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キャンディ売りの少女
(10)部屋とギャングと花束
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ホテル前の一帯では、軒並みガラの悪そうなスーツを着たギャングどうし、もしくはギャングと止めに入った警官隊の、派手な乱闘が繰り広げられている。アーネットたちは、この原因が間接的にせよ直接的にせよ、行方不明の魔法の万年筆にあると考えた。
するとそこへ、丁度いいのか悪いのか、警棒を握った中年の制服警官がやってきた。
「こら!一般人が何してる!危ないから向こうへ行きなさい!」
「残念ながら一般人じゃない」
アーネットが警察手帳を示すと、中年警官は慌てて敬礼した。
「魔法捜査課のレッドフィールドだ。何が起きてる?」
「はっ、ご覧の通りの状況であります!」
まあそう言う以外にないだろうな、と聞いていたブルーは思った。
「何が原因でこんな事になった?」
「わかりません!」
警官の報告は、もはや頼もしいまでに内容がない。アーネット達は、仕方ないと自分たちで調べる事にした。
「捕えたギャングはいるか?気絶してないやつだ」
「縛り上げて、あっちに寄せてあります!」
「わかった。じゃ、鎮圧しちゃって」
「はっ!」
中年警官は再び、颯爽と鎮圧任務に戻る。アーネット達は騒乱の間をかいくぐって、ガス灯の柱にくくりつけられた哀れな若いギャングに近寄った。
「その姿勢もキツイだろう」
「てめえ、縄を解きやがれ!」
「おっと、警官侮辱罪はポイント大きいぞ。公務執行妨害未遂も加算しといてやるか」
「うっ」
カールのかかった金髪のチンピラも、罪状の追加には怯んだらしく、すぐおとなしくなった。ブルーが隣で、なるほど権力とはこういう風に使うのか、と感心している。
「何があった?」
それまでと変わって真面目な表情でアーネットが訊ねた。チンピラは僅かに答えるのをためらう様子を見せたが、渋い顔をしつつ答えた。
「…パーティーの途中で、ケンカになった」
「何のパーティーだ」
「新たにうちの傘下に入った組織の歓迎会だ。歓迎会というよりは、トップが配下の顔と名前を覚えるための顔見せだがな」
「お前の組織は?ひょっとしてランプ一家か」
「!」
チンピラは、その指摘に一瞬すくみ上がった。
「なっ、なんでわかる!?」
「お前みたいな一目でわかるチンピラをのさばらせてる垢抜けないギャングは、この辺じゃランプ一家くらいだ。俺が昔刑務所にぶちこんだ、若頭のベンソンは元気か」
「てっ、てめえ!」
「まあ、それはどうでもいい。なんで突然ケンカになった?新参の組織が、傘下入りを土壇場で拒んだのか」
アーネットの質問に、やはり金髪のチンピラは言い淀んだが、黙っていても意味がないと思ったのか、またぽつぽつと話し始めた。
「ちょっと意味がわからねえんだが、傘下に入る予定だったシュタイナーってやつが、近付きの印にってことでうちのボスや幹部に、年代物のワインを贈ったんだ」
「それのどこが乱闘騒ぎに結びつくんだ」
「そこだ。ワインには小さな花束と、メッセージカードが添えてあった。ところが、ボスが受け取ったカードには、とんでもない文面が書かれていた」
そこまで聞いて、アーネット達は何となくピンときたが、まずはチンピラの言い分を聞く事にした。
「何て書いてあったんだ」
「"親愛なるランプ氏へ。お前の一家もここで永遠に終わる"と」
それを読んだボスの顔を思い出したのか、チンピラは身を震わせた。アーネットとブルーも顔を見合わせ、その後どういう展開になったのか想像した。
「どう読んでも宣戦布告だね」とブルー。
「そうだな。まして、あの頭が足りないランプの事だ。一瞬で脳みそが沸騰しただろう」
