161 / 208
幕間話
一番怖いもの
しおりを挟む
~クルト視点~
僕は何が一番怖いかって聞かれたら、もちろん魔物が怖いって答える。
魔物は人を襲う。幼い頃、子供のゴブリンに何時間も追い回されて泣いたこともあったっけ。あの時は大人の人が来てくれてなんとか助かったけれど、きっと今の僕でも大人のゴブリン相手になら同じ結果になるんだろうな。
でも、今回はそうじゃない。
何でかは知らないけれど、魔物の住まない山での薬草採取――まさに僕にうってつけの仕事だからね。
さて、頑張って薬草を採取しよう。
僕はそう気を引き締め直し、ツルハシを構えた。
~ユーリシア視点~
「グロウ山に薬草を採取しに行っただって!? あの魔物も近付かない死の山へっ!?」
私の声がハロワのロビー全体に響き渡り、周囲の人間の注目を浴びた。
「こ、声を小さくしてください、ユーリシア様。この依頼は本来はSS級の依頼でして、工房主クラスの方しか受けられない依頼なのですから」
「わかってるよ、そんなことくらい。でも、なんでそんな危険な仕事、クルトに振ったんだい」
「だって、クルト様が『僕が受けられる薬草依頼の仕事とかないですか?』とお尋ねになられたので、もしかしてと塩漬けになっている《マンドレイク採取》の依頼を紹介したら、二つ返事で受けられたのですから。『薬草採取は得意ですから』って言って」
「あいつらしい……でも《マンドレイク採取》だけは危険すぎるだろ」
マンドレイク――魔法薬の材料となる薬草の中でも最も効能の優れている薬草のひとつに数えらえる。
主に呪術の素材に使われるが、それ以外にも回復薬や魔力増強薬の材料にもなる。
しかし、そのマンドレイクにはひとつ大きな特徴があり、引っこ抜いた時、大きな悲鳴のような声を上げ、その声を聞いた者は死に至るという。
耳栓をしても効果がない。聴力のない人間でも、その声は骨を震わせ脳に直接ダメージを与えるとも言われている。通常、マンドレイクの茎の部分に縄を括りつけ、その縄を犬に引っ張らっせて採取する。当然、縄を引っ張った犬は死んでしまうが、マンドレイクというのはそれだけ貴重な薬草だ。それが証拠に、今回の依頼の報酬は一本につき金貨50枚と破格の値段設定になっている。
「直ぐに止めてくるっ!」
私はそう言うと、グロウ山に向かって走った。
「あ、あの――クルト様は――」
キルシェルが何か言おうとしたが、時間が惜しい。
悪いが話も言い訳も後で聞かせてもらう。
グロウ山に辿り着いた私は、クルトを探した。
いた――あそこだ。
クルトは座り込み、手にはマンドレイクの茎が握られている。
クルトはまさに、マンドレイクを引っ張ろうとしていたのだ。
「クルト――っ! やめろっ!」
その叫びは間に合わず、クルトはマンドレイクを思いっきり――
「キャァァァァァァァァァっ!」
悲鳴が山に響き渡った。
「ユーリシアさん、どうしたんですか、急にそんな悲鳴を上げて」
クルトが驚き、私の方を見た。
「キルシェルから、クルトがこの山に入ったって聞いて」
「ああ、キルシェルさんから聞いてきたんですか」
「そ、それでクルトが死んだと――あれ? 何で生きているんだ?」
「あぁ、マンドレイクのことですか? はい、先に喉を潰しているので引っ張っても声をあげられませんよ」
クルトが私に抜いたばかりのマンドレイクを見せる。
人の姿に見えるそのマンドレイクだが、口のように見えるそこには大きな穴が開いていた。
「マンドレイクは引き抜く前にツルハシで喉の部分に穴をあければ悲鳴を聞かずに抜けるんですよ。ってキルシェルさんにも説明したんですけど、聞いてませんでしたか?」
「……聞いてないよっ!」
ってそんなこと可能なのか? 少しでもツルハシの位置がずれたら悲鳴が――ってクルトだもんな。できて当然か。
まったく、このバカはなんて……なんて……クルトが生きていてよかったよ。
「そういえば、さっき作業をしながら、何が一番怖いかって考えていたんです。僕は魔物が一番怖いんですけど、ユーリシアさんは何が一番怖いですか?」
私は何が一番怖いかって?
