~【まおうすくい】~

八咫烏

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第25話『大掃除』

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キンキの街の惨状を前に、魔王領へと渡る事を中断して、街の安全の確保に乗り出したユーカとヴェルは、その原因があるであろう塔タイプのダンジョンが有る、キンキの街の少し西に位置する、ワキスの街へとやって来た。

「やはり、ダンジョンがある街というのは大きいの。」

「そうね、今度レヴィンの街にもダンジョンを創ろうかしら?」

「あの街のやつらが喜びそうじゃの。」

「もちろん、あなたが創るのよ。」

「えぇ…イヤじゃ。」

「まぁ、それは置いといて…ここまで来る道中にも、結構な数のモンスターがウロついていたわね。」

「うむ、あのまま放っておくと、被害が出そうじゃな。」

「とは言っても、キンキの街のの規模じゃ兵の駐屯地も無さそうよね。」

「かと言って、中央から出すと言っても、今は消滅したばっかりで混乱しておるしの。」

「このダンジョンの掃除が終わったら、外に散らばるモンスターも片付けるわよ。」

「ほぉ…これが塔タイプかぁ。」

「随分と高いのね。こんなもの、今の技術力で建てられるのかしら?」

「崩れぬギリギリの高さまで積んだら、後はモンスターが補強してくれるのではないか?」

「まぁ、おそらくはそんなところでしょうね。」

「さっそく登るのかや?」

「登らないわよ…。潜るのよ。」

「あぁ、そうであったな。」

「ちょっと、目的を忘れてたの?」

「べべべ別に忘れてなど…おらぬ、ぞ?」

「分かったから、早く行くわよ。」

その後ふたりは、入場料の支払いや、入場の手続きを済ませて、さっそくダンジョンへと潜った。

「墳墓タイプよりはアマエラ大山脈の洞窟タイプに近いわね。」

「我は塔に登るのを楽しみにしておったのじゃ…。」

「仕方ないでしょ、問題は地下にあるのだから。」

「うむぅ…さっさと終わらせようではないか。」

塔タイプのダンジョンだけあって、地下への入り口が解放されていても、そこへ潜る人は圧倒的に少数だった。
さらに、地下ルートはモンスターたちが勝手に拡張したエリアなので、宿や酒場などの施設はおろか、地図すらないので、よほど腕に自信のある人か無謀な人でない限り、寄り付かないようであった。
そんな中を、ふたりは圧倒的な力でゴリゴリと進んでいく。
次々と現れるモンスターを、片っ端からねじ伏せて、先へ先へと進んで行くその様はまさに、強力な竜巻のようであった。
ところどころ分かれ道が存在していたが、ユーカは特に迷うことなく、キンキの街へと繋がっているであろう道を選び、奥へ奥へと足早に進んで行く。
それが当たり前のように、ヴェルもユーカの後に続いて行くので、短時間でキンキの街に繋がってしまった、ダンジョンの穴へと到着した。

