6 / 8
序章
6
しおりを挟む
(……何やってんだかな、俺は)
まだ少し違和感の残る瞳を気にして、まぶたの上から軽く眼球を押さえてみたりしながら、俺は何がしかの変化を求めていつもの通学路を歩いていた。
(こんなことして、何が変わるわけでもないだろうに)
普段から胸を張って歩くタイプじゃあないが、今日は余計にうつむき気味というか……顔を上げるのに少し勇気が要る。
誰も俺の事なんか見ちゃいないのはわかってる。
それでも今、この顔を、この瞳を……
カラーコンタクトをつけた自分が、誰かに見られるかもしれないというのは、ちょっとした度胸試しのように俺の鼓動のリズムを早めていた。
そんなことで、つまらない日常に変化が訪れるわけがないことぐらいわかってる。
わかってるけど……
「…………」
なんだよ。
本当に……
「いつもと変わらねえじゃん……」
まるで俺が見えていないかのように過ぎて行く人たち。
声を掛けられることもなく、掛ける相手もなく。
今日は時間が合わなかったのか、祐天寺が駆け寄って来るようなサプライズもない。
極めて標準的な俺の「無難な日常」の朝だ。
「アホらし……」
頭の片隅に、ボンヤリと例の言葉が浮かぶ。
「何が願望を叶える、だよ」
やっぱり、こんなことぐらいで俺は変わらない。
変われるはずがない。
つまらないことをしている。
その自覚を胸に抱えつつ、それでも俺はコンタクトを取り外すことが出来なかった。
まだ、どこかで変化を期待する気持ちがそれを許さないでいたのだろう。
しかし、期待というのは往々にして裏切られるもので。
結局、祐天寺と偶然鉢合わせるようなことも無く、学園のすぐ前まで辿り着いてしまった。
まだ早い。
ガックリと肩を落とすには。
そう自分を鼓舞しなければやっていられない精神的な疲労を朝っぱらから覚えながら、俺は校門へと歩を進める。
と、そこで――――
「こらっ、そこの!」
「っ!?」
すっかり忘れていた。
朝、祐天寺と遭遇することが期待する変化に含まれる偶然なのに対し、校門に待ち構えるこいつとの接触は、必然であるということを。
幸い、今の声は俺に向けられたわけではなく、少々頭髪の赤さが目立つ別の学生に向けられたものだ。
まだ、俺がいつものように理不尽に怒られる距離まで近づいてはいないが、このまま歩けば秒単位の時間の問題である。
(そういや、今度校則違反な物を持って来たら、容赦なく没収とか言ってたっけ)
とっさに俺は園田から目を逸らし、不自然なまでに目を細めた。
いや、いっそ目を閉じてこの場を通り過ぎようとさえ思った。
逆に目立つことになるからやらないけど、かといって目を見開いたままというのも都合が悪い。
(マズイかな……これ)
それは見た目だけで言えばバリバリに校則違反一級扱いの、カラーコンタクトだ。
……見た目以外も含めると、もしかすると校則違反どころでは済まないのかもしれないが、今のところその様子は欠片も見えない。
そう、欠片も……
「……別にいいか、もう」
ガキみたいにワクワクしている自分に、早くも少し嫌気が差していたところだ。
いっそ園田に取り上げられて、いつもの日常を取り戻した方が精神衛生上良いかもしれない。
悲しいほど、堪え性の無い現代の若者だった。俺は。
開き直って目を開き、俺は園田が待ち構える校門に踏み出して行く。
「む…………」
「う」
出来るだけ視線を合わせず、出来るだけ園田の立ち位置から遠い場所を通り抜けようと歩き出した刹那、彼女と目が合った……ような気がした。
瞬間、反射的に目を逸らしたけど、これはもうダメだろう。
過去の経験からいって、完全にロックオンされている。
(やっぱりだ。やっぱりいつもと何も変わりゃしねえんだ)
カラコンをつけていようがいまいが、園田は俺に因縁をつけてくる。
これも変わらぬ日常の一風景――――
……のはずだったが。
「……ぉ、ん?」
「…………」
園田は今も視線をこちらに向けている。
向けてはいるのだが、微妙にその焦点が俺に合っていないような、もっと遠くを見つめているような……
そんな違和感を覚えた。
(確かに今、見られてたよな……俺?)
