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氷晶華繚乱篇
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呆気に取られるルテニカ、プミラを横目に、瑠魅香と名乗る黒髪の魔女は言った。
「話はこいつを倒してからだよ!」
その一言で、ルテニカ達はすぐに気持ちを切り替えた。そうだ、まずはこの突如現れた、実体を持たない謎の影を片付けなくてはならない。
だが、いったん冷静になってみると、それは見るからに異様な姿だった。なんとなく人型である事はわかるが、頭と胴体と腕が判別できる以外は、煙あるいはモヤのお化けとでもいうほかない、おぼろげな姿である。
「ルアアアアア!」
またも気味の悪い声を上げながら、影は瑠魅香めがけて襲いかかった。瑠魅香は、待ってましたとばかりに杖に魔力を込める。
「ドリリング・バーン!」
瑠魅香の杖から、渦巻く青白い炎の槍が、影めがけて放たれた。しかし、影は文字通り霧散してしまう。瑠魅香の魔法をかわしたのち、霧は集合して再び影の形を取った。
「あっ!」
影は、壁際に退避していたダリアを狙う。ルテニカとプミラは一瞬判断が遅れ、ダリアを護るために張った障壁は不完全なものとなってしまった。
「きゃあああ!」
影の放った不気味な輝きの波動は、障壁をいとも容易く打ち砕き、ダリアはその余波を受けて壁面に叩きつけられてしまう。
「ダリア!」
二人は床に崩れ落ちたダリアの前に立ちはだかる。ダリアの生命エネルギーは消えてはいないが、気を失っているようだった。プミラが叫ぶ。
「防戦一方ではラチがあきません、攻撃に出ないと!」
「そうしたいのはヤマヤマですが!」
影の攻撃を再びかわしながら、ルテニカは舌打ちした。影は変幻自在に姿を変えてしまうのだ。すると突然、全員の頭の中に声が響いた。
『瑠魅香、あなたがこいつの動きを封じて!その隙にルテニカとプミラがとどめを撃つの!』
それは、ふいに姿を消したリリィの声だった。ルテニカは一瞬驚いたものの、ようやく状況を大雑把に理解して、瑠魅香に叫ぶ。
「ルミカ!任せていいのですね!」
名前を認識してもらえたのが嬉しいのか、瑠魅香は影の攻撃をかわしながら、ニヤリと不敵に笑ってみせた。
「あたしがトドメまでやってもいいけど、ふたりに華持たせてあげるね!」
「なっ…」
この状況で軽口を叩いている場合か、とルテニカは一瞬本気で苛立ちを覚えたが、次の瞬間に瑠魅香が放った魔法で絶句した。
「エレクトリカル・バインド!」
あたかも蜘蛛の巣のような電撃のエネルギーの網が、空間いっぱいに広がって影を全方位から取り囲む。網の目は細かく、しかもエネルギーを放射しており、霧になって逃げようとした影をぎっちりと縛り上げてしまった。
「早く!どれだけ持つかわからない!」
瑠魅香が言うそばから、影は対抗してエネルギーを内部から発散し始めた。電撃の網が大きく軋み、瑠魅香は全力で抑え込む。だが、ルテニカとプミラはすでに、数珠をかまえて長い呪文を詠唱し終えようとしていた。二人は同時に数珠を突き出し、渾身のエネルギーを放つ。
「プラーナ・サブリメーション!」
ルテニカ、プミラの双方から放たれたふたつのエネルギー球は、左右から挟み込むように電撃のネットを突き抜けて、影の魔物の内部で衝突し、瑠魅香の張ったネットもろとも弾け飛んだ。
「ギャアアアア!」
不快な叫びとともに、影は炸裂したエネルギーとまるで化学反応を起こしたかのように、激しい破裂音を立て続けに響かせながら消滅していった。煙のように立ち込めたエネルギーの余波が消え去った時、そこには何も残されていなかった。
「…やったの?」
瑠魅香は、まだ警戒して杖を構えている。しかし、ルテニカはようやく肩の力を抜いて瑠魅香を向いた。
「敵の気配は完全に消滅しました。私達の勝利です」
「やったね!」
「あなたが敵を押さえつけてくれたおかげです」
そう言いながらもまだ怪訝そうな様子で、ルテニカもプミラも瑠魅香の前に立った。
「瑠魅香、とおっしゃいましたね。あなたはひょっとして、ずっとリリィの中にいたのですか」
