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枢機卿の秘密箱
(9)対峙
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「そのような情報をどこから?」
アダムス医師は、少なくとも声と表情は落ち着き払ってアーネットに尋ねた。
「我々は公的機関です。軍や官公庁の情報にもアクセスできます」
「なるほど」
反論しても無駄だと悟ったのか、アダムス氏はぽつぽつと語り始めた。
「いかにも、私は自分の医院を開業する何年か前、西の大陸に軍医として従軍しました。その時、軍の指示で催眠術を研究・実践していたのは確かです。しかし、あれは公式な命令です」
アダムス氏は自身には何の責任もない事をそう強調したが、アーネットは言った。
「わかっています。そう記録にもある。そして、そこそこ実績があった事もね。ですが私が言いたいのは、あなたが過去になにをしたか、ではありません。過去に得た知見で、ごく最近何をしたか、です」
「ほう」
アダムス医師の態度はそれなりに堂々としていたが、首の下にコルセットがはまっているせいでいまいち締まりがないなと、脇に立つブルーは思った。
「私が何をしたと?」とアダムス氏。
アーネットはさらに続ける。
「伯爵邸には、とある非常に強固な鍵がかけられた金庫がありました。金庫の錠のダイヤルは伯爵や一部の人間しか知り得ない。しかも、その中にさらに厳重な、伯爵にしか開ける事ができない鍵を施された箱があり、その中には伯爵が非常に大切にしている品物が収められておりました」
アダムス氏の表情は変わらない。
「ところが最近何者かによって、その品物が盗まれていたのです」
「ほう」
そう相づちを打つアダムス氏の表情に、何か作為的なものがあるのをアーネットは感じた。
「そんなものを、どうやって開けたのでしょうな。よほどの腕の金庫破りなのでしょうか」
「いえ、簡単な事ですよ。伯爵にしか開けられない金庫と箱を開ける方法など」
「ほう?名探偵の推理をぜひ拝聴したいものです」
少し、アダムス氏の口調に皮肉が混じってきた。今までの、落ち着きがあるものとは少し違う。アーネットは、ニヤリと笑みを浮かべて一言だけ述べた。
「子供でもわかる話です。伯爵に開けさせればいいんです」
アーネットの返答に、アダムス氏は首を傾げた。
「伯爵に頼んで、中を開けてもらうという事ですか?しかしそれでは盗む事は不可能でしょう。箱を開けた伯爵の手から、どうやってその品物を自分のものにするんです」
「それも簡単な事ですよ。あなたにとってはね、アダムス医師」
「これは奇異な事を言われる。伯爵が私にプレゼントしてくれた、とでも言うのですか?そんな大事な品物を」
「もちろんです。伯爵は、あなたにその品物を譲ったのです。それ以外に、何事もなくあの邸宅から物品を持ち出す事はできません」
「伯爵がそんな大事な物を、私に贈るわけがないでしょう」
アダムス氏の反論に、アーネットは一瞬だけ沈黙して言った。
「そうです。だからあなたは、西の大陸で敵の兵士にかけたように、催眠術を伯爵に施したのです。そうして箱を開け中身を取り出し、あなたに手渡すように指示したのです」
アダムス氏は黙っていた。アーネットは、構わず説明を進める。
「その催眠術がどんな方法なのか、私にはわかりません。よく聞くような、ロウソクやら糸で吊るしたリングか何かを使ったのか。
方法はともかく、催眠をかけられた伯爵はその指示どおりに、その品物をあなたのもとまで運んできたのです。それを受け取ったあなたは、伯爵に記憶を忘れるように指示したのでしょう。あなたはその品物を鞄なり何処なりに仕舞って、悠々とワーロック伯爵邸を出たのです」
アダムス医師は黙っていた。
「そして、私達の事情聴取の前でもあなたは異様に落ち着き払っている。私の同僚の見解ですが、催眠療法の中には、自己暗示による精神安定法もあるそうですね。あなたはそれを自身にもかけ、我々の前でも余程の事がない限り、落ち着いた態度でいられるのではないですか」
そこまで聞いて、アダムス医師はわずかに沈黙したあと口を開いた。
「ふふふ、非常に面白い推理だ。いや、あなたは刑事の傍ら、小説でも書かれてみてはいかがですか」
「アダムスさん。そういう皮肉を言っていられなくなるかも知れませんよ」
アダムスの眉が少し動いた。