しかし、園田が俺を認識しているような様子は見受けられない。
視界には入っているはずなのに。
(まるで……これじゃあまるで……)
――――空気扱い。
自分がそう望んだポジションなのに、なぜか無性に胸を締め付けられる思いがした。
あの、理由が無くてもでっち上げて絡んでくるような園田ですら、俺を……
たまたまかもしれない。
いや、それ以上に理不尽な難癖をつけられないのだから、喜ぶべきことかもしれない。
けれど俺は、どこか釈然としない気持ちを抱えながら、校舎へと入った。
まだ少し違和感の残る瞳を気にして、まぶたの上から軽く眼球を押さえてみたりしながら、俺は何がしかの変化を求めていつもの通学路を歩いていた。
(こんなことして、何が変わるわけでもないだろうに)
普段から胸を張って歩くタイプじゃあないが、今日は余計にうつむき気味というか……顔を上げるのに少し勇気が要る。
誰も俺の事なんか見ちゃいないのはわかってる。
それでも今、この顔を、この瞳を……
カラーコンタクトをつけた自分が、誰かに見られるかもしれないというのは、ちょっとした度胸試しのように俺の鼓動のリズムを早めていた。
そんなことで、つまらない日常に変化が訪れるわけがないことぐらいわかってる。
わかってるけど……
「…………」
なんだよ。
本当に……
「いつもと変わらねえじゃん……」
まるで俺が見えていないかのように過ぎて行く人たち。
声を掛けられることもなく、掛ける相手もなく。
今日は時間が合わなかったのか、祐天寺が駆け寄って来るようなサプライズもない。
極めて標準的な俺の「無難な日常」の朝だ。
「アホらし……」
頭の片隅に、ボンヤリと例の言葉が浮かぶ。
「何が願望を叶える、だよ」
やっぱり、こんなことぐらいで俺は変わらない。
変われるはずがない。
つまらないことをしている。
その自覚を胸に抱えつつ、それでも俺はコンタクトを取り外すことが出来なかった。
まだ、どこかで変化を期待する気持ちがそれを許さないでいたのだろう。
しかし、期待というのは往々にして裏切られるもので。
結局、祐天寺と偶然鉢合わせるようなことも無く、学園のすぐ前まで辿り着いてしまった。
まだ早い。
ガックリと肩を落とすには。
そう自分を鼓舞しなければやっていられない精神的な疲労を朝っぱらから覚えながら、俺は校門へと歩を進める。
と、そこで――――
「こらっ、そこの!」
「っ!?」
すっかり忘れていた。
朝、祐天寺と遭遇することが期待する変化に含まれる偶然なのに対し、校門に待ち構えるこいつとの接触は、必然であるということを。
幸い、今の声は俺に向けられたわけではなく、少々頭髪の赤さが目立つ別の学生に向けられたものだ。
まだ、俺がいつものように理不尽に怒られる距離まで近づいてはいないが、このまま歩けば秒単位の時間の問題である。
(そういや、今度校則違反な物を持って来たら、容赦なく没収とか言ってたっけ)
とっさに俺は園田から目を逸らし、不自然なまでに目を細めた。
いや、いっそ目を閉じてこの場を通り過ぎようとさえ思った。
逆に目立つことになるからやらないけど、かといって目を見開いたままというのも都合が悪い。
(マズイかな……これ)
それは見た目だけで言えばバリバリに校則違反一級扱いの、カラーコンタクトだ。
……見た目以外も含めると、もしかすると校則違反どころでは済まないのかもしれないが、今のところその様子は欠片も見えない。
そう、欠片も……
「……別にいいか、もう」
ガキみたいにワクワクしている自分に、早くも少し嫌気が差していたところだ。
いっそ園田に取り上げられて、いつもの日常を取り戻した方が精神衛生上良いかもしれない。
悲しいほど、堪え性の無い現代の若者だった。俺は。
開き直って目を開き、俺は園田が待ち構える校門に踏み出して行く。
「む…………」
「う」
出来るだけ視線を合わせず、出来るだけ園田の立ち位置から遠い場所を通り抜けようと歩き出した刹那、彼女と目が合った……ような気がした。
瞬間、反射的に目を逸らしたけど、これはもうダメだろう。
過去の経験からいって、完全にロックオンされている。
(やっぱりだ。やっぱりいつもと何も変わりゃしねえんだ)
カラコンをつけていようがいまいが、園田は俺に因縁をつけてくる。
これも変わらぬ日常の一風景――――
……のはずだったが。
「……ぉ、ん?」
「…………」
園田は今も視線をこちらに向けている。
向けてはいるのだが、微妙にその焦点が俺に合っていないような、もっと遠くを見つめているような……
そんな違和感を覚えた。
(確かに今、見られてたよな……俺?)
しかし、園田が俺を認識しているような様子は見受けられない。
視界には入っているはずなのに。
(まるで……これじゃあまるで……)
――――空気扱い。
自分がそう望んだポジションなのに、なぜか無性に胸を締め付けられる思いがした。
あの、理由が無くてもでっち上げて絡んでくるような園田ですら、俺を……
たまたまかもしれない。
いや、それ以上に理不尽な難癖をつけられないのだから、喜ぶべきことかもしれない。
けれど俺は、どこか釈然としない気持ちを抱えながら、校舎へと入った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる