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その3

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「んっ?風……」
 わたしは一人ポツリと呟いた。
 老人の後をついて行かなければ、間違いなく聖地から抜け出すことは出来ないだろう。
 なぜって、ここはどこを見ても同じ景色。
 けしてわたしが方向音痴だから、そう見えるわけなんかじゃない。
 ここは、正真正銘どこをとってもまるっきり同じ景色なの。
 一歩聖地へ足を踏み入れたら、方向感覚はゼロ。
 聖地の一歩手前だったはずの大地は消え、代わりにどこも同じ不思議な景色が広がっているだけ。
 それに、大地を踏みしめて歩いてるっていうよりは、空中を歩いてるっていう感じ。
 そう、下にもやっぱり不思議な景色が広がっているの。 
 ううん。
 それが下なのかどうかもはっきりしない。
 それだけじゃない。
 ここがどのくらいの空間なのかも分からない。
 ただただ、老人の後をついて歩いてるだけ。
 ま、これも歩いているように思っているだけかもしれないけれど。
 聖地に行って誰一人帰ってこなかったって言うのも、今ならなんとなく分かる気がする。
 やっぱり私には幸運の女神様でもついてるのかなぁ。
 だって、こんな家出娘なのに、こんな素晴らしいパーティーには恵まれるし、誰一人帰ってこなかったっていう場所で、これまた素晴らしい案内役って言ったら悪いかもしれないけれど、聖地の守護神には出会えるし……。
 もう、一生分の幸運使い果たしちゃったんじゃないかなぁ。
『そろそろ到着だ』
 前方を飛ぶ老人が久しぶりに口を開いた。
 ……とは言っても、今までと同様、頭の中に声のようなものが響いてきただけなのだけれど。
「やっとかぁ」
 どおりで風が……んっ?てことは、狭い通路か何かなわけ?
「感覚がおかしくなりそうだな」
「ここ本当に聖地なのかっ?」
 オステオとランスの二人も、出口が近いと聴いて、緊張の糸が解けたみたい。
 わたしも例外じゃないけれど……。
 でも、わたしの推測はものの見事にはずれちゃった。
 風を感じたのは、ただ単に出口が狭かっただけだったの。
「うわぁ~っ!」
「ここは一体……?」
「……」
 三人がほぼ同時に感嘆の声をあげた。
 ここには見たことのないような草花・木々が、鳥が、魚が、動物が楽しそうにのんびりと、争いもなく暮らしていた。
『ここが聖地じゃ。どうじゃ美しいじゃろう。遥か昔には、世界のすべてがこのような美しい景色だったのじゃがな』
 ホントに……。
 昔は世界のすべてがこんなんだったなんて。
 でも、
「ここが聖地って!じゃぁ、今さっき通ってきたところは……?」
「そういえば」
「確かに」
『あの地は、神ミライノ様が最期の力を振り絞ってお創りになった、外界からのいわば結界じゃよ』
 あれれ。
 またもやわたしの推測は外れてしまった。
 いやぁ、あてにならん頭だこと!
 んとに。
 でも、これには二人も想像がつかなかったらしい。
 だって、顔にそう書いてあるんだもん。
「それにしても何だよな。こんな美しい世界だったのに。今じゃ、権力争いに金儲け、あげくの果てには戦争まで。結界がなきゃ美しい世界が守れないなんて」
 オステオが知的なことを言う。
「だな」
 ランスも同感らしい。
 いや、ランスだけじゃない。
 わたしだってそう思う。
 何か変だよ。
 今の世の中。
 「協力」という言葉すら薄れてきてる。
 だって、結界を守護するために、特殊な技術や知識を掻き集めた都市だったんでしょ。
 ベルサレムって。
 それなのに。
 権力に溺れ、結局滅びの道を歩んだ。
「周りのことを考えない奴が多すぎるぜ。ま、俺も人のこと言えた身分じゃないけどな」
 ランスが言う。
 でも、きっと後半の台詞って、まるっきりわたしだよね。
 絶対。
『まぁ、自分達を責めるのは、そのくらいにしてじゃ。キピラ草の場所へ案内しよう』
「セシラ川は?」
 わたしが疑問を投げかける。
『なぁに、慌てるでない。隣にいくらでも流れておるよ』
「あ、はい!」
 元気に答えるわ・た・し。
 聖なる水なんでしょ!
 これは記念として、一口飲んでおこうっと。
 だって、もう二度と飲めないかもしれないし……ね。
 ……などと考えながら、笑顔で老人の後を歩いて行く。
 ニャハッ!
