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2巻

2-3

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 母さんはとっのことに反応出来なかったようで、私が言い切ってしばらくしても、なにも言わない。なんでそんなにぽかんとしているんだろう。

「母さん?」


 呼んで返事をうながしたら、母さんは驚いたような顔のまま、レオナール様とジルをまじまじと見つめて口を開く。

「あ、ええと……あるじと娘だっけ?」
「うん。それがどうかした?」

 いや、だから、どうしてそこで口ごもるのよ母さん。

「あんたに似てない娘ねぇ」
「まあ、血はつながっていないからね。ジルが美人さんなのは、神様に感謝するよ」

 きっと、とりあえず文句を言おうとしたものの、言うことが見つからなかったんだな、これは。いいんだけどさ、ジルが平凡な私に似ていない美人さんなのは事実だし。

「可愛いでしょう? ジル、ごあいさつは?」
「あ、えと、ジルです。よろしくおねがいします」

 ああ、言い終わるなりレオナール様の陰に隠れちゃった。でも、ちらちらと顔を覗かせているのが、おかしいやら可愛らしいやら。

「はじめまして、リリーの母君。レオナール・マリエルと申します」
「あ、あら、ご丁寧に……」

 母さん、レオナール様にちょっとドギマギしてる。いつも泰然としている印象が強かったから、結構意外。レオナール様がかっこよすぎるからかな?
 少し緊張していた様子の母さんだったけど、なにかに気付いたのか首をかしげた。

「ん? レオナール・マリエル? 若き隠者と同じ名前?」

 あ、聞き覚えがあったみたい。レオナール様、有名人だもんなあ。レオナール様の代わりに、私がうなずいて答える。

「うん、そういう名で呼ばれることもあるね」
「ということは、今度のあるじは魔法使いなわけ? 魔力ゼロ体質のリリーがそばにいて、大丈夫なの?」
「その辺はちゃんと対策してもらってるよ」

 この世界の人々は、多かれ少なかれ必ず魔力を持っている。ただ、その中でも本当にかすかな魔力しか持たない人たちがいて、そういう人たちは魔力ゼロ体質と呼ばれているんだよね。私も、魔力ゼロ体質。
 魔力ゼロ体質のなにが厄介やっかいかっていうと、あまりにも強い魔力の近くにいすぎると、時に魔力当たりを起こすこと。吐き気と頭痛で倒れて、三日間はうなされる羽目になるから、しゃにならない。
 だから、私はレオナール様の屋敷に住み込みをするに当たって、魔法具の腕輪を作ってもらっている。この腕輪の守護魔法のひとつに、魔力当たりを防ぐ効果が入ってるんだって。
 私の説明に、母さんは深々と息を吐きながらレオナール様の方を見た。

「はあ……リリーがねぇ。世の中予測出来ないことばかりだ。リリーはちゃんとお役に立てているんですか?」
「彼女がいなければ、こうしてジルが笑顔でいることも、私が笑えるようになることもありませんでした。なくてはならない存在です」
「そうですか。親としては、さっさと結婚して幸せになってほしいんですけどねぇ。どうしてもリリーじゃなくちゃ駄目なんですか?」
「はい、リリーでなければ駄目です」

 意地悪な聞き方をする母さんに、レオナール様はにっこり笑った。

「リリー以外の女性は怖いんです。抱きついてきたりキスしてきたり、ベッドに潜り込んできたり裸で迫ってきたりしますから。でも、リリーは絶対にそんなことをしない」
「レオナール様、後半ふたつは初耳です。というか、主に迫ったり困らせたりしないなんて、メイドとして当たり前じゃないですか。私はレオナール様を困らせる真似はしたくありません」

 私の言葉に、レオナール様は満足そうに頷き、笑みを深める。

「こういう女性だから、リリーだけは大丈夫なんです。リリーでなければ、駄目なんです」

 あれ、なんでレオナール様、なんだか嬉しそう。

「……あんたも、苦労したんだねぇ」

 母さんまで、どうしてほろりって泣いてるの?