「意外と楽勝だったわね。」

「それはお主のバケモノじみた魔法と、一切迷わぬ方向感覚のせいじゃぞ。」

「なによ、失礼しちゃうわね。早くしないと明日の夜に間に合わないでしょ。」

「この勢いじゃと、今夜でも間に合いそうじゃぞ…。」

「今夜はダメよ。モンスターは夜の方が活発になるのだから。」

「なるほどの。昼間になりを潜めておったやつらを一網打尽にするのじゃな。」

「しらみ潰しにするのよ…。そんなにラクにはいかないわ。」

「となると…今夜も徹夜かや?」

「そうなるわね…。まぁ、街ひとつ救えないのでは、この世界なんて救えないわ。」

「そうじゃの。では、我もガンバるとしようかの。」

「それ、前にも聞いたけど、あなた本当に頑張ろうと思ってる?」

「もちろんじゃぞ!決して、マウミ牛のためじゃとかは思っておらぬからの!」

「ふーん、じゃあ魔王領に着くまでお肉は抜きよ。」

「そそそ、そんなぁ…。我はマウミ牛のためならばいくらでも頑張れるのじゃぞ?」

「やっぱりお肉のためなのね…。まぁ良いわ、別に用事があるわけでもないし。」

「良いのか?本当に良いのじゃな!では、こんな掃除、サッサと済ませてしまおう!」

「切り替えが早いわね…。それじゃ、あなたは向こうね。私はこっちをするわ。」

「ユーカの方がちぃっとラクそうではないかや?」

「あら、じゃあヴェルはお肉いらないのね?」

「いやいやいや…そーいえば我は、あっちが気になっておるのじゃったわ、ははは…。」

「それじゃよろしくね。チリひとつ残してはダメよ。」

「うむ、分かったのじゃ。」

通ってきた地下の道は、出る際に崩し、魔法でカチコチに固ておいた。
そして、ユーカとヴェルで手分けをして、夜が更けるまでモンスターを退治してまわった。
キンキの街に住む人々は、初めて聞く、モンスターたちの阿鼻叫喚に長時間晒されていたが、夜明け前には、それも止んだ。

朝陽が顔を出すのとほぼ同時に、ユーカとヴェルは満足そうな顔で、合流した。

「ふはわぁ…さすがに疲れたわ。」

「うむぅむにゃむにゃ…我も疲れたのじゃ。」

「食事にしたいけれど、先に少し眠りたいわね。」

「同感じゃ。しかし、営業しておる宿など、なさそうじゃぞ?」

「それじゃ、その辺りの木陰で休みましょ。」

「我、シャワー浴びたい…。」

「無い物ねだりしないで頂戴。私もガマンしてるのだから。」

「すまぬ。では、起きたら水浴びでもしようかの。」

「そうね、でも今はとりあえず寝たいわ。」

「うむ、我も寝るのじゃ…。」

そのままふたりは、陽が高く登るまで存分に睡眠を貪った後、額に降りかかる水滴によって、目を覚ました。

「うーん、あら…雨が降ってきたのね。」

「うむぅ、なんじゃ…雨か。」

「水浴びにはもってこいね!少し街から離れましょうか。」

「うむ、バッチリ眠れたのから、我、完全復活じゃ!」

「あなたはいつも元気じゃないの…。」

「なんじゃその目は?まさか…我が、元気しか取り柄が無いとでも申すのかや?」

「ヴェル…あなたって人の心を読めるのね。」

「なっ、なんじゃとっ!むきゃーっ!」

「ちょっと、暴れないでよ。泥水が跳ねるじゃない。」

「ふふふっ良い機会じゃ、我の秘法を喰らえっ!」

すると、ヴェルはいきなり、ユーカに向かって水の秘法を放ち始める。

「やったわね!お返しよ!」

ユーカもすかさず、対抗するように、ヴェルが放ったものよりも大きな水の塊を、魔法で生成してヴェルに向けて飛ばす。
5分ほど水の塊をぶつけ合ったふたりは、すっかりずぶ濡れになった姿でお互いの目を見る。
数秒の間、沈黙が続き、雨の音がふたりを包む。
そして、その沈黙を破るようにして、ふたりは噴き出し、腹を抱えて笑いあった。

