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氷騎士烈闘篇
トマトとニンニクのスパゲティ
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「報告いたします。破壊された魔導柱の応急修復が完了しました」
そう氷の兵士の報告を受けたヒムロデは、青いローブのフードから覗く、不気味な白い肌をのぞかせて言った。
「うむ」
「ご指示どおり、他の魔導柱への通路も全て遮断しました」
「それでよい。あの柱そのものは至極単純な設備だ。外部から破壊されぬ限り、異常が起きる事はない」
ヒムロデの声は、重みと鋭さと、独特の艶めかしさを備えたものだった。
「して、紫玉が倒されたとの報告はまことか」
「はい。どうやら侵入者は、例のレジスタンスの手練れとも接触したもようです」
「面倒だな」
小さく舌打ちして、ヒムロデは窓の外の景色を見る。
「ときにヌルダの姿が見えぬが、奴は何をしておる」
「はい、ご自分の棟にこもって何やら研究を始められたようです」
「ふん…奴の悪い癖だ。数百年…いやもっと前から、全く変わらんな」
小さな溜息が聞こえたのを、兵士は聞こえないふりをした。
「わかった。下がってよい」
「はっ、失礼いたします」
兵士が去るのを待って、ヒムロデはフードを下げた。
「ラハヴェ様はあのように仰るが、あの侵入者…このままにしてはおけん」
呟いて、テーブルの上のワイングラスを傾ける。紅いワインに、空のオーロラが不気味に映っていた。
氷巌城第1層の通路を歩く瑠魅香は、道に迷っていた。
「どっち行けばいいんだろう」
『さっき、右の方から来たんじゃない?』
頭の中で百合香が言う。ここは、広い通路の丁字に分かれた行き止まりである。さっきも似たような丁字の分岐で、さんざん口論したあげく左に曲がったあと、同じような丁字や、十字に交差する箇所などを何度も通って、今また似たような場所に出たのだった。
「どうしろっていうんだ」
『目印を置いたら?迷った時のために』
「それより、魔法で壁をぶち抜いた方が早くない?」
『そんな事したら、私ここにいますよ、って敵に教えるのと一緒でしょ』
呆れたように百合香は言うが、瑠魅香は”伝家の宝刀”を持ちだした。
「それ、あの柱を破壊して敵の警戒を強めた張本人が言う?」
『ごめんなさい、ちょっと聞こえなかったわ』
「あっそ」
いい加減歩き疲れたのか、瑠魅香はサジを投げて、癒しの間へのゲートを魔法の杖で探し始めた。白い冷気のエネルギー粒子を空間に撒きながら、見逃さないように観察する。
「今更だけど、場所が限定されるとはいえ、なんで癒しの間へのゲートがこの城にもあるんだろう」
『あれじゃない?例の、”ガドリエルでも知らない”案件』
「なるほど」
百合香たちをサポートしてくれる”自称”女神のガドリエルは、”自分に知識がある理由がわからない”という奇妙な状況にある。
「確かに、会話してるとなんか機械的な感じはあるよね」
『うん…』
何気なく相槌を打ったとき、百合香はふと思い出した事があった。
『あっ』
思わせぶりに声を出すので、瑠魅香もつい何事かと立ち止る。
「どうしたの?」
『いや、ちょっとね』
百合香は、奇妙な夢を連続して見た事を瑠魅香に説明した。
「ふーん。百合香はその夢で、知らない国にいたんだ」
『そう。夢の内容はどうしても思い出せなかったんだけど、今思い出した』
「赤い髪の巫女が出て来たの?」
瑠魅香は問う。
『巫女かどうかはわかんないよ。なんか、私の知識では巫女というか、僧侶とか、そんなイメージがあっただけ。お姫様かも知れないし』
「位が高そう、ってことね」
『ざっくり言うと、そういうこと』
百合香は、その赤い髪の女性の姿を思い出してみた。長い髪は前で分けられており、額には金色の飾りを懸けていた。服は豪華というわけではないが、足首まである長いローブに、装飾の入った紺色のカラーを被せてあった。手には何か持っていたような気がするが、思い出せない。
「二回目の夢は怖いね。百合香、夢の中で死んじゃったんでしょ」
『うん。目が覚めたとき、なんか落ち着かない気分だった』
