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2巻

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   一 里帰りとうちのご飯


『――ごめんね』

 少し高い子供の声が聞こえた。

『ごめんね、ボクに力がなくて』

 あざやかな金の髪を持つ少年が手を伸ばす。その手の先にいるのは、高校の制服をまとった黒髪の少女。顔をおおって泣く彼女の頭を、少年は悲しそうな顔をしながら何度もでていた。
 この光景を、私は知っている。これは前世の『私』が、死んだ直後の記憶だ。
 そもそも『私』が死んだ原因は、神様たちのけんだったらしい。詳しくは教えてもらえなかったけれど、まさかその喧嘩の余波が別の世界に影響を与えて、人の命をうばうことになるとは思わなかったと『私』の頭を撫でる少年――神様に言われた。だから神様は、『私』を生き返らせるために、精一杯力を尽くしてくれた。でも、前世の『私』を無傷で生き返らせることは出来なかったそうだ。
 いくら神様でも、時の流れには逆らえない。止まった命を再び動かすことは、自然のせつに反する。無理矢理生き返らせた場合、限りなく死に近い状態での生還になり、一生植物状態のままかもしれないと宣告されてしまったのだ。
 前世の『私』の家は貧乏だった。その上、まだ小さな弟と妹がいて、とてもじゃないがそんな状況の『私』を生かすためのお金なんかない。当時付き合っていたあの人なら、俺がなんとかするって言いそうだったけど、その人もまだ社会人になりたてだったし、頼ることは出来なかったんだ。
 大好きなみんなが聞けば、きっと生きろって言って怒っただろう。でも、迷惑をかけてまで生きようとは思えなかった。
 だから、あの時の選択――一度死んで生まれ変わる道を選んだことを、後悔はしていない。だけど、あのまま生きていたかった気持ちも、確かにあった。あの人と幸せになる約束を果たせなかったことが、今も深く心の傷となって残っている。
 私が前世の記憶を残して苦しむ代わりに、神様は大切なみんなの幸せを約束してくれた。それだけが私の救い。
 それでも、今は。
 ――リリー。

「レオナール様」

 今の私の、大事な人の声が聞こえる。私を呼ぶ声は、とても優しい。かすんでいく光景に、そっと目を閉じる。

『――幸せになってね』

 遠のく意識の片隅で、あの時、神様が最期にくれたことぎが聞こえた。


 目を開くと、すっかり見慣れた天井が見える。夢のごりの、優しくて切ない気持ちでぼんやりと宙を眺めてから、私はゆっくりと体を起こす。
 そして、隣ですやすやと眠る愛娘まなむすめ、ジルの顔を薄明りの中で見つめてそっとほほみを浮かべた。
 天使みたいにあどけない整った顔立ちに、ふわふわしたストロベリーブロンド。閉ざされたまぶたの下には、晴れ渡る空の青色を溶かしたような大きな瞳が隠れている。ジルは楽しい夢でも見ているのか、幸せそうに顔をほころばせていた。
 転生という選択肢を受け入れ、リリー・ルージャとして、この魔法が存在する世界に生まれて十八年。
 私は現在、多くのふたつ名を持つ優秀な王宮魔法使い――レオナール・マリエル様のもとでメイドとして働いている。
 何故なら、レオナール様がジルを養女として引き取るにあたり、母親を必要としたから。
 ジルの本名は、ジゼル・クロッズ。元々は子爵家の娘だったジルは、強すぎる魔力を暴走させつつ、三歳の頃から三年間、実家でゆうへいのような生活を送っていた。
 そんなジルが王宮魔法使いたちに保護されたのは、約一ヶ月前のこと。ジルの魔力があまりに強大だったので、その制御が出来る、強い魔力を持つ魔法使いが保護者となるしかなかったそうだ。そこで選ばれたのがレオナール様なのだけれど、レオナール様には奥様も恋人もいない。それで、誰か母親役をする女性が必要だった。
 女性が苦手なレオナール様が、ジルの母親役を依頼したのが私だった。私がレオナール様に恋愛感情を持たないからという理由で。
 つまり、私がジルの母親役を始めたきっかけはお仕事。でも、今はそれだけじゃない。感情を表すのは苦手だけど、とても優しいレオナール様と、可愛くてけななジルとは、仕事なんて関係なく一緒にいたいと思っている。レオナール様は私を使用人じゃなく家族として扱ってくれるし、ジルもお母さんって呼んでしたってくれるんだもの。いとしいと思うじゃない?
 それに、レオナール様が契約する精霊さんたち――闇のシドさん、風のアムドさん、水のミリスの三人とも仲良くなれた。
 レオナール様の友人で同僚の、ウィレムさんやセドリック君にも認めてもらえている。
 長年えんになっていたお兄ちゃんとも、レオナール様のおかげで仲直り出来たし、私はとても幸せな毎日を過ごしているのだ。
 ――今朝みたいに、前世を思い出して切なくなる時以外はね。

「それにしても、起きるの遅かったかな」

 窓の外がいつもより明るいことを確認して、少しだけ落ち込む。いや、寝坊したからじゃない。今日から数日はレオナール様がお休みだから、朝はゆっくりでいいと言われてる。けど、習慣は