ルテニカは、瑠魅香の全身を観察した。そして、改めて驚きを隠さない。なぜなら瑠魅香の顔や手足は、氷魔少女の雪のような青白い手足ではなく、文字通りの人間の肌の色だったからだ。
「リリィと行動している時から、ひとつの仮説を立てていたのですが、どうやら事実は私の仮説以上だったようです」
「ええ。まことに信じがたい事ではありますが、現実に目の当たりにすると…」
同時に頷き合うと、ルテニカが訊ねた。
「瑠魅香、いえ、リリィ。あなたは人間だったのですね。そしてその正体は、死んだと言われていた金髪の侵入者。そして、どうやらあなたの中には、瑠魅香というもうひとつの人格が存在していた。違いますか」
すると、黒髪の魔女・瑠魅香が小さく笑った。
「百合香、バレちゃったみたいね」
『仕方ない』
また、リリィの声がしたかと思うと、瑠魅香の姿を真っ白な輝きが包んだ。眩しさに顔を覆ったルテニカ達が目を開けると、そこには再び、銀髪の剣士・リリィが立っていた。
「ご覧のとおり。あなたの推測どおりよ、ルテニカ。そう、私はあなた達が言うところの、侵入者」
「やはり…しかし、その姿はどういう事なのですか。以前、アイスフォンの記事で見た侵入者は、鮮やかな金髪だったはずです。それが、今は私達氷魔と区別がつかない、真っ白な姿ではありませんか」
リリィは、自らの本当の名を「百合香」だと明かした。ルテニカ達のレジスタンス仲間であるリベルタと共闘してきた事、猫レジスタンス達の協力もあって、死亡を偽装して氷魔として動いている事も説明すると、さすがにルテニカ達は驚きを隠せないようだった。
「まさか、私達に流れてきていた情報が、レジスタンス達の偽装工作だったと?」
プミラの様子から、どうやら偽装工作は予想以上に効果を発揮しているらしかった。ただし、ルテニカとプミラはリリィ=百合香と行動しているうち、明らかに百合香の手足が氷魔のものではない事に気付いてはいたようである。
「通常、私達は顔や衣服以外は柔軟性を持たない、氷の身体です。しかしリリィ…いえ、百合香。あなたは動くたびに胸が揺れる。そんな氷魔は私が知る限りいません」
「どこ見てるのよ!」
人間の少女の羞恥心は、氷魔少女にはいまいち伝わらないらしい。しかし確かに、リベルタや他のレジスタンス少女たちは、デッサン人形というか動くマネキンのような身体である。だが、猫レジスタンスのように全身が柔軟な個体もいるし、身体も装備もコチコチのサーベラスのような氷魔もいる。百合香が考えをめぐらせていると、プミラが訊ねた。
「今のところ、私達にとって一番の謎は、さきほど姿を現した瑠魅香と名乗る黒髪の魔女です。彼女の存在はウワサで知っていましたが、まさか百合香、あなたと同一人物だとは考えも及びませんでした」
「それはそうでしょうね。私もこの城に来るまで、こんな事になるとは考えもしなかった」
どういう意味だろう、と首を傾げるルテニカとプミラに、百合香は説明した。瑠魅香はもともと氷魔だった事。氷巌城が物理的に顕現する前から、独立した特殊な精霊体として活動していたこと。そして、魂の波長を人間に合わせ、百合香の肉体に”間借り”していること。いずれ、瑠魅香という一人の”人間”として生まれ変わりたい、と考えていること。ひととおり聞き終えた二人は、唖然として数秒間絶句したままだった。
「…信じられない」
「そんな事が可能だとは…魂の法則を大胆に解釈して無理やり整合させている、ほとんどアクロバットに近い方法論です」
それは以前、錬金術師のビードロから受けた説明と符号していた。ビードロは確か、瑠魅香の行いは”摂理を利用して摂理に反した行動”だと言っていたはずだ。
「ま、そのへんは人間の私にはわからない。ちなみに瑠魅香、あなたは自分の姿や名前を、私の意識から借りて創り上げたのよね」
『そうよ。けど、髪の色は百合香の学校のお友達みたいな、黒髪がいいと思ったの。魔法使いになったのも、百合香が書いてた小説の…』
「ストップ!その話はしなくていい」
百合香は、一人でこそこそ書いていた小説の中身を知らせるわけにはいかないと、瑠魅香の説明をシャットアウトした。瑠魅香という名は、百合香が書いた小説の主人公の魔女から取った名である。学校の友達にも見せていないものを、この巨大な城中に拡散されては困る。
「とにかく、さっきみたいに瑠魅香は私の力になってくれてる。今の私には強大な力があるけど、それでもさっきみたいに、剣が通じない敵もいる」
「なるほど。侵入者の信じ難い活躍の陰には、あなたがいたという事ですね、瑠魅香」
『そーいうこと』
なんとなく声色から、胸を張っている瑠魅香の姿が想像できた。
「どうりで、リリィ…もとい百合香と行動している時、微かに気配を感じたはずです。しかし、私やプミラからあそこまで憑依している気配を隠せるというのは、驚くほかありません」
「そうですね。正直、いま戦ったあの影よりも、あなた達の方が我々には不可解です」
そこまで言われると、自分達がいかにこの氷巌城において特殊な存在と認識されているのか、百合香は実感した。だが、人間として生活してきた百合香からすれば、この氷巌城の全てが異常な存在である。
「まあ私達の事はともかく」
百合香はひざまずいて、気を失っているダリアの様子を見た。すると、ダリアはようやくその意識を取り戻したようだった。
「うっ…り、リリィさん?」
「大丈夫みたいね」
ダリアは上半身を起き上がらせると、ハッと思い出したように周囲を見回した。
「あっ、あの悪霊は!?」
「落ち着いて。もう大丈夫よ、倒したから」
百合香に背中を支えられ、ダリアはようやく落ち着きを取り戻したものの、すぐに重い表情になってうなだれた。
「申し訳ありません、みなさんの足を引っ張ってばかりで」
「気にする事はないわ。それどころか、さっきあなたは誰よりも先に、あの影の存在に気がついた。あなたがいなければ、誰かがやられていたかも知れないのよ」
そう言われて、初めてダリアはわずかに晴れやかな表情をのぞかせた。ここまでは、常に後ろに下がってオドオドしていただけだった。そこへ、プミラがひとつの指摘をした。
「ダリア、今のリリィ…じゃない百合香の話に関連して、あなたの不可解な点について訊ねたいのですが」
ダリアは、何の事かと座り込んだまま首を傾げる。プミラは、横のルテニカに目配せで確認を取ると話を続けた。
「あなたは、仲間達と行動していて霊体に襲われた時、霊体が出現する瞬間に"オーラ"が視えた、と言っていましたね」
「はっ、はい」
「あなたは、以前からそんな能力を持っていたのですか?」
「えっ、ええと…はい、なんとなくカンがいいとは時々思う事はありました。けど、私は戦闘能力がいちばん低くて」
すると、ルテニカもプミラも小さく笑った。ルテニカは、片膝をつくとダリアの肩に手をかけた。
「ダリア。戦闘能力がないのは当然です。ようやくわかりました。あなたは私達と同じ、霊能者タイプだったようです」
「えっ!?」
ダリアは、まるで考えもしなかった指摘に、目を丸くして驚いていた。
「オーラというのは、基本的に優れた霊能力がなくては知覚することができません。それが視えた事、そして先刻、私達よりも早くあの悪霊のような敵に気付いた事を併せると、少なくとも"視る"能力に関しては、私達よりも優れているやも知れません」
「そっ、そんなこと…」
「チームの中で、仲間と同じ事が出来なくてはならない、なんて決まりはありません。自分ができる事を見付ければいいんです。あなたは、その霊能力を伸ばす努力をすべきです」
ルテニカの進言に、百合香も頷いた。
「私だって、さっきみたいな敵はさっさと瑠魅香に任せてるもの。出来る事をやっていれば、それでいいのよ。逆に瑠魅香だって、武器を持たせても何の役にも立たないし」
『言い方ぁ!』
どこからともなく聞こえた瑠魅香の抗議に、百合香たち三人が笑った。ダリアはなんとなく肩の力が抜けたようで、笑いこそしない代わりに、それまでの硬く重い表情が少しだけ柔らかいものになっていた。
「さあ、邪魔が入ったけど先を急ごう。リベルタ達がさっきみたいな奴に遭ったらまずいよ」
百合香が腰に剣を収めて姿勢をただすと、ダリアも立ち上がった。全員で、改めて通路の先を目指す。その時ダリアは一瞬、何か声のようなものを聞いた気がして振り向いたが、きっと瑠魅香が笑うか何かしたのだろう、と思った。
