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第17話『大図書館』
しおりを挟む「まさか、認識阻害の結界が張ってあるとは思わなかったわね。」
「そうじゃな。それに…我らの目を欺くほどの結界じゃ、相当のものじゃと考えられるの。」
「それにしても…カラクリさえ分かれば、呆気ないものね。」
「うむ、少し拍子抜けじゃったの。」
「そうね。」
そう言って、ふたりは目の前を歩く鳥へと目を向ける。
目線の先にいるのは、体長が2メートルほどの、金色のトビ。
このトビこそが、ふたりを大図書館へと導いてくれるのであった。
時は少し遡り…
「ふーん、この洞窟の奥に、私たちを案内してくれるっていう生物がいるのね。」
「まさか、この岬の下に、洞窟があるとはの。」
現在、ふたりが居るところは、ランズブル岬の下に広がる空間である。
普段は海の水によって、入り口が隠されているが、ランズブル岬の下には洞窟が広がっているのだ。
岬の先端部分に位置する入り口は、海面下にあるので、その存在を知る者はほとんどいない。
そんな入り口に行くために、ふたりは強引に魔法で海水をどけて、道をつくった。
「あったわ!たぶんアレが入り口ね。」
「岬の先端と言っても広すぎるの…。」
「まぁ良いじゃない、見つかったのだから。早く行くわよ。」
「うむ、そうじゃな。」
入り口の前まで降りてきたふたりは、そのまま洞窟の中へと入っていく。
「結構登ってるわね。」
「うむ、少し暗いので明かりを点けてくれると嬉しいのじゃが…。」
「自分でなさいよ…。しょうがないわねっ!」
やがて、登りがおわり、平坦な道へと変わる。
「そろそろ水面より上に出たかしら?」
「道も乾いておるし、出たのではないかの?」
「じゃあ魔法を解くわね。いつまでもあんなのじゃ、誰かに見つかってしまうわ。」
「そうじゃな、それでここまで水が来そうなら、洞窟内で止めれば良いしの。」
ユーカが魔法を解いた後も、水の音は聞こえたが、こちらまで来る様子はなかったので、特に気にすることなく、奥へ奥へと進んでいった。
「ねぇ、さっきから同じところをぐるぐるしてないかしら?」
「うむ…言われてみれば、そんな気も…ん?」
「どうしたの?」
「ユーカ、とりあえず目を閉じてみるのじゃ。」
「え?えぇ。」
「目を閉じたら、意識を集中させてみるのじゃ。」
「これは…なるほどね。」
「うむ、我らがぐるぐるまわってたのではなく、洞窟がぐるぐるしておるの。」
「でも、どうすれば良いのかしら?」
「それは我に聞かれても…。」
「なによ、肝心なところはポンコツなんだから。」
「えぇ…そこは褒めるべきではないのかや?」
「イヤよ。だってあなた、すぐに調子にのるじゃない。」
「ぐぬぬ…そのうち我、鳴いちゃうからの!」
「どうしたら先に進めるのかしら…困ったわ。」
「ムシ!?なぁ、ムシするのかや?」
「ちょっと黙ってなさいよ、あなたの声が響いてうるさいでしょ!」
ヴェルは何かを言いたそうにしたが、ハっとした表情をして固まってるユーカを見て、口を閉じておとなしくしていた。
「そうだわ…コレだわ!良くやったわよ、ヴェル!」
「むむむ?我は特になにもしてないぞ?」
「音の反射よ!コレで洞窟の姿が分かるわ!」
「んん?どういうことじゃ?」
「音の反響で、空間を把握するのよ。多分だけどいける気がするわ。」
「やっぱり我には分からぬ。分からぬから、任せたぞ!」
「もうっ…こういう時のための魔法でしょ!」
「ユーカよ…なんでも魔法だと言ってごまかすのは良くないと思うぞ。大体、お主のは魔法であって、魔法でないからの。」
「うるさいわねっ、ケチつけないでよ。」
「まぁ先に進めるのであれば、我は何でも良いがの。」
「まぁ見てなさいって!」
しばらくユーカは、音を出したり、音を聞いたり、変な魔法を使ったりしていたが、不意にそれらを止めて、ピタりと動かなくなった。