「で、どうしてその夢を今思い出したの」
『わかんない。どうしてだろう。ガドリエルの話をしてたら、なぜか思い出した』
うーん、と瑠魅香は考えてみたが、百合香がわからない事を瑠魅香にわかるわけもない。仕方なく、そのまま歩くのを再開した。
すると、瑠魅香は何か音が聞こえる事に気が付いた。
「百合香、なにか音がする」
『音?』
「水が流れるような」
言われて、百合香も耳を澄ます。
『あっ』
確かに聞こえた。硬い通路に水の流れる音が反響している。
「行ってみよう」
『慎重にね』
瑠魅香は、ゆっくりとその方向に進んでみた。音はだんだん近づいてくる。
歩いた先は、通路を横切るように右から流れる広い水路だった。幅は50mくらいはありそうだ。水路を渡った先に通路が続いている。水路そのものは通路と違って暗く、奥が見えなかった。
「どうします?お嬢様」
『また変な日本語覚えて』
「百合香は泳げるの?」
答えを待っている瑠魅香だったが、百合香は黙っていた。
「もしもーし」
『…泳ぎはあんまり得意じゃない』
「深いのかな」
瑠魅香は、杖をゆっくり水の中に入れてみた。すると、瑠魅香の背丈ほどある杖がすっぽり入ってしまった。
「深いな」
『ここを通るのはやめた方がいいんじゃない』
「そうだね」
満場一致で迂回が決定したところで、瑠魅香の耳に嫌な音が聞こえてきた。
「ん?」
瑠魅香は振り返る。すると、背後からガチャガチャと、足音が聞こえてきた。
「げっ!兵士だ!」
『気付かれたか』
「おーし」
瑠魅香は杖に魔力を込め、やって来る敵を待ち構える。やがて、おなじみナロー・ドールズが通路いっぱいに大挙してきた。
「おりゃーっ!」
魔女としてその掛け声はどうなのか、と百合香は思ったが、瑠魅香が放った魔法のエネルギーは、ナロー・ドールズをまとめて吹き飛ばし粉々にした。
『こういう場面だと、私よりあなたの方が強いんじゃないの』
「そうかな」
『あっ、また来た!』
百合香は、さらに足音が続いてきた事に気付いた。
「キリがない」
唐突に瑠魅香は、水面に向けて杖を構える。
『ちょっと、何考えてんの』
百合香は不安げに訊ねる。足音がさらに近付いてきた。しかし瑠魅香は、敵ではなく水面に魔力を放ったのだった。
『!?』
百合香が何事かと思っている目の前で、水が凍結して不格好なボートが形成されたのだった。
「いくよ、百合香!」
『ちょちょちょ、ちょっと!』
百合香が不安を訴える間もなく、瑠魅香は即席のボートに乗り込む。足場が大きく揺れ、百合香は生きた心地がしなかった。
『あぶない、沈む!!』
「失礼ね」
瑠魅香は、沈んでもいない自前のボートへの悪評レビューに憤慨しつつ、魔力でボートを発進させた。背後では、駆け付けたナロー・ドールズが次々と水路に落ち、沈んだり流されたりと散々な目に遭っている。
百合香の心配をよそに、ボートはゆっくりではあるが進んで行った。
『絶対沈むと思った』
「どんなもんよ」
『いいから早く渡って』
百合香は水路の反対側に見える通路を睨む。しかし、それがどこに続くのかはわからない。
その時だった。
『ん?』
百合香は、ボートが突然強く横に逸れた事に気付いた。
『ちょっと、逸れてるわよ』
「あ、ほんとだ。ごめん」
言われるままに、瑠魅香は魔力で進路を修正する。
しかし、またしても進路が左に大きく逸れた。
『どうしたの?』
「水流が強くなってる!」
瑠魅香は魔力で必死に進路を修正した。しかし、水流はさらに速さを増していく。
『ちょっと!』
「こんにゃろー!」
瑠魅香は、渾身の魔力を込めてボートを通路に向ける。今度こそ進路を修正できたものの、速度は水流への抵抗のせいで、非常に遅くなってしまった。
「ゆっくりだけど、これで大丈夫」
『ふう』
「何なんだろうね、この水路」
瑠魅香は水路の奥に目をこらしてみるが、やはり暗闇で奥は見えなかった。
そして、ようやく水路の真ん中あたりまで到達した時だった。
ボートを取り囲む水面に、無数の影が飛び出した。
「!?」
『なに!?』
二人が驚いたその無数の影は、奇妙な丸い頭の氷魔だった。目はまるで眼鏡のように飛び出している。