「話はこいつを倒してからだよ!」
その一言で、ルテニカ達はすぐに気持ちを切り替えた。そうだ、まずはこの突如現れた、実体を持たない謎の影を片付けなくてはならない。
だが、いったん冷静になってみると、それは見るからに異様な姿だった。なんとなく人型である事はわかるが、頭と胴体と腕が判別できる以外は、煙あるいはモヤのお化けとでもいうほかない、おぼろげな姿である。
「ルアアアアア!」
またも気味の悪い声を上げながら、影は瑠魅香めがけて襲いかかった。瑠魅香は、待ってましたとばかりに杖に魔力を込める。
「ドリリング・バーン!」
瑠魅香の杖から、渦巻く青白い炎の槍が、影めがけて放たれた。しかし、影は文字通り霧散してしまう。瑠魅香の魔法をかわしたのち、霧は集合して再び影の形を取った。
「あっ!」
影は、壁際に退避していたダリアを狙う。ルテニカとプミラは一瞬判断が遅れ、ダリアを護るために張った障壁は不完全なものとなってしまった。
「きゃあああ!」
影の放った不気味な輝きの波動は、障壁をいとも容易く打ち砕き、ダリアはその余波を受けて壁面に叩きつけられてしまう。
「ダリア!」
二人は床に崩れ落ちたダリアの前に立ちはだかる。ダリアの生命エネルギーは消えてはいないが、気を失っているようだった。プミラが叫ぶ。
「防戦一方ではラチがあきません、攻撃に出ないと!」
「そうしたいのはヤマヤマですが!」
影の攻撃を再びかわしながら、ルテニカは舌打ちした。影は変幻自在に姿を変えてしまうのだ。すると突然、全員の頭の中に声が響いた。
『瑠魅香、あなたがこいつの動きを封じて!その隙にルテニカとプミラがとどめを撃つの!』
それは、ふいに姿を消したリリィの声だった。ルテニカは一瞬驚いたものの、ようやく状況を大雑把に理解して、瑠魅香に叫ぶ。
「ルミカ!任せていいのですね!」
名前を認識してもらえたのが嬉しいのか、瑠魅香は影の攻撃をかわしながら、ニヤリと不敵に笑ってみせた。
「あたしがトドメまでやってもいいけど、ふたりに華持たせてあげるね!」
「なっ…」
この状況で軽口を叩いている場合か、とルテニカは一瞬本気で苛立ちを覚えたが、次の瞬間に瑠魅香が放った魔法で絶句した。
「エレクトリカル・バインド!」
あたかも蜘蛛の巣のような電撃のエネルギーの網が、空間いっぱいに広がって影を全方位から取り囲む。網の目は細かく、しかもエネルギーを放射しており、霧になって逃げようとした影をぎっちりと縛り上げてしまった。
「早く!どれだけ持つかわからない!」
瑠魅香が言うそばから、影は対抗してエネルギーを内部から発散し始めた。電撃の網が大きく軋み、瑠魅香は全力で抑え込む。だが、ルテニカとプミラはすでに、数珠をかまえて長い呪文を詠唱し終えようとしていた。二人は同時に数珠を突き出し、渾身のエネルギーを放つ。
「プラーナ・サブリメーション!」
ルテニカ、プミラの双方から放たれたふたつのエネルギー球は、左右から挟み込むように電撃のネットを突き抜けて、影の魔物の内部で衝突し、瑠魅香の張ったネットもろとも弾け飛んだ。
「ギャアアアア!」
不快な叫びとともに、影は炸裂したエネルギーとまるで化学反応を起こしたかのように、激しい破裂音を立て続けに響かせながら消滅していった。煙のように立ち込めたエネルギーの余波が消え去った時、そこには何も残されていなかった。
「…やったの?」
瑠魅香は、まだ警戒して杖を構えている。しかし、ルテニカはようやく肩の力を抜いて瑠魅香を向いた。
「敵の気配は完全に消滅しました。私達の勝利です」
「やったね!」
「あなたが敵を押さえつけてくれたおかげです」
そう言いながらもまだ怪訝そうな様子で、ルテニカもプミラも瑠魅香の前に立った。
「瑠魅香、とおっしゃいましたね。あなたはひょっとして、ずっとリリィの中にいたのですか」
ルテニカは、瑠魅香の全身を観察した。そして、改めて驚きを隠さない。なぜなら瑠魅香の顔や手足は、氷魔少女の雪のような青白い手足ではなく、文字通りの人間の肌の色だったからだ。
