~【まおうすくい】~

八咫烏

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第43話『帰宅』

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「反撃開始じゃ。」

ヴェルが小さな声で呟いた言葉は、誰にも届くことはなかったが、それはすべてを物語っていた。
フェリスは隣に居るヴェルの呟きが耳に入らないほど集中して『邪法』に語りかけていたし、ユーカはモヤの方へと走り出し、同時に複数の魔法を展開して撃ち放っている。

ユーカの放った魔法は、触れることが出来ないはずの闇のモヤに衝突すると、呑み込まれずにモヤとぶつかり合った。
ユーカも確信は無かったので、撃った魔法がモヤに吸収されずに抵抗しているのを見て、少しだけ安堵の表情を見せて、ホッとひと息ついた。
そんな気の緩みも一瞬のことで、ユーカは再び身体の前に右手をかざすと、視認できる範囲のモヤを取り囲むかの様に魔法を展開する。

闇のモヤはユーカの魔法を掻き消そうとしているのか、ユーカの魔法に向けて腕を伸ばした。
しかし、ユーカの魔法と闇のモヤから伸びる腕、双方は互いに弾き合っている。

「何をしたのじゃ?」

ヴェルは避ける事しか出来なかった闇のモヤに、易々と対抗するユーカの姿を目の当たりにし、そのカラクリを尋ねずにはいられなかった。

「簡単な事よっ!」

ユーカは魔法で受け止めきれなかった闇の腕を、結界で空中に足場を創り回避する。
ヴェルの身体能力が群を抜いて高いので、あまり目立ちはしないが、ユーカも十分に身体能力の高い部類に入るだろう。
ユーカは回避を続けながら、ヴェルの質問に答える。

「同じ性質の魔法を使うのよ。」

回避中は言葉が途切れるが、少し余裕が出てくると、ヴェルに背を向けたまま言葉を続ける。
現に今は、モヤから少し離れたところに足場を創り、その上に片膝をついてモヤを見下ろしている。

「私が使ってる魔法は、あなたが使っている『秘法』の発展したもので…。」

再びユーカに、腕が伸びてきたので、後方の斜め下に新たに足場を創り出し、そこへ跳び移って回避すると、腕が伸びてきた方向に魔法を放ち、対抗する。

「確かに我の使っておる『秘法』は大昔の失われし術じゃが…。」

以前にヴェルがユーカに語った事を、ユーカは自分なりに調べていたのであろう。
ユーカが辿り着いた答えは、『秘法』が今では世界で一般的に使われている『魔法』の前身ではないかと云う推測であった。
それについて、正否の判断は付かないが、ヴェルも一応は納得がいった様で、時代の流れを感じ取っていた。

「なるほどのぅ…。我の時代には無かったモノが生まれておるのか。」

「それが…。」

ユーカはモヤへの対処に追われた為、再び話すのを切り上げる。
序盤こそモヤを封じ込める事に成功していたが、徐々にモヤの膨大な手数に翻弄されて、押され始めていた。

「それが、私がフェリスに言った進化よ。」

「む?魔法は進化しないのではないのかや?」

ヴェルは先ほどまで休む暇も無くモヤの対処をしていたので、疲れた様子でダラリとしながらユーカの矛盾を指摘した。

「しないわよ。使い手が魔法を変えるのだから、魔法が進化したと云うよりは使い手の進化でしょ?」

「我はには魔法が進化した様に感じるがの。」

「そう?無かったモノを生み出すのは技術の進歩かもしれないけど、その人の努力の結晶でもあるわよ。」

ユーカは足場から大きく後ろに跳躍し、ヴェルとフェリスのいる場所と、モヤが蠢いているところのちょうど真ん中あたりに着地する。

「まぁ、どちらでも良いけど。私はその人の頑張りを褒めてあげたいわ。」

「確かに、魔法の進化と言われると虚しいが、ヒトの進化じゃと有意義に感じるの。」

休憩は終わったとばかりに、ヴェルは身体に力を入れて備える。

「そうね!」

ユーカは今回の戦闘では一番の魔力を込めて、複数の魔法を放出すると同時に、さらに後ろへと退いてヴェルの隣まで来ると、ヴェルの方をちらりと見てから言った。

「行ける?」

「うむ!」

先ほどヴェルが、床を破壊して階下へと逃れたので、モヤはユーカたち3人に覆いかぶさる様にして襲いかかっている。
上を取られているままだでは分が悪いと感じたユーカは、ヴェルに頼んで上に連れて行ってもらうことにした。

ヴェルは右手にユーカを、左手にフェリスを担ぐと、羽根を広げてぶわりと翔び上がる。
ユーカは天井を破壊すると、瓦礫が降ってこない様に、結界で傘を創って落下物から身を守った。

「我は配達業者じゃないのじゃが…。」

ひょいとユーカを降ろした後、ヴェルはボソリと悲しそうに呟いた。
フェリスはユーカほど小柄ではないので、肩の上に乗せて担いでいたが、ユーカを降ろした後に、両手で丁寧に床へ降ろした。

ニャールタカ城は南部地域では最も巨大な城廓であり、建物単体の大きさだけで言えば、魔王領でも一番大きな建造物となっている。
敷地面積を合わせてしまうと、フェリスの居城としている魔王城が最も巨大ではあるが、南部地域の雄であるニャールタカ城も、侮ることができない規模である。
それに加えて、ニャールタカ城は築城の経緯から、城の内部での戦闘も想定されている為、通路が複雑に入り組んでおり、迷宮の様になっている。
よって、先ほどのヴェルは、回避行動を続ける為に、少し退がる毎に出てくる通路の突き当たりの壁を、手当たり次第に破壊して、一直線にモヤから距離を取っていた。

「ここは…どこじゃ?」

ヴェルはふたりを下ろしてから、辺りを見渡す様に首をぐるりと回して言った。

「まるで迷路ね。」

ユーカも周りを眺めながら、呆れた様に言い放った後、ある方向を睨んだ。
その方向とは、おぞましいまでの嫌悪感が渦巻く気配がする方角であった。

「モヤは…あっちね。」

「その様じゃな。」

ヴェルは、フェリスを庇う様に彼女とモヤの間に立ち、ユーカの睨む方へと目を向けた。
その際に、ユーカもヴェルの視界に入り、苦しそうに肩で息をするユーカに気付いてしまった。

「大丈夫かや?」

「え?えぇ、ありがとう。」

ユーカも自分では気付いていなかった様で、ヴェルに気遣われてようやく気が付き、自分で思っていたよりも限界が近いことを自覚した。

「代わってやりたいが…我にはムリそうじゃの。」

ユーカとヴェルの睨んでいた方向から、じわじわとモヤが姿を現わす。
ニャールタカ城の壁や床などを凄まじいスピードで侵食し、発生源を中心に全てを闇で包もうとしていた。

「平気よ。ねぇ、フェリス?」

「あぁ、無論だよ。」

ヴェルが後ろを振り向くと、自信満々に微笑むフェリスが居た。

「少し時間が欲しいんだ。ユーカ、頼めるかな?」

「5分。」

「分かった。」

『邪法』の中に、新たな力を見出したフェリスだったが、その力を使うための調整はまだできて居ないらしく、今からそれを手探りで行う。
ユーカがフェリスに提示した作業時間は、とても短いものであったが、ヴェルが直感で予測した限界の時間よりも、少しだけ長かった。
しかし、ユーカが自ら時間を提示した以上、ヴェルは何も言うことがなかった。

「さぁて…。」

ユーカは舌舐めずりをして、疲れを意識の外へと追いやると、先ほどと同じ様に複数の魔法を乱れ撃ち、闇のモヤの侵食を食い止める。
ユーカは意地でも、5分の間はこれ以上のモヤの侵食を許さない様で、一歩も退く事なくその場で踏みとどまって、モヤから伸びる腕を迎撃している。
ヴェルはその様子をハラハラしながら見ていたが、フェリスは瞳を閉じたまま、力の扱い方を模索していた。

「ユーカもユーカじゃが、フェリスもフェリスじゃの。」

ヴェルは最悪の事態に備えて羽根を広げると、いつでもユーカとフェリスを抱えて城から脱出できる準備を整える。
そんな甲斐も虚しく、ニャールタカ城にヴェルの悲痛な叫びが響く。

「ユーカっ!」

抑えきれなかったひと筋のモヤから伸びる腕が、ユーカに襲いかかった。
ユーカは闇に包まれ、ヴェルの視界からその姿を消した。
ヴェルは混乱してその場に立ち尽くしてしまうが、そのすぐ側をフェリスが横切り、モヤとヴェルの間に立つと、ヴェルに背中を見せたまま言った。

「ユーカなら大丈夫。だからヴェル、落ち着いて。」

フェリスはふわりと包み込む様な声音で言うと、両手を広げてモヤを見つめた。

「さぁ、今度はキミの番だよ。」

眩い光に包まれながら、フェリスはモヤに語りかけると、広げていた両手を胸の上で組んだ。

フェリスから溢れ出る光は、粒となってモヤへと向かって行き、モヤに吸収される事なく纏わり付く。
光の粒は、しばらくするとその輝きを失い、フェリスを包む光もいつのまにか消失していた。