「あなた、ここ数日の間に三度も階段で転んでいますね。これは偶然だとお思いですか?」
「言っている意味がわかりませんが…」
「あなたが伯爵に持ち出させ、伯爵邸から持ち去った何か。それにかけられた魔法によって、あなたの身に危害が及んでいる可能性がある。そう言っているのです」
アーネットにそう言われ、今度こそアダムスは笑いだした。
「ははははは、さすがにそれは物語としては三流でしょう。ミステリに魔法は邪道だ」
「魔法が存在しなければの話です。だが現実に魔法は存在する」
「あなた方は魔法捜査課という事らしいが、私は魔法など信じておりません。この目で見るまでは」
「なるほど」
アーネットはそう言うと、おもむろに立ち上がった。
「アダムスさん、これなら信じますかな」
突如、アーネットの声色が変わったのにアダムスは驚いた。それは、いつも聞いている人物の声だったからである。
次第に、淡い光がアーネットの足元から渦を巻くように立ち上がり、光が散って消えると、アーネットの姿はワーロック伯爵デニス・オールドリッチ氏のものに変わってしまった。
「は、伯爵!!」
これには流石にアダムス医師も驚いたようで、危うくのけ反ったせいで椅子が倒れかけた。
「い、いったい…!?」
「ごらんのとおりです。今まで話していたのは魔法捜査課のレッドフィールド刑事ではない。私、デニス・オールドリッチだったという事です」
「そんな馬鹿な!」
「捜査のため、このとおりレッドフィールド刑事に化けて協力したのです。魔法が存在する事、これであなたも信じざるを得ませんな」
アダムスは、目を丸くしていたままだった。
「では、秘密箱の魔法の話は真実だったというのですか!?」
アダムスはそう言って、しまった、と口を押さえた。彼の横からブルーが「あーあ、言っちゃったよ」と口をはさむ。
「アダムスさん。あなたの事は5年前から信頼していたのに、残念ですよ」
目の前のワーロック伯爵は、アダムスの目を見据えて残念そうに首を横に振った。
すると、ブルーが突然笑いながらパチパチと小さく拍手を始めた。
「ひひひ、アーネットってほんと、演技で人を引っかけるのが上手いよね。作家っていうよりか、役者の方が向いてたりして」
「な、なに…?」
アダムス医師は、ブルーが何を言っているのか理解できていなかった。
ブルーは、片手に小さな杖を構えていた。杖の先端はまだ、小さな光をたたえている。ブルーがそれを軽く振ると、アダムス医師の目の前にいるワーロック伯爵は、再びアーネットの姿に戻ってしまったのだった。
「な、なに!?」
すでにアダムス医師は平静を失っている。目の前で何が起きているのか、把握できていないようだ。
「先の事は刑事をやめてから考えるさ」
先程までワーロック伯爵だったアーネットは、いつものニヒルな声でニヤリと笑みを見せつつ、そう言った。
「残念でした、アダムス先生。実はさっきの話は嘘です。ワーロック伯爵は今、ご自宅です」
「で、では…」
「いまさっきの伯爵の姿は、私ことアーネット・レッドフィールド巡査部長が、その少年ブルーの魔法で伯爵に化けたものだったのです。いやはや、人に嘘をつくのは気分が良いものではありません」
それこそ嘘つけ、とブルーは内心で思った。以前の事件で変装して犯人を騙したのに味をしめたのではないだろうか。このやり方は、そのうち上層部から問題ありとして禁止されるような気がする。
「アダムスさん。あなた今、『秘密箱の魔法の話』とおっしゃいましたね。私はそんなこと、ひと言も言っていない。ただ、『伯爵しか開けられない箱』としか言っていないのに、なんでそんな具体的な表現をしたんでしょうね」
アダムス氏は目を見開いて、今度こそ動揺し始めたようだった。
「おそらく、伯爵から全てを聞いたのでしょう。あるいは、催眠術で聞き出したのかも知れない。だが、あなたは箱にまつわる言い伝えのうち、魔法に関してはどうやら信じていなかったようだ。盗み出せば災いが訪れる、というのも、単に昔の人が脅しのために言い残した程度に思っていたのでしょう」
そこでブルーが口を開いた。
「僕が見た感じでは、階段で転ぶっていうのは、おそらく原始的な『呪詛』に近い魔法なんじゃないかな。だんだんその効果がエスカレートしているのは興味深いね。最後にはたぶん、対象が死ぬ所まで行くと思う」
