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第29話『約束』
しおりを挟む魔王の城を警備する、たくさんの衛兵に囲まれてしまい、絶体絶命のピンチに陥ったユーカは、苦肉の策として、現在ユーカがいる場所を魔法によって吹き飛ばし、その隙に行動を起こそうとしていた。
しかし、それを実行しようとした直前で、後ろから何者かに声を掛けられ、魔法を使うタイミングを逸してしまう。
「ちょっ、ちょっと待って!そんな事したら、お城が壊れちゃう!」
「当たり前じゃないの…城を壊そうとしているのだから。」
声の聞こえた方向には目を向けず、周りを取り囲む衛兵たちに注意を払いながら、声を発した何者かに、聞こえるうに返事をする。
「それは困るわ!そこをなんとか、堪えてくれないかしら?」
「うるさいわね!私は今、ピンチなの!それもすっごく!」
「それは…見た感じ分かるけど?」
ユーカに話しかけていた何者かが、だんだんとユーカに近づいてくる。
その何者かとユーカのふたりが話している間は、不思議なことに、衛兵の誰ひとりとして、ユーカに攻撃を仕掛けようとはしなかった。
ユーカは警戒を続けながらも、近づいてくる何者かに意識を向ける。
そして、ユーカを取り囲んでいた衛兵の一部が下がり、何者かのために場所を明け渡す。
衛兵に明け渡された場所から、何者かはユーカに近づいてくるようで、衛兵の影から、ついにその姿をあらわす。
「まったく…派手に暴れてくれたものね。誰が修理すると思ってるの?」
「あなたは?」
「うん?」
「あなたは何者かって聞いてるのよ。」
「あぁ、私は…それより、これはどういう状態なの?」
「まずは私の質問に答えてもらうかしら?」
「別に…答えなくても、君は私の正体に気づいているのでしょう?」
「あくまでも推測に過ぎないわ。あなたの口から聞くまではね。」
「そっか…じゃあ聞かせてあげても良いのだけれど、今の状況は、君の方が圧倒的に不利じゃないの?」
「このくらいの包囲なら、簡単に抜け出せるわよ。」
「でも、それをしないと…。その扉の奥に何か用があるのでしょう?」
「ねぇあなた、さっきから質問ばっかりで少しムカつくのだけど。」
「それは…申し訳なかった。でも、君が話してくれないからじゃない。」
「話したら私の要求を聞いてくれるのかしら?」
「そうね、場合によっては手を組むのもアリだと考えているわ。」
「手を組む?」
「そう、手を組むの。」
「それは…魔王領でもナニカ不吉な事が起こっているということかしら?」
「まぁそんなところかな?」
「私がそんなに簡単に、あなたたちにダマされるとでも思っているの?」
「それは君の思い込みじゃないのかな。現に私たちは、先ほどから一切、攻撃を仕掛けてないでしょう。」
「それじゃあ、衛兵さんたちを全員下げてくれるかしら?」
「まぁ、別に構わないけど…。」
何者かは、ユーカの言う通りに衛兵に向かって下がるように言う。
その命令に従って、すべての衛兵が引いていく事から、目の前に立っている何者かは、相当な実力者なのか、あるいはとても、高位の存在なのだと伺えた。
「これで良いのかしら?」
「いいえ、まだよ。と言いたいところだけれど、話が進まないから、そこは許容するわ。」
「そこまで気づいていたとは…君、結構やるねぇ。」
「逆に気づかない方がおかしいわよ。」
「まぁ、それもそうか。それで…君の要求は何かな?」
「私の要求は、この扉の奥…宝物庫にある、重賞を治す薬が欲しいの。」
「なるほどね…宝物庫を探すために、この城を片っ端から暴れまわっていたわけね。」
「そうよ。地下に何もなかった時は、さすがに私も焦ったわ。」
「私としては…君の方が何者なのか、尋ねたくなってしまうなぁ。君も、本来の姿ではないような気がするし…。」
「それはどうでも良いのよ。それより…渡してくれるのかしら?」