「成功…したのかや?」

ヴェルはユーカが闇に飲み込まれたショックから、腰を抜かしてペタリと地面に座り込んでしまっていた。
フェリスは何も言わなかったが、コクリと静かに頷いた。
しばらく沈黙がその場を支配していたが、ヴェルの待ち望んでいた声が、その沈黙を破った。

「ふぅ…。」

ユーカはなんでもなかったかの様に、包まれていた闇からボトリと落下して、姿を現した。

「自分の魔法で全身を包んでたんだね…。心配したよ。」

フェリスも疲労感を滲ませながら、ユーカの無事に安堵していた。

「心配かけおって!」

ヴェルは怒り気味にユーカの元まで行くと、ユーカをひょいと持ち上げて立たせる。
先ほどまで腰が抜けていたのが嘘かの様に、ヴェルの足取りはしっかりとしていた。

闇のモヤは、自らを取り込み、その存在を小さくしていった。

「ありがと…。」

モヤの様子を横目に眺めながら、ユーカはヴェルの手を握って立ち上がると、ヴェルの手を握ったままフェリス側まで歩み寄る。
ユーカに怪我がない事を確認したヴェルは、ホッとひと息吐いた後、ユーカに引かれるままにフェリスの元へと向かった。

「危機一髪ね。」

ユーカは他人事の様にフェリスに話しかけ、パッとヴェルの手を離す。
モヤの脅威がなくなった今、周囲を警戒する必要も無くなり、3人はしばしの休息をとった。

「相変わらずムチャをする…。」

「平気よ。だって私、負ける賭けはしないもの。」

ユーカはコケティッシュな笑みを浮かべてヴェルを上目遣いに見上げる。

「間に合わなかったら、どうするつもりだったのさ?」

フェリスは気になって、ユーカに他の作戦案もあったのかを尋ねた。

「あなたが進化するまで時間くらい稼ぐわよ?」

どうやらユーカは、フェリスが間に合わないとは微塵も思っていない様で、心底不思議そうな顔をして首を捻った。

「でもまぁ…よくもまぁあんな短時間でやったものね。」

ユーカは呆れた声音でそう言うと、ユーカなりにフェリスを労った。

「自分でも不思議だよ。もう二度とゴメンだね。」

フェリスもユーカに同意を示し、やれやれとでも言うかの様に、両手を上げて首を振って見せた。
するとユーカは、困った様な表情をしてフェリスに言った。

「そうね…。」

ヴェルはユーカの表情から何かを読み取り、サッとフェリスから顔を背けた。
そして、空気を変える様に、別の話題をフェリスに振った。
いつもは空気を読むことがニガテなヴェルも、こう云う状況の空気は敏感に察知して、自分にも被害が及ぶ前に転換する術を身につけていた。

「それより…外におった軍勢はどうしたのじゃ?」

「それなら問題ないよ。」

フェリスは、ヴェルの様にユーカの真意までは読み取る事ができなかったので、ヴェルの質問に快く答えた。
心理戦に強いフェリスでさえも気が付かなかったのに、単細胞なヴェルが気付けた理由は、単純にユーカとの付き合いが長いからとしか説明がつかないだろう。

「むぅ…。今回、我には良いところがないの。」

ヴェルは今回の作戦行動を振り返り、ユーカやフェリスに比べるとあまり役に立てなかったのではないかと考えてしまい、気を落とした。

「今回のMVPは間違いなくフェリスね。」

ユーカは努めて明るく言った。

「いや…そんな事ないさ。ヴェルとユーカがサポートしてくれたおかげだよ。」

フェリスは謙遜して、少し恥ずかしそうにはにかんだ。

「カレンとファナを回収して帰りましょ。」

ユーカはそう言うと、立ち上がってニャールタカ城を出ようとした。
それに続いてヴェルも立ち上がり、ユーカの後ろをついていく。
フェリスはユーカとヴェルのいる方向とは違う方に目線を送った後、駆け足でユーカとヴェルに追いついて、一緒に歩いて行った。







「あっ!」

カレンよりも先にファナがフェリスたち3人の影を見つけ、駆け出しそうになる。
しかし、思い出した様にその場で踏みとどまり、その様子を見ていたカレンは、妹の意外な一面に思わず笑みをこぼした。
カレンはユーカたちがはっきりと視認できる距離まで近づいてくると、ペコリと腰を折ってお辞儀をした。

「お疲れざま。」

ユーカがカレンとファナを労うと、ヴェルもそれに乗りかかる様にふたりを労った。

「うむ、ご苦労っ!」

ユーカの口調は相変わらず冷たく、ヴェルの態度はいつも通り偉そうではあったが、ふたりともカレンとファナに感謝している事に変わりはない。
そして最後に、フェリスがカレンとファナのふたりに感謝を伝える。