だいぶ容赦のない言われようではあるが、ランプ一家のボスのロバート・ランプという御仁は、金と暴力以外の解決方法を知らず、言論とは罵倒と揚げ足取りの事だと信じているような人物である。
「あとの事は想像に任せるぜ、おまわりさん」
「なるほど。そのメッセージカードやらは、パーティー会場に行けば、まだあるな」
アーネットが振り返ってホテルに向かおうとすると、チンピラは言った。
「おい!」
「なんだ」
「縄をほどいてくれよ!」
「なに勘違いしてんだ。お前は騒乱、暴行の現行犯だ。あとは管轄のお巡りさんに言え」
ブルーたちを連れてホテルに直行するアーネットの背中に、チンピラの罵声が響いた。
キングス・ホテルというご大層な名前のホテルは、ホテル本館の右隣りに二階建てのホール棟が併設されている。一階ホールはちょっとしたコンサートも開けるほどの広さだが、逆に二階ホールは適度な大きさというか狭さで、それこそギャングの会合だとかの、あまり大きな声で言えない集まりにはうってつけであった。
すでにギャング達が出払ったあとのパーティー会場は、うっかり石の床に落としたビスケット缶の中を見るような惨状である。テーブルの脚は折れ、散乱する割れた窓ガラスに照明がキラキラと反射していた。
「これはホテルの損害請求が凄い事になりそうね」
現場を調べながら、ジリアンが呟いた。
「おおかた、このホテルもランプ一家の縄張りだろう。涙を飲んで、またご利用くださいませ、ってとこだろうな」
テーブルに置いてある上等なワインの瓶を持ち上げ、銘柄を見てアーネットはヒュウと口笛を鳴らした。
「厳しい世界ですこと」
裏社会に詳しいアーネットの解説に、ジリアンは少しだけ同情して肩をすくめた。
「さて、問題のメッセージカードとやらだが」
「これじゃない?」
ブルーが、上座と思われる席にあった小さな花束を掲げる。確かに、そこにはメッセージカードが添えてあった。
「どれどれ」
ジリアンが、ブルーの横から身を乗り出してカードを読み上げる。
「"親愛なるランプへ お前の一族はここで終わる。永遠に"」
それは、さっきのチンピラが言っていたとおりの文面だった。
「なるほど」
ブルーも、カードをまじまじと見る。文面に間違いはなく、どう読み取っても殺害予告か、宣戦布告のどちらかである。
「まあ、普通に考えればこんな文面のカードを添える筈はないよね」
「やっぱり、例のあれのせいかしら」
「そうだね。ジリアンが目撃したっていう、看板だとかの文字が勝手に書き換えられる現象。それが、ここでも起きたと考える以外にない」
ブルーの推測はアーネットも同意したが、おそらくはそれが正解であるとしても、そこから原因、元凶を突き止めるのはだいぶ難しいように思われた。
その時だった。ジリアンが、突然テーブルの周りをぐるりと移動したかと思うと、テーブルクロスを引き剥がした。高価そうな食器類がガシャンと割れる。アーネットは何も見なかった事にした。
すると、テーブルの下から一人の男性が現れて、壁に背を向けて両手を上げた。
「こっ、殺さないでください!!」
それは、白いスーツを着た白髪混じりの中年男性だった。
「ん?」
アーネットは手を上げてガタガタ震える中年男性の顔を、何か気付いたように観察した。
「どっかで会ったな、あんた」
「へっ!?」
すると、ブルーが「あー」と反応した。
「あそこだよ。キャンディを魔法で追跡したら行き着いた、精糖会社の人だ」
「そうだ。お前、記憶力いいな」
十年やってる刑事のセリフじゃないだろう、と心の中でツッコミを入れながら、ブルーは男性に近付いた。男性もアーネット達が刑事であることを思い出したようで、さっきまでとは別の緊張の顔色に変わった。