「どうしたのじゃ?」
「何か来る…何か来るのよっ!」
「何かってなにじゃ?」
「知らないわよっ、大コウモリじゃないのかしらっ!」
「なんじゃ、そんなの燃やし尽くせば良かろう?」
「ばかっ!息ができなくなって死ぬわよっ!」
「どどど、どうするのじゃ!?」
「逃げるのよ!」
「逃げるってどこに?」
「どこでも良いわよ!」
「コウモリくらいなんとかならぬのか?」
「百や千くらいどうにかなるわ。けど、どう見ても数万はいるのよ!」
「なっ…なんじゃと!」
「だから必死なんじゃない!どうにかしなさいよ!」
「ムムム、ムリじゃろ!万はさすがに規格外じゃ!」
「あーもう、こうなったら仕方ないわ!」
「何か手があるのかや?」
「謝るのよ!」
「は?」
「謝るのよっ!ごめんなさいしたら、許してくれるかもしれないでしょ!」
「なにを言っておるのじゃ!」
「ムリムリあんなのムリよ!私、コウモリ苦手なのよっ!」
「そんな事、初耳じゃぞ!なにがイヤなのじゃ?」
「顔が怖いのよ!可愛くないし!なんとかして頂戴、お願いヴェルぅ。」
「ふぅ…逃げるぞ。」
「へっ?」
「我も…コウモリはニガテなのじゃ。あんまり美味くないのでの。」
「そんな事どうでも良いわよ!やっつけてくれないならさっさと逃げるわよ!」
「うむ、それが良い!」
コウモリには勝てないと判断したふたりは、くるりと踵を返し、猛ダッシュでその場を後にした。
しかし、コウモリの早いのなんのといったところか、ついに追いつかれてしまい、ユーカは半ばパニックに陥る。
「ギャーっ!来たわよ、来たってば!ねぇヴェル、助けてよ!」
「大丈夫じゃ、我がついておる。」
とうとうコウモリたちが、ふたりに襲いかかろうとするその刹那、すっぽーんという音が聞こえそうなほどキレイに、ふたりは落とし穴へと落ちていった。
バッシャーンと音と水しぶきを立てて落ちた先は、体が半分は浸かるほどの水が張る、広い空間だった。
すり鉢状になっているらしく、中央へ行くほど、水位は増すが、反対に、壁の方へと移動すると、水に浸からない場所もあった。
「ここ…どこかしら?」
「とりあえず、コウモリは居ないみたいじゃの。」
「まさか、あんなに大群のコウモリがいるなんて…思い出しただけでも背筋が凍えそうだわ。」
「凍えそうなのは、水につかったからじゃろ?どれ、服と身体、髪を乾かそう。」
そう言うと、ヴェルは秘法で空気を温め、温風を吹かせた。
そのままユーカの横に腰を下ろし、ふたりでしばらくの間、温風に当たっていた。
「もう大丈夫よ。ありがと…。」
「うん?聞こえなかったので、もう一度言ってもらえると助かるの。」
「うるさいっ…ばかぁ。」
「ふむ、これからどうしようのぉ?」
「そうね…ひとつ気になったのだけど…。」
「なんじゃ?」
「あれは本当に落とし穴だったの?」
「確かに、一度通ったが、その時はビクともしなかったから、気づかなかったの。」
「落とし穴というよりも、隠し通路を踏み抜いてしまった、とは考えられないかしら?」
「我らはそんなに重いかの?」
「劣化してたのよ…。」
「そ、そうじゃな!そうかそうか、あはははっ。」
「つまりここは、あのまま進んでいたら、絶対に来るはずのなかった場所なのよ。」
「それがどうしたら、隠し通路だという主張につながるのじゃ?」
「それが分からないのよ。」
「まぁ、そなたの言う事も一理あるかもしれぬの。」
「どうしてそう思うの?」
「落とし穴なら、通路を用意する意味がないからの。」
「どういう事?」
「ほれ、あそことあそこを見てみるのじゃ。」
「あら…本当ね。通路があるわね。」
「つまり、そう言う事じゃ。」
「そう言う事ね。じゃ、さっそく行くわよ!」
「待て待て、どちらに進むのじゃ?」
「とりあえず右ね!」
「なぜじゃ?」
「なんとなくよ。」
「なんとなくか…。」
「強いて言うなら、左より右のほうが気配が強いわ。」
「気配じゃと?」
