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幕間話
一番怖いもの
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~クルト視点~
僕は何が一番怖いかって聞かれたら、もちろん魔物が怖いって答える。
魔物は人を襲う。幼い頃、子供のゴブリンに何時間も追い回されて泣いたこともあったっけ。あの時は大人の人が来てくれてなんとか助かったけれど、きっと今の僕でも大人のゴブリン相手になら同じ結果になるんだろうな。
でも、今回はそうじゃない。
何でかは知らないけれど、魔物の住まない山での薬草採取――まさに僕にうってつけの仕事だからね。
さて、頑張って薬草を採取しよう。
僕はそう気を引き締め直し、ツルハシを構えた。
~ユーリシア視点~
「グロウ山に薬草を採取しに行っただって!? あの魔物も近付かない死の山へっ!?」
私の声がハロワのロビー全体に響き渡り、周囲の人間の注目を浴びた。
「こ、声を小さくしてください、ユーリシア様。この依頼は本来はSS級の依頼でして、工房主クラスの方しか受けられない依頼なのですから」
「わかってるよ、そんなことくらい。でも、なんでそんな危険な仕事、クルトに振ったんだい」
「だって、クルト様が『僕が受けられる薬草依頼の仕事とかないですか?』とお尋ねになられたので、もしかしてと塩漬けになっている《マンドレイク採取》の依頼を紹介したら、二つ返事で受けられたのですから。『薬草採取は得意ですから』って言って」
「あいつらしい……でも《マンドレイク採取》だけは危険すぎるだろ」
マンドレイク――魔法薬の材料となる薬草の中でも最も効能の優れている薬草のひとつに数えらえる。
主に呪術の素材に使われるが、それ以外にも回復薬や魔力増強薬の材料にもなる。
しかし、そのマンドレイクにはひとつ大きな特徴があり、引っこ抜いた時、大きな悲鳴のような声を上げ、その声を聞いた者は死に至るという。
耳栓をしても効果がない。聴力のない人間でも、その声は骨を震わせ脳に直接ダメージを与えるとも言われている。通常、マンドレイクの茎の部分に縄を括りつけ、その縄を犬に引っ張らっせて採取する。当然、縄を引っ張った犬は死んでしまうが、マンドレイクというのはそれだけ貴重な薬草だ。それが証拠に、今回の依頼の報酬は一本につき金貨50枚と破格の値段設定になっている。
「直ぐに止めてくるっ!」
私はそう言うと、グロウ山に向かって走った。
「あ、あの――クルト様は――」
キルシェルが何か言おうとしたが、時間が惜しい。
悪いが話も言い訳も後で聞かせてもらう。
グロウ山に辿り着いた私は、クルトを探した。
いた――あそこだ。
クルトは座り込み、手にはマンドレイクの茎が握られている。
クルトはまさに、マンドレイクを引っ張ろうとしていたのだ。
「クルト――っ! やめろっ!」
その叫びは間に合わず、クルトはマンドレイクを思いっきり――
「キャァァァァァァァァァっ!」
悲鳴が山に響き渡った。
「ユーリシアさん、どうしたんですか、急にそんな悲鳴を上げて」
クルトが驚き、私の方を見た。
「キルシェルから、クルトがこの山に入ったって聞いて」
「ああ、キルシェルさんから聞いてきたんですか」
「そ、それでクルトが死んだと――あれ? 何で生きているんだ?」
「あぁ、マンドレイクのことですか? はい、先に喉を潰しているので引っ張っても声をあげられませんよ」
クルトが私に抜いたばかりのマンドレイクを見せる。
人の姿に見えるそのマンドレイクだが、口のように見えるそこには大きな穴が開いていた。
「マンドレイクは引き抜く前にツルハシで喉の部分に穴をあければ悲鳴を聞かずに抜けるんですよ。ってキルシェルさんにも説明したんですけど、聞いてませんでしたか?」
「……聞いてないよっ!」
ってそんなこと可能なのか? 少しでもツルハシの位置がずれたら悲鳴が――ってクルトだもんな。できて当然か。
まったく、このバカはなんて……なんて……クルトが生きていてよかったよ。
「そういえば、さっき作業をしながら、何が一番怖いかって考えていたんです。僕は魔物が一番怖いんですけど、ユーリシアさんは何が一番怖いですか?」
私は何が一番怖いかって?
それはもちろん――
「お前のその天然なところだよ」
ちなみに、クルトが採取したマンドレイクは100本。依頼の報酬は金貨5000枚にも及ぶことになった。
キルシェルが涙目で、
「こんなに収穫されたら市場が値崩れを起こして大損失になっちゃいますよ」
と言って値引き交渉をしてきたが、そんなの知ったこっちゃない。
僕は何が一番怖いかって聞かれたら、もちろん魔物が怖いって答える。
魔物は人を襲う。幼い頃、子供のゴブリンに何時間も追い回されて泣いたこともあったっけ。あの時は大人の人が来てくれてなんとか助かったけれど、きっと今の僕でも大人のゴブリン相手になら同じ結果になるんだろうな。
でも、今回はそうじゃない。
何でかは知らないけれど、魔物の住まない山での薬草採取――まさに僕にうってつけの仕事だからね。
さて、頑張って薬草を採取しよう。
僕はそう気を引き締め直し、ツルハシを構えた。
~ユーリシア視点~
「グロウ山に薬草を採取しに行っただって!? あの魔物も近付かない死の山へっ!?」
私の声がハロワのロビー全体に響き渡り、周囲の人間の注目を浴びた。
「こ、声を小さくしてください、ユーリシア様。この依頼は本来はSS級の依頼でして、工房主クラスの方しか受けられない依頼なのですから」
「わかってるよ、そんなことくらい。でも、なんでそんな危険な仕事、クルトに振ったんだい」
「だって、クルト様が『僕が受けられる薬草依頼の仕事とかないですか?』とお尋ねになられたので、もしかしてと塩漬けになっている《マンドレイク採取》の依頼を紹介したら、二つ返事で受けられたのですから。『薬草採取は得意ですから』って言って」
「あいつらしい……でも《マンドレイク採取》だけは危険すぎるだろ」
マンドレイク――魔法薬の材料となる薬草の中でも最も効能の優れている薬草のひとつに数えらえる。
主に呪術の素材に使われるが、それ以外にも回復薬や魔力増強薬の材料にもなる。
しかし、そのマンドレイクにはひとつ大きな特徴があり、引っこ抜いた時、大きな悲鳴のような声を上げ、その声を聞いた者は死に至るという。
耳栓をしても効果がない。聴力のない人間でも、その声は骨を震わせ脳に直接ダメージを与えるとも言われている。通常、マンドレイクの茎の部分に縄を括りつけ、その縄を犬に引っ張らっせて採取する。当然、縄を引っ張った犬は死んでしまうが、マンドレイクというのはそれだけ貴重な薬草だ。それが証拠に、今回の依頼の報酬は一本につき金貨50枚と破格の値段設定になっている。
「直ぐに止めてくるっ!」
私はそう言うと、グロウ山に向かって走った。
「あ、あの――クルト様は――」
キルシェルが何か言おうとしたが、時間が惜しい。
悪いが話も言い訳も後で聞かせてもらう。
グロウ山に辿り着いた私は、クルトを探した。
いた――あそこだ。
クルトは座り込み、手にはマンドレイクの茎が握られている。
クルトはまさに、マンドレイクを引っ張ろうとしていたのだ。
「クルト――っ! やめろっ!」
その叫びは間に合わず、クルトはマンドレイクを思いっきり――
「キャァァァァァァァァァっ!」
悲鳴が山に響き渡った。
「ユーリシアさん、どうしたんですか、急にそんな悲鳴を上げて」
クルトが驚き、私の方を見た。
「キルシェルから、クルトがこの山に入ったって聞いて」
「ああ、キルシェルさんから聞いてきたんですか」
「そ、それでクルトが死んだと――あれ? 何で生きているんだ?」
「あぁ、マンドレイクのことですか? はい、先に喉を潰しているので引っ張っても声をあげられませんよ」
クルトが私に抜いたばかりのマンドレイクを見せる。
人の姿に見えるそのマンドレイクだが、口のように見えるそこには大きな穴が開いていた。
「マンドレイクは引き抜く前にツルハシで喉の部分に穴をあければ悲鳴を聞かずに抜けるんですよ。ってキルシェルさんにも説明したんですけど、聞いてませんでしたか?」
「……聞いてないよっ!」
ってそんなこと可能なのか? 少しでもツルハシの位置がずれたら悲鳴が――ってクルトだもんな。できて当然か。
まったく、このバカはなんて……なんて……クルトが生きていてよかったよ。
「そういえば、さっき作業をしながら、何が一番怖いかって考えていたんです。僕は魔物が一番怖いんですけど、ユーリシアさんは何が一番怖いですか?」
私は何が一番怖いかって?
それはもちろん――
「お前のその天然なところだよ」
ちなみに、クルトが採取したマンドレイクは100本。依頼の報酬は金貨5000枚にも及ぶことになった。
キルシェルが涙目で、
「こんなに収穫されたら市場が値崩れを起こして大損失になっちゃいますよ」
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