絶対零度女学園

ミカ塚原

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氷晶華繚乱篇

第三勢力

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 リベルタは、通路を歩きながら先刻の出来事について考えていた。
「これは以前、誰かが言ってた事なんだけど」
 前置きしつつ、リベルタは過去の会話の内容を思い出す。それは、氷巌城内の勢力図について、今ここにいないメンバーと話し合っていた時の事だった。
「この氷巌城には、氷魔皇帝サイドと私達、あるいはオブラ達レジスタンス以外にも、複数の勢力が存在する可能性がある」
「例の、アイスフォンをバラまいてる誰かのこと?」
 フリージアは周囲を警戒しつつも、武器のナイフをいったん鞘におさめた。
「それも含めての話。推測でしかないけど、例えばさっき、巡回していた城の正規兵が殺されてた件を考えてみて。あれをやったのはレジスタンスだというなら話はわかるけど」
「…なるほど。あれはどう見ても、今の幽霊騒ぎの主犯格の仕業よね」
「そう。レジスタンスに、あれだけの霊的な攻撃ができる氷魔は、私達が知る限りではルテニカとプミラ以外にいない」
 そして、そのルテニカは今、別行動を取っている。つまり、今の幽霊騒ぎを起こしている何者かは、氷魔皇帝サイドとレジスタンスの両方を相手にしている"第3勢力"だという事だ。そこへ、黙っていたヒオウギが口をはさんだ。
「レジスタンスの中の誰かの仕業、って可能性はあると思う」
「まさか」
 リベルタは、さすがにそれはあり得ないと思った。しかし、フリージアの意見は違った。
「ゼロではないと思うよ。ハイクラス氷魔の中には、霊能力を持った人もいるかも知れない。あまり関わりがないから、知らないだけで」
「でも、それだとレジスタンスがレジスタンスを霊能力で攻撃したり、魂を抜き取って操ったりしてる事になる。いくらハイクラスと下のクラスの仲が悪いからって、完全に敵対してるわけじゃないでしょ。そこはどう説明するの」
「それこそ、さっきリベルタ自身が言った事だよ。レジスタンスの中にだって裏切って第3勢力として動く奴が、出て来ないとは言えない」
 なるほど、とリベルタは頷く。そもそもレジスタンス自体が城を裏切った勢力だ。そこから、城もレジスタンスも裏切る者が現れても、何の不思議もない。
「もちろんこれは、状況証拠に基づく推論だけどね。けど問題は相手の正体じゃない。つまり、リベルタが言う"第3勢力"が複数いるとしたら、それら全てが私達の敵になり得るっていう事だよ」
 フリージアの冷静な指摘に、わかっていた事ではあるが、リベルタもヒオウギもゾッとした。もちろん、最初からレジスタンス以外の全てが敵、という前提で動いてはいたので、厳密には敵の総数が変わるわけではない。だが、状況が複雑になれば、対処もそれだけ厄介になる。
「考え方じゃない?中には、こっち側と手を結べる奴らもいるかも知れない」
「アイスフォンの通信を傍受したり、幽霊を猟犬みたいに放つ奴らと、手を結ぶの?」
 リベルタの指摘に、フリージアもヒオウギもうーんと唸った。そこで、兎にも角にもリベルタは決断した。
「いったん、リリィ達と合流して、例の御札を貼ってるっていうアジトで対策を練ろう。とりあえず状況はいくらかわかったし、やみくもに分散してると不利になる」
「そうね。それに、現状だとルテニカ、プミラ以外に、幽霊にきちんと対抗できそうな人もいないし」
 ヒオウギが頷いたところへ、リベルタは補足した。
「それなんだけどね。実はもう一人だけ、ひょっとしたら幽霊に対抗できるかも知れない人に、心当たりがある」
「なんですって?」