「こいつらは…」
『瑠魅香、くる!』
百合香は即座に瑠魅香に防御を指示した。すると、氷魔は突然丸いボールを取り出し、瑠魅香にむけて投擲してきた。
「うわっ!」
瑠魅香は、慌てて魔法で防御する。どうにか弾き返したが、他の氷魔たちも同じようにボールを持ちだして、一斉に投げるポーズを取った。
『まずい!!』
「なんなのよ、もう!」
瑠魅香は再び杖に魔力を込め、ボートの周りに魔法の障壁を形成した。それとほぼ同時にボールが全方位から飛んできて、障壁にぶつかって激しく砕けた。
「この!」
瑠魅香は対抗して水面から多数の氷の塊を形成し、氷魔たちに向けて発射する。氷魔たちは頭部を砕かれ、そのまま水に沈んで行った。
『ナイス!』
「どんなものよ!…って、ちょっと」
瑠魅香は、またしても青ざめた。同じ氷魔が、さらに何十体も現れたのだ。
「しつこいな!」
『来るよ!』
やはり氷魔たちは同じように、ボールを一斉に投擲してきた。あまり知性があるようには思えないが、逆にそれが不気味だった。
何十というボールを一斉に受けて、さすがに魔法の障壁も軋み始める。百合香は焦った。
『いっぺんにやっつけられないの!?』
「ああもう!」
瑠魅香は、杖に力いっぱい魔力を込めた。巨大な電撃のスパークが起きる。
「砕けろ―――っ!!!」
瑠魅香は、水面に思い切り電撃のボールを叩きつける。すると、水路全面にスパークが起きて、無数の氷魔は一瞬で粉々に砕け散ってしまった。
「これでどうだ!!」
『片付いたの!?』
「わかんない」
二人は、注意深く水面を見守る。しかし、それ以上氷魔が現れる様子はなかった。
「ふいー」
瑠魅香は胸を撫で下ろし、ボートにぐったりと座り込む。
「生きた心地がしなかった」
『あれ、ひょっとして…』
百合香が何か考え込んだ。
「なに?」
『いや、うちの学校に水球部があるから』
「すいきゅうぶ?」
『うん。水に浮かんでボールを投げるゲーム』
それを聞いて、瑠魅香は首を傾げた。
「人間って、わけのわからないゲームを考えるのね」
どうにか、瑠魅香のボートは水路を渡ることに成功した。
「疲れたわ」
『そろそろ、癒しの間のゲートを探さないと』
「どこにあるかわかんないって、色々不便だなあ」
瑠魅香は再び、魔力を放ってゲートをサーチする。しかし、そうそうすぐには見つからない。結局、ゲートを見付けたのはそこから5分くらい歩いた所だった。
「あー」
いつものように、百合香は癒しの間に入るなり、鎧姿のままベッドに倒れ込んだ。
「おなかすい…」
た、と言いかけて、百合香はまたしても、見慣れないものが出来ている事に気付いた。冷蔵庫の横に、大きな棚ができている。
「!」
まさか、と思って百合香は棚に駆け寄る。そこにあったものを見て百合香は、嬉しさと困惑が入り混じったような、複雑な表情を見せた。
「これ…」
『なに?』
半透明の瑠魅香も、百合香の横から棚を覗き込む。そこにあるのは、スパゲティやペンネだった。茹でる前の。
「甘かったか」
『何が』
瑠魅香をよそに、百合香は冷蔵庫を開ける。中に入っていた缶を取り出すと、ドンと置いた。
『なにこれ。トマトソース、って書いてあるけど』
「瑠魅香」
百合香は、戦いの時と同じくらい真剣な顔を向けた。
「あなたに料理を教える」
ご丁寧に棚の隣には調理器具やコンロ、オーブンなどが据え付けてあった。どこからエネルギーを調達してるのかは不明であるが、それを言い出したら食材からして、どうやって現れるのかも謎だった。
ともかく、「トマトとニンニクのスパゲティが食べたい」という百合香の願いは、自分で調理するというプロセス込みで叶えられる事になった。麺、ソース、その他の材料はご丁寧に全て揃っている。
『百合香は料理できるの?』
「できる」
力強く百合香は答える。
「お母さんが家にいない事が多かったから、嫌でも覚えなきゃいけなかった」
『ふーん。料理って、しなきゃいけないの?』
とてつもなく根源的な問いを、瑠魅香は投げかけてきた。
『動物は自然にあるものを直接食べてるよね』
「…そういう事は知ってるんだ」
