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幕間話

ユーリシアの黒歴史

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 黒歴史。なかったことにしたい自分の過去の出来事を指す言葉である。
 例えば、自作の詩集。若さ故に綺麗な言葉を連ねただけの読むに堪えない言葉の羅列。
 例えば、過去の行い。両目に眼帯を覆い、暗闇の中から心の目を開くという意味のない訓練。
 そして、私にもその黒歴史は存在する。
 しかも、歴史と呼ぶには最近過ぎる過去が。

 それは何かある度に思い起こされてしまう。

 昼食時間、いつものようにクルトが作ったスープを飲んでいる時だ。
 ダンゾウが何気なくクルトの料理を誉める。
「クルトの料理は本当に美味でござるな。しかし、これだけ料理ができるのであれば、嫁となる物は料理が作れぬでござろう」
 ……はぅ。
 私の中の黒歴史が呼び起こされた。
 そう、私はクルトに料理を振る舞ったことがある。
 一緒に山で採掘をしていた時、

『ああ、食べ物なら用意してるから。茹でた芋と塩と水だけどね』

 と言って、クルトに茹でた芋を振る舞った。
 こんなの料理とは呼べないと思うのに、クルトの奴、

『ううん、僕、誰かが作ってくれた料理を食べるの久しぶりなんで、嬉しいです』

 なんて言いやがって、言いやがって。
 クルトはめっちゃいい奴なんだけど、でも、それって私の唯一の手料理が茹でた芋になっちゃうじゃねぇか。
 でも、今更別の手料理を作るわけにもいかないんだよな、クルトのこの料理を食べてしまったら最後、あいつに料理を作ってやろうって気にはなれない。勿論、クルトは何を作っても喜んで食べてくれるだろうけど、女の矜持が許さない。
 はぁ……憂鬱だ。

 私がため息をつくと、隣の席のリーゼが窘めてきた。
「ユーリさん、食事の時くらいはもっと明るくしてください」
「悪いな、リーゼ。ちょっとクルトと最初に出会った時のことを思い出して」
「最初に出会った時ですか? それなら聞きますか? 私とクルト様の初めての出会いを」
「やめろ、それを言うな! また新たな黒歴史が――」
「そう、それは私が呪いで苦しんでいた時のことです――上半身裸の私にクルト様が優しく」
「だからそれを言うな――」

 思い出すだろ。
 芋を食べた後、クルトに……クルトにテントの中で……あぁぁぁぁぁあっ! なんで私はクルトに裸なんて見せちまったんだよ。
 でも、あの時はクルトのことがこんなにす……す……大切な存在になるなんて思っていなかったんだから仕方ないじゃないか。
 そうだ、全部ミミコの馬鹿が悪い。

『男の良し悪しを知る方法? そんなの簡単だよ、ユーリシアちゃん。裸になって寝ているところを襲ってきたら最低な人間だよ』

 みたいなことを言いやがって――いや、まぁ私もクルト以外には実践する気はなかったんだけど、クルトってどことなく子供っぽかったし、子供になら見られてもいいかな――なんてバカみたいなことを思った私が悪いんだけど……あぁ、最悪だ。
 なくなれ、私の記憶。

 私はテーブルに頭突きを喰らわせた。

「な、本当にどうなさったのですか、ユーリさん。一度外に風を浴びてきたらどうですか?」
「……そうさせてもらうよ」

 私はよろよろな状態で立ち上がり、食堂から裏庭に出た。
 はぁ……なんとかして記憶を消す方法がないもんかね。
 クルトとの出会いを最初からやり直したい――そう思った時だ。

「えい、えい、えい」

 気の抜ける掛け声が聞こえてきた。
 クルトの声だ。
 いったい、今度はどんなバカなことをしでかしているんだ? とそちらを見ると、

「ぶっ――」

 私は思わず吹き出してしまった。
 え? え? え?

「あ、ユーリシアさん。食事はもう終わったんですか?」
「クルト、何してるんだい?」
「何って、素振りです。前にカンスさんが素振りをしていたので、僕も倣って練習をと」
「そ……そうか。それで、その姿は?」
「はい、カンスさんが男たるもの、上半身裸で素振りをするもんだって」
「そ……そうなんだ。へぇぇぇ」

 そう頷きながらも、私の目はクルトの普段は見えることのない上半身から目が離せない。
 え……えぇ、クルトって小柄だけど意外と立派な胸板をしているんだな。

「私も一緒に素振りをしようかな。クルト、手本を見せてやるよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」

 こうして私は暫しクルトと向かい合って・・・・・・素振りをして、一緒に汗を流すことに決めた。

 記憶を消す方法? そんなの必要ないに決まっている。
 今の記憶を忘れるくらいなら黒歴史の二つや三つくらい抱えてみせるさ。

 後に、この日のクルトの無垢なところに付け込んだ行いが新たな黒歴史になることは……考えないでおく。
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