 ヒオウギの声が、広い空間に響いた。3人はいつの間にか、通路を連結する広い円形のスペースに到達していたのだ。
 するとその時、突然聞こえた野太い声に3人は、氷魔には無いはずの心臓が停まるかと思った。
「レジスタンス共だな!部下より、何者かがウロついているとの報告があって来てみれば!」
 それは、ざっと見て20体の兵士を従えた、3メートルはあろうかという巨体の戦斧の騎士だった。兵士達はロングソードや槍で武装している。
「正規兵か!」
「くそっ、幽霊にばかり気を取られていたら!」
 ヒオウギとフリージアが武器を構える後ろで、リベルタが素早く弓に魔力の矢をつがえた。
「敵の両端に散開して!」
 リベルタの指示に、ふたりは素早く左右に散った。両端の兵士達が、それぞれヒオウギ、フリージアに向かう。その瞬間を狙って、リベルタは中央の巨体の指揮官を中心にエネルギーを放った。
「サンダーストリーム!」
 電撃を伴った冷気の真っ直ぐな突風が、戦斧の騎士とその周囲にいた兵士達を襲う。電撃で分子構造に打撃を加えられたところへ、風の圧力が襲いかかると、兵士達は一瞬で全身をバラバラに砕かれ、スクラップになって壁面に叩きつけられた。
 だが、それが通じたのは雑兵だけだった。
「うっ、嘘!」
「むう、この実力…さては噂の、氷騎士に楯突くという謎のレジスタンスか!」
 戦斧の騎士は、鎧の細かな装飾などにダメージがあっただけで、ほとんど無傷で立っていた。
「丁度いい!ここでその首、もらってゆくぞ!」
 騎士が振り回す戦斧は、この円形の微妙な広さの空間では脅威だった。まるで、この空間に合わせたかのような、絶妙なリーチである。遠ざかろうとすると壁が邪魔をし、近寄れば弓は不利になる。
「リベルタ!」
「待ってて!」
 フリージアとヒオウギは、雑兵達を一体、また一体と片付けて行った。だが、倒せる相手ではあっても、5体6体となれば時間はかかる。戦斧の騎士は、リベルタに狙いを定めて突進してきた。
「死ねえ!」
「うわわっ!」
 巨体ゆえに歩速こそ遅いが、それを戦斧のリーチと腕力が十二分にカバーした。リベルタは持ち前の瞬発力で飛び退いたが、それは一度だけで、すぐに壁面が背中に迫っていた。
「ふふふ、もう終わりだな!その首、ヒムロデ様に献上してくれる!」
 戦斧の分厚い刃がリベルタの左から、横薙ぎに襲いかかった。完璧に首の高さを狙っている。リベルタは咄嗟に弓で防いだが、弓ごと弾き飛ばされてしまった。
「うああーっ!」
「リベルタ!」
 強引に雑兵を薙ぎ払ったヒオウギが、急いでリベルタの援護に向かう。だが、リベルタは咄嗟に通路に逃げ込んだ。狭い空間なら、長い斧は不利になるはずだ。
 だが、戦斧の騎士は何ひとつ怯むでもなく、通路にリベルタを追って進入してきた。
「くらえ!」
 リベルタは一歩早く、急速にチャージしたエネルギーの照準を、通路を塞ぐ形の騎士の頭部に定めた。だが、敵は予想外の戦法に出た。
「どりゃああ!」
 なんと、長い戦斧を槍投げの要領で投擲してきたのだ。逆にリベルタが、狭い通路で回避困難になってしまう。
「こっ、この…!」
 慌てて、攻撃のエネルギーを障壁に転換し、通路いっぱいに張り巡らせる。飛来した戦斧が激突すると、戦斧はバラバラに砕け折れた。どうにか防いだものの、すでに障壁にも亀裂が入っていた。そこへ、騎士が力と重量任せにタックルを食らわせると、障壁はいとも容易く砕かれてしまう。
「おれの全力の一撃を、一度防いだだけでも褒めてやる!」
 今度はリベルタの全身を粉砕すべく、巨体の騎士が床面を蹴った、そのときだった。
「ヒオウギ、下がって!」
 リベルタの声がすると同時に、障壁が砕かれた後の粉塵の奥から、ひとすじの電光が走った。
「ストレート・ライトニング!」