「オジサン、なんでこんなギャングのパーティーに出席してるの?」
「そっ、それは…」
「あっ、わかった!ギャングとか政治家にキャンディとかチョコレートとか渡してるんだろ!見かけによらず悪い奴だな!」
ブルーの追求に男性は目をぐるぐるさせ、アーネットとジリアンは額に手を当てて呆れていた。
「アドニス君、企業の人間がギャングや政治家に渡す物、他にあるでしょ」
「え?…あ、お金か!」
ブルーはまたも怒りの形相で男性を見る。
「そうか、あの時僕らが警察だとわかって咄嗟に隠した帳簿みたいなの、あれギャングとの取引に関する何かだな!こんなパーティーにまで顔を出すって事は、ギャングと相当深い繋がりがあるんだろ!いや待てよ。なんとか一家に新参の組織を紹介したの、ひょっとしてお前じゃないのか!?あと、背後にはどっかの政治家も一枚噛んでるんだろ!」
話が金に関するとわかった途端、ブルーは突然その推理力を、当たっているのかどうかはわからないが遺憾なく発揮した。すると、男性は突然土下座して、涙混じりに白状したのだった。
「全てその通りです!!」
それに一番驚いているのは、アーネットとジリアンだった。何だかんだで、ブルーの推理力と洞察力は抜きん出ているのだ。ただ世間知らずなだけである。
「ごめんなさい!ランプ一家とはもともと販路開拓の関係で繋がりがあって、新参のジャービスっていう組織に仲介を頼まれたんです!あと●●●●上院議員にも酒税法の改正の関係でお金を…」
すると、アーネットが汚職を白状している最中の男性の肩を叩いた。
「わかった、わかった。もういい。逮捕するから、あとは捜査二課のところでゆっくり尋問を受けてくれ。今言ったのは●●●●上院議員で間違いないな?うん、わかった。おいブルー、下の警官から手錠ひとつ借りて来てくれ」
株式会社テッド製糖と、政治家とギャング一家の繋がりを数十秒で自白させる事に成功したブルーだったが、彼らにとっては大企業の専務や社長や●●●●議員がどうなろうと、知った事ではなかった。警官にテッド製糖のカーンズ専務を引き渡したあと、三人は魔法の万年筆の行方を探す作業に戻った。すでに夜8時を過ぎている。
「やっぱりもう帰らない?アーネット。明日でいいじゃん」
休日の朝から働きづめの哀れな少年の訴えも、今日中に片付けて明日は仕事をさぼる、というアーネットの固い決意を揺るがす事はできなかった。
「ブルー、今のお前の頭脳は疲労がいい具合に作用して研ぎ澄まされている。お前の愛読している名探偵、エルロック・ギョームズに並び立つくらいにだ。この状況から、文字を改変させる魔法の万年筆の在り処を突き止めるんだ。お前ならできる」
アーネット一流の出まかせにも関わらず、そう言われて何となく得意になってしまう、13歳の少年であった。ジリアンが、よくもまあという表情で呆れてアーネットを見る。ブルーは顎に親指を当てて、健気に推理を開始した。
しかし残念なことに、先に気が付いたのは魔女探偵ジリアンであった。
「ねえ、これ見て」
ジリアンは、上座から少し離れた席に置いてある、小さな花束を手に取った。その中にも同じように、メッセージカードが添えられている。文面は”親愛なるマクレガン殿”と、いくぶん素っ気ない。
「このカードの筆致、似てない?」
「え?」
ブルーとアーネットは、ジリアンから手渡されたカードを見る。そこでブルーは「あっ」と気付いた。
「これ、あの万年筆のタッチに似てる。太めで、ちょっと角が立ってるような独特の筆致」
「なるほど。言われてみれば」
「でっ、でも、仮にそうだとして、なんでこんなメッセージカードに…」
すると、ジリアンが得意気に二人を見た。
「あーあ。男の人は普段あまり興味ない場所かもね、確かに。でも、アーネットなら昔、女の人と遊びまくってた頃、よく買い物したんじゃないのかな」