「はぁあっ…笑い疲れたわ。」

「ふふぁーっ…お主と行動を共にするようになってから、我は笑いが絶えぬよ。」

「そうね。笑顔と笑い声は、人々の営みには無くてはならないものよ。」

「そうじゃな…。のぉ、ユーカよ。我らはキンキの街の笑顔と笑い声は、取り戻せたかの?」

「どうなのかしらね…。私たちはただ、取り戻すためのキッカケをつくったに過ぎないのではないかしら。」

「結局のところは、己自身の生きる意志があるかどうかと言う訳じゃな。」

「そうね。ただ、生きる努力を怠ったモノから死んでいくのよ。」

「寿命や不治の病もかや?」

「寿命は仕方がないわよ。自然の理に反して良いのは、同じく自然の出来事だけだわ。」

「不治の病も、手の施しようがないのじゃから、自然の理に似ておるのではないのかや?」

「いいえ、不治の病は治療法が見つかっていないだけよ。絶対に治らないなんて、誰かが決める事ではないわ。」

「治療法が見つからぬから、不治の病なのじゃろ?」

「見つからないのじゃなくて、誰も見つけてない、が正しいのよ。それが見つかるように、誰かがキッカケを作ってあげれば良いのよ。」

「我らは不治の病の治療法を見つけられると思うかや?」

「どうかしら…。でも、少なくとも、見つける努力はするべきよ。例え、どんな結果になろうとしてもね。」

「そうじゃな。治療法、見つかると良いの。」

「そのためにも、まずはクレアのお遣いを済ませなければならないわ。」

「魔王領か…。あそこは4大陸の中でも、魔法の扱いが上手いものが傑出して多いと聞いたことがあるの。」

「そうね。魔王領は魔法、獣王領は身体能力、教皇領は魔法科学、皇帝領は工業力、という感じに特色があるのよ。」

「ほぅ、皇帝領は工業力が優れておるのかや?」

「たぶん…優れているのではないかしら?」

「その辺りはあいまいなんじゃな…。」

「まぁ、少しは気を引き締めたほうがよさそうね。」

「そうじゃな。帝都で闘ったエンシェントドラゴンよりも強かったら、シャレにならぬからの。」

「じゃ、雨に紛れて出発しましょ。」

「えっ!?肉は喰らわぬのかや?」

「夜まで待つなんて、手持ち無沙汰も良いとこよ。サッサと行って、チャッチャと終わらせましょ。」

「うむぅ…皇帝領に帰ってくる時に、真っ先にマウミ牛を喰らいに行くなら良いぞ。」

「分かったわよ。その時までに、この街が復興してる事を祈りなさい。」

「そういえば…帝都はもう復興したかの?」

「あなたね…流石にそれは早すぎるわよ。」

「そうか。では、魔王領から帰ってくる頃には、新しい宮殿が立ってると良いの。」

「魔王領にどれだけ滞在するか分からないから、なんとも言えないわ。」

「たかだか親書を渡すだけで、そんなに時間がかかるのかや?」

「ーーーさぁ…どうかしら?」

「まぁ、お遣いなぞ、早く終わるに越したことはないからの。」

ムムムムムーっ!
ーーーーーーーーポンっ!

「デハ、ユコウゾ。」

「えぇ、そうね。もし、この間みたいにスピードを出たら、今度こそ焼きトカゲにするから、注意しなさいよ。」

「エェ…。ワレ、ノセテアゲテルノジャガ?」

「なに言ってるの?私が乗ってあげてるのじゃなくて?」

「ソソソ、ソウデアッタ。ワレッテバ、ツイウッカリ。」

「はいはい。それじゃあ行きましょ。」

大粒の雨が降りこめる昼下がり、ユーカとヴェルのふたりは、風雨に紛れて、皇帝領を後にした。
風は強く吹き荒れ、海は荒波がうねりをあげている。
ふたりが目指すのは、皇帝領の南に位置する大陸、魔王領。
魔王が統治し、世間では王国と呼ばれているその地は、未だに他の大陸からの侵攻に対して、ただの一度も負けたことはなかった。