それはもちろん――
「お前のその天然なところだよ」
ちなみに、クルトが採取したマンドレイクは100本。依頼の報酬は金貨5000枚にも及ぶことになった。
キルシェルが涙目で、
「こんなに収穫されたら市場が値崩れを起こして大損失になっちゃいますよ」
と言って値引き交渉をしてきたが、そんなの知ったこっちゃない。
僕は何が一番怖いかって聞かれたら、もちろん魔物が怖いって答える。
魔物は人を襲う。幼い頃、子供のゴブリンに何時間も追い回されて泣いたこともあったっけ。あの時は大人の人が来てくれてなんとか助かったけれど、きっと今の僕でも大人のゴブリン相手になら同じ結果になるんだろうな。
でも、今回はそうじゃない。
何でかは知らないけれど、魔物の住まない山での薬草採取――まさに僕にうってつけの仕事だからね。
さて、頑張って薬草を採取しよう。
僕はそう気を引き締め直し、ツルハシを構えた。
~ユーリシア視点~
「グロウ山に薬草を採取しに行っただって!? あの魔物も近付かない死の山へっ!?」
私の声がハロワのロビー全体に響き渡り、周囲の人間の注目を浴びた。
「こ、声を小さくしてください、ユーリシア様。この依頼は本来はSS級の依頼でして、工房主クラスの方しか受けられない依頼なのですから」
「わかってるよ、そんなことくらい。でも、なんでそんな危険な仕事、クルトに振ったんだい」
「だって、クルト様が『僕が受けられる薬草依頼の仕事とかないですか?』とお尋ねになられたので、もしかしてと塩漬けになっている《マンドレイク採取》の依頼を紹介したら、二つ返事で受けられたのですから。『薬草採取は得意ですから』って言って」
「あいつらしい……でも《マンドレイク採取》だけは危険すぎるだろ」
マンドレイク――魔法薬の材料となる薬草の中でも最も効能の優れている薬草のひとつに数えらえる。
主に呪術の素材に使われるが、それ以外にも回復薬や魔力増強薬の材料にもなる。
しかし、そのマンドレイクにはひとつ大きな特徴があり、引っこ抜いた時、大きな悲鳴のような声を上げ、その声を聞いた者は死に至るという。
耳栓をしても効果がない。聴力のない人間でも、その声は骨を震わせ脳に直接ダメージを与えるとも言われている。通常、マンドレイクの茎の部分に縄を括りつけ、その縄を犬に引っ張らっせて採取する。当然、縄を引っ張った犬は死んでしまうが、マンドレイクというのはそれだけ貴重な薬草だ。それが証拠に、今回の依頼の報酬は一本につき金貨50枚と破格の値段設定になっている。
「直ぐに止めてくるっ!」
私はそう言うと、グロウ山に向かって走った。
「あ、あの――クルト様は――」
キルシェルが何か言おうとしたが、時間が惜しい。
悪いが話も言い訳も後で聞かせてもらう。
グロウ山に辿り着いた私は、クルトを探した。
いた――あそこだ。
クルトは座り込み、手にはマンドレイクの茎が握られている。
クルトはまさに、マンドレイクを引っ張ろうとしていたのだ。
「クルト――っ! やめろっ!」
その叫びは間に合わず、クルトはマンドレイクを思いっきり――
「キャァァァァァァァァァっ!」
悲鳴が山に響き渡った。
「ユーリシアさん、どうしたんですか、急にそんな悲鳴を上げて」
クルトが驚き、私の方を見た。
「キルシェルから、クルトがこの山に入ったって聞いて」
「ああ、キルシェルさんから聞いてきたんですか」
「そ、それでクルトが死んだと――あれ? 何で生きているんだ?」
「あぁ、マンドレイクのことですか? はい、先に喉を潰しているので引っ張っても声をあげられませんよ」
クルトが私に抜いたばかりのマンドレイクを見せる。
人の姿に見えるそのマンドレイクだが、口のように見えるそこには大きな穴が開いていた。
「マンドレイクは引き抜く前にツルハシで喉の部分に穴をあければ悲鳴を聞かずに抜けるんですよ。ってキルシェルさんにも説明したんですけど、聞いてませんでしたか?」
「……聞いてないよっ!」
ってそんなこと可能なのか? 少しでもツルハシの位置がずれたら悲鳴が――ってクルトだもんな。できて当然か。
まったく、このバカはなんて……なんて……クルトが生きていてよかったよ。
「そういえば、さっき作業をしながら、何が一番怖いかって考えていたんです。僕は魔物が一番怖いんですけど、ユーリシアさんは何が一番怖いですか?」
私は何が一番怖いかって?
それはもちろん――
「お前のその天然なところだよ」
ちなみに、クルトが採取したマンドレイクは100本。依頼の報酬は金貨5000枚にも及ぶことになった。
キルシェルが涙目で、
「こんなに収穫されたら市場が値崩れを起こして大損失になっちゃいますよ」
と言って値引き交渉をしてきたが、そんなの知ったこっちゃない。
120
お気に入りに追加
21,040
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。