なんだその遠まわしな言い方は、とアーネットは思ったが、すぐに思い至って手をポンと叩いた。
「花屋か」
「ご名答。お花屋さんは、添えるメッセージカードに文字を書くプロでもあるわ」
ジリアンは、指で文字を書く仕草をしてみせる。アーネットは推理を続けた。
「つまり、花屋の人間がマリエから魔法の万年筆を購入して、ここにある花束全てのメッセージカードに、何人もの名前を書いた。そのために、文字改変の魔法が発動したわけだ」
「そう。そして、それはメッセージカードに書かれた文面にまで作用した。そのせいで、例えば本当は”一家の永遠の繁栄を願って”だった文が、”ここで一族は永遠に終わる”みたいな物騒な文面に変わってしまったのよ」
ジリアンの見事な推理に、ブルーとアーネットは拍手で応えた。
「お見事だ、ジリアン」
「へへー。さて、そうなると花屋の特定だけど。おそらく花屋に花束を注文したのは、さっきあの汚職おじさんが言ってた、ジャービスとかいう新参ギャングね。取っ捕まえて、花屋の名前を聞き出そう」
「いや、それには及ばん」
アーネットは、メッセージカードのくるりと裏返してみせた。カードの右下には、さり気なく店の名前のスタンプが押してあったのだ。
「”デボラ生花店”。ここだ」
三人は、ホテルの従業員からデボラ生花店の場所を訊くと、それほどの距離でもないため徒歩で向かう事にした。自分の見せ場をジリアンに取られた事で、ブルーは若干残念がっているようだった。それを察したのか、ジリアンはブルーの背中をポンと叩く。
「大丈夫、大丈夫。最後にあなたの出番あるから」
「もう、花屋の名前はわかったんだから、確定したようなものじゃん。マリエは、中年の女の人が買って行ったって言ってたし、あのカードの上品な筆跡も、雰囲気からして女の人の字だ。つまり、デボラ生花店に行けば魔法の万年筆がある、って事だよ」
ブルーの頭の中では、もうすでに事件は終わったようだった。最後に自分が解決して、この目まぐるしい休日を締めたいという少年の思惑は、今のところ不完全に終わりそうである。しかし、ジリアンは言った。
「あたしのカンは当たる。もうひと騒動あるよ」
「やめてくれよ」
そう言ったあと、ブルーは突然立ち止まった。
「…ちょっと待って」
ブルーが何か気付いたようなので、アーネットとジリアンも立ち止まって話を聞く。ブルーの表情は強張っていた。
「その、ジャービスってギャングの人間が、デボラ生花店にメッセージカード付きの花束を依頼したわけだろ」
「うん」
「じゃあ、文字改変魔法の事なんか知らないギャングは、ランプ一家を怒らせたあのメッセージカードの文面も、生花店の人間が書いた、って思うよね」
それを指摘されて、アーネットとジリアンは蒼白になった。なぜ、そんな事に気付かなかったのか、と。
「まずい」
「急ぐよ!」
ブルーは、杖を振るって一気にその場の全員の脚に強化魔法を施した。ブルーとジリアンはいつものように手を繫いでダッシュする態勢を整える。しかし約一名、強化魔法で俊敏になった体のバランスを取れていない者がいた。
「アーネット!花屋に急ぐよ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
アーネットの脚がふらついているのにジリアンは気付き、細い目でジロリと睨んだ。
「…アーネット。さっきホールにあったワイン、飲んだでしょ」
「ちょっとだけな」
酒飲みが言う「ちょっと」とは、どれくらいなのだろう。30過ぎの大人に呆れ返った15歳と13歳は、溜息をつくと言い捨てた。
「先行ってるよ!」
二人は手を取り合って、強化された脚でガス燈の灯りの下を軽やかに駆け抜けて行った。その場に残された酒飲み刑事は、酔いが回った状態で、強化された脚で走るべきかどうか決めあぐねていた。