ユーカとヴェルのふたりは、夜になる頃に魔王領の北の浜辺へと到着した。

「ほぅ…ここが魔王領か。特に皇帝領と変わりはないの。」

「そうね、コレさえなければだけど。」

「コレは…帝国のものかや?」

「おそらくそうね。それに、あっちには獣王領のもあるわ。」

そこには、大量の骨と、鎧や兜、剣や盾などの装備品が所狭しと溢れかえっていた。
錆びているものもあれば、朽ちてバラバラになっているものもある。

「コレ全部、海岸までしか辿り着けなかった遠征隊の成れの果てかしらね。」

「我らもコレらに加えられてしまいそうじゃの。」

「縁起でもないこと言わないで頂戴。それより、さっさと魔王が住む城に向かうわよ。」

「ふむ、それもそうじゃの。それで、ここからどのくらいかかるのじゃ?」

「そうね、歩いて3日ってところかしら?」

「意外と近いのじゃな。」

「目的地から遠いところに降り立っても、意味がないでしょ。」

「なるほどの。お主も考えておるのじゃな。」

「あら…私はあなたと違って常に考えを巡らせているわよ。」

「なななっ…それでは我が、考え無しのバカに聞こえるではないか!」

「そう言ったのよ?」

「むきゃーっ!なんて事を言うのじゃ。」

「はいはい、遊んでないで。さっそくお迎えが来たわよ。」

「クレアが言うには、相手は我らを歓迎してくれる様じゃが?」

「もうっ…本当にバカね。誰も友好的な歓迎とは言ってなかったでしょ。」

「という事は…?」

「拳で語り合いなさいって事よ。」

「なんと、それは分かりやすくて良いの。」

「まぁ、実際は魔法を使うから、拳を交える暇など無いのだけれどね。」

そう言って、ユーカとヴェルを囲む影を、次々に魔法で屠って行くユーカ。

「お主…情けというものは無いのかや?」

「あら…あなたは情けとお肉、どちらが好きかしら?」

「もちろん肉じゃ!」

「私も同じよ。情けなんて必要無いわ。」

「なんか…違うくないかや?」

「気にしてはダメよ。それより、これからずっと、楽しくなるわね。」

「つくづく思うのじゃが、ユーカ…お主は戦闘狂なのかや?」

そう言って、ヴェルもユーカにならい、次々と闇から襲ってくる影に対して、秘法で応戦する。

「失礼しちゃうわね。私は平和主義なのよ?」

「どの口が…。」

そのままふたりは、影に襲われながらも、一度も攻撃を受ける事なく魔王の居城に向けて、歩き始める。

「のぉ、ユーカよ。思ったのじゃが、昼夜問わず襲われては、休む暇がない気がするのじゃが…。」

「こんな事もあろうかと、アレを買っておいたわ。」

ユーカはカバンから赤くて細長い乾物を取り出して、ヴェルに見せる。

「なんじゃ、コレは?」

「赤い乾物よ。翼竜のツメという食べ物らしいわ。」

「どれどれ…。」

ヴェルはユーカから、翼竜のツメと呼ばれる赤くて細長い乾物を受け取り、一口頬張る。
その瞬間、ヴェルの顔は食べた乾物と同じ様に真っ赤になり、目から涙を溢れさせる。

「なっ…なんじゃコレはっ!ぐぬぅっ…。」

「あら、言わなかったかしら?ソレ、とっても辛いから注意しなさいね。」

「そういう事は…もっと早くに、言うて欲しかったの…。」

「ごめんなさい、私ってば、ついウッカリ。」

「くっ…覚えておれ。我が辛いもの嫌いなのを知ってるくせに。」

「初耳よ…。」

「しかし…確かにこれさえあれば、徹夜もラクにする事ができるの。」

「とは言っても、疲れが取れるわけではないのだけどね。」

「では、早く魔王の城とやらに乗り込もうではないか!」

「ーーーそうね…。」

その後も、昼夜を問わずして襲いかかってくる影に、ふたりは休む暇さえできず、必死に対応しながら、魔王の居城へと向かった。
もちろん、翼竜のツメをかじりながら、一睡もせずに魔法を使っていたので、涙は枯れ、口は腫れ上がり、疲労はピークに達していたが、闘う喜びを感じていた戦闘狂のユーカは、一切として疲れを見せなかった。

そして、予定より早い2日目の昼の事、ついにふたりの前に、禍々しいオーラを放つ、漆黒の城が立ちはだかった。

「決して良い趣味とは言えぬの…。」

「ーーーそうね…。」

「では、行くとしよう。」

ふたりは意を決して、城の敷地内へと足を踏み入れた。







次回:第26話『侵入』
お楽しみお待ちください。

9月4日 21時を更新予定にしております。
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23:30 誤字修正 
誠に申し訳ございません。 



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