『あのね。氷魔だって地球の事はそれなりに知ってるんだよ。知らないのは人間社会の情報。人工的な文明がある場所に、氷魔はあまり好んで近付かないから』
なるほど、と百合香は頷いた。
「そういえばそうだね。人間は、生の食材をほとんど食べない」
『どうして?』
「…さすがにそこは、私の知識の範囲外だわ。けど、長い歴史の中で、人類は”加熱して食べる”っていう習慣が身についちゃったの」
そこから、あれこれと百合香は知っている知識の範囲で「食と人間」について語りながら、瑠魅香に「トマトとニンニクのスパゲティ」の調理過程を披露したのだった。
「お、お、お、おいしい…なにこれ」
百合香は瑠魅香と精神を交替して、手製のスパゲティを振舞った。フォークの使い方を何度も何度も教えたあとで。
「百合香って天才なの!?」
『ネットでレシピ覚えただけだよ』
「じ、人類はこんなおいしいもの食べてたのか…おいしい、ってこういう感覚なのか」
『ちょっと、私の分残してよ!』
けっこうな勢いで器用にスパゲティを巻いていく瑠魅香に、百合香は焦ってストップをかける。3分の2ぐらいを食べたところで、ようやく瑠魅香は身体を返してくれた。
「…満足していただけたなら、良かったわ」
残ったスパゲティを口に運びながら、百合香は少し残念そうに瑠魅香を見る。どっちが食べてもお腹に入るのは一緒なのだが、味わうという満足感が重要なのだと百合香は改めて知った。食べるというのは、単に栄養分だけを取り込む事ではない。
「…でも、しばらくこんな食事してなかったから、嬉しい」
百合香の目尻には、涙が浮かんでいた。
『泣いてるの?』
「ソースがちょっと辛かっただけよ」
『百合香も泣き虫じゃん』
「うるさいわね」
久しぶりの食事を挟んで、百合香は瑠魅香と語らいながら、それまでの疲れと痛みを癒した。この時間がこのまま続けばいいのに、と百合香は心のどこかで思っていた。
そう氷の兵士の報告を受けたヒムロデは、青いローブのフードから覗く、不気味な白い肌をのぞかせて言った。
「うむ」
「ご指示どおり、他の魔導柱への通路も全て遮断しました」
「それでよい。あの柱そのものは至極単純な設備だ。外部から破壊されぬ限り、異常が起きる事はない」
ヒムロデの声は、重みと鋭さと、独特の艶めかしさを備えたものだった。
「して、紫玉が倒されたとの報告はまことか」
「はい。どうやら侵入者は、例のレジスタンスの手練れとも接触したもようです」
「面倒だな」
小さく舌打ちして、ヒムロデは窓の外の景色を見る。
「ときにヌルダの姿が見えぬが、奴は何をしておる」
「はい、ご自分の棟にこもって何やら研究を始められたようです」
「ふん…奴の悪い癖だ。数百年…いやもっと前から、全く変わらんな」
小さな溜息が聞こえたのを、兵士は聞こえないふりをした。
「わかった。下がってよい」
「はっ、失礼いたします」
兵士が去るのを待って、ヒムロデはフードを下げた。
「ラハヴェ様はあのように仰るが、あの侵入者…このままにしてはおけん」
呟いて、テーブルの上のワイングラスを傾ける。紅いワインに、空のオーロラが不気味に映っていた。
氷巌城第1層の通路を歩く瑠魅香は、道に迷っていた。
「どっち行けばいいんだろう」
『さっき、右の方から来たんじゃない?』
頭の中で百合香が言う。ここは、広い通路の丁字に分かれた行き止まりである。さっきも似たような丁字の分岐で、さんざん口論したあげく左に曲がったあと、同じような丁字や、十字に交差する箇所などを何度も通って、今また似たような場所に出たのだった。
「どうしろっていうんだ」
『目印を置いたら?迷った時のために』
「それより、魔法で壁をぶち抜いた方が早くない?」
『そんな事したら、私ここにいますよ、って敵に教えるのと一緒でしょ』
呆れたように百合香は言うが、瑠魅香は”伝家の宝刀”を持ちだした。
「それ、あの柱を破壊して敵の警戒を強めた張本人が言う?」
『ごめんなさい、ちょっと聞こえなかったわ』
「あっそ」
いい加減歩き疲れたのか、瑠魅香はサジを投げて、癒しの間へのゲートを魔法の杖で探し始めた。白い冷気のエネルギー粒子を空間に撒きながら、見逃さないように観察する。
「今更だけど、場所が限定されるとはいえ、なんで癒しの間へのゲートがこの城にもあるんだろう」