「リリー、あんた、なんで結婚したくないんだい?」
「母さん?」
「今まで、一度もその理由を聞いたことがない。だから結婚しろって言い続けてきた。なんか理由があるなら、今ここで言ってみな」

 結婚したくない理由。本当のことを――前世について話すことは出来ない。ええと、嘘じゃないけど本当でもない、納得させられるような話は……

「私、男の人が苦手なの」

 私が理由をしぼり出すと、母さんが意外そうに目を丸くした。

「は?」
「どうしても、昔ここで男の人たちにもみくちゃにされた記憶が消えなくて。また体を触られるのが、耐えられない。でも、結婚したらどうしたって逃げられないでしょう」

 あ、母さんの顔に理解の色が浮かんだ。口実にしてはいるけど、これは本当の話。といっても、そんなに深刻な話じゃない。
 それは、私が十歳くらいの頃、まだお嬢様に出会う前の出来事。
 小さな料理屋をいとなむ我が家は、暗くなると酒場も兼ねる。
 その日、たまたま母さんに頼まれて空いた席のお皿を片付けていた私に、まだ若い、騎士らしき四人組の酔っ払いがからんできたんだよね。本人たちは単にからかうつもり、もしくは構いたかっただけだったんだろうけど、もみくちゃにされた。わいなことは一切なかったのよ。ただ、大人の男四人がかりででられたり頬をつつかれたり、腕を引っ張られたり抱き締められたりされたら、軽いトラウマにもなるでしょう。
 幸い、その時はお兄ちゃんが助けてくれた。だけど、それから男性が苦手になったんだよね……一時的に。今はもう、なんの問題もないです。
 母さんには悪いけど、これを言い訳に使わせてもらおう。

「あんた、まだあのことを」
「どうしても、ね」
「言ってくれれば、母さんも父さんも考えたよ?」
「うん、その考えっていうのが、私の大丈夫な男性を探すってことっぽいから嫌だったの」

 だって、それで大丈夫かどうか試すのは私じゃん。やだよそんなの。
 私は冗談めかしつつ、言葉を重ねる。

「恋をする時は嫌でもするものだって言うじゃない? 一人で生きていくのには充分なくらい稼いでいるから、将来について心配はないし、あせって結婚する必要はないもの。それに、今はレオナール様がジルと巡りわせてくれて、母親もやれている……私は幸せなんだよ、母さん」
「……もう、なにを言っても聞きそうにないわね」
「昔っからでしょう?」

 仕方がないと苦笑した母さん。前世の記憶の中の母は、優しくてはかない人だった。でも、この世界の母さんは強くたくましくて、とても頼りになる。だからこそ、こうして反発も出来るんだけどね。
 母さんは苦笑のまま、軽く首を横に振って口を開く。

「そういうところ、本当に私とそっくりね」
「だって親子だもの」

 今の私は確かに母さんの子なんだなって、こういう時に思う。いつか、その背中を越えていきたい。人としても、料理の腕前でも……あ、それで思い出した。

「そうだ、母さん。教えてもらいたいことがあるんだけど」
「なに、改まって」
「ハーブソルトのレシピ。そろそろたくわえが尽きるの。で、今度は自分で作ってみようかと」
「あら、いいじゃない」
「母さんの味がいいのよ。だから教えて」
「自分の舌で盗みなさい」

 言われると思った。昔から、料理なんて舌で覚えて再現するのが普通だって言ってたもんねぇ。でも、あのハーブソルトは私にとって母の味だから、母さんのレシピを聞きたいんだ。

「ひとつくらい、母さんの味を教えてくれたっていいじゃない」
「だってあれ、この店の売りでもあるのよ? 商売道具をおいそれと渡せないわよねぇ」

 まあね。その返事も予想していたし、対策は考えてきましたとも。
 出かける前にミリスにお願いして、ほどよく冷え冷えになる魔法をかけてもらっていたカバンから、瓶をふたつ取り出す。

「なにそれ」
「私が作った調味料。母さんが気に入ったら、これのレシピとハーブソルトのレシピを交換でどう?」

 はい、マヨネーズとケチャップです。どちらもこの世界にはないから、自分でたくさん作って保管していたんだ。さて、母さんに気に入ってもらえるかな?

「ふうん、この白いのは?」

 瓶のふたを開けて味見を始めた母さんに、胸を張って説明する。

「油と卵黄と、を混ぜたの」
「目新しくて味もいいわね。そっちの赤いのは?」
「ケチャップ。たっぷりのトマトを湯むきして、調味料を入れて煮詰めたの」
「うん、これはいいわ、使い勝手がよさそう」

 ケチャップも味見した母さんが、感心したみたいな声を上げた。どうやら、ケチャップも認められたっぽい。嬉しいなぁ。
 さっそく、母さんにハーブソルトのレシピを書いてもらって、マヨネーズとケチャップのレシピと交換することに。その時、ちょっと呆れた顔で言われた。

「あんた、よくここまでコストがかかりそうなものを作れたわね」
「そう? トマトは全部レオナール様のところで作ったものだし、ハーブもそうだよ。材料費はそこまでかかってない。それに時間もあったから、手間がかかっても問題なかったの」
「だからって、まあ。あるじがよく許したもんだわ。こんな調味料、ここじゃ作れないよ」

 だってねえ、ジルとミリス、アムドさんにも手伝ってもらったから早く終わったし、一年分は余裕なほど作った。確かに一度の労力はすさまじいけど、一年分と思えばたいしたことはないよね。

「ねえ、主さん。この子、本当に無駄金使ってない?」
「リリーはやりくり上手です。渡した生活費をほぼ使わないでジルの服なども揃えていますし、料理もしい」

 母さんが私についてここまで言うのには理由がある。父さんが猫可愛がりした分、母さんは私に少し厳しい目を向けることにしているらしい。とはいえ、それが母さんの愛情だってわかっているから、気にしない。甘やかされてばっかりじゃ、ただのワガママ娘になっただろうしね。
 それでも、レオナール様がはっきり私をようしてくれたのは純粋に嬉しい。多分、母さんもそう思っているんだろう。

「本当に?」

 ろんげな目を向けつつも、それだけしか口にしない母さんに苦笑する。本当、優しさがわかりにくい人だなぁ。美人だから下手にあいがいいと勘違いされて危ないし、私は慣れているからいいものの。

「本当にそんな無駄金は使ってないよ。……レオナール様の金銭感覚は、私たちとだいぶ違うけど」

 レオナール様から最初に生活費を渡された日のことを思い出す。うん、やっぱり一月ひとつきで金貨二十枚以上はおかしい。ゆうに一般家庭の数ヶ月分の生活費になる金額だもの。

「ま、生活費くらい、これを売れば簡単に戻りそうだけどさ」

 母さんがケチャップの瓶を示しながら言うものだから、びっくりしてしまった。私にとっては身近だった調味料だし、そんなこと考えもしなかったよ。

「え、これ売れるの?」
垂涎すいぜんまとになるだろうね。今までにない風味だ、料理の幅も広がる。私だって欲しいよ」

 この母さんにそこまで言わしめるって、ケチャップって凄い。だって母さん、後宮の住み込みの料理人になってほしいって言われるほど料理上手なんだよ。
 ちなみに、その話は母さんが宮仕えになったら会えなくなるから嫌だって、父さんが主張したことにより、なくなりました。母さんからも断ったそうだしね。

「もうひとつの方も面白いけど。あれはどうやって使ってる?」

 マヨネーズの瓶を眺めながら母さんが首をかしげたので、説明をする。

「生クリームで伸ばしてドレッシングにしたり、サンドウィッチの味付けにしたりとか。けの漬物をきざんで混ぜたら、げ物に合うよ」

 いわゆるタルタルソースだ。そもそも、この世界にはあんまり酢漬けのものがないけどさ。というか、魔法が発達しているおかげで、保存食って概念があんまりない。魔法で凍らせて持ち運ぶのが簡単だから、わざわざ手間がかかる方法を取らないんだよね。

「どこで、そんな発想が浮かんだんだか」

 母さんが肩をすくめて言ったら、レオナール様が驚いた顔で母さんを見た。

「母君に教わっていたわけではないのですか?」
「ないねー。この子の考えや調理法は、私のセンスをはるかに超える。表に出してないだけで、世間に知られれば間違いなく城の料理人に呼ばれるだろうね」
「そうしたら全力で逃げる」

 嫌だもん、あんな人間関係がどろっどろした場所に居続けるの。給料は凄くいいらしいけど、お金なら一生分の生活費くらい貯まっているし。
 でも、もし今後、レオナール様のもとを離れることになったらどうしようかな。どこかの片田舎かたいなかで母さんみたいに小さい料理屋をいとなんで、細々と生きていくのもいいかもしれない。
 そんな想像をしていたところ、レオナール様が首を横に振った。

