学園は天国だっ!

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序章

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放課後――――


良いこと悪いこと含めて、多少イレギュラーで周辺が賑やかになった時間もあったが、今日も概ね目立つ事なく、無難に一日が過ぎた。


あとはこれで真っ直ぐ家に帰ることができれば、何も言うことは無いのだが。


「はぁ……返してもらわないとなぁ」


園田に取り上げられた携帯音楽プレーヤーの事を思い返して、石でも乗せられたように肩がズシリと重くなる。


どこまでが本気で、どこからが冗談かわからないが、誓約書や反省文抜きにしても、頭痛を催すイベントが待ち構えているのは想像に難くない。


(いっそ諦めるか?)


などとボンヤリ考え始めていた時だった。


「佐伯君発見、佐伯君発見。これより捕獲作業に入ります」


「…………」


「がしっ。捕獲完了であります」


「何やってんすか、先生」


片手に持ったエアー無線機で、どこか違う世界との通信をしながら、住吉先生は俺の制服の袖口を掴んでいる。

「いやぁ、いつもは君さっさと帰っちゃうから。
今日は捕まえられて良かったな、って」


「答えになってないですよ。ていうか、何ですか。
捕まえるって」


「うん、単刀直入に言うとね。
部活やろうよ、佐伯君っ」


「結構です」


「早いなぁ……」


先生みたいな人に早いとか言われると、少し胸がチクリとする……


「なんでー? 若いんだからやろうよ、部活。
きっと楽しいよー?」


「そういうの向いてないんですよ、俺。
だから別にいいんです、気を遣ってくれなくても」


大方、周囲に馴染めない俺のために、協調性を育ませようとかいう理念で部活をやらせようとしているんだろうが。
その心遣いは教育者として立派だが、余計なお世話としか言いようが無い。

「んー……勿体無いなぁ。運動が嫌なら文科系だってあるよ?
 佐伯君みたいなおとなしい子がいる所だって……」


「興味ないです、申し訳ないですけど」


悪いとは思うが、先生の気持ちに応える気は無い。
俺は学園生活を可もなく不可もない状態で過ごせれば、それでいいんだ。

「そっか。残念だなぁ」


本当に親身になって生徒のことを考えているのだろう。
心底残念そうな顔に、偽りの色は見えない。


「ところで佐伯君、ヒマ?」


「あ、うぇ? ぁ、はい」


少し気の毒に思って先生の顔を見つめていたところに、不意の質問が飛んできたので、思わず嘘もつかずに素直に答えてしまった。


「ふふん、ヒマなんだ。じゃあ行こうか」


「ど、どこへですか」


「部活見学♪ きっと興味を持てる部があるよ、君にも」


……さすが、教育熱心で通ってる人だ。
少々捻くれた発言の一つや二つじゃ、自分の信念はブレないらしい。


「い、いや、すいませんっ。ちょっと……
用事思い出しましたっ!」


「往生際が悪いなぁ~、ヒマならいいじゃない。
ちょっと見学に付き合うぐらい」


「いや、マジで。マジで用事あるんですってば!」


先ほどから袖口を掴みっぱなしの先生の手に力が篭る。


中々どうして女だてらに力強く、女性への無意識の遠慮が働いているとしても、容易には振り切れない。


いや……正直なところを言うなら、こうして女の人に……
まして先生のような美女に絡まれて、身体に触れられているというご褒美から逃れ難いだけなのだけど。


「もぉー、行こーよ、佐伯君っ。佐伯君ってば!」


「いいっ、です! いいですっ……てば!」


「……何をしているのかしら。廊下のど真ん中で」



「げっ……」

その声は……


「何よ、その失礼極まりないリアクションは」


どうも今日は空気扱いが許されない日らしい。


望んでもいないのに絡んできて、俺の何事もない平穏な日常を脅かす存在の二大巨頭が、まさか同時に襲ってくるとは……

でもまあ、自ら出向く手間は減ったか。


「いや、別に。それより俺のプレーヤー返せよ」


「ぷれーやー?」


「佐伯って頭の中の記憶容量少ないの?
それとも壊れてるの?
私は取りに来いって言ったでしょ」


「行こうと思ったけど、ほら……先生が」


「なになに? 先生お邪魔だった?」


「邪魔では……ないですけど」

なんだ?
園田にしちゃ珍しく歯切れが悪いというか。

さすが傍若無人の風紀委員長でも、先生には礼を尽くすってことなのだろうか。

……まあ、ここで邪魔ですなんて言えば、よからぬ誤解を受けそうだから、園田の反応で正解だとは思うけど。


「プレーヤーをね、音楽聞くやつ。
園田に取り上げられたんで、返してもらおうと思ってたんですよ」


「それが用事?」


俺はコクリと頷いた。


「学業に必要の無い物は、没収の対象ですから」

毅然と言い放ち、自らの正当性を誇示する園田。


「そーねえ。確かに授業中とかに使われたりしたら問題なのだけれど、佐伯君そんなおイタしてたかしら?」


「してませんよ。元々、登下校の時にしか聴いてませんし」


授業中に音楽なんか聴いてたら、「さあ、俺を注意してください」って言ってる様なもんだからな。

誰がそんな目立つ行為をするかってんだ。


「じゃあ、いつ取り上げられたの?」


「朝ですよ、朝。登校時。
しかもその時は聴いてなかったのに、無理矢理カバンの中を探られて……」


「ふぅ~ん……」


「な、なんですか?」

どうやら風向きが変わってきたことに、園田自身も気付いたらしい。

「学園の法と秩序を日夜守ってくれる風紀委員のお勤めには感謝してるけど、ちょっと越権行為かもよ?
園田さん♪」


「む……むぅ」

よーし、いいぞ先生。もっとやれ。


「それとも、これを口実に佐伯君とお近づきになりたかった……とか?」


「あり得ません。出来れば顔も見たくないぐらいです」


「奇遇だな。俺もだよ。
園田さえ絡んでこなければ、それは十分に叶えられる範疇の願いだと思うけどな」


「だったらもう少し……ちゃんとしなさい」


「お?」

唇を噛みながら、ポケットから俺のプレーヤーを取り出して、こちらに突き出す園田。


「ほら、返すわよ」


「お、おぅ。ありがと……?」


って、理不尽に取り上げられたんだから、お礼を言う必要なんかどこにも無いんだが。


「ただし、今度また違反物持って来たら、その時は容赦なく没収だからね」


「まるで今回容赦があったみたいに言うなよ」


「そ……っ。ん……んんっ」

俺の皮肉に何か言い返そうとして、園田は口篭った。
まるで、その姿を見せたくないという風に。


「それじゃ私、忙しいんで失礼します」


そして強引に会話を打ち切るための言葉を吐いて、あからさまな不機嫌さを顔満面に滲ませながら、園田は肩を怒らせて今来た廊下を反対に歩いていった。


「……誓約書と反省文じゃなかったのかよ」


忙しいなら、わざわざそんな事言わなきゃいいのに。


「ふ~ん。クラスが違うから、あんまりあの子とはお話したことが無かったけれど……」

「……なんですか?」

先生が横目で俺を見つめながら言う。

「ううん。若いっていいことね」


「そんなセリフ言うほどの年じゃないでしょ、先生」


「佐伯君? 女の人にはね、聞いてはいけない三つの数字があるのよ? 一つは年齢。 もう一つは体重」


「……三つ目は何です?」


個人的には、そのはちきれんばかりに育った胸のサイズが知りたいところではあるが。

「三つ目はね……?」

「…………なんだっけ?」


「知りませんよ」

普段、人の言動にリアクションなんか取らない俺が、思わず吉本新喜劇ばりのコケをやりそうになる。
わざとか天然かわからないけど、こうやって生徒の気を抜かせるのは上手いんだよな、この人。


「とにかく、ガンバレ。少年っ」


「何をですか。ワケわかんないですよ」


「そうだね、青春だね。ところで部活のことなんだけど」


「今日はもう帰りますんで」


「ああん、もう! 若くないなぁ、そういうの」


「よくわからん都合で俺を若者にしたり年寄りにしたりしないで下さい」

目的のブツは取り返した。
もうここに長居する理由はない。


俺は、いかがわしい宗教の勧誘並にしつこい住吉先生の手を払って、騒がしい学園から逃げ出した。
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