~【まおうすくい】~

八咫烏

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第19話『手がかり』

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『アルゴナウタイ』についての記述がある書物を探すため、禁書庫へと足を踏み入れたふたりだったが、その中のイヤな雰囲気に押し負けて、眉をひそめていた。
禁書庫の中の本棚は、全てが動けないように鎖で繋がれており、時折、本棚が抵抗するためか、ガチャガチャと無機質な音をたてる。
さらに悪いのは、窓がなく、灯りがたったひとつの蝋燭の火だけだという事だろう。
薄暗い空間に、鎖の音が響き、まるで牢獄のような、その雰囲気は、好き好んで長時間居られるほど、気分の良いものではなかった。

「何よ、ここ。」

「うむ、壁も床も天井も、石がむき出しでヒンヤリと感じるの。」

「本当、イヤな感じだわ。さっさと済ませて、こんなところ1秒でも早くサヨナラしましょ。」

「しかし、本棚が動けないのであれば、我らが直接探すしかないぞ。」

「困ったわ…私、古代語もドラゴン文字もムリよ。」

すると、奥からナニモノかがやって来て、ふたりに声をかけた。

「ほほぅ、ここに客なんざ、珍しい事もあるもんだな。明日は雪か?」

「あら、どちら様かしら?」

「僕はカール、禁書庫の番人をしている。」

「あら…かわいい、カエルさんなのね。」

現れたのは、手のひらに乗るサイズの、小さなカエル。
しかし、それは確実にヒトの言葉を喋っていて、何より2足で歩いている。
右の前足では杖をつき、左の前足はそのカエルのでも扱えるサイズの本を持っていた。
首からは紐に通した、幾つものカギをかけ、頭にはシルクハットをかぶっていた。
薄暗いため、色はハッキリとは分からなかったが、帽子は黒、肌の色はカーキに見えた。