「そうよ、あなたを見つける時も、気配を頼りに進んだもの。」
「そうか。それで我を見つけたか!」
「なに嬉しそうにしてるのよ。まったくもうっ!」
ユーカはプイっとヴェルから顔を背け、右の方の通路へと進み始めた。
もちろん、ヴェルのために魔法で洞窟内を明るくするのを忘れなかった。
ズンズンと奥へ進んでいくと、途中から少しずつ通路が広がり、最終的に、キレイな正方形をした広い空間へと繋がっていた。
その奥に、祭壇らしきものがあり、まばゆい光を放つナニカがのっていた。
「あれ…何かしら?」
「なんじゃろう?とりあえず明るくて助かるの。」
「ちょっと近寄ってみましょうよ。」
ふたりは祭壇らしき場所へ近づき、光を放つモノの正体を確かめようとすると…
「ピーヒョロロ!ピーヒョロロロっ!」
「あら…この鳴き声は、トビね。」
「うむ、もしかして…こやつが道案内をしてくれるのかや?」
「私、鳥の言葉は分からないわ。ヴェルならわかるでしょ、翻訳して頂戴。」
「えぇ…我、一応ドラゴンなんじゃが…。」
「分かるの?分からないの?どっちなのよ?」
「分かります!はい!」
「じゃあ頼むわね。」
「うむぅ…仕方ないの。なになに…。」
「ピーヒョロロ!」
『何者だ貴様ら!』
「ピーヒョロロロ!」
『ぶっとばすぞこの野郎!』
「ピーヒョロヒョロ!」
『この俺様はチョー強いからなっ!』
ヴェルがそこまで言うと、ペシっとユーカがヴェルの頭をはたいた。
「真面目にしなさいよ!」
「我は至ってマジメじゃぞ!」
「嘘でしょ?このトリ、そんな事言ってるの?」
「言っておるぞ!しかも、もっとムカつく感じにじゃ!」
「このトリで間違いないのかしら?」
「たぶん…このトリじゃろ?」
「そう…。ヴェル、やっておしまい!」
「あいあいさーなのじゃ!」
そう言うと、ヴェルは両手でトキを掴み、秘法で地面に固定をする。
身動きを取れなくしたところで…
ムムムムムーっ!
ーーーーーーーーポンっ!
トキの目の前で、元の大きなドラゴンの姿に戻り、大きく口を開けて、吼えた。
「ガァルルルルゥウーっ!」
これにはトキもびっくり仰天、全身の毛がさか立ち、いきなりドサりと倒れこんだ。
ムムムムムーっ!
ーーーーーーーーポンっ!
「ふぅっ…久々に叫ぶと気持ち良いの!」
「ちょっと!そんなに大きな声出して、さっきみたいにコウモリが来たらどうするのよ!」
「あぁ…それな。そいつがけしかけたらしいぞ。」
「あら…そうなの?じゃあ起きたらお仕置きね!」
「何を言うておる?起きておるぞ?」
「えっ?」
「死んだフリをしておるだけじゃな。まぁ、我を欺くにはちーっと足りぬがな。」
「そう…。ちょっとあんた!さっさと起きないと焼いて食べるわよ!」
ヴェルが起きているというので、試しに話しかけてみるユーカだったが…
「ピッ、ピピピィヒョロリ!」
必死の形相で、目の前のトキが土下座をしてきたので、余りにも哀れに思えて、許してあげる事にした。
「それで?案内してくれるのかしら?」
「ピーヒョロロ…。」
『もちろんでございます。』
「ピーヒョロヒョロリ、ピーヒョロロ。」
『だから、お命だけは、焼き鳥だけは勘弁してください。』
「私は寛大だから、許してあげるわ。でも…コウモリの事だけは許さないわ。」
「ピッ、ピィィイイっ!」
その後、ユーカの手によって、一通りお仕置きされた後、トキの先導によって、洞窟を抜けた。
洞窟を抜けた後、ユーカとヴェルは、金色のトキを連れてランズブル岬の上へと戻った。
すると、岬の上には、何か得体の知れない石でできたウゾウゾと動く物体がたくさんいた。
どれくらい沢山かと言うと、文字通りの意味で、ランズブル岬を埋め尽くすほどの数だった。
ユーカはチラりとヴェルを見るとヴェルはチラりと金色のトキをを見る。
それにつられてユーカも金色のトキをチラりと見ると、ハっとした顔で、ガクガクと震えるトキがいた。