例によって、アダムス氏はブルーを怪訝そうな目で見ていたが、アーネットに色々問い詰められている動揺も手伝って、その話はわりと真剣に聞いているようだった。
「命が惜しかったら、さっさとゲロって楽になった方が良くない、オジサン?そのうち病院の階段の上から下まで全身を打って、首が直角に曲がって死ぬかもよ。斜めにしないと棺桶にうまく収まらないかも」
13歳の少年の煽りと脅しは容赦がない。そこへ、アーネットが若干穏やかな口調で提案をした。
「ひとつ言っておきますが、これは今の段階では、示談で済む可能性もある、と伝えておきます。ワーロック伯爵次第ですがね。伯爵は宝物の秘密を保持する意味もあり、この事件を表沙汰にはしたくないようですので」
これは譲歩を利用した作戦だったが、正直言って捜査中に死人が出るのは面倒な事になるという、どちらかというと人道よりも現実的な理由もあった。
言われ放題のアダムスが、ここでようやく口を開いた。
「刑事さん、色々言われましたが、決定的な事を提示されておりませんよ」
アーネットは、腕組みして首を傾げた。アダムスは続ける。
「私が、先程のあなたの推理どおりの行動を取ったという証拠が、どこにありますか?」
やはりそう来たか、とアーネットは思った。的確な推測を投げ付けて、相手が参るのを期待していたのだが。
「あなたの推理は筋が通っていると思います。状況や情報を総合すれば、導き出せるほぼ唯一の結論でしょう。しかし、残念なことにそれを裏付ける証拠がない。これは致命的です」
まったくもってアダムス医師の言う通りである。物的証拠は何もなかった。
「証拠がない推論で犯人扱いするのは、私の名誉に関わってくる。そうなると、警察を訴える事になるかも知れません。この国ではほんの少し前、あまりに警察の捜査がずさんで国民がそっぽを向いた時代があった事をご存知でしょう。探偵小説が興隆したのは、民衆が探偵にヒーロー像を求めたからですよ」
ここでまさか社会論と文学論の講義を受けるとは思わなかったブルーだが、アーネットはさほど動じていないようだった。
「そうですね。では我々は一旦、引き下がるとしましょう」
「え?ちょっと、アーネット!」
アーネットはドアの方を向いて、さっさと歩き出してしまったので、ブルーは慌ててついて行く。
「指輪を盗られたままじゃ、本当の秘宝が犯人に盗まれてしまうかも知れないんだ。それは阻止しないといけない」
アーネットはそう言うと、ブルーを連れて病室を出てしまった。一人残されたアダムス医師は、アーネットの最後に言った言葉が気になったようだった。
「本当の秘宝…?」
「ねえちょっと、本当の秘宝って何の事さ」
病院の庭のベンチに座るアーネットに、ブルーはたずねた。さきほど訪れた病室がある棟の真下だ。
「あの指輪がないと手に入らない、隠されている宝だ。あの指輪はそこに辿り着くための鍵なんだ」
「伯爵がそう言ってたの?」
「そうだ。今回の事件がきっかけで、邸宅にある古い文献を確かめたところ、あの指輪そのものには何の価値もないが、どこかに隠してある本当の宝を手にするために指輪が必要らしい」
ブルーは腕組みして考えた。自分の知らない所でそんな話をしていたとは。子供だと思って、伯爵は話してくれなかったのだろうか。正直、あまり面白くなかった。
「それで、その宝物ってどこにあるの?」
「はっきりとはわからないそうだ。だが、伯爵が文献の情報から推測した限りでは、クイーンズマウンテンの南にある、古代の製鉄所跡のどこからしい」
「え?」
それは、オフィスで雑談をしていた時に、アーネットが観光ガイドの地図で見つけた場所ではなかったか。
「それって…」
「行くぞ。ナタリーと合流して、今後の対策を練る」
アーネットは立ち上がると、ちらりと病棟の方を振り向いてから、病院の正門の方へと歩いて行った。
同じころ、ワーロック伯爵邸。一人のメイドが、担当する各部屋を掃除していた時の事である。アダムス医師がふだん、ワーロック伯爵の診察に使っている部屋を、当分医師が来られないかも知れないという話を聞いて、この機会に丁寧に掃除してしまおうと考えた。
脚の低いチェストがあり、そこはつい掃除がおろそかになりがちである。そこで、ホウキを差し込んで下のホコリを掃き出そうとした時だった。
「あらっ」
シャーッと音を立てて、何かチェーンのついた小さな物体が、チェストの下から滑って出て来たのだった。
アダムス医師は、少なくとも声と表情は落ち着き払ってアーネットに尋ねた。