「ここの番人という事は、本の場所を記憶しておるのかや?」

「うん?もちろんだとも。クレッタよりも僕の方が、この図書館に来て長いからね。」

「クレッタというのは…もしかして、司書さんかしら?」

「そうだけど…名乗らなかったのかい?」

「えぇ、教えてもらってないわ。」

「ふーん。まぁ、クレッタがここに通すんだから、きっと君たちはナニカを持っているんだね。」

「よく解らないわ。それで、あなたはどうしてカエルの姿をしているの?」

「あぁ、この姿かい?なかなかステキだろ?」

「いいえ、カエルだわ。」

「うーん。まぁ、話せば長くなるんだ。聞くのはよしておいた方が良い。」

「そうだったわ、ここの時間の流れは、大図書館の中でも異常に速いのだったわね。」

「まぁそのおかげで、外が何年経とうが、こうして僕らは生きているってわけさ。」

「さっそく、手伝って欲しいのだけど…良いかしら?」

「もちろんさ。何について調べているんだい?」

「『アルゴナウタイ』よ。」

すると、禁書庫の番人カールは、驚いた顔をして、杖を落とした。
カランカラーンっと乾いた音がした後、ようやく我に返ったカールが、説明を求めてきた。

「確かにここには、『アルゴナウタイ』に関する記述のある書物はある。だけど、理由も知らずに教えるわけにはいかないな。」

「詳しくは話せないのだけれど、それでも良いかしら?」

「別に構わないけど、詳しくは話せないんだね。」

「そうなの…ごめんなさい。」

「いや、良いさ。それじゃあ、聞かせてくれないか?」

「簡単に言うと、近いうちにこの世界は滅ぶわ。それを止めるための手がかりを探しているの。」

「なるほど…それで『アルゴナウタイ』か…。しかし、その言葉は世界から抹消されたはずだと思ったんだけど。」

「えぇ、私も聞いた事すらなかったわ。」

「それでも今は、知っている、と。不思議なものだね。」

「それで、『アルゴナウタイ』とはいったいナニ?」

「最初に言っておくけど、僕は良く知らないし、ここにある禁書を全て読んだとしても、知り得る情報は少ないだろう。」

「そんな…。」

「確かに『アルゴナウタイ』についての記述がある書物はある。しかし、良くて1行載ってるかどうかだ。」

「それでも…それでも、構わないわ。その書物を、教えて頂戴。」

「まぁ、そう気を落とさなくても大丈夫さ。ここよりも凄い図書館が、たったひとつだけ存在する。」

「そこに行けば…有るのね?」

「保証はしない。でも、行くだけの価値はあるだろう。」

「その図書館の場所は?どこなの?」

「すまないが、それも僕は知らないんだ。」

「でも、そんな場所が存在はするのね。」

「あぁ、確かに存在する。さて、これとこれ…それから、それとあれとこっちのそれとあれとそっちのあれだ。」

カールは本棚から、手際良く、7冊の本を本棚からとって、ユーカとヴェルに手渡した。

「これで、全部なの?」

「まぁ僕が把握しているのはその7冊だけだね。もっとも、探せばもっとあるかも知れないが…。」

「でもコレ、古代語の本よね?カールさんは、古代語を読めるの?」

「いや、僕は本の文字は読まないんだ。僕は本に書かれた文字の表情を読む。」

「それって、どういう事?」

「そうだね…例えば、そこの美しいお嬢さん。『このカエルはマズそうだ。』そう考えているね?」

「なななっ…何を申す!我はそんな事など、微塵も思ってない…ぞ?」

「まぁこんな風に、ヒト相手でも、言葉を聞かずとも、表情から読み取れる事がある。本も同じさ。」

「それじゃあ、読めないって事ね。」

「あぁ、力になれなくて済まない。何か必要な本があれば、声をかけてくれ。」

そう言って、カールは部屋の奥へと引き返していった。

「ヴェル、とりあえず写本するわよ!」

「えぇ…それじゃあ、あのカエルに『アルゴナウタイ』の記述が載ってるページを聞いてからにしようではないか。」

するとカールが再びふたりの前に戻ってきて、1枚の紙切れを渡してきた。

「そうそう、本のページと行数を書いておいた。ここに『アルゴナウタイ』の記述があるはずだ。」

まるで、ヴェルが言った事が聞こえていたかのように、いや…言う事が分かっていたかのように、とても絶妙なタイミングでメモを持ってきてくれたので、しばらくヴェルは動揺して動けないでいた。

「ほら、ボサっとしてないで早くするわよ。」

「よ、よしきた。まず…青に金色の模様がついた表紙の本は、268ページの18行目じゃ。」

「それじゃあ、そこから上下2行くらいは抜粋したほうがよさそうね。」

「そうじゃな…って、我が写本するのかや?」

「ふたりで手分けしてするのよ!そのほうが効率的でしょ。」

「うむ。とっとと片付けて、肉を喰らいたいの!」

さっそくふたりは、カールのくれたメモを頼りに、7冊の本から、『アルゴナウタイ』に関する記述の部分を、紙にペンで写していった。
記述が少ないので、紙に文字を移す作業はすぐに終わったが、それでも外ではどのくらいの時が流れたのか、ふたりはそれを考えるだけでもゾっとした。