「…競歩の要領で行けるかな」
かくしてアーネットは、100年以上前貴族が暇つぶしで始めたとされる、競歩の歩き方でブルーたちの後を追った。その姿は周囲の人間からは酔っ払いの奇行にしか見えず、あながち間違いでもないのだった。
するとそこへ、丁度いいのか悪いのか、警棒を握った中年の制服警官がやってきた。
「こら!一般人が何してる!危ないから向こうへ行きなさい!」
「残念ながら一般人じゃない」
アーネットが警察手帳を示すと、中年警官は慌てて敬礼した。
「魔法捜査課のレッドフィールドだ。何が起きてる?」
「はっ、ご覧の通りの状況であります!」
まあそう言う以外にないだろうな、と聞いていたブルーは思った。
「何が原因でこんな事になった?」
「わかりません!」
警官の報告は、もはや頼もしいまでに内容がない。アーネット達は、仕方ないと自分たちで調べる事にした。
「捕えたギャングはいるか?気絶してないやつだ」
「縛り上げて、あっちに寄せてあります!」
「わかった。じゃ、鎮圧しちゃって」
「はっ!」
中年警官は再び、颯爽と鎮圧任務に戻る。アーネット達は騒乱の間をかいくぐって、ガス灯の柱にくくりつけられた哀れな若いギャングに近寄った。
「その姿勢もキツイだろう」
「てめえ、縄を解きやがれ!」
「おっと、警官侮辱罪はポイント大きいぞ。公務執行妨害未遂も加算しといてやるか」
「うっ」
カールのかかった金髪のチンピラも、罪状の追加には怯んだらしく、すぐおとなしくなった。ブルーが隣で、なるほど権力とはこういう風に使うのか、と感心している。
「何があった?」
それまでと変わって真面目な表情でアーネットが訊ねた。チンピラは僅かに答えるのをためらう様子を見せたが、渋い顔をしつつ答えた。
「…パーティーの途中で、ケンカになった」
「何のパーティーだ」
「新たにうちの傘下に入った組織の歓迎会だ。歓迎会というよりは、トップが配下の顔と名前を覚えるための顔見せだがな」
「お前の組織は?ひょっとしてランプ一家か」
「!」
チンピラは、その指摘に一瞬すくみ上がった。
「なっ、なんでわかる!?」
「お前みたいな一目でわかるチンピラをのさばらせてる垢抜けないギャングは、この辺じゃランプ一家くらいだ。俺が昔刑務所にぶちこんだ、若頭のベンソンは元気か」
「てっ、てめえ!」
「まあ、それはどうでもいい。なんで突然ケンカになった?新参の組織が、傘下入りを土壇場で拒んだのか」
アーネットの質問に、やはり金髪のチンピラは言い淀んだが、黙っていても意味がないと思ったのか、またぽつぽつと話し始めた。
「ちょっと意味がわからねえんだが、傘下に入る予定だったシュタイナーってやつが、近付きの印にってことでうちのボスや幹部に、年代物のワインを贈ったんだ」
「それのどこが乱闘騒ぎに結びつくんだ」
「そこだ。ワインには小さな花束と、メッセージカードが添えてあった。ところが、ボスが受け取ったカードには、とんでもない文面が書かれていた」
そこまで聞いて、アーネット達は何となくピンときたが、まずはチンピラの言い分を聞く事にした。
「何て書いてあったんだ」
「"親愛なるランプ氏へ。お前の一家もここで永遠に終わる"と」
それを読んだボスの顔を思い出したのか、チンピラは身を震わせた。アーネットとブルーも顔を見合わせ、その後どういう展開になったのか想像した。
「どう読んでも宣戦布告だね」とブルー。
「そうだな。まして、あの頭が足りないランプの事だ。一瞬で脳みそが沸騰しただろう」
だいぶ容赦のない言われようではあるが、ランプ一家のボスのロバート・ランプという御仁は、金と暴力以外の解決方法を知らず、言論とは罵倒と揚げ足取りの事だと信じているような人物である。