「リリィと行動している時から、ひとつの仮説を立てていたのですが、どうやら事実は私の仮説以上だったようです」
「ええ。まことに信じがたい事ではありますが、現実に目の当たりにすると…」
同時に頷き合うと、ルテニカが訊ねた。
「瑠魅香、いえ、リリィ。あなたは人間だったのですね。そしてその正体は、死んだと言われていた金髪の侵入者。そして、どうやらあなたの中には、瑠魅香というもうひとつの人格が存在していた。違いますか」
すると、黒髪の魔女・瑠魅香が小さく笑った。
「百合香、バレちゃったみたいね」
『仕方ない』
また、リリィの声がしたかと思うと、瑠魅香の姿を真っ白な輝きが包んだ。眩しさに顔を覆ったルテニカ達が目を開けると、そこには再び、銀髪の剣士・リリィが立っていた。
「ご覧のとおり。あなたの推測どおりよ、ルテニカ。そう、私はあなた達が言うところの、侵入者」
「やはり…しかし、その姿はどういう事なのですか。以前、アイスフォンの記事で見た侵入者は、鮮やかな金髪だったはずです。それが、今は私達氷魔と区別がつかない、真っ白な姿ではありませんか」
リリィは、自らの本当の名を「百合香」だと明かした。ルテニカ達のレジスタンス仲間であるリベルタと共闘してきた事、猫レジスタンス達の協力もあって、死亡を偽装して氷魔として動いている事も説明すると、さすがにルテニカ達は驚きを隠せないようだった。
「まさか、私達に流れてきていた情報が、レジスタンス達の偽装工作だったと?」
プミラの様子から、どうやら偽装工作は予想以上に効果を発揮しているらしかった。ただし、ルテニカとプミラはリリィ=百合香と行動しているうち、明らかに百合香の手足が氷魔のものではない事に気付いてはいたようである。
「通常、私達は顔や衣服以外は柔軟性を持たない、氷の身体です。しかしリリィ…いえ、百合香。あなたは動くたびに胸が揺れる。そんな氷魔は私が知る限りいません」
「どこ見てるのよ!」
人間の少女の羞恥心は、氷魔少女にはいまいち伝わらないらしい。しかし確かに、リベルタや他のレジスタンス少女たちは、デッサン人形というか動くマネキンのような身体である。だが、猫レジスタンスのように全身が柔軟な個体もいるし、身体も装備もコチコチのサーベラスのような氷魔もいる。百合香が考えをめぐらせていると、プミラが訊ねた。
「今のところ、私達にとって一番の謎は、さきほど姿を現した瑠魅香と名乗る黒髪の魔女です。彼女の存在はウワサで知っていましたが、まさか百合香、あなたと同一人物だとは考えも及びませんでした」
「それはそうでしょうね。私もこの城に来るまで、こんな事になるとは考えもしなかった」
どういう意味だろう、と首を傾げるルテニカとプミラに、百合香は説明した。瑠魅香はもともと氷魔だった事。氷巌城が物理的に顕現する前から、独立した特殊な精霊体として活動していたこと。そして、魂の波長を人間に合わせ、百合香の肉体に”間借り”していること。いずれ、瑠魅香という一人の”人間”として生まれ変わりたい、と考えていること。ひととおり聞き終えた二人は、唖然として数秒間絶句したままだった。
「…信じられない」
「そんな事が可能だとは…魂の法則を大胆に解釈して無理やり整合させている、ほとんどアクロバットに近い方法論です」
それは以前、錬金術師のビードロから受けた説明と符号していた。ビードロは確か、瑠魅香の行いは”摂理を利用して摂理に反した行動”だと言っていたはずだ。
「ま、そのへんは人間の私にはわからない。ちなみに瑠魅香、あなたは自分の姿や名前を、私の意識から借りて創り上げたのよね」
『そうよ。けど、髪の色は百合香の学校のお友達みたいな、黒髪がいいと思ったの。魔法使いになったのも、百合香が書いてた小説の…』
「ストップ!その話はしなくていい」
百合香は、一人でこそこそ書いていた小説の中身を知らせるわけにはいかないと、瑠魅香の説明をシャットアウトした。瑠魅香という名は、百合香が書いた小説の主人公の魔女から取った名である。学校の友達にも見せていないものを、この巨大な城中に拡散されては困る。