『あれじゃない?例の、”ガドリエルでも知らない”案件』
「なるほど」
百合香たちをサポートしてくれる”自称”女神のガドリエルは、”自分に知識がある理由がわからない”という奇妙な状況にある。
「確かに、会話してるとなんか機械的な感じはあるよね」
『うん…』
何気なく相槌を打ったとき、百合香はふと思い出した事があった。
『あっ』
思わせぶりに声を出すので、瑠魅香もつい何事かと立ち止る。
「どうしたの?」
『いや、ちょっとね』
百合香は、奇妙な夢を連続して見た事を瑠魅香に説明した。
「ふーん。百合香はその夢で、知らない国にいたんだ」
『そう。夢の内容はどうしても思い出せなかったんだけど、今思い出した』
「赤い髪の巫女が出て来たの?」
瑠魅香は問う。
『巫女かどうかはわかんないよ。なんか、私の知識では巫女というか、僧侶とか、そんなイメージがあっただけ。お姫様かも知れないし』
「位が高そう、ってことね」
『ざっくり言うと、そういうこと』
百合香は、その赤い髪の女性の姿を思い出してみた。長い髪は前で分けられており、額には金色の飾りを懸けていた。服は豪華というわけではないが、足首まである長いローブに、装飾の入った紺色のカラーを被せてあった。手には何か持っていたような気がするが、思い出せない。
「二回目の夢は怖いね。百合香、夢の中で死んじゃったんでしょ」
『うん。目が覚めたとき、なんか落ち着かない気分だった』
「で、どうしてその夢を今思い出したの」
『わかんない。どうしてだろう。ガドリエルの話をしてたら、なぜか思い出した』
うーん、と瑠魅香は考えてみたが、百合香がわからない事を瑠魅香にわかるわけもない。仕方なく、そのまま歩くのを再開した。
すると、瑠魅香は何か音が聞こえる事に気が付いた。
「百合香、なにか音がする」
『音?』
「水が流れるような」
言われて、百合香も耳を澄ます。
『あっ』
確かに聞こえた。硬い通路に水の流れる音が反響している。
「行ってみよう」
『慎重にね』
瑠魅香は、ゆっくりとその方向に進んでみた。音はだんだん近づいてくる。
歩いた先は、通路を横切るように右から流れる広い水路だった。幅は50mくらいはありそうだ。水路を渡った先に通路が続いている。水路そのものは通路と違って暗く、奥が見えなかった。
「どうします?お嬢様」
『また変な日本語覚えて』
「百合香は泳げるの?」
答えを待っている瑠魅香だったが、百合香は黙っていた。
「もしもーし」
『…泳ぎはあんまり得意じゃない』
「深いのかな」
瑠魅香は、杖をゆっくり水の中に入れてみた。すると、瑠魅香の背丈ほどある杖がすっぽり入ってしまった。
「深いな」
『ここを通るのはやめた方がいいんじゃない』
「そうだね」
満場一致で迂回が決定したところで、瑠魅香の耳に嫌な音が聞こえてきた。
「ん?」
瑠魅香は振り返る。すると、背後からガチャガチャと、足音が聞こえてきた。
「げっ!兵士だ!」
『気付かれたか』
「おーし」
瑠魅香は杖に魔力を込め、やって来る敵を待ち構える。やがて、おなじみナロー・ドールズが通路いっぱいに大挙してきた。
「おりゃーっ!」
魔女としてその掛け声はどうなのか、と百合香は思ったが、瑠魅香が放った魔法のエネルギーは、ナロー・ドールズをまとめて吹き飛ばし粉々にした。
『こういう場面だと、私よりあなたの方が強いんじゃないの』
「そうかな」
『あっ、また来た!』
百合香は、さらに足音が続いてきた事に気付いた。
「キリがない」
唐突に瑠魅香は、水面に向けて杖を構える。
『ちょっと、何考えてんの』
百合香は不安げに訊ねる。足音がさらに近付いてきた。しかし瑠魅香は、敵ではなく水面に魔力を放ったのだった。
『!?』
百合香が何事かと思っている目の前で、水が凍結して不格好なボートが形成されたのだった。
「いくよ、百合香!」
『ちょちょちょ、ちょっと!』
百合香が不安を訴える間もなく、瑠魅香は即席のボートに乗り込む。足場が大きく揺れ、百合香は生きた心地がしなかった。
『あぶない、沈む!!』
「失礼ね」
