~【まおうすくい】~

八咫烏

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第28話『潜入』

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前回:第27話『魔王の城』を加筆修正致しました。
よろしければ、ご確認ください。





ユーカはヴェルと別れた後、とてつもないスピードで魔王の城の敷地内を駆けずり回り、『あるもの』を探していた。
ソレを探すのに夢中になっていたユーカは、いつの間にか魔王の城の内部へと入り込んでいたらしく、我に返って周りを見渡した時には、すでに手遅れの状態だった。
派手に城の中を走り回っていたので、城の中を警備していた衛兵に見つかり、気づいた時には後ろから、ものすごい数の魔王領の兵士たちが追いかけていたのだった。
さらに、後ろからだけでは飽き足らず、通路が交差するところでは、左右からも兵士が追いかけてきた。
城内で、しばらく鬼ごっこを続けていたユーカと魔王領の兵士たちは、最終的に、ユーカに軍配があがる事となる。
ユーカは通路の途中に窓を見つけ、そこからひょいっと外へと飛び出すと、そのまま地面に着地して、物陰に隠れる。
そこからは、コソコソとしながら、魔王の城の中を、『あるもの』を見つけるために、ひたすら走りまわった。
しかし、魔王の城の中は、城内にもうひとつの城があると表現しても過言ではないほど、複雑に入り組んでおり、いくら、自称天才のユーカといえども、城の全貌は未だに判明していなかった。
さらには、城内を警備する衛兵に見つからないようにしていたため、どうしても行動に制限がかかってしまっていた。
そのため、ユーカが探している『あるもの』は、未だに見つからないでいた。
すでに、ユーカの体感では、2時間以上経過していたので、ユーカはとても焦りを感じていた。
しかし、焦っても仕方がないと思い、心の中では、壮絶な葛藤が繰り広げられていた。

(歯痒いわね…こんなに自分の無力さを感じたのは初めてだわ。)

ユーカは額に汗を浮かべながら、角から通路を覗いて、衛兵がいないのを確認すると、さらに先へと進んでいく。
最大限に警戒しながら進んでいるおかげかは分からないが、窓から飛び出して以来、一度も衛兵とエンカウントする事なく行動できていた。
しかし時折、衛兵をやり過ごすために、通路の影に身を隠しながら、そっと衛兵の様子を覗き見ると、未だにユーカの事を探している事は判ったので、警戒を続けながら移動していた。

(早くアレを見つけなければいけないのに…。)

そこからさらに寸刻の間、必死に城内を、衛兵に見つからない様に駆けずりまわり、ようやく階段を発見した。
しかし、そこにはやはり、大勢の衛兵が守りを固めていた。

(ここをこっそり通過するのは少し骨が折れそうね…。)

通路の影に隠れて様子を伺いながら、ユーカは階段を突破する方法を思案する。
ここで焦って見つかってしまっては、全てが水泡に帰してしまうので、いくら急いでいるからと言え、勢いに任せて横着をしてしまう訳にはいかなかった。
しばらく考えた結果、ユーカはひとつの賭けに出る事にした。
その方法とは、反対側の通路を魔法で爆破して、衛兵の注意をそちら側に向け、その間にそそくさと階段を突破する、というものであった。
階段を守る衛兵が、爆破した通路に意識を割いてくれればユーカの勝ちであり、衛兵が通路には目も向けず、淡々と階段の守りだけに意識を割いていればユーカの負けだ。
さらには、階段を守っている衛兵が応援を呼んでしまったら、ユーカは惨敗であった。
どちらにしろ、チャンスは一度限りの捨て身の行為であり、リスクのほうが高いときていた。

(この程度の稚拙な案しか浮かばないとは…私も落ちぶれたわね。)

ユーカは通路の反対側に狙いを定め、爆発する火の魔法を放つ。
ユーカの狙った場所に、寸分違わず命中して、ユーカの隠れている通路とは反対側の通路が、音を立てて崩れる。
階段を守る衛兵たちは、何が起こったのか解からず、一斉に身構えて、爆破された通路の方へと意識を向ける。
部の悪い賭けには、言うまでもなく、ユーカが勝利した。
ユーカは一気に、通路の影から飛び出し、目にも留まらぬ速さで跳躍すると、衛兵の目が、爆破した反対側の通路に向いている隙をついて、一瞬のうちに階段を駆け下りた。