「とにかく、さっきみたいに瑠魅香は私の力になってくれてる。今の私には強大な力があるけど、それでもさっきみたいに、剣が通じない敵もいる」
「なるほど。侵入者の信じ難い活躍の陰には、あなたがいたという事ですね、瑠魅香」
『そーいうこと』
なんとなく声色から、胸を張っている瑠魅香の姿が想像できた。
「どうりで、リリィ…もとい百合香と行動している時、微かに気配を感じたはずです。しかし、私やプミラからあそこまで憑依している気配を隠せるというのは、驚くほかありません」
「そうですね。正直、いま戦ったあの影よりも、あなた達の方が我々には不可解です」
そこまで言われると、自分達がいかにこの氷巌城において特殊な存在と認識されているのか、百合香は実感した。だが、人間として生活してきた百合香からすれば、この氷巌城の全てが異常な存在である。
「まあ私達の事はともかく」
百合香はひざまずいて、気を失っているダリアの様子を見た。すると、ダリアはようやくその意識を取り戻したようだった。
「うっ…り、リリィさん?」
「大丈夫みたいね」
ダリアは上半身を起き上がらせると、ハッと思い出したように周囲を見回した。
「あっ、あの悪霊は!?」
「落ち着いて。もう大丈夫よ、倒したから」
百合香に背中を支えられ、ダリアはようやく落ち着きを取り戻したものの、すぐに重い表情になってうなだれた。
「申し訳ありません、みなさんの足を引っ張ってばかりで」
「気にする事はないわ。それどころか、さっきあなたは誰よりも先に、あの影の存在に気がついた。あなたがいなければ、誰かがやられていたかも知れないのよ」
そう言われて、初めてダリアはわずかに晴れやかな表情をのぞかせた。ここまでは、常に後ろに下がってオドオドしていただけだった。そこへ、プミラがひとつの指摘をした。
「ダリア、今のリリィ…じゃない百合香の話に関連して、あなたの不可解な点について訊ねたいのですが」
ダリアは、何の事かと座り込んだまま首を傾げる。プミラは、横のルテニカに目配せで確認を取ると話を続けた。
「あなたは、仲間達と行動していて霊体に襲われた時、霊体が出現する瞬間に"オーラ"が視えた、と言っていましたね」
「はっ、はい」
「あなたは、以前からそんな能力を持っていたのですか?」
「えっ、ええと…はい、なんとなくカンがいいとは時々思う事はありました。けど、私は戦闘能力がいちばん低くて」
すると、ルテニカもプミラも小さく笑った。ルテニカは、片膝をつくとダリアの肩に手をかけた。
「ダリア。戦闘能力がないのは当然です。ようやくわかりました。あなたは私達と同じ、霊能者タイプだったようです」
「えっ!?」
ダリアは、まるで考えもしなかった指摘に、目を丸くして驚いていた。
「オーラというのは、基本的に優れた霊能力がなくては知覚することができません。それが視えた事、そして先刻、私達よりも早くあの悪霊のような敵に気付いた事を併せると、少なくとも"視る"能力に関しては、私達よりも優れているやも知れません」
「そっ、そんなこと…」
「チームの中で、仲間と同じ事が出来なくてはならない、なんて決まりはありません。自分ができる事を見付ければいいんです。あなたは、その霊能力を伸ばす努力をすべきです」
ルテニカの進言に、百合香も頷いた。
「私だって、さっきみたいな敵はさっさと瑠魅香に任せてるもの。出来る事をやっていれば、それでいいのよ。逆に瑠魅香だって、武器を持たせても何の役にも立たないし」
『言い方ぁ!』
どこからともなく聞こえた瑠魅香の抗議に、百合香たち三人が笑った。ダリアはなんとなく肩の力が抜けたようで、笑いこそしない代わりに、それまでの硬く重い表情が少しだけ柔らかいものになっていた。
「さあ、邪魔が入ったけど先を急ごう。リベルタ達がさっきみたいな奴に遭ったらまずいよ」
百合香が腰に剣を収めて姿勢をただすと、ダリアも立ち上がった。全員で、改めて通路の先を目指す。その時ダリアは一瞬、何か声のようなものを聞いた気がして振り向いたが、きっと瑠魅香が笑うか何かしたのだろう、と思った。
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