瑠魅香は、沈んでもいない自前のボートへの悪評レビューに憤慨しつつ、魔力でボートを発進させた。背後では、駆け付けたナロー・ドールズが次々と水路に落ち、沈んだり流されたりと散々な目に遭っている。
百合香の心配をよそに、ボートはゆっくりではあるが進んで行った。
『絶対沈むと思った』
「どんなもんよ」
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その時だった。
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『ちょっと、逸れてるわよ』
「あ、ほんとだ。ごめん」
言われるままに、瑠魅香は魔力で進路を修正する。
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『どうしたの?』
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瑠魅香は魔力で必死に進路を修正した。しかし、水流はさらに速さを増していく。
『ちょっと!』
「こんにゃろー!」
瑠魅香は、渾身の魔力を込めてボートを通路に向ける。今度こそ進路を修正できたものの、速度は水流への抵抗のせいで、非常に遅くなってしまった。
「ゆっくりだけど、これで大丈夫」
『ふう』
「何なんだろうね、この水路」
瑠魅香は水路の奥に目をこらしてみるが、やはり暗闇で奥は見えなかった。
そして、ようやく水路の真ん中あたりまで到達した時だった。
ボートを取り囲む水面に、無数の影が飛び出した。
「!?」
『なに!?』
二人が驚いたその無数の影は、奇妙な丸い頭の氷魔だった。目はまるで眼鏡のように飛び出している。
「こいつらは…」
『瑠魅香、くる!』
百合香は即座に瑠魅香に防御を指示した。すると、氷魔は突然丸いボールを取り出し、瑠魅香にむけて投擲してきた。
「うわっ!」
瑠魅香は、慌てて魔法で防御する。どうにか弾き返したが、他の氷魔たちも同じようにボールを持ちだして、一斉に投げるポーズを取った。
『まずい!!』
「なんなのよ、もう!」
瑠魅香は再び杖に魔力を込め、ボートの周りに魔法の障壁を形成した。それとほぼ同時にボールが全方位から飛んできて、障壁にぶつかって激しく砕けた。
「この!」
瑠魅香は対抗して水面から多数の氷の塊を形成し、氷魔たちに向けて発射する。氷魔たちは頭部を砕かれ、そのまま水に沈んで行った。
『ナイス!』
「どんなものよ!…って、ちょっと」
瑠魅香は、またしても青ざめた。同じ氷魔が、さらに何十体も現れたのだ。
「しつこいな!」
『来るよ!』
やはり氷魔たちは同じように、ボールを一斉に投擲してきた。あまり知性があるようには思えないが、逆にそれが不気味だった。
何十というボールを一斉に受けて、さすがに魔法の障壁も軋み始める。百合香は焦った。
『いっぺんにやっつけられないの!?』
「ああもう!」
瑠魅香は、杖に力いっぱい魔力を込めた。巨大な電撃のスパークが起きる。
「砕けろ―――っ!!!」
瑠魅香は、水面に思い切り電撃のボールを叩きつける。すると、水路全面にスパークが起きて、無数の氷魔は一瞬で粉々に砕け散ってしまった。
「これでどうだ!!」
『片付いたの!?』
「わかんない」
二人は、注意深く水面を見守る。しかし、それ以上氷魔が現れる様子はなかった。
「ふいー」
瑠魅香は胸を撫で下ろし、ボートにぐったりと座り込む。
「生きた心地がしなかった」
『あれ、ひょっとして…』
百合香が何か考え込んだ。
「なに?」
『いや、うちの学校に水球部があるから』
「すいきゅうぶ?」
『うん。水に浮かんでボールを投げるゲーム』
それを聞いて、瑠魅香は首を傾げた。
「人間って、わけのわからないゲームを考えるのね」
どうにか、瑠魅香のボートは水路を渡ることに成功した。
「疲れたわ」
『そろそろ、癒しの間のゲートを探さないと』
「どこにあるかわかんないって、色々不便だなあ」
瑠魅香は再び、魔力を放ってゲートをサーチする。しかし、そうそうすぐには見つからない。結局、ゲートを見付けたのはそこから5分くらい歩いた所だった。
「あー」
いつものように、百合香は癒しの間に入るなり、鎧姿のままベッドに倒れ込んだ。