 それは、拡散していたエネルギーを一点に集束した、高密度の魔力の矢だった。リベルタは障壁が砕かれる事を予期しており、その間にエネルギーをチャージしていたのだ。
「ぬううっ!」
 魔力の矢は、首を防ぐために交差された騎士の両腕の装甲を撃ち抜いて、喉笛に深々と突き刺さった。喉は氷魔の生命と魂をつなぐ経絡である。
「ぐっ…つ、強い…」
「今よ、フリージア!」
 リベルタの指示が飛んだが早いか、フリージアはナイフを両手で逆手に握り締め、恐るべき速度で騎士の背後に接近する。
「ヴォーパル・スピアーヘッド!」
 僅かに跳躍して一瞬、身体を回転させると、その勢いのままフリージアは、騎士の首の中心に、真っ白に輝くナイフの尖端を深々と突き入れた。前後から首を貫かれた騎士は、尚も動こうと藻掻いたが、すぐにそのまま背面に倒れ込んだ。
「うわわわっ!」
 危うく巨体の下敷きになりかけたフリージアは、ヒオウギに脇から引き寄せられて回避する。生命を失った巨体は、重々しい音を立てて倒れ、ぴくりとも動かなかった。

「なっ、なんて奴なの…氷騎士、とまでは言わないけど。今の戦闘で、だいぶエネルギーを消耗してしまったわ」
 油断していた事もあるが、リベルタは死してなお通路を塞がんとする、その巨体を見てぞっとした。倒そうと思えばこの通り倒せる相手だが、少し油断をすればこちらが倒されるだけの力も間違いなくある。
「これほどの戦士、第二層でもそうそういない。というより、このタイプの戦士自体、あまり見かけないわ。どういうこと」
「ねえリベルタ、さっきこいつ、"ヒムロデ様に首を献上する"みたいな事、言ってなかった?」
「…なんですって」
 ヒムロデ。フリージアが言ったその名に、リベルタは戦慄した。
「ヒムロデ直属の戦士ってこと?」
「それなら、この強さも納得できると思わない?」
「強さに関してなら納得できるわ。氷巌城ナンバー2、皇帝側近の魔女ヒムロデ。むしろ直属としてなら、弱い位かも知れない。けど、そんな奴が、この第二層をうろつくと思う?」
 ヒムロデ直属の兵士となれば、第三層および天守閣を護る役割のはずだ。それが、なぜ第二層に降りてきているのか。
「それはわからないよ。けど、レジスタンスの間では、ヒムロデ直属の兵士や隠密が、ちょくちょく最下層にも降りてるって話じゃない?」
 それは、以前から言われている事ではあった。皇帝側近ヒムロデは、どうやら階層の上下を問わず自分で仕切る事を好むらしく、第一層で例の侵入者を調査していたのがヒムロデ直属の調査団だった、というのもそれを裏付けていた。
 その時、ヒオウギが言ったひと言に、リベルタはギクリとして黙り込んだ。
「ひょっとしてだけど、あのリリィって子を捜してるって事はないわよね」
「あー、なるほど。あの子強いみたいだもんね」
 フリージアも納得する。確かに、リリィが氷騎士ディジット等を倒したとなれば、その報告はすでに上層部、むろんヒムロデの耳にも入っているに違いない。幹部である氷騎士と渡り合える、無名の氷魔少女。そんな厄介な存在を、城側が放置しておくはずもなかった。
「一体あの子、何者なんだろうね。レジスタンスにそんな強い子がいたら、ずっと前から知られていてもいいと思うんだ。リベルタみたいに」
 フリージアが視線を送ると、リベルタは取り繕うように微笑んだ。
「いっ、いやあ、私なんて師匠の名前のおかげで知られてただけだと思うし」
「でもあなた、そのストラトスを倒したんでしょ。いちおう城側には、ストラトスとイオノスが内紛の末に同士討ちになった、って事で誤魔化したらしいけど」
「リリィとかサーベラス様、グレーヌ達と一緒に戦って、全員ズタボロになってやっと勝てたんだよ。もう、全員ここで死ぬって思ったもの。例の錬金術師からもらった回復アイテムも、全部使い切ってね」