「大丈夫、リリーは僕が守るから」
「レオナール様……」
「リリーのご飯がなくなったら、きっと他の誰の料理を食べてもしくない」
「あら、母の料理は絶品ですよ?」

 母さんの料理と比べたら、私は本当にまだまだだよ。
 前世でも料理はしていた。だけど、コンロとかレンジがないこの世界の料理の基本や、道具の使い方を叩き込んでくれたのは母さんだ。だから今の私がある。

「言ってくれるねぇ、リリー」

 笑い声を上げた母さんに笑い返し、私は言葉を重ねる。

「私、母さんみたいな人になりたいの。仕事をてきぱきこなして、子供の世話も手抜きしない素敵な母親に」

 仕事が忙しかった母さんに構ってもらえなくて、さびしいと思ったことがないわけじゃない。
 でも、母さんはいつだって悪いことをしたら怒ってくれたし、いいことをしたらめてくれた。どんなに忙しくても、ちゃんと気にかけてくれていたのは、わかっている。
 それに、小さい頃はお兄ちゃんがそばにいた。さびしくないよ、一緒にいるよって言ってくれたんだよね。だから、心細いだけの毎日じゃなかった。
 私の仕事と母さんの仕事は違うけど、尊敬している事実には変わりない。私にとって自慢の母さんみたいになりたいと思うのは、自然なことじゃない?

「まだ母さんの腕前には及ばないけど、いつか超えて見せるわ」
「負けるつもりはないけど、頑張んなさいな」

 そう笑った母さんは、少し照れているようだった。


「おいしー!!」
「そうかい、そりゃあよかった」

 料理を咀嚼そしゃくしたジルが目をキラキラさせている。うん、本当に美味しい。
 母さんへの挑戦を宣言してから数十分後。私たちはお昼の開店前に、早めの昼食として母さんの作った料理を頂いていた。ちなみに父さんは仕事で夜まで帰ってこないらしい。
 昼のための仕込みはとっくに終わってると余裕たっぷりな母さんに、苦笑するしかない。母さんの手際のよさには脱帽する。
 そうやって胸を張るだけあって、母さんが作ってくれたご飯は、もう絶品。
 メニューは、キノコと生ハムのクリームソースパスタ。それぞれ食感の違う数種のキノコはどれもうまたっぷりだし、クリームソースはあっさりとしていながら濃厚で、生ハムの塩気と合わさると、表現が出来ないしさ。パスタはここで打っているつるつるしこしこの生パスタを使っている。
 さすがに、生パスタは作れないからなぁ、ここに来ないと食べられない味だよね。家で再現しても、絶対になんか物足りなくなりそう。母さんの料理には学ぶべきものが多いや。

「お母さん、おいしーね!」
「そうね、しいわね」

 クリームが跳ねてもいいように、私のハンカチを首元に巻いたジルがにこにこしている。ああ、またほっぺたにソースを飛ばしちゃった。もう、そんなにあせって食べたらのどに詰まっちゃう。お水もちゃんと飲まないとね?
 ジルの世話をしつつも一口ずつ味わいながら食べていたら、何故かレオナール様がき出した。

「レオナール様?」
「いや、リリーがあんまりにも幸せそうに食べてるから」

 そ、そんな顔してたかな……うん、確かに美味しいから、顔がほころんでいたかもしれない。
 とはいえ、改めて指摘されると恥ずかしいんですが!!

「ひ、久々の母の料理ですし、美味しいもので」
「そうだね、リリーの言うように美味しい」

 でも、とレオナール様は柔らかなほほみを浮かべて続ける。

「僕には、やっぱりリリーの作るご飯が一番美味しいよ」

 す、凄いかれている気分。思わずフォークを落っことしたけど、私は悪くないと思うんだ。

「あれ、リリーまた顔が真っ赤だよ?」
「あ、あ、あの、レオナール様のお言葉が嬉しくてですね、ちょっと照れてしまいました」
「そう? でも本当に、僕は一生リリーのご飯を食べていたいんだ」

 ……どうしよう。最近のレオナール様のたらしっぷりが、ひどい。
 そして、レオナール様にそんなつもりはないってわかっているのにドキドキする私も、だいぶおかしい。ううう、こんなに乙女なキャラじゃないのに!!
 私が動揺のあまり口をパクパクさせていると、一度厨房ちゅうぼうに入っていた母さんが、追加のメニューをテーブルに置きにきた。

「はい追加……って、リリー、なに真っ赤になって固まってるの」
「か、母さぁん」
「な、なによ、いい歳して娘も出来たのに、そんな子供みたいな声出して」

 母さんにぎょっとされたけど、無理。心臓がバクバクしすぎて、ちょっと耐えられない。
 こういう時どうすればいいのかわかんないよ、母さん助けてー!!

「……娘を借りてくわね?」

 私の顔色で察したのか、母さんが私の腕を引いた。そのまま、客席からは見えない場所へ移動。この恰好じゃあ、厨房には入れないです。

「で、どうしたの。あんたがそこまで動揺するなんて、珍しいわね」
「いや、もう、どうしたらいいのかわからなくて」

 って、考えてみたら、母さんにこれを相談したらアウトな気がしてきた。また結婚しないのかって聞かれちゃうよ。今更だけど。
 でも、きっと一人じゃ耐えきれないだろうし、言ってしまおう。

「レオナール様が、女性をかんらくさせるような甘いセリフを、無自覚に言ってくるの」
「……無自覚ってことはわかってるのに、動揺してるの?」
「最近ひどくて!! そういうことを口にするから、女の人に誤解されて追いかけられるんだって注意してるんだけど、改善しないどころか悪化してるのおおお!!」
「わ、わかった、苦労してるのはわかったから」

 ひーんと泣いたら、頭をでられた。小さい頃みたいだなぁ、滅多になかったけど、私が泣くとこうして頭を撫でてくれたっけ。

「母さん、甘いセリフを聞き流すコツを教えて。よく父さんに言われてるよね?」
「あー、あれねー……うん。あんたにゃ無理でしょ」

 え、なんで? 母さんにベタれな父さんがしょっちゅう甘いセリフを言うのを、さらっと受け流していたから、コツを聞きたかったのに。

「どうして?」
「だって、その方法がね……私、父さんに逆襲するのよ」
「逆襲?」

 そう、と笑うお母様の目が怖いです。これが、城の料理人にと執着しゅうちゃくしていたっていう使者を、完全にあきらめさせたほほみですか。

「自分から抱き着いて、耳元で『私を好きなのはわかってるけど、続きはベッドで、ね?』って」
「ああうん、私には無理!!」

 間違いなく、私には無理です。ごめんなさい!!
 どうしよう、どうしよう。そんな言葉がずっと頭の中をぐるぐるしていて、その後しばらくは母さんとなにを話したのかはあんまり覚えていない。
 レオナール様とどんな顔をして話したらいいのか悩む私に、母さんが瓶を差し出した。

「ま、とりあえずこれを持っていきなさい」
「あ、ハーブソルト。いいの?」
「自分で作っても、比較対象がなきゃレシピ通りに出来たかわかんないでしょう。せっかくだしね」

 苦笑する母さんに胸がいっぱいになる。私が家を出てから、こうやってずっと気にかけてくれてたのかな、手紙もろくに出さない娘でごめんね。

「また来なさい。あるじは仕事があるし難しいだろうけど、孫を連れてさ」
「母さん、ジルのこと認めてくれるの?」
「ご飯食べてる時のあんた、ちゃんと母親だったし。心配はいらないみたいだからね」

 あー……そっか、見られてたんだ。子育て経験がないから心配されてたのね、そっかそっか……

「でも母さん、お嬢様を育てたの、私なんだけど」
「そういやそうね。大丈夫だったか」

 ワガママ放題だったお嬢様をしかりつけて、マナーとかを覚えさせたのは私なんだよね。他の使用人はあるじを叱れないタイプばっかりだった上に、さんは早々に亡くなっていたもの。貴族の親って、基本的に子育てをしないし、旦那様がお忙しかったから、私がやるしかなかった。私とお嬢様はそんなに歳は変わらなかったけど、遠慮せずにやらせてもらったっけ。
 ……あ、なんか肩の力が抜けた。話しているだけで落ち着けるって、母親は偉大だな。
 私が冷静になったのを感じ取ったのか、母さんが口を開いた。

「ん、もう戻っても大丈夫そうね」
「うん……母さん、ありがとう」

 くしゃっと頭をでられながらお礼を言う。すると母さんはにっこりと安心させるように笑った。
 うん、母さんのところに生まれて、本当によかった。


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