「なんとか終わったわね。」

「うむ、こんな部屋、さっさと出ようぞ!」

「そうね、外が心配だわ。何も起こってなければ良いのだけど。」

ふたりはカールさんにお礼を言い、禁書庫を後にする。
そして、最初に本を読んでいた場所へと戻ると、机の上にメモを広げ、しばらく眺めてみた。

「原初の文字と古代語には、あまり関連性はなさそうね。」

「うむ、カタチから全く違うの。どちらかというと、ドラゴン文字に似ておる。」

「でも、読めないのよね?」

「すまぬ…。」

「良いのよ別に。それじゃもうここには用はないわね。」

「では、外に出たらそろそろ肉を喰らいに行こうではないか!」

「その前に、クレアのところに行くわよ。」

「なんじゃ…ユーカもお人好しじゃの。」

「ちちちっ、違うわよっ!様子を見に行くのではなくて、この事について、相談しに行くだけよ!」

「分かったわかった、少し落ち着くのじゃ。」

「ふんっ!もうヴェルなんて知らないんだからねっ!」

「でも、帝都に行くには我の背に乗るしかあるまい?」

「くっ…なによっ!乗ってる途中にあんたのタテガミ毟ってやるんだから!」

「そそ…それは困る!我の命の次に大事なのじゃ!」

「ふっ…ふふっ、ふふふ。何よそれ。」

「ははっ…ふははっ、わははは。元気、出たの。」

「そうね。ここからが大事なんだから、気合いを入れ直さないとね。」

ユーカは両手でほっぺをパチんと叩き、少し涙目になるが、その目には確実に、ナニカの炎が灯っていた。

その後、ふたりは司書さんに挨拶とお礼を言い、オールドル大図書館を後にした。

「はぁーっ…久々の外ね。」

「うむ、空気が美味いと感じたのは、いつぶりじゃろうか?」

「それに…夕焼けがとても綺麗だわ。」

ふたりはランズブル岬から海を眺め、夕陽が眠っていくのを鑑賞する。
真っ赤に燃える夕陽を見ていると、この世界はまだ、命を燃やしながら、必死に滅亡へのカウントダウンに抗っているように思えてきた。
しかし、その抵抗も終わりを迎え、遂に海の中へと消えていく。
闇にのまれた様にさえ感じるそれは、ユーカの心にグっと響く。
無意識のうちに、歯を食いしばり、拳を強く握りながら、険しい顔をしていたらしく、ヴェルが心配して、後ろからそっと抱きしめていてくれた。

「ありがとう、ヴェル。」

「お安い御用じゃ。」

「私たちが失敗したら、この世界も今の夕陽のように消えちゃうのかしら。」

「ユーカよ、夕陽が落ちても朝陽がある。陽はまた昇るものなのじゃ。」

「でも…同じものが昇ってくるとは限らないわ。」

「それにな…ここでは確かに夕陽として落ちているかもしれぬが、違う場所では朝陽として昇っている所もあるのじゃ。」

「そうね…だとしたら、陽は一度も眠った事がないのかしら?」

「働き者じゃの。」

「えぇ、私たちも負けてられないわ。」

「という事じゃから…肉を喰らいに行こうぞ!」

「どんな理屈よ…。夜の内に帝都まで行くのよ、ドラゴンの姿になって頂戴。」

「えぇ…ずっと休憩ナシではないか。」

「お天道様だってそうなんだから、私たちも休む時間なんてないのよ。」

「やっぱりさっきのはナシじゃ!」

「ダメよ!ほら、急いで。」

ムムムムムーっ!
ーーーーーーーーポンっ!

「シカタナイノ。クレグレモタテガミハムシルデナチゾ!」

「はいはい、分かってるわよ。」

ユーカはヴェルに乗り、帝都を目指す。
天は無数の星々が煌めき、地は漆黒が支配する。
その中を、ユーカに配慮しつつ、できるだけ速く飛翔する。
時どき流れるほうき星に追い越されながら、まっすぐと最短距離で、帝都に向かった。

「ウム、イツトンデモソラハヨイ。」

「えぇ、気持ちいい風だわ。それに、空はこんなに素敵なんだもの。」

「シカシ、ワレヲオイコスフトドキモノモオルゾ!」

「流れ星でしょ?キレイじゃない。」

「ワレガホンキヲダセバ、アンナヨバイボシテイドニマケタリハセヌ!」

「いくらなんでもムリよ。それに、そんなにスピードを出したら私、怒るからね。」

「ウムゥ…マァヨイ、ソロソロテイトガミエテクルコロジャナ。」

「あら…早いわね。」

「ウム、ワレッテバハヤイジャロ!スゴイジャロ!ホメテホメテ!」

「待って、ヴェル!すぐに降りて!」

「ドウシタノジャ?」

「様子が変よ…。」

ユーカが見つめる先、漆黒の大地に灯る、仄かな光。その光は淡く、周囲を照らし出していた。
照らし出された空間は、漆黒の大地によく映え、妖艶な雰囲気を周囲に振りまいている。