「あとの事は想像に任せるぜ、おまわりさん」
「なるほど。そのメッセージカードやらは、パーティー会場に行けば、まだあるな」
アーネットが振り返ってホテルに向かおうとすると、チンピラは言った。
「おい!」
「なんだ」
「縄をほどいてくれよ!」
「なに勘違いしてんだ。お前は騒乱、暴行の現行犯だ。あとは管轄のお巡りさんに言え」
ブルーたちを連れてホテルに直行するアーネットの背中に、チンピラの罵声が響いた。
キングス・ホテルというご大層な名前のホテルは、ホテル本館の右隣りに二階建てのホール棟が併設されている。一階ホールはちょっとしたコンサートも開けるほどの広さだが、逆に二階ホールは適度な大きさというか狭さで、それこそギャングの会合だとかの、あまり大きな声で言えない集まりにはうってつけであった。
すでにギャング達が出払ったあとのパーティー会場は、うっかり石の床に落としたビスケット缶の中を見るような惨状である。テーブルの脚は折れ、散乱する割れた窓ガラスに照明がキラキラと反射していた。
「これはホテルの損害請求が凄い事になりそうね」
現場を調べながら、ジリアンが呟いた。
「おおかた、このホテルもランプ一家の縄張りだろう。涙を飲んで、またご利用くださいませ、ってとこだろうな」
テーブルに置いてある上等なワインの瓶を持ち上げ、銘柄を見てアーネットはヒュウと口笛を鳴らした。
「厳しい世界ですこと」
裏社会に詳しいアーネットの解説に、ジリアンは少しだけ同情して肩をすくめた。
「さて、問題のメッセージカードとやらだが」
「これじゃない?」
ブルーが、上座と思われる席にあった小さな花束を掲げる。確かに、そこにはメッセージカードが添えてあった。
「どれどれ」
ジリアンが、ブルーの横から身を乗り出してカードを読み上げる。
「"親愛なるランプへ お前の一族はここで終わる。永遠に"」
それは、さっきのチンピラが言っていたとおりの文面だった。
「なるほど」
ブルーも、カードをまじまじと見る。文面に間違いはなく、どう読み取っても殺害予告か、宣戦布告のどちらかである。
「まあ、普通に考えればこんな文面のカードを添える筈はないよね」
「やっぱり、例のあれのせいかしら」
「そうだね。ジリアンが目撃したっていう、看板だとかの文字が勝手に書き換えられる現象。それが、ここでも起きたと考える以外にない」
ブルーの推測はアーネットも同意したが、おそらくはそれが正解であるとしても、そこから原因、元凶を突き止めるのはだいぶ難しいように思われた。
その時だった。ジリアンが、突然テーブルの周りをぐるりと移動したかと思うと、テーブルクロスを引き剥がした。高価そうな食器類がガシャンと割れる。アーネットは何も見なかった事にした。
すると、テーブルの下から一人の男性が現れて、壁に背を向けて両手を上げた。
「こっ、殺さないでください!!」
それは、白いスーツを着た白髪混じりの中年男性だった。
「ん?」
アーネットは手を上げてガタガタ震える中年男性の顔を、何か気付いたように観察した。
「どっかで会ったな、あんた」
「へっ!?」
すると、ブルーが「あー」と反応した。
「あそこだよ。キャンディを魔法で追跡したら行き着いた、精糖会社の人だ」
「そうだ。お前、記憶力いいな」
十年やってる刑事のセリフじゃないだろう、と心の中でツッコミを入れながら、ブルーは男性に近付いた。男性もアーネット達が刑事であることを思い出したようで、さっきまでとは別の緊張の顔色に変わった。
「オジサン、なんでこんなギャングのパーティーに出席してるの?」
「そっ、それは…」
「あっ、わかった!ギャングとか政治家にキャンディとかチョコレートとか渡してるんだろ!見かけによらず悪い奴だな!」
ブルーの追求に男性は目をぐるぐるさせ、アーネットとジリアンは額に手を当てて呆れていた。