「君が言っているのが、エリクサーなのかトキジクノカクなのか、それともアムリタなのか…。」
「どれでも良いわよ!それで、有るの?無いの?」
「まぁ、結論から言ってしまえば…無い。」
「ウソっ…そんなはずは。」
「ただまぁ…私の使う秘技の中には、傷を癒すものもあるのだけれどね。」
「それは、本当なの!?」
「えぇ、本当よ。」
「それじゃあ…。」
「条件があるわ!」
ユーカの言葉を遮って、何者かは、強く主張する。
その、あまりの迫力に、ユーカは後ろに大きく跳び退き、戦闘態勢をとる。
「あぁ、すまない。戦う気はないから、落ち着いてくれないかな。」
「ねぇ…あなたさっきから、喋り方がブレブレよ。」
「しょ、しょうがないでしょ!君と…なんだか被ってるみたいだし…。」
「そ…そうね。ごめんなさい。」
「それは、今は置いておこう、ね?」
「え、えぇ…その方が良さそうだわ。」
「それで…君の欲している薬はないけど、同じような効果のある秘技を、私は使う事ができる。」
「私に選択の余地はないのでしょ?まぁ、本当は薬があって、あなたが私の力を借りたいが為に、嘘をついているのなら別だけど。」
「それなら、宝物庫の中を見せても良いけど、君、その薬を見た事はあるの?」
「もちろん無いわ!」
「それじゃあ…うん、見たところで分からないよね。」
「はぁ…ヴェルが居ないと調子狂うわ。」
「ふぅん、その、ヴェルって子のために、君は薬を探していたわけかな。」
「そうよ、悪い?」
「いや…別に悪く無いよ。」
「それで、交換条件をまだ聞いてないのだけど。」
「その話は後にしよう、それより…君はお仲間が心配なんでしょう?」
「分かったわ。でも、ヴェルを治療してもらった後も、私がここに留まるとは限らないわよ?」
「いや、君は必ず私の話を聞いてくれるはずだよ。必ずね。」
「良くもまぁそんなにハッキリと決めつけられるものね…。どこにそんな自信があるのかしら?」
「そうだね…言うなれば、君の目かな?」
「目を見てヒトの心の中でも読めるのかしら?」
「そうじゃないよ。ただ、今の君は正直な目をしている。それだけ相棒が大切なんじゃないのかな?」
「ふん…。うるさいわね、行くわよ。」
「そうだね、君の焦りようだと、急いだ方が良さそうだからね。」
ユーカは何者かを伴って、急いでヴェルの元へ向かった。
途中で何度も城を警備する衛兵や、城に使える使用人などとすれ違ったが、誰も彼もが何者かに対しては、礼儀良く腰を折っていた。
さらには、何者かと一緒にいるおかげで、ユーカは魔王の城の中を我が物顔で歩く事ができたし、誰ひとりとしてユーカに攻撃を加えてくる者はいなかった。
そして、来た時よりも圧倒的に短時間で、ヴェルと別れた場所の近くまでやって来る。
すでにユーカがヴェルのために燃やした植物の火は消えているようで、煙が燻っていて視界が悪かった。
しかし、ユーカはそれに違和感を感じる。
「火が…消えている?」
「どうかしたの?それより…とっても煙たいのだけど。」
「いえ…なんでもないわ。」
考えるのは後だとばかりに、かぶりを振り、すぐに意識を切り替える。
煙で視界が悪い中を、ユーカはヴェルを探すために手さぐりで、躊躇することなくどんどん煙の中へと入っていく。
何者かも、ユーカを追って煙の中へと入って行くが、いかんせん視界が悪いために、時たま、ごちんとユーカにぶつかっていた。
「うーん、燻されてるチーズや卵の気分がする。」
「気が散るから話しかけないでくれる?」
ユーカはピリピリしている様で、何者かの軽口に付き合っている余裕さえなく、神経を研ぎ澄まして、ヴェルの事を探していた。
もし、煙が立ち込めてなく、視界がクリアの状態なら、ユーカの額に流れる汗を見る事ができただろう。
煙の中に入ってから、もくもくとヴェルの事を探し始めて数分後、ユーカは張り詰めた空気の中で、少しの呻き声がした事を見逃さなかった。
「ヴェル!そこに居るのね?」
ユーカは、走り出したい気持ちを必死に抑え、慎重に声の元絵と近づく。
しかし、あれから一度もうめき声は聞こえず、場所を特定するまでは至らなかったので、すぐにヴェルを見つけることはできなかった。
「あの…さ、魔法で煙を吹き飛ばせば良いんじゃないかな?」
「ダメよ、ヴェルごと吹き飛ばしちゃうでしょ。」
「結界は張らなかったのか?」
「っ…!い、急いでたのよっ!」
「そっか…。(貼り忘れだな…。)」
そんな会話を交わしてから、程なくして、ユーカは何かを踏んだ様な気がした。
そして、間髪入れずにうめき声が聞こえる。
「うぐっ…。」
「ヴェル?」
「う、うむぅ…ユーカ、か?」
「ヴェル?ヴェルなのね!?」
ユーカは、ヴェルを探すために遠くばかりを見ていたので、まさかこんな近くまで来ていたとは夢にも思わず、踏んでしまった足を慌ててどけて、地面に臥せっているヴェルに寄るためにしゃがみ込む。
「おぉ…夢ではないのじゃな。」
「えぇ、まだ息があって良かったわ。」
するとユーカは、ハッとして思い出した様に、一緒に付いてきた何者かを呼び寄せる。
「こっちよ!ねぇ、聞こえてる?」
「あぁ、聞こえてるよ。どれどれ。」
何者かはヴェルの様子を伺うために、ユーカの反対側にしゃがみ込み、いくつか質問をする。
「それで…どこをケガしているのかな?」
「腹部よ。」
「ふむ…?他には?」
「たぶん…大丈夫かしら?ねぇヴェル?」
「うむ、我が受けたのは、腹部の一撃だけじゃ…。」
「ふぅん…でも、どこにもケガなんて見当たらないけど?」
「えっ…?」
ユーカは何者かの指摘を受けて、ヴェルの腹部を確かめてみる。
と、そこには、傷の後はあるが、傷そのものはすっかりと無くなっていた。
「どういう事…?」
「うむぅ…我にもわからぬ、が…心配をかけてすまなかったの。我は元気じゃぞ。」
「もうっ、バカっ!」
しばらくユーカは、ヴェルの胸に顔を埋めたまま、声を殺して泣いていた。
そんなユーカを、ヴェルは左手を背中に回し、右手では頭を撫でてあげていた。
そして、何者かは、特にする事もなくその場に結界を張り、魔法で煙を吹き飛ばす。
ようやく泣き止んだユーカは、ゴシゴシと顔をこすって、目元を真っ赤にさせていた。
すると、何者かがヴェルの手元に落ちているナゾの包み紙を見て尋ねる。
「これは…何か食べたのかな?」
「我にはさっぱりじゃ、まぁ…おそらく無意識で口に含んだのやも知れぬの。」
「あら、これはたぶん…ガンズさんに貰った餞別ね。」
「ほぅ、少し残り香がするな。調べてみても良いかい?」
「えぇ、構わないわ。」
その後、何者かは、ナゾの包み紙に付着した粉を舐めてみたり、匂いを嗅いでみたりと色々としていたが、何かが分かった様で、唐突に声を上げる。
「こっ、これは!トキジクノカク!?」
「トキジクノカク?なんじゃソレは?」
「うそっ…ガンズさんったら、そんな事ひと言も言ってなかったわよ。」
「いや…間違いない。おそらくはコレのお陰で助かったんだろうね。」
「ほぅ、あの商隊の御仁か…。命の恩人という訳じゃな。」
「それもあるけど…よくコレがトキジクノカクだと分かったわね。」
「うむぅ…我にも良くわからぬ。ただ、なぜか無意識で口に含んでおったのじゃ。」
「まぁ、何はともあれ、大切な人が無事で良かったじゃない。」
「何よ…私はただの骨折り損だったって事?」
「おお怒らないでくりゃれ…我も知らなんだのじゃ。」
「別に…怒ってなんかないわよ。」
「そ、そうか?それは良かった。」
「それはこっちのセリフよ…。良かったわ、ヴェル。あなたが無事で。」
「それはまぁ…約束じゃからの。我はお主の前から消えたりはせぬよ。」
「ふんっ…。勝手になさいよ。」
「あーあーっ…。んうんっ!」
「あら…あなた、まだいたの?」