 ストラトス=イオノスの強さを迫真の様子で説明され、フリージアもヒオウギも小さく身震いした。そんな相手と対峙したら生き残れるのか、と誰でも考えるだろう。
「まあ話がそれたけど、リベルタ。あなたも、リリィが何者なのかは知らないのね」
「それについて、ちょっと伏せていた事がある」
 リベルタは観念して、周囲を入念に見渡した。誰か聞いている者はいないか。
「…さっきの話と関連するんだけど、レジスタンスの中の裏切り者、っていうのは、実は私達も想定していたんだ。そのために、あなた達に伏せていた事実がある」
「リリィに関して、ってこと?」
 ヒオウギが訊ねると、リベルタは無言で頷いた。ヒオウギは、何か納得がいったように肩の力を抜いた。
「うん。なんか隠してるな、とは思ってた。リリィ、あの子は普通じゃない。ちょっと変わってる、とかいう以前のレベルでね」
「全員合流したら説明する。それまでは、ちょっとガマンして」
「わりとビックリする内容?」
 訊ねられ、リベルタは真顔で答えた。
「そうね。アイスフォンが使えなくて、新鮮なニュースに飢えているというなら、これ以上ないニュースかも知れない」

 
 礼拝堂で隠れていた氷魔少女、ダリアを保護したルテニカ、プミラ、リリィは、歩いて来たルートを戻っていた。リリィにはまったく通路の構造がわからない。
「よくこんな、ややこしいルートがわかるわね」
「だからこそ、私達レジスタンスがアジトを作るのに好適というわけです。そもそも第二層は、ご存知でしょうけど城側の管理が他の層に比べ、緩い傾向にあります」
 ルテニカの解説に、リリィはなるほどと納得した。
「それで、リベルタ達と合流したら、その後どうするかですね」
「そうです。合流するのはいいとして、そこから何をどうするのかを決めなくては、意味がありません。リリィ、あなたの意見は?」
 プミラから問われ、リリィは焦った。いきなりその後の作戦をと言われても、即座には答えられない。だが、結局は考えて決めなくてはならない事でもある。歩きながら、少なくとも作戦会議の叩き台は準備しておくべきだった。
「まず、私達の最終目的をハッキリさせよう。要するに、今の幽霊騒動があろうとなかろうと、最終的な目的は変わらない」
「えっと…リリィ、あなたが言っているのは」
 ルテニカは、プミラと顔を見合わせつつ訊ねた。リリィは、頷いて答える。
「もちろん。私達の目的は、氷魔皇帝を倒して、この氷巌城を消滅させること」
 その宣言を聞いて、後ろを歩いていたダリアが突然、びくりとして「えっ」と声を出した。
「ん?」
 リリィ達は、何事かとダリアを振り向く。ダリアは、3人の顔を交互に見た。
「いっ、いえ、その…そんな大それたこと、できるって思えるのが、凄いなって。私みたいなロークラス氷魔じゃ、とても…」
 気弱なダリアに、リリィは微笑んだ。
「あのね、私達だって簡単にできるとは思ってないよ。だからこうして、仲間を集めてるの。10人じゃ心もとなくても、100人いればどう?ダリア、あなただってその一員になれるんだよ」
 リリィは、ごく真剣にダリアにそう言った。無駄なメンバーなどいない。敵は強大で、膨大だ。仲間は一人でも多ければ心強い。
 だがそこへ、ルテニカが口をはさんだ。
「リリィ。いま言われた事、全くその通りです。それを今から身をもって実証する事になりそうです」
「え?」
「剣を抜いてください。どうやら前方から、”物理的な”お客様がおいでのようです」
 ルテニカに言われ、全員が立ち止まって、通路の前方に神経を集中させた。すると、奥からレジスタンスなどとは違う、重々しく規則正しい多数の足音が近付いてくるのがリリィ達にもわかった。
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