「アドニス君、企業の人間がギャングや政治家に渡す物、他にあるでしょ」
「え?…あ、お金か!」
ブルーはまたも怒りの形相で男性を見る。
「そうか、あの時僕らが警察だとわかって咄嗟に隠した帳簿みたいなの、あれギャングとの取引に関する何かだな!こんなパーティーにまで顔を出すって事は、ギャングと相当深い繋がりがあるんだろ!いや待てよ。なんとか一家に新参の組織を紹介したの、ひょっとしてお前じゃないのか!?あと、背後にはどっかの政治家も一枚噛んでるんだろ!」
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「全てその通りです!!」
それに一番驚いているのは、アーネットとジリアンだった。何だかんだで、ブルーの推理力と洞察力は抜きん出ているのだ。ただ世間知らずなだけである。
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すると、アーネットが汚職を白状している最中の男性の肩を叩いた。
「わかった、わかった。もういい。逮捕するから、あとは捜査二課のところでゆっくり尋問を受けてくれ。今言ったのは●●●●上院議員で間違いないな?うん、わかった。おいブルー、下の警官から手錠ひとつ借りて来てくれ」
株式会社テッド製糖と、政治家とギャング一家の繋がりを数十秒で自白させる事に成功したブルーだったが、彼らにとっては大企業の専務や社長や●●●●議員がどうなろうと、知った事ではなかった。警官にテッド製糖のカーンズ専務を引き渡したあと、三人は魔法の万年筆の行方を探す作業に戻った。すでに夜8時を過ぎている。
「やっぱりもう帰らない?アーネット。明日でいいじゃん」
休日の朝から働きづめの哀れな少年の訴えも、今日中に片付けて明日は仕事をさぼる、というアーネットの固い決意を揺るがす事はできなかった。
「ブルー、今のお前の頭脳は疲労がいい具合に作用して研ぎ澄まされている。お前の愛読している名探偵、エルロック・ギョームズに並び立つくらいにだ。この状況から、文字を改変させる魔法の万年筆の在り処を突き止めるんだ。お前ならできる」
アーネット一流の出まかせにも関わらず、そう言われて何となく得意になってしまう、13歳の少年であった。ジリアンが、よくもまあという表情で呆れてアーネットを見る。ブルーは顎に親指を当てて、健気に推理を開始した。
しかし残念なことに、先に気が付いたのは魔女探偵ジリアンであった。
「ねえ、これ見て」
ジリアンは、上座から少し離れた席に置いてある、小さな花束を手に取った。その中にも同じように、メッセージカードが添えられている。文面は”親愛なるマクレガン殿”と、いくぶん素っ気ない。
「このカードの筆致、似てない?」
「え?」
ブルーとアーネットは、ジリアンから手渡されたカードを見る。そこでブルーは「あっ」と気付いた。
「これ、あの万年筆のタッチに似てる。太めで、ちょっと角が立ってるような独特の筆致」
「なるほど。言われてみれば」
「でっ、でも、仮にそうだとして、なんでこんなメッセージカードに…」
すると、ジリアンが得意気に二人を見た。
「あーあ。男の人は普段あまり興味ない場所かもね、確かに。でも、アーネットなら昔、女の人と遊びまくってた頃、よく買い物したんじゃないのかな」
なんだその遠まわしな言い方は、とアーネットは思ったが、すぐに思い至って手をポンと叩いた。
「花屋か」
「ご名答。お花屋さんは、添えるメッセージカードに文字を書くプロでもあるわ」
ジリアンは、指で文字を書く仕草をしてみせる。アーネットは推理を続けた。
「つまり、花屋の人間がマリエから魔法の万年筆を購入して、ここにある花束全てのメッセージカードに、何人もの名前を書いた。そのために、文字改変の魔法が発動したわけだ」