大地へと降り立ったドラゴンは、すぐさま、煙とともにヒトの姿へと形を変え、先ほどまで背中に乗せていた少女へ話しかける。

「もしかして…帝都に何かあったのかや?」

「もう少し近づいてみないと、分からないわ。」

「しかし、ここから徒歩だと朝になってしまうぞ。」

「仕方ないじゃない。あれ以上近づけば、帝都に、要らぬ不安を蒔く事になってしまうわ。」

「それもそうじゃな…。では、急ごう。」

「出発する前に、何日経ったのか確認しなかった私のミスだわ。」

「それを確認したところで、この状況が無くなるわけではあるまい。」

「だけど…もう少し急いでいればっ!」

「ユーカ…我々は神ではない。これは、お主が我に言った言葉じゃ。」

「ご…ごめんなさい。私、少し頭を冷やしてくるわ。」

「うむ、その方が良いじゃろ。」

ユーカはヴェルから離れると、近くを流れていた川に、頭から飛び込んだ。
ドボンっと音がした後、バシャりと水の音がする。
しばらくしてから、びしょびしょの状態でヴェルの所に戻り、少し心配されたが、すっかりとユーカの頭は冷えていた。

「あぁユーカ、かわいそうに…。」

一通り心配した後、ヴェルがそんな事を言うので、何について尋ねると、ヴェルは顔を真っ青にしながら、何についてかを言う事を拒んだ。

「ちょっと、言わないと今日と明日のご飯は抜きよ!」

「うぅっ…怒らぬかや?」

「怒らないわよ。」

「絶対じゃな!」

「約束するわ。」

「信用ならんぞっ!」

「さっさと言わないと、明後日も追加よ。」

「ひぃぃいっ…ごめんなさいごめんなさい。いいます、言いますからっ!」

「そう…じゃ、話してみなさい。」

「その…あの、な。ユーカは服のおかげで多少は見てくれがマシになっているのだなぁと…。」

「どういう意味かしら?」

「だだだ、だから…その、ほら。服が濡れてると、胸のあたりが寂しく見えるな、と…。」

「ふーん、そう。」

「あれ…それだけ?…っ!?ひぃーっ!」

ユーカの反応が、予想とは違ったので、そっと顔を覗いてみると、そこには、ユーカの代わりに般若がいた。
ヴェルがアワを吹いている間に、ユーカは手早く、服と身体、髪を乾かした。

「うむぅ…むにゃむにゃ、うーん。」

「さっさと起きなさい、ばかトカゲ。」

ユーカは、ペチりとほっぺを叩き、ユーカが飛び込んだ川とは別の川を、渡りそうになっていたヴェルを起こす。

「うぐっ…こ、ここは?」

「あら…大丈夫?」

「そうじゃ…我は鬼を見たのじゃ!とても、とても怖かったのじゃ…。」

そう言うとヴェルは、泣きながらユーカに飛びついてきた。
鬼を見たと言われて、もう一度ペチりとしようと思ったが、弱々しく泣きついてくるので、小さなため息をした後、しばらく背中をさすってあげた。

「ほら…悪かったわね。」

「うむぅ…しかし、本当に無いのう。」

「元気ね、もう一度逝くかしら?」

「なななっ…ぬわっ!本当に叩こうとするでないっ!」

「あら、よく避けたわね。じゃあ、これはどうかしらっ!」

「ぬわっ!ああ、危ないでは無いかっ!」

「はぁっ…もう。何してるのかしらね。」

「世界を救っておるのじゃろ。」

「どうなのかしら?」

「我も分からぬ、救えるかどうか。」

「そうね…。」

「それでは、帝都に向かおうかや?」

「えぇ、急ぎましょう。」

ふたりは再び帝都を目指し、全力で走った。
徐々に近づく帝都の影は、炎の灯りで揺れている。
以前、支部戦の際に訪れた時とは、全く異なる帝都の姿がそこにはあった。
空が白み始める少し前、ようやく帝都を目前にしたふたりが目にしたのは、凄惨たる光景だった。

「何よ…これ。」

「何てことじゃ。一体何が…。」

その光景に、ふたりは言葉を失くしてしまった。








次回:第20話『襲撃』
お楽しみにお待ちください。

8月31日 16時を更新予定にしております。
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よろしければお願いし申し上げます。









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