「我々は公的機関です。軍や官公庁の情報にもアクセスできます」
「なるほど」
反論しても無駄だと悟ったのか、アダムス氏はぽつぽつと語り始めた。
「いかにも、私は自分の医院を開業する何年か前、西の大陸に軍医として従軍しました。その時、軍の指示で催眠術を研究・実践していたのは確かです。しかし、あれは公式な命令です」
アダムス氏は自身には何の責任もない事をそう強調したが、アーネットは言った。
「わかっています。そう記録にもある。そして、そこそこ実績があった事もね。ですが私が言いたいのは、あなたが過去になにをしたか、ではありません。過去に得た知見で、ごく最近何をしたか、です」
「ほう」
アダムス医師の態度はそれなりに堂々としていたが、首の下にコルセットがはまっているせいでいまいち締まりがないなと、脇に立つブルーは思った。
「私が何をしたと?」とアダムス氏。
アーネットはさらに続ける。
「伯爵邸には、とある非常に強固な鍵がかけられた金庫がありました。金庫の錠のダイヤルは伯爵や一部の人間しか知り得ない。しかも、その中にさらに厳重な、伯爵にしか開ける事ができない鍵を施された箱があり、その中には伯爵が非常に大切にしている品物が収められておりました」
アダムス氏の表情は変わらない。
「ところが最近何者かによって、その品物が盗まれていたのです」
「ほう」
そう相づちを打つアダムス氏の表情に、何か作為的なものがあるのをアーネットは感じた。
「そんなものを、どうやって開けたのでしょうな。よほどの腕の金庫破りなのでしょうか」
「いえ、簡単な事ですよ。伯爵にしか開けられない金庫と箱を開ける方法など」
「ほう?名探偵の推理をぜひ拝聴したいものです」
少し、アダムス氏の口調に皮肉が混じってきた。今までの、落ち着きがあるものとは少し違う。アーネットは、ニヤリと笑みを浮かべて一言だけ述べた。
「子供でもわかる話です。伯爵に開けさせればいいんです」
アーネットの返答に、アダムス氏は首を傾げた。
「伯爵に頼んで、中を開けてもらうという事ですか?しかしそれでは盗む事は不可能でしょう。箱を開けた伯爵の手から、どうやってその品物を自分のものにするんです」
「それも簡単な事ですよ。あなたにとってはね、アダムス医師」
「これは奇異な事を言われる。伯爵が私にプレゼントしてくれた、とでも言うのですか?そんな大事な品物を」
「もちろんです。伯爵は、あなたにその品物を譲ったのです。それ以外に、何事もなくあの邸宅から物品を持ち出す事はできません」
「伯爵がそんな大事な物を、私に贈るわけがないでしょう」
アダムス氏の反論に、アーネットは一瞬だけ沈黙して言った。
「そうです。だからあなたは、西の大陸で敵の兵士にかけたように、催眠術を伯爵に施したのです。そうして箱を開け中身を取り出し、あなたに手渡すように指示したのです」
アダムス氏は黙っていた。アーネットは、構わず説明を進める。
「その催眠術がどんな方法なのか、私にはわかりません。よく聞くような、ロウソクやら糸で吊るしたリングか何かを使ったのか。
方法はともかく、催眠をかけられた伯爵はその指示どおりに、その品物をあなたのもとまで運んできたのです。それを受け取ったあなたは、伯爵に記憶を忘れるように指示したのでしょう。あなたはその品物を鞄なり何処なりに仕舞って、悠々とワーロック伯爵邸を出たのです」
アダムス医師は黙っていた。
「そして、私達の事情聴取の前でもあなたは異様に落ち着き払っている。私の同僚の見解ですが、催眠療法の中には、自己暗示による精神安定法もあるそうですね。あなたはそれを自身にもかけ、我々の前でも余程の事がない限り、落ち着いた態度でいられるのではないですか」
そこまで聞いて、アダムス医師はわずかに沈黙したあと口を開いた。
「ふふふ、非常に面白い推理だ。いや、あなたは刑事の傍ら、小説でも書かれてみてはいかがですか」
「アダムスさん。そういう皮肉を言っていられなくなるかも知れませんよ」
アダムスの眉が少し動いた。
「あなた、ここ数日の間に三度も階段で転んでいますね。これは偶然だとお思いですか?」
「言っている意味がわかりませんが…」
「あなたが伯爵に持ち出させ、伯爵邸から持ち去った何か。それにかけられた魔法によって、あなたの身に危害が及んでいる可能性がある。そう言っているのです」
アーネットにそう言われ、今度こそアダムスは笑いだした。
「ははははは、さすがにそれは物語としては三流でしょう。ミステリに魔法は邪道だ」
「魔法が存在しなければの話です。だが現実に魔法は存在する」
「あなた方は魔法捜査課という事らしいが、私は魔法など信じておりません。この目で見るまでは」
「なるほど」
アーネットはそう言うと、おもむろに立ち上がった。
「アダムスさん、これなら信じますかな」
突如、アーネットの声色が変わったのにアダムスは驚いた。それは、いつも聞いている人物の声だったからである。
次第に、淡い光がアーネットの足元から渦を巻くように立ち上がり、光が散って消えると、アーネットの姿はワーロック伯爵デニス・オールドリッチ氏のものに変わってしまった。
「は、伯爵!!」
これには流石にアダムス医師も驚いたようで、危うくのけ反ったせいで椅子が倒れかけた。
「い、いったい…!?」
「ごらんのとおりです。今まで話していたのは魔法捜査課のレッドフィールド刑事ではない。私、デニス・オールドリッチだったという事です」
「そんな馬鹿な!」
「捜査のため、このとおりレッドフィールド刑事に化けて協力したのです。魔法が存在する事、これであなたも信じざるを得ませんな」
アダムスは、目を丸くしていたままだった。
「では、秘密箱の魔法の話は真実だったというのですか!?」
アダムスはそう言って、しまった、と口を押さえた。彼の横からブルーが「あーあ、言っちゃったよ」と口をはさむ。
「アダムスさん。あなたの事は5年前から信頼していたのに、残念ですよ」
目の前のワーロック伯爵は、アダムスの目を見据えて残念そうに首を横に振った。
すると、ブルーが突然笑いながらパチパチと小さく拍手を始めた。
「ひひひ、アーネットってほんと、演技で人を引っかけるのが上手いよね。作家っていうよりか、役者の方が向いてたりして」
「な、なに…?」
アダムス医師は、ブルーが何を言っているのか理解できていなかった。
ブルーは、片手に小さな杖を構えていた。杖の先端はまだ、小さな光をたたえている。ブルーがそれを軽く振ると、アダムス医師の目の前にいるワーロック伯爵は、再びアーネットの姿に戻ってしまったのだった。
「な、なに!?」
すでにアダムス医師は平静を失っている。目の前で何が起きているのか、把握できていないようだ。
「先の事は刑事をやめてから考えるさ」
先程までワーロック伯爵だったアーネットは、いつものニヒルな声でニヤリと笑みを見せつつ、そう言った。
「残念でした、アダムス先生。実はさっきの話は嘘です。ワーロック伯爵は今、ご自宅です」
「で、では…」
「いまさっきの伯爵の姿は、私ことアーネット・レッドフィールド巡査部長が、その少年ブルーの魔法で伯爵に化けたものだったのです。いやはや、人に嘘をつくのは気分が良いものではありません」
それこそ嘘つけ、とブルーは内心で思った。以前の事件で変装して犯人を騙したのに味をしめたのではないだろうか。このやり方は、そのうち上層部から問題ありとして禁止されるような気がする。
「アダムスさん。あなた今、『秘密箱の魔法の話』とおっしゃいましたね。私はそんなこと、ひと言も言っていない。ただ、『伯爵しか開けられない箱』としか言っていないのに、なんでそんな具体的な表現をしたんでしょうね」
アダムス氏は目を見開いて、今度こそ動揺し始めたようだった。
「おそらく、伯爵から全てを聞いたのでしょう。あるいは、催眠術で聞き出したのかも知れない。だが、あなたは箱にまつわる言い伝えのうち、魔法に関してはどうやら信じていなかったようだ。盗み出せば災いが訪れる、というのも、単に昔の人が脅しのために言い残した程度に思っていたのでしょう」
そこでブルーが口を開いた。
「僕が見た感じでは、階段で転ぶっていうのは、おそらく原始的な『呪詛』に近い魔法なんじゃないかな。だんだんその効果がエスカレートしているのは興味深いね。最後にはたぶん、対象が死ぬ所まで行くと思う」
例によって、アダムス氏はブルーを怪訝そうな目で見ていたが、アーネットに色々問い詰められている動揺も手伝って、その話はわりと真剣に聞いているようだった。
「命が惜しかったら、さっさとゲロって楽になった方が良くない、オジサン?そのうち病院の階段の上から下まで全身を打って、首が直角に曲がって死ぬかもよ。斜めにしないと棺桶にうまく収まらないかも」