「そう。そして、それはメッセージカードに書かれた文面にまで作用した。そのせいで、例えば本当は”一家の永遠の繁栄を願って”だった文が、”ここで一族は永遠に終わる”みたいな物騒な文面に変わってしまったのよ」
ジリアンの見事な推理に、ブルーとアーネットは拍手で応えた。
「お見事だ、ジリアン」
「へへー。さて、そうなると花屋の特定だけど。おそらく花屋に花束を注文したのは、さっきあの汚職おじさんが言ってた、ジャービスとかいう新参ギャングね。取っ捕まえて、花屋の名前を聞き出そう」
「いや、それには及ばん」
アーネットは、メッセージカードのくるりと裏返してみせた。カードの右下には、さり気なく店の名前のスタンプが押してあったのだ。
「”デボラ生花店”。ここだ」
三人は、ホテルの従業員からデボラ生花店の場所を訊くと、それほどの距離でもないため徒歩で向かう事にした。自分の見せ場をジリアンに取られた事で、ブルーは若干残念がっているようだった。それを察したのか、ジリアンはブルーの背中をポンと叩く。
「大丈夫、大丈夫。最後にあなたの出番あるから」
「もう、花屋の名前はわかったんだから、確定したようなものじゃん。マリエは、中年の女の人が買って行ったって言ってたし、あのカードの上品な筆跡も、雰囲気からして女の人の字だ。つまり、デボラ生花店に行けば魔法の万年筆がある、って事だよ」
ブルーの頭の中では、もうすでに事件は終わったようだった。最後に自分が解決して、この目まぐるしい休日を締めたいという少年の思惑は、今のところ不完全に終わりそうである。しかし、ジリアンは言った。
「あたしのカンは当たる。もうひと騒動あるよ」
「やめてくれよ」
そう言ったあと、ブルーは突然立ち止まった。
「…ちょっと待って」
ブルーが何か気付いたようなので、アーネットとジリアンも立ち止まって話を聞く。ブルーの表情は強張っていた。
「その、ジャービスってギャングの人間が、デボラ生花店にメッセージカード付きの花束を依頼したわけだろ」
「うん」
「じゃあ、文字改変魔法の事なんか知らないギャングは、ランプ一家を怒らせたあのメッセージカードの文面も、生花店の人間が書いた、って思うよね」
それを指摘されて、アーネットとジリアンは蒼白になった。なぜ、そんな事に気付かなかったのか、と。
「まずい」
「急ぐよ!」
ブルーは、杖を振るって一気にその場の全員の脚に強化魔法を施した。ブルーとジリアンはいつものように手を繫いでダッシュする態勢を整える。しかし約一名、強化魔法で俊敏になった体のバランスを取れていない者がいた。
「アーネット!花屋に急ぐよ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
アーネットの脚がふらついているのにジリアンは気付き、細い目でジロリと睨んだ。
「…アーネット。さっきホールにあったワイン、飲んだでしょ」
「ちょっとだけな」
酒飲みが言う「ちょっと」とは、どれくらいなのだろう。30過ぎの大人に呆れ返った15歳と13歳は、溜息をつくと言い捨てた。
「先行ってるよ!」
二人は手を取り合って、強化された脚でガス燈の灯りの下を軽やかに駆け抜けて行った。その場に残された酒飲み刑事は、酔いが回った状態で、強化された脚で走るべきかどうか決めあぐねていた。
「…競歩の要領で行けるかな」
かくしてアーネットは、100年以上前貴族が暇つぶしで始めたとされる、競歩の歩き方でブルーたちの後を追った。その姿は周囲の人間からは酔っ払いの奇行にしか見えず、あながち間違いでもないのだった。
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