 セシラの水。セシラの水っと。
 自然と足取りが軽くなるのはなぜだろうねぇ。
 チラっと、オステオとランスの方を振り返る。
 オステオがわたしを見て頭を抱えてる。
 ランスなんて他人のふりって感じで、そっぽ向いて口笛なんて吹いてるし。
 ん~……。

 しばらく歩いて……。
『ここじゃ』
 相変わらず頭の中に直接語りかけてくる。 キピラ草の生息地には、意外と早く着いた。 わたしが、セシラの水の味見をする暇もないくらいに。
 そこには、これまでに例を見ないような摩訶不思議な草が、これまたこれまでに例を見ないような、美しい花をつけていた。
 まるで、スミレとバラを合わせたような……。
 まさに、昔話にある「絵にも描けない美しさ」ってやつだね。
「これがみんなキピラ草なの?」
 感激にしばらく酔いしれていたわたし。
 誰となく訊いてみた。
『もちろんそうじゃが。草の中で解毒作用のある部分は、極一部らしいのじゃ』
「えっ」
 わたしはまたてっきりキピラ草全体に解毒作用があるのかと思ってた。
「と、言いますと」
 わたしの疑問をオステオが続けた。
『花の蕾の花冠の部分だけなのじゃ。問題は、この広い草原から、キピラ草の蕾を摘むことじゃ。何しろ蕾が非常に少ないからの』
「なのですか?」
 今度はわたしが聞く。
 自然と言葉遣いが丁寧になるのは、やっぱり敬意の気持ちがあるからなのだろうか。
「げ~」
 ランスが非難の声をあげた。
 オステオも、いい顔をしない。
 一方、わたしはって言うと、
「そんな大変なことなの?」
 などと、一人とぼけたことを言っていた。
「おまえ、本当に分からないのか?」
 ランスが、しっかりつっこみを入れてくれるのだけれど。
「仕方ないでしょ!わかんないもんは、わかんないんだから!」
 強がって反論するわたし。
「ランス。そのらいにしとけよ。人間誰だって分からないことはあるもんだよ。ティファナの場合は、それがたまたま基本的なことばかりなだけで」
 いつもながら、本当に優しいオステオが、こんなわたしをかばってくれる。
 うう、いい奴だよ。
 ホントに。
 でも、気のせいだろうか。
 いまいちフォローになっていないと感じるのは。
 ランスは、それを聞いて小さく笑ってるし。
 まぁ、いつものことだけど。
「ん~。大体ここ全体に一つあるかどうかだな。それをこの中から見つけ出す」
「え~っ!そんなにっ!」
 ワン・テンポ?(スリー・テンポくらいかも……)遅れて、大げさとも言えるほどのリアクションをとるわたしって一体……。
 友達同士の会話だと、いまいち盛り上がりに欠けるんだよね。
 こういうのって。
 自分じゃぁ分かってるつもりなのだけれど。
 やっぱり、こういうのって天性のものなのかなぁ?
「で、問題はどうやって摘むか、だな」
「それっぽいやつを葉ごと、片っ端から摘んでいけばいいんでないの」
 オステオの問にランスが軽い気持ち(たぶん……?)で応える。
「そんなことしたら、草原が可哀想じゃない!」
 わたしが必至に(……でも、ないか)反論する。
 かっこいい~っ!
 正義感強くって。って思うでしょ。
 でも、そんなにかっこいいものじゃないのよね。
 ホントは。
 ただ単に、この美しい景色を荒らされるが嫌だっただけなの。
 たぶん、もう二度と見ることのない美しい風景を、美しいままで記憶の中に焼き付けておきたいだけなの。
 ……て、ことで単なるわがままな発言だったわけ。
『そちの発言も一理あるが、キピラ草とは不可思議な草でな。蕾に解毒作用があるかと思えば、葉やその他の部分にはそれを中和する作用があるのじゃよ』
 ふ~ん。
「て、ことはやっぱ蕾を探し出してそれだけを丁寧に摘むしかないってことか」
「……みたい」
 面倒くさそうに言うランスに、わたしも賛成する。
 そうは言っても、それしかないわけよ。
 方法は。
 いや、あるのかもしれないけれど。
 今は何にも思いつかない。
 それに、考えてる暇もないしね。
 すでに、カルマの町を出て、一月半が経とうとしてるんだから。
 あの少女が、どんな気持ちでわたしたちの帰りを待っているんだろう。と思うと、胸の奥が締め付けられるように苦しい。
 あと一月半。 
 何としてでも、間に合わせなきゃ。
 そのために今できることは。
「頑張って探そう。時間ないもん」
「だな。言ってるだけじゃ、何も始まらないしな」
 言ってオステオは、早速作業に取りかかる。
 ランスもブツブツ文句を言いながらも、よっこらしょっと作業を始める。
 おっと、わたしも作業にとりかからなきゃ。
「え~っと、蕾、つ・ぼ・みっと」
 その場にしゃがみ込み、早速蕾を探し始める。
 ん~、このくらいならいいのかな?
 気もちふくらみかけた蕾を手にとってみる。
「ね~、オステオ~っ!このくらいならいいと思う~っ!」
 ちょっと離れた、やはりキピラ草原の中でキピラ草の蕾を探しているオステオに声をかける。
「見えない~っ!」
 オステオが答える。
「あ……」
 見えるようにって思って上に挙げていた手を下ろす。
 ナハ。
 当たり前か。
 オステオのところまで駆けて行く。
「それってもう開花してないか?」
 光の加減のせいだろうか。
 思ったより距離があった。
 ……とは言っても、そんなに差があるわけじゃないけれど。
「よし。じゃ、これは……。ねぇ、オステオ?」
 さて、次を探そう!と思ったのだけれど。
 一人たんたんと探しているランス。
 よく見ると、茎と葉で作ったのだろうか。
 椅子にすわって水を飲みながらやっている。
 やっぱ、シーフって指先が器用なのかなぁ?