ユーカが向かった先は、地下。
階段を降りた先で、真っ先にユーカを出迎えたのは、鋼鉄でできた、見るからに重そうな両開きの扉。
表面には錆が浮かび、古くからそこにあった事が伺えた。
ユーカは、錆びついた扉を両手でゆっくりと、音を立てないように静かに開き、中へと身体を滑り込ませる。
途中で扉が、ギギィっと嫌な音を立てるので、一度動かすのを止めてから、さらに慎重に扉を閉めた。
そして、ひと息ついた後に、改めてまわりを見渡した。
そこは、魔王の城の嫌な感じのオーラを、数倍に強めたような、ドス黒く不快で、重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
そんな、立ち入るのに気後れがするような、石造りの地下空間を照らすのは、等間隔に、壁に掛かる松明の明かりのみであり、ゆらゆらと揺れるその炎は、地下の空間をより一層、妖しげな感じにしていた。
ユーカが入った先は、一本の道になっていて、そこを、音を立てないようにそろそろと進んでいく。
しばらく進むと、少し広い空間に出たので、とっさにしゃがんで、ヒトの気配を探った。

(どうやら、中には誰もいないようね…。)

ユーカは、ドス黒い空間にもだんだんと目が慣れてきて、すでに、小さな松明の明かりでも、しっかりと周囲のつくりを把握する事ができるようになっていた。
目を凝らしながら、辺りを見渡すと、どうやら、現在ユーカのいる場所は、入り口と、それから、3つの通路とを結ぶ合流地点のような場所だとわかった。
その空間は、正方形か微妙に長方形かは判断がつかなかったが、四角いつくりになっていた。
その四角形の空間の、一辺ごとに、ひとつの通路が延びている。
合流地点になっている広間から、入り口を除いて、ちょうど丁字路のようになっているうちのひとつ、ユーカから見て右側にある道へと進み、ひんやりと、それでいてジメジメとする空間を、ただただ警戒しながら、ひたすら歩いた。

しばらく歩くと、先ほどの合流地点になっている場所よりも、はるかに広い空間に出たユーカは、その広さに眩暈を起こしながらも、まわりをジっと見つめて観察する。
今度の空間は、五角形になっていて、先ほどまで歩いてきた通路が接する一辺を除いた、残りの四辺には、等間隔でぎっしりと金属製の小さな扉が壁を埋め尽くすようにして存在していた。
それを見るとユーカは、すぐにきびすを返し、来た道を足早に戻っていく。

(三分の一で外すなんて、ついてないわね。)

ユーカはすでに、物音を立てずに走る術を確立したのか、先ほどまでの様にゆっくりと動くことは無くなっていた。
そのおかげでユーカは、短時間のうちに、合流地点になっている、四角い空間へと戻ってくると、そのまま正面の通路に姿を消す。

しかし、その先の空間も、先ほどと同じ様な、五角形で、通路の接する辺以外の四辺の壁に、ぎっしりと小さな金属製の扉が並ぶばかりであった。

ユーカは焦る気持ちと、もどかしさを隠しきれず、右の拳を、地下空間の石造りの壁に叩きつける。
魔力は込めてなかったので、石造りの壁が崩れるわけがなく、ユーカの拳が血に滲むだけであった。
痛々しくも、その血はべっとりと、ユーカが殴りつけた石壁に付着し、壁から拳を話した後も、ポタポタと地面に滴り落ちる。
ユーカは、手の甲を血に滲ませた右手の掌で顔を覆い、嗚咽混じりの涙で濡れる顔を、覆い、声を押し殺しながら泣いた。
こぼれ落ちる涙の雫と、したたり落ちる血の滴、石造りの地面はその全てを受け止め、己の表面を濡らしていった。

どれくらい時間が経ったのかは判らないが、ユーカはスっと顔を上げ、乾いた左の手でゴシゴシと顔をこすり、鼻をすすって、再び行動を開始した。
右手の甲は、すでに血が乾き、拳の表面をパリパリとした感覚で覆う。
その事を、気にもとめずに、先ほどよりもさらに速く、合流地点の空間に戻ってきたユーカは、最後の分かれ道を突っ走る。