13歳の少年の煽りと脅しは容赦がない。そこへ、アーネットが若干穏やかな口調で提案をした。
「ひとつ言っておきますが、これは今の段階では、示談で済む可能性もある、と伝えておきます。ワーロック伯爵次第ですがね。伯爵は宝物の秘密を保持する意味もあり、この事件を表沙汰にはしたくないようですので」
これは譲歩を利用した作戦だったが、正直言って捜査中に死人が出るのは面倒な事になるという、どちらかというと人道よりも現実的な理由もあった。
言われ放題のアダムスが、ここでようやく口を開いた。
「刑事さん、色々言われましたが、決定的な事を提示されておりませんよ」
アーネットは、腕組みして首を傾げた。アダムスは続ける。
「私が、先程のあなたの推理どおりの行動を取ったという証拠が、どこにありますか?」
やはりそう来たか、とアーネットは思った。的確な推測を投げ付けて、相手が参るのを期待していたのだが。
「あなたの推理は筋が通っていると思います。状況や情報を総合すれば、導き出せるほぼ唯一の結論でしょう。しかし、残念なことにそれを裏付ける証拠がない。これは致命的です」
まったくもってアダムス医師の言う通りである。物的証拠は何もなかった。
「証拠がない推論で犯人扱いするのは、私の名誉に関わってくる。そうなると、警察を訴える事になるかも知れません。この国ではほんの少し前、あまりに警察の捜査がずさんで国民がそっぽを向いた時代があった事をご存知でしょう。探偵小説が興隆したのは、民衆が探偵にヒーロー像を求めたからですよ」
ここでまさか社会論と文学論の講義を受けるとは思わなかったブルーだが、アーネットはさほど動じていないようだった。
「そうですね。では我々は一旦、引き下がるとしましょう」
「え?ちょっと、アーネット!」
アーネットはドアの方を向いて、さっさと歩き出してしまったので、ブルーは慌ててついて行く。
「指輪を盗られたままじゃ、本当の秘宝が犯人に盗まれてしまうかも知れないんだ。それは阻止しないといけない」
アーネットはそう言うと、ブルーを連れて病室を出てしまった。一人残されたアダムス医師は、アーネットの最後に言った言葉が気になったようだった。
「本当の秘宝…?」
「ねえちょっと、本当の秘宝って何の事さ」
病院の庭のベンチに座るアーネットに、ブルーはたずねた。さきほど訪れた病室がある棟の真下だ。
「あの指輪がないと手に入らない、隠されている宝だ。あの指輪はそこに辿り着くための鍵なんだ」
「伯爵がそう言ってたの?」
「そうだ。今回の事件がきっかけで、邸宅にある古い文献を確かめたところ、あの指輪そのものには何の価値もないが、どこかに隠してある本当の宝を手にするために指輪が必要らしい」
ブルーは腕組みして考えた。自分の知らない所でそんな話をしていたとは。子供だと思って、伯爵は話してくれなかったのだろうか。正直、あまり面白くなかった。
「それで、その宝物ってどこにあるの?」
「はっきりとはわからないそうだ。だが、伯爵が文献の情報から推測した限りでは、クイーンズマウンテンの南にある、古代の製鉄所跡のどこからしい」
「え?」
それは、オフィスで雑談をしていた時に、アーネットが観光ガイドの地図で見つけた場所ではなかったか。
「それって…」
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アーネットは立ち上がると、ちらりと病棟の方を振り向いてから、病院の正門の方へと歩いて行った。
同じころ、ワーロック伯爵邸。一人のメイドが、担当する各部屋を掃除していた時の事である。アダムス医師がふだん、ワーロック伯爵の診察に使っている部屋を、当分医師が来られないかも知れないという話を聞いて、この機会に丁寧に掃除してしまおうと考えた。
脚の低いチェストがあり、そこはつい掃除がおろそかになりがちである。そこで、ホウキを差し込んで下のホコリを掃き出そうとした時だった。
「あらっ」
シャーッと音を立てて、何かチェーンのついた小さな物体が、チェストの下から滑って出て来たのだった。
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死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
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