 そういえば、ランスって手品もうまかったような……。
 考えてみれば、シーフの仕事って指先を使うものが多いもんね。
 ―――と、言うことで。
「ね~っ!ランス~っ!」
 今度は、ぴょんぴょんと……こんなにかわいくないか。
 ドタバタとキピラ草原をランスの方へと駆けて行く。
「んっ?」
 何だよって顔で私を見るランス。
「わたしにもその椅子とカップ作って~っ!」
「……」
 今度は、何でっ?て顔する。
 いや~、目は口ほどに物を言うって、まさにことことだね。
 とっとっと……!
「キャ~っ!!」
 バタン。ズズズ―――……。
 情けないことに、草の蔓に躓き、大げさに頭からスライディングをしてしまった。
 そんなわたしを、ランスはひょいとかわし、ケラケラ笑う。
 わたしは、もう恥ずかしくって、恥ずかしくって。
 その場で小さくなってた。
 いや、なってたつもり……。
 オステオが何事だって顔でこっちを見てる。
 動物たちは、びっくりして(たぶん……)かなり遠くまで逃げてから、こっちを見ている。
 う~、ホントめちゃくちゃ恥ずかし~っ!
 顔が赤くなってるのが自分でもよく分かる。
「かっこわり~っ!」
 まだ笑いの止まらない様子だけれど、ここぞとばかりにランスが囃し立てる。
「もう~っ!うるさぁ~いっ!!」
 その場に座り込んだまま、大口を開けて一喝。
 ……が、全然聞いてくれない。
 後悔したけれど、時既に遅し。
 かえってランスの笑いを誘ってしまった。
 う~、情けなや。
「ランス。そのくらいにしといてやれよ。ティファナだって、好き好んでやったわけじゃないし。それにおっちょこちょいなのは、いつものことだろ」
 お~、助かった。
 私は、内心ホッとした。
 だって、あのままじゃ、何を言い出すかわかんないもんね。
 ランスの場合。
 でも、もうちょい早く言って欲しかったけど……。
 あっ、そうだ。
 何か、いいアイディアが浮かんだかのように手を打つ。
「ランス。それと同じ椅子とカップ作ってよ」
「へっ?俺が?」
「他に誰が作れるの?」
「へいへい。じゃ、これやるよ。」
 言って、その椅子をわたしに渡す。
「やったね。ありがと ランス」
 かわゆく言った……つもり。
「何ハートマークなんかつけてんだよ。おっと、カップは俺の!」
 あり、ちゃっかりしてる。
「あ~あ、こんなに可愛く咲いてるのに。余分なの摘んじゃったらもったいないね」
 ポツリと呟いた。
「そうだな。気をつけてしなくちゃな」
 いつの間に来たのか、すぐ隣でオステオがわたしの呟きに答える。
「どうしたの?オステオ」
「あっ!そうだ。ランス。俺にも一つ!」
「何でお前の分まで作らなきゃなんねぇ~んだよ」
「まぁ~、堅いこと言うなって。友達だろ」
 
 かくして、ランスの作った椅子に腰掛けた三人は、再び作業へと就いた。
 今度は三人が四方(三方……かな?)に散るような形で、固まって蕾を探す。
「ねぇ、これ平気だと思う?」
 すぐ隣のオステオに聞く。
 なんでランスに聞かないのかって?
 だって、ランスに聞いたら絶対に「自分で考えろ!」だもん。
 特に集中している時は。
「もっともっといいんじゃないか」
 オステオが、わたしの持った蕾を見て答える。
「ティファナ。一つ一つんなことやってたら、いつまでたっても見つからねぇ~ぞ」
 ランスが言う。
「だって関係ないのまでとっちゃったら可哀想じゃない」
 わたしが言い返す。
「俺は、そうやって二人で言い合ってるのが、一番無駄だと思うけど」
 わたしたち二人のやり取りを見ていたオステオが、口をはさむ。
「言われてみれば……」
「だな」
 ランスとわたし。
 二人して見つめ合う。
 そしてまた、何事もなかったかのように作業を続けるのであった。

 実は、もうすでに半日以上蕾を探しっぱなし。
 もちろん、休憩なんかも入れてるけど。
 いい加減嫌になってくる頃。
「もうひと頑張りだっ!」
 オステオがわたしたち二人を励ます。
 いや、自分に言い聞かせたのかもしれない。
 どちらにせよ、
「よしっ!」
 私は、自分に言い聞かせるように気合いを込めると、汗の滲んだ額を拭った。
 これで、今日何度目だろうか。
 わたしは、再びしゃがみ込むと、蕾を探し始めた。
 もう少しって言われてもねぇ。
 もう、ヘトヘトだよ。
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