「誰じゃ?」
「えぇ…。すごく酷いね。ねぇ、酷くない?」
「だって、ヴェルが無事な以上、あなたはもう用無しなのだもの。」
「そんなぁ…。でもでも、君、私の城を壊しまくったよね?」
「なんの事かしら?身に覚えがないわ。」
「ちょっ…ねぇ、話だけでも聞いてくれないかな?」
「ダメよ、私たちも忙しいのだもの。」
「そこをなんとかっ!」
「しつこいわね、うちのおバカと一緒よ。」
「ねぇねぇ、サラりと我の事けなした?」
「あらヴェル、なかなか耳が良いのね。」
「聞こえる様に言ったよね?ねぇ、我ってばそんなにメンタル強くないんじゃが。」
「そう?じゃあせいぜい鍛える事ね。」
「ちょっと…我、病み上がりなんだけど、もうちぃっと優しくはしてくれぬのかや?」
「あら…あなたはケガをしただけで、風邪を引いた訳ではないでしょ?」
「それも…そうじゃが…。」
「あぁ、私ってばウッカリさん。そういえばあなたは、少し頭がおかしい病気だったかしら?」
「むっきゃーっ!我プンプンじゃぞ!」
「あら…治っては、ないみたいね。」
「もう怒ったぞ!我、今日は不貞寝するから、朝の7時までは起きないからの!」
「あ…あのぉ。」
『まだいたの(かや)』
「おふぅっ…。おふたりとも、酷すぎます。私のライフゲージはもうゼロです。」
「はぁ…しょうがないわね。それじゃ、話を聞いてあげるわ。聞いてあげるだけだからね!」
ひとつ小さなため息をついた後、そう言うと、ユーカはヴェルの隣に腰を下ろし、何者かの方を向く。
ヴェルも先ほどから気になっていたのか、黙ったままで、何者かの話を聞こうと耳をピコピコさせていた。
「では、単刀直入に…魔王領は数ヶ月以内に荒廃する予定です。」
「単刀直入すぎるわ。もっと噛み砕いて説明して頂戴。」
「クレアの時と似ておるの。」
「本当ね。なんと言うか、なんとも言えないこの感じよね。」
「えっと…それで、力は貸してくれるのかな?」
「報酬は?」
「へ?」
「報酬よ報酬。まさか、タダで手伝えっていうの?」
「いや…それより、君は今、噛み砕いて説明しろって…。」
「あぁ…それもそうね。まぁでも、詳しく聞く前に手伝う事を決めるか、聞いた後に決めるかの違いだもの。」
「それは…手伝ってくれるという事で良いの?」
「えぇ、もちろんよ。」
「うむ、助けない訳が無かろう。」
「それじゃ、報酬の話に戻るわよ。」
「君たちは、何を望んでいるの?」
『世界平和。』
堂々と、ユーカとヴェルは宣言する。
すると、目を大きく見開き、ふたりをしばらく観察した後、何者かはゆっくりと口を開いた。
「まさか…冗談、じゃない様だね。」
「まぁ、その前に…魔王領が瀕している危機というヤツを、簡単に説明してもらっても良いかしら?」
「それは構わないけど、できればゆっくりと話したいかな。」
「そう…じゃあ報酬の件だけでも先に決めてしまおうかしら?」
「あまり大層なものは支払えないけど、できるだけ君たちの望むものを用意しよう。」
「あら、あなたに『世界平和』が用意できるの?」
「それはムリかな…。」
「まぁそれは分かっているのだけれどね。」
「それじゃあ、それ以外で考えておいてくれるとありがたい。」
「分かったわ。あぁそれと、コレをあなたに渡しておくわ。」
「うん?なんだいコレは?」
「皇帝領、帝国、その指導者。現皇帝のクレアから、あなた宛てられた親書よ。」
「私に…?」
「そう、あなたにね。」
ユーカはカバンから親書を取り出すと、強引に何者かに押し付ける。
何者かは、困惑しながらもそれを受け取る。
そして何者かが顔を上げると、ニヤリと笑みを浮かべたユーカが立っていた。
次回:第30話『正体』
お楽しみにお待ちください。
9月24日 21時を更新予定にしております。
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