そして、最後にたどり着いたその場所は、六角形の空間だった。






(寒い…。)
(ここは…どこじゃ?)
(まわりで何かがパチパチと弾ける音が、妙に心地よく耳に響く…。)
(不思議な感じじゃ…。)
(それにしても…暗い。)
(何があった?それとも…何もなかったのか…?)
(解らぬ…判らぬ、分からぬ…。)
(身体も動かぬし、何より眠い。)
(頭がまわらぬ…何も思いつかぬ、何も思い出せぬ。)
(うむぅ…腹が減った。)
(我は…我は死ぬのか?)
(まぁそれも、悪くはない。)
(最後に同族が死んだのは、どれくらい昔だろうか?)
(我はあれから、たったひとりでこの世界を見守ってきた。)
(そろそろ休んでも良いだろうか…?)
(そろそろ…そろそろ、誰か来てはくれぬだろうか?)
(ひとりは寒い、ひとりは寂しい、ひとりは…ひとりは…。)
(違う!そうじゃ、我はひとりではなかった。)
(誰かが側に居てくれた、誰かが我を連れ出してくれた。)
(誰かが…誰かが、誰か…誰かとは誰じゃ?)
(ドラゴンか、それとも人間か?)
(人間、にんげん…ニンゲン…。)
(ニンゲン…。何かが、何かが我の頭の中でひっかかる。)
(そうじゃ…我はここで誰かを待っているのじゃ。)
(それは確か、ニンゲンで…魔法を使う、小さな女の子。)
(背も胸も尻も、我より小さい…それでいて、力は我より大きかった。)
(それは…誰だったのじゃ?)
(うむぅ、考えようにも、やはり力が入らぬ。何も…できぬ。)
(こんな時に、あの子が側に居てくれたら…我はどれほど、心強かっただろうか。)
(だが…もう良い。我も、ここまでのようじゃ。)
(最後にもう一度、あの小娘と冗談を…!)
(そうじゃ、小娘じゃ!しかし…名前が出てこぬ。)
(でも…何か、何かを約束したような気がする。)
(とても…とても大切な約束。)
(だから…我はまだ、死ねない。そうじゃ…死んでたまるか!)





六角形の空間のつくりは、五角形のそれとほぼ同じだった。唯一の違いといえば、今ユーカが立っている通路と接している辺の対辺に当たる壁、そこに、ひときわ大きな扉がある、という事だろう。
ユーカは、そのまま真っ直ぐにその扉へと向かう。
静まり返る空間には、ユーカの足跡すら響かない。
静かに、慎重に、そして足早に、ユーカは扉の前へとやって来ると、とりあえず扉を押して、開けてみようとする。
しかし、扉には鍵がかかっているのか、どれだけの力を込めても、一向に動かない。
(仕方ないわね…それじゃあ。)
ユーカは押して開けるのは諦めて、魔法を使って開ける事にした。
固く閉ざされた、大きな扉に範囲を指定し、魔法を放つ。
すると、少し前まではネズミ1匹とて通す穴すらなかった扉は、たちまち、人ひとりくらい簡単に通れるほどの大きな穴ができる。
そしてユーカは、その穴から、中を覗いた。

「えっ…そんなっ!」

扉の中を覗いた瞬間、ユーカは焦りの表情を浮かべ、とっさに声を上げてしまう。
その声は、広い空間に、虚しく響き渡った。
ユーカは、覗くだけでは全て把握する事はできないと考え、魔法でつくった穴から、扉の内側の空間へと、忍び込む。
そして、その空間を照らすように、魔法を使い、隅々まで観察する。
しかし、いくら観察したところで、何かが変わるわけでもなく、ユーカはその場にへたり込んでしまう。
ユーカがへたり込む、その空間には、一切としてモノがなく、ただただ広いだけの、閉ざされた空間だった。
(警備の兵隊さんがひとりもいない時点で、気付くべきだったわ…私としたことが…。)
ユーカは、しばらく立ち上がれずにいたが、不意に立ち上がり、両手を大きく振りかぶって、パシんと両頬を張った。
少し力加減を見誤ったのか、目に涙を浮かべながら、その場を後にする。
ひとまず、4本の通路が交差する、合流地点になっている空間まで戻ってきたユーカは、全神経を脳に集中させている、と言っても過言ではないほど、集中力を研ぎ澄ませて、次の一手を考える。
しばらく、と言っても数秒ほどだったが、ユーカの思考の中では、とても長い間に感じられるほど、時が流れた後、先ほど、六角形の空間にあった大きな扉に穴を開けたのと同じように、壁に向かって、魔法を使う。
壁が消滅し、その奥から出てきたのは土。
地下空間なので、予想はしていたが、ユーカはその予想を見事に当てた様で、少しガッツポーズをする。
久しぶりに当たった予想が、それほどまでに嬉しかったのだろう。
次に、露出した土に向かって魔法を放ち、サクサクと新しく地下道を形成していく。
しばらく真っ直ぐに作った後に、だんだんと斜めに上昇していき、終いには、地上へと貫通させる。
出てきたのは、魔王の城の外であり、魔王の城の敷地の中。
振り向けば、目の前には、魔王の城の外壁が見える。
地上へと出てきた位置も、ユーカの思い通りになった様で、一度だけ、小さく頷く。
城のすぐ側まで歩み寄り、そこから一気に跳躍して、2階の窓ガラスを割り、窓から城の中へと侵入する。
窓ガラスが飛び散る音を聞きつけた、数人の衛兵たちが駆けつけるが、それよりも早く、ユーカはその場から離れ、身を隠した。
ユーカは、時には隠れ、時には城の一部を破壊して、自分の動きやすい様に衛兵を誘導しながら、城の中を探しまわった。
2階にはなく、3階へ。3階にもなく、4階へと。
因みに、1階については、先ほど地下への階段を探しまわった時に、全て捜索を終えていた。
3階までは、警備の衛兵が、多いとはいえ、まばらだったので助かっていたが、4階からはその密度を増し、ユーカも思う様に進めずにいた。
それでも、素早く丁寧に4階の捜索を終えた。
4階を捜索している途中、ついに人組の衛兵に見つかってしまい、追いかけ回されたが、複雑に配置された通路を上手く使いながら、何度か壁をぶち抜きながら逃げて、なんとか追跡をまく事ができた
そして遂に、5階を探しまわっていた途中で、ユーカは『あるもの』らしきものを見つける事に成功する。
ユーカは通路の角に身を隠しながら、こっそりとその場所を伺う。
そこには、先ほどから走り回っている衛兵とは、明らかに物腰の違う兵士がふたり、ダニの1匹でも、目の前を通ったものは見逃さないほどの目つきと表情で、扉の両端に直立していた。
いくら待っても、一向に隙が生まれないので、ユーカは強行的な手段に出る事にした。
ユーカは、威力を絞った小規模の魔法を、ふたりの番兵が守るその扉に向けて放つ。
しかし、ユーカが放った魔法は、扉に当たる前に消滅する。
扉の右に立っていた番兵が、素早く剣を抜き、ユーカの放った魔法を切って捨てたのであった。
ふたりの番兵は警戒を一気に強め、門の前に立ちはだかる。
ユーカは、少し失敗したと思い、次の手を考える。
しかし、そんな余裕もなく、扉の右側に立っていた番兵が魔法を放ったらしく、ユーカが身を隠していた通路の角が吹き飛ぶ。

(魔法を放った方向を特定するとは…なかなかやるわね。)

ここまで来たら、一か八かかの勝負だと思い、ユーカは通路の角から飛び出し、ふたりの番兵へと向かって走り出す。
ふたりの番兵は、なおも表情を崩さず、扉の横から扉の前へと変えた位置から、さらに前へと踏み出し、ユーカに向かってくる。
扉の右に立っていた、剣の一閃でユーカの魔法をかき消した番兵が前、ユーカの放った魔法から、ユーカの位置を割り出して反撃を加えてきた、扉の左に立っていた番兵が後になり、連携してユーカを襲う。
さらに、先ほどの音と、現在の騒ぎとを聞きつけたのか、幾つもの足跡がこちらに向かってきている事がわかった。

(早く片付けて身を隠さないと、向こうのふたりは足止めさえしたら、実質的には勝利だものね。)

剣を握る番兵に向けては、雷の魔法を放ち、後ろの番兵には、水の魔法で体を包み、拘束する。
剣を振りかぶった番兵だったが、自分の振るう得物に雷が纏わりつき、とっさに剣を手放してしまう。
その隙をついて、ユーカはもう一発、雷の魔法を放つ。
今度は直撃した様で、ピクりと身体を震わした後に、ドサりと地面に倒れこむ。
後ろにいた番兵は、水に全身を飲み込まれ、今にも窒息してしまいそうだった。
ユーカは慌てて水から解放したが、後ろにいた番兵は、すでに大量の水を飲んでしまったらしく、意識を手放していた。

(まさか…ヴェルの時と同じ方法を使うとはね…。)

しかし、その間にも、衛兵たちが続々とやって来ていたらしく、いつの間にかユーカは囲まれてしまっていた。

(困ったわ…。)

ユーカが周りを一瞥すると同時に、取り囲んでいた衛兵たちが一斉にユーカに飛びかかる。
ユーカは、そのことごとくを避けながら、的確に反撃を入れていく。
しかし、いくら反撃を入れて、意識を刈り取ったとしても、次から次へと送られてくる増援を前に、どんどん不利な状況へと陥っていく。
遂に、戦術の切り替えが必要だと思ったユーカは、衛兵の無事を確約できない、強力な魔法の使用に踏み切ろうとしていた。
そして、ひときわ強力な魔法で、周囲の衛兵を駆逐しようと魔力を込めていたその時。

「ちょっ、ちょっと待って!」

後ろからユーカに向かって、声を掛けてくる何者かが居た。








次回:第28話『約束』
お楽しみにお待ちください。

9月13日 21時を更新予定にしております。
(大変申し訳ありませんが、9月17日へと更新を変更させてください。)
感想や誤字脱字の指摘などなど
よろしければ、お願いし申し上げます。

9月12日 23時に加筆修正を行いました。
これからも引き続き、よろしくお願い致します。






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