「おなかすい…」
た、と言いかけて、百合香はまたしても、見慣れないものが出来ている事に気付いた。冷蔵庫の横に、大きな棚ができている。
「!」
まさか、と思って百合香は棚に駆け寄る。そこにあったものを見て百合香は、嬉しさと困惑が入り混じったような、複雑な表情を見せた。
「これ…」
『なに?』
半透明の瑠魅香も、百合香の横から棚を覗き込む。そこにあるのは、スパゲティやペンネだった。茹でる前の。
「甘かったか」
『何が』
瑠魅香をよそに、百合香は冷蔵庫を開ける。中に入っていた缶を取り出すと、ドンと置いた。
『なにこれ。トマトソース、って書いてあるけど』
「瑠魅香」
百合香は、戦いの時と同じくらい真剣な顔を向けた。
「あなたに料理を教える」
ご丁寧に棚の隣には調理器具やコンロ、オーブンなどが据え付けてあった。どこからエネルギーを調達してるのかは不明であるが、それを言い出したら食材からして、どうやって現れるのかも謎だった。
ともかく、「トマトとニンニクのスパゲティが食べたい」という百合香の願いは、自分で調理するというプロセス込みで叶えられる事になった。麺、ソース、その他の材料はご丁寧に全て揃っている。
『百合香は料理できるの?』
「できる」
力強く百合香は答える。
「お母さんが家にいない事が多かったから、嫌でも覚えなきゃいけなかった」
『ふーん。料理って、しなきゃいけないの?』
とてつもなく根源的な問いを、瑠魅香は投げかけてきた。
『動物は自然にあるものを直接食べてるよね』
「…そういう事は知ってるんだ」
『あのね。氷魔だって地球の事はそれなりに知ってるんだよ。知らないのは人間社会の情報。人工的な文明がある場所に、氷魔はあまり好んで近付かないから』
なるほど、と百合香は頷いた。
「そういえばそうだね。人間は、生の食材をほとんど食べない」
『どうして?』
「…さすがにそこは、私の知識の範囲外だわ。けど、長い歴史の中で、人類は”加熱して食べる”っていう習慣が身についちゃったの」
そこから、あれこれと百合香は知っている知識の範囲で「食と人間」について語りながら、瑠魅香に「トマトとニンニクのスパゲティ」の調理過程を披露したのだった。
「お、お、お、おいしい…なにこれ」
百合香は瑠魅香と精神を交替して、手製のスパゲティを振舞った。フォークの使い方を何度も何度も教えたあとで。
「百合香って天才なの!?」
『ネットでレシピ覚えただけだよ』
「じ、人類はこんなおいしいもの食べてたのか…おいしい、ってこういう感覚なのか」
『ちょっと、私の分残してよ!』
けっこうな勢いで器用にスパゲティを巻いていく瑠魅香に、百合香は焦ってストップをかける。3分の2ぐらいを食べたところで、ようやく瑠魅香は身体を返してくれた。
「…満足していただけたなら、良かったわ」
残ったスパゲティを口に運びながら、百合香は少し残念そうに瑠魅香を見る。どっちが食べてもお腹に入るのは一緒なのだが、味わうという満足感が重要なのだと百合香は改めて知った。食べるというのは、単に栄養分だけを取り込む事ではない。
「…でも、しばらくこんな食事してなかったから、嬉しい」
百合香の目尻には、涙が浮かんでいた。
『泣いてるの?』
「ソースがちょっと辛かっただけよ」
『百合香も泣き虫じゃん』
「うるさいわね」
久しぶりの食事を挟んで、百合香は瑠魅香と語らいながら、それまでの疲れと痛みを癒した。この時間がこのまま続けばいいのに、と百合香は心のどこかで思っていた。
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しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
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キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
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