学園は天国だっ!

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序章

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「はぁ……ダル……」


家に帰って自分の部屋に入るなり全身を襲う、疲労とは明らかに違う感覚。
胸の中がモヤモヤして、どこか焦らされているような、そんなイライラが募る。

理由は何となくわかっていた。


「……慣れてると思ったんだけどなぁ」


ずっと一人で……空気扱いで構わない。
目立つことなく、ただひたすら無難に日々を過ごせればいいと……そう思っていたのに。

そんな信念が単なる諦めであったことに、最近、気付かされている。


「祐天寺 未来……」


彼女と相対し、接するたびに、俺はどこかで変化を望んでいた。
ありもしない可能性に、それでもどこかすがるような、焦りにも似た感情。

祐天寺だけじゃない。
何かと世話を焼いてくれる住吉先生にだって、俺は特別な感情を持ち始めている。


この人なら、この人たちなら俺を理解ってくれるんじゃないか? 理解りあえるんじゃないか?


という、淡い期待。


自分の意思とはいえ、誰からも注目されることの無いよう、常に日陰で過ごしてきた俺に光を当ててくれる彼女らの存在が、日増しに俺の中で大きくなっていく。


俺を無視せずに見てくれている、という事実が、素直に嬉しかった。


(……そういう意味じゃ、園田も俺を見てることになっちまうが)


まあ、あれは例外だろう。


とにかく――――


俺がほんの少し勇気を持てば、もう一度光の差す場所に戻れるんじゃないかという思いと、このままでいいんだというジレンマが、このダルさの理由だった。


「けど、だからって俺に出来ることなんて無いしなぁ」


わかってる。
所詮、今がピークなんだ。


これ以上の関係なんて、俺が勇気を出して何か行動を起こしたところで望めるはずもない。

それがもどかしくてたまらなかった。


「…………ふぅ」


俺は短く一つ息を吐くと、パソコンの電源を入れる。
他にやることが無いとき、何も考えたくない時にはとても便利な代物だ。


とりあえずネット巡回でもしていれば時間は勝手に過ぎてくれるし、不意にムラムラ来ればズリネタには困らない。

というか、祐天寺や住吉先生のことを考えているうちに、頭の中が彼女らの身体や匂いのことで一杯になり、「そんな気分」になったから電源付けたんだけどな。


「エロ動画でも漁って、一発ヌけばスッキリすんだろ」



極めてやっつけな動機だったが、他に優先してやるべき事も無い。


それでいいんだ。
そうやって無為に過ごして、何もかも諦められるぐらい時間が過ぎてしまえば……


「……うん?」


果てしない逃避の思考に陥っていた俺の目に、新着メールを知らせるポップアップが写る。


「なんだ? 通販の発送通知か?」


とも思ったが、ここ最近で届くような商品を買った覚えはない。

迷惑メールの類はしっかりブロックしてあるので、そうそう届くものでもないと思うが……

念のためメールボックスを開き、件名を確認する。



「『今の自分に満足していないアナタへ!』……」


アホらしい、と光の速さで舌打ちした。

こんなメールを無作為に送って読んでもらえると思っているクソ業者と、一々確認してしまった自分の馬鹿さ加減に、である。

だが、俺の後悔はそこで終わらなかった。


「ん? お、ちょ……っ、なんだこれ?」


メールを開いてから時間にして2秒と経っていないはずだが、ほとんど反射的にそれを削除しようとした瞬間――――


「あ、くそ。勝手に……!」


ポップアップウィンドウが開き、どこかのサイトに強制的に繋がれてしまった。

今時こういうタイプのウィルスもあるのかと、自分の軽率な行動に二度目の舌打ちをしながら、それでも無駄に慌てることはないと画面を見つめていると……


「……はぁ? なんだぁ、これ……?」



     『今、気になる女性はいますか?』



いやにポップで明るいデザインの壁紙を使ったサイトのトップには、ただ一言そう書いてあり、その下にはシンプルにイエスかノーかの確認ボタンがある。

もっと悪質な何かに繋がると思っていたが、つまらないにも程があるただのアンケートサイトだ。


「出会い系か……? にしても、まあ……」


芸のない件名のメールに小癪なウィルスの類を仕込んでまで見せたいものがコレか? と少し呆れた。

こんなくだらないページ、さっさと閉じてしまおう。

そう、頭では思っているのだが。


「気になる女性……か」


さっきの今だからか、その質問に対して容易に浮かぶ三人の女性の顔。


祐天寺 未来、住吉 ちづる。
そして不本意ながら園田 麻純。


なんとなく思い浮かんだ『気になっている女性』に対し、このアンケートが何を回答してくるのかということに、少しだけ興味が沸いてしまった。


「まあ……大丈夫だろ」


ページのウィルスチェックをしようかとも思ったけど、なぜかそれが危険なページであるという感覚が薄れ、引き込まれるように画面を見つめてしまう。


……ただのアンケートだ。
と、そう……考え始めていた。


「……イエス、と」


気になっている女性……というのを、明確に例の三人と想定しながら、俺はアンケートのボタンを押した。



    『では、その女性を自分の恋人にしたいですか?』


……イエス。
ん? まぁ……イエス、でいいか。


    『恋人になった彼女と色々なことがしたいですか?』


イエス。


    『それは今のあなたでもできることですか?』


…………ノー。


    『色々なことをする為にあなたは努力していますか?』


……ノー。


    『力があれば色々なことをしてみたいですか?』


……イエス……イエス、イエス。


そんな、まるで俺の顔色を伺い対面しながらの一問一答のようなアンケートが、何十問も続いた。

静かな部屋の中にマウスのクリック音だけが響き、次々と浮かぶ質問に俺は、ボーっとしながらも回答を送る。

どれくらいの時間、パソコンの画面を見つめ、作業のようにボタンをクリックしたのだろう。

そんな曖昧な時間感覚に疑問を持ち始めた頃、画面にはアンケートの終了を告げる最後の文字が浮かび上がった。


    『ご協力、感謝いたします。
     それではこれより……』


    『アナタの願望を叶えます』



「…………え、は?」

不意打ちのように現われたその言葉に、俺は強い衝撃を受けると同時に、混沌としていた意識の線がぷつりと切れる感覚を覚えた。


「何、を……叶える……? 俺の……願望?」


その記憶を最後に、俺の意識は黒い闇に飲み込まれていった。


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