「ふたりとも…ありがとう。」

するとふたりはその場で片膝をつき、最敬礼をとって声を合わせた。

『はっ!』

「こんな時までも大変ね。」

ユーカはカレンとファナを見て、フェリスの謝意を素直に受け取れば良いのに、と思い呆れながら言った。
しかし、その言葉は皮肉を孕んでいるわけではなく、素直に思った事を呟いたに過ぎなかった。

「そうだよふたりとも、楽にしてくれ。」

フェリスもユーカと同じ意見を持っていた様で、ふたりに近づくと、左手でカレンの手を、右手でファナのを掴んで立ち上がらせる。
呆気にとられたままのカレンとファナは、フェリスによってさらに追い討ちをかけられる。
フェリスはカレンとファナを立たせた後、両手を広げてふたりをふわりと包み込む様に抱擁した。

「あっ…。」

口をパクパクとさせて言葉を発する事が出来ないカレンとは対照的に、ファナはニヘラっと表情を崩し、今回の作戦行動で勝ち取った権利を文字通り全身で味わっていた。

その様子を半目で見ていたユーカは、フェリスがふたりから離れるタイミングを見計らって話しかけた。

「それで?あの大軍はどこに消えちゃったの?」

その問いに答えられるのは、カレンとファナだけであり、途中で離脱したフェリスもその事については聞いておきたかった様だ。
ファナは昇ったまま還って来ないので、カレンがその問いについて答えた。

「彼らは城に戻ると言ってましたよ。」

「ふぅん…。んん?」

ユーカはさらりと聞き流しそうになったが、よくよくカレンの言葉を反芻するとおかしい事に気が付き、首を捻った。

「どう云う事じゃ?」

ユーカとヴェルは、フェリスたちとは別行動を取っていたので、まったく状況が掴めていなかったが、フェリスは途中から離脱しただけなので、なんとなく理解が及んだ様であった。

「あぁ…。つまり、こう云う事だよ。」

フェリスがユーカとヴェルに事情を説明したところ、ヴェルが興奮気味に叫び出した。

「なんて事じゃ!つまりは初めから裏切っていなかったのじゃな!」

ヴェルは単純な思考回路をしているので、とてもシンプルな答えを導いたが、ユーカはそうでも無い様であった。

「もしかして…。」

ユーカは苦しそうな表情になり、後の言葉が続かなかった。
しかし、何を言いたかったのかはフェリスには解ってしまった様で、フェリスはユーカの側に来ると、首から下げていたロケットを服の中から取り出した。

「姉上だよ…。優しくて、綺麗で、誰よりもこの国の事を…。」

ロケットはみるみる内に朽ちて行き、風に運ばれて消滅した。

「姉上がくれたものでね、姉上の生命が吹き込まれていたんだ。」

フェリスはロケットを運んで行った風の方を向いて、ポツリと呟くように言った。
それが朽ちると云う事の意味はつまり、そう云う事なのだろう。そう考えたユーかも、フェリスと同じように風を視線で追った。

「帰りましょうか。」

しばらく風の行き着く先を見つめていたが、徐々にその風も弱まって行き、ついに風がやんだところで、ユーカは言った。

「うむ、そうじゃな。」

ヴェルはユーカたち4人が乗れる程度の大きさのドラゴンに変身すると、その場でしゃがみ込み、フェリスを待った。

「ねぇヴェル、生命の起源って何かしら…?」

帰り際に、ユーカがそんな事を言ったので、ヴェルはおかしそうに笑った後に、キッパリと断言した。

「ソレハモチロン、『アイ』ジャロウ。」

「そう。」

ユーカは自分から話題を振っておいて、ヴェルの答えどころかその会話自体に興味が無いかの様に返事をする。
しかしその裏で、ユーカは誰にも気付かれる事なく魔法を放っていた。

最後にユーカがヴェルの背に乗ると、ヴェルはふわりと羽根を広げて翔び立った。

「ゆっくりよ!」

急ぐ必要もないのだから、帰りくらいはゆっくり翔んで欲しい、そう云う願いぎユーカの口調には込められていた。

「マカセテオケ!」

不安しか残らない返事をした後、ヴェルは一気に加速をして、ニャールタカ城をはるか後方へと置き去りにした。









次回:第44話『休息』
お楽しみにお待ちください。

5月20日 21時を更新予定にしております。
感想や誤字脱字の指摘などなど
よろしければお願いし申し上げます。

後日加筆予定をしておりますので、今しばらくお待ちください。

5月15日 24時頃に加筆作業が完了致しました。
これからもよろしくお願いします。
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