金色のトキは、目に涙を浮かべながら、頭が取れるのではないかと心配するほどの勢いで、首をブンブンと左右に振っていた。
そして、心からの悲痛な叫び声をあげる。
「ピピィっ!」
『これは、違うんですっ!』
その声をすかさずヴェルが翻訳していく。
「ピィィヒョロォーっ!」
『本当です、信じてください!』
すると、ユーカが金色のトキに向かって、笑顔でひと言冷たく言い放つ。
「何がどうなっているのか、説明して頂戴。」
背筋が凍る思いで、ヴェルがおそるおそるユーカの方を振り向くと、顔は笑顔だが、目は決して笑ってなく、今にも世界が凍り付きそうなほどに、恐怖という言葉を体現した表情をしていた。
そんな顔を向けられた金色のトキが、無事なはずはなく、すぐに口からアワを吹いて、後ろにバタりと倒れてしまった。
「おおお落ち着くのじゃユーカ。これくらいの数、我らならどうにでもできよう!」
「ヴェルぅ、私はね、怒ってるんじゃないの。疲れているだけなのよ。」
「じゅっ、十分起こっているぞ。ほら、かわいい顔が台無しじゃ。」
「あらぁ、ヴェルまで私を怒らせたいのかしら?」
「ほらっ、怒っておるではないか!」
「そんな事はどうでも良いのよ。」
そう言うと、ユーカは八つ当たりだとばかりに、ウゾウゾ動くナゾの物質を片っ端からボコボコと屠り始めた。
ユーカの通った後には、文字通り何も残らず、ランズブル岬を埋め尽くしていた物体は、僅か数分で全て掃除されてしまった。
「お、終わった…かや?」
「なんで手伝わなかったのよ?」
「こやつの…面倒を、見ておって、の?」
「はぁっ…さっさとそのトリを起こして頂戴。」
「わっ、分かったから、乱暴はよすのじゃぞ。ほれ、金色のトキよ、起きぬと危ないぞ。」
「何よその起こし方…。」
ヴェルがそう呼びかけた瞬間、金色のトキは全身の毛を逆立て、跳び起きた。
「つくづく私を怒らずのが好きな様ね…。」
結局、先ほどランズブル岬を埋め尽くしていた物体は、金色のトキが連れ去られた時に発動する、保護シークエンスだったらしく、金色のトキが、そのシークエンスが発動しないように、祭壇の下にある装置を動かさなかった事が原因だと、その後のトキの供述で判明した。
何はともあれ、疲れだけが一方的に溜まったが、特に休憩を取ることなく、そのまま金色のトキの案内で、ふたりは大図書館へと向かうことにした。
「このトキが歩いた後を辿れば、大図書館へと辿り着けるってわけね。」
「しかし…簡単に見つかって良かったの。」
「簡単じゃないわよ…。あんな数のコウモリ、もう二度と見たくないわ!」
「うむ、あれはさすがに喰らいきれぬ。」
「あら?あなた、コウモリは苦手って言ってたじゃないの。」
「確かにニガテじゃが、喰らえぬほどキライなわけではないぞ。」
「何よそれ…。」
見るからにやつれている金色のトキを先頭に、しばらく海の上の見えない道を歩いていると…
「アレがそうかしら?」
「うむ、そんな感じがするの。」
見るからに異質なナニカが目の前に広がっているが、金色のトキがこの場に居なかったら、気づくことはできなかっただろう。
それくらい、自然な佇まいで、そこに存在していた。
やがて、金色のトキが、結界へと触れると、モワりと周囲のモヤが、ユーカとヴェル、ついでに金色のトキを包み込み、中へと引き込む。
そして、結界の中に広がる神秘的な光景。
「これが…オールドル大図書館ね。」
「これは凄い…。思わずのまれてしまいそうじゃ。」
思わずふたりは息をのみ、時間が経つのも忘れて、その光景に見入ってしまう。
「ピーヒョロロ、ピーヒョロロロ。」
どれくらい時間が経ったのだろうか、不意にトキの声が聞こえたかと思うと、すでにその姿はなく、4枚の金色に光り輝く羽根だけが、その場に残っていた。
次回:第18話『禁書』
お楽しみにお待ちください。
8月31日 12時を更新予定にしております。
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