏切れないと思ってしまったのだと。
本当はもっと怒ってよかったのかもしれないけど(あとから事の顛末を聞いた理子はもっとキレろと憤慨していた)、私は蒼が『本当は嬉しかった』と、そう言ってくれただけで満足だった。……直樹くんの本性に気づかずに、自分の気持ちを捨てかけたのは私も同じだったから。
 ちなみに直樹くんは、一年生のうちに『家庭の事情』で中学を転校している。

――そして、やはり『茜くん』は、未来から来た蒼だったらしい。
蒼が歩道橋に来れたのも、彼に教えてもらったからだったそうだ。
あの新聞の『女子高生』とはつまり、私のことだったんだろう。あれは過去ではなく、未来の新聞記事だったのだ。
 
不思議だったのは、蒼の家に戻ると『茜くん』から託されたという例のノートが跡形もなく消えていたことだ。……そして、少し前まで蒼の家に来ていたという『彼』も。 付け加えれば、お母さんでさえも『茜くん』の存在をきれいさっぱり忘れていた。
……だから今、彼が『いた』ことを覚えているのは、私と蒼だけだった。
でも私たちはそのことに納得して、『きっと元の時代に帰ったんだろう』と結論づけた。ノートが消えたのは、私が助かったからだ。
「オレは奇跡をつかめたんだな。」
蒼はそう言って笑った。

……けど、結局私たちは付き合っていない。お互いの気持ちは確認しているも同然なのになぜなのかというと、それは蒼が、「二年後、『茜』と同じ年になってから告白する。」と言ったからだ。
「根拠はないけど、二年後、全部思い出す気がするんだよな。ひなと一緒に暮らしてた二週間、ひなを失った『向こうの世界』での二年間も。
だから、全部思い出してからオレの気持ちをお前にとって言うよ。……『茜』も、きっとお前に好きだって言いたかったはずだから。」
待っててくれるか、と言うので、しょうがないな、とうなずいた。
蒼が私を好きでいてくれるだけで、私はそもそも嬉しいし、それに。
「私は蒼に十年近く片想いしてたんだよ。両片想いの二年間なんて、大したことないよ。」
恋する乙女は強いのだ。



  *



――そして、今。
高校生になった私たちは、友達以上恋人未満の関係を二年間続けていた。
お互い部活のない日はいつも一緒に帰るので、周りの友達には付き合ってるのだと思われている。……わざわざ訂正してはいないけれども、実際は、残念ながらまだ『その日』は来ていない。
……同じ高校に進学した理子だけは事情をある程度知っているので、「めんどくさいな、あんたたち。」と言われてるけど。

「あー、明日英語の単語テストだ、最悪。くそ、今から勉強するのダルいな~。」
いつもの帰り道を並んで歩きながら、蒼がボヤく。
……でも、そんなことを言いながら結局ちゃんと勉強して、いい点数を取るのが蒼だ。
「帰ってマジメに勉強するくせに。マジメだもんね、蒼。」
「うるさいな。別にマジメとかじゃ――」
ぶわり。
不意に――蒼の言葉を遮るようなタイミングで、突風が吹いた。
瞬間的に台風が来たのかと思うほど、強い風。
「っと、すごい風だったね、今…………、蒼?」
返事がないので呼びかけると、蒼は立ち止まってじっと一点を見つめていた。
視線の先にあるのは、公園だ。児童公園。
蒼が見ているのは、そのはじっこにある――ベンチ?
「……ひな。」 
「ん?」
蒼がこちらを振り向く。晴れ晴れとした笑顔が、私に向けられる。
戸惑っていると、蒼がゆっくりと口を開いた。……そして。

「――もう、一人でベンチで泣いて、目ェこすって赤くしたりしないよな?」

「!」
息を、呑む。
聞き覚えがある言葉だった。
泣いている私に『彼』がかけてくれた言葉を、否応なく思い出す。
「……思い出したの? 全部?」
 声をふるわせて尋ねる私に、蒼は笑顔でうなずいた。
「うん、全部。お前が口開けて寝てたことも。」
「ばか、余計なことまで思い出さないで!」
思わず叫び――そのまま抱きつく。
蒼は危なげなく抱きとめてくれて、私の背中を叩いた。
そして、優しい声で言う。
「……ただいま、ひな。」
「おかえり、……『茜くん』?」
「ばーか、もう『茜』じゃねーよ。」
笑いをふくんだ声で訂正した蒼が、私の頬に手を触れた。
まっすぐな黒い目が、私を正面から捉える。
「……二年も待たせてごめん。気持ちの答え合わせ、していいか?」
「うん。……言って、蒼。」 
蒼が笑う。
泣き出しそうな、それでも、精いっぱい幸せそうな笑顔。

「ずっと前から好きだった。絶対大切にするから、オレと付き合ってください。」
「もちろん!」

ゆっくりと顔が近づき、唇が重なる。
――大丈夫。もう、私たちは一人で泣いたりしない。
だって、二人が夢にまで見た奇跡の果てが、今ここにあるから。

しおりを挟む
感想 701

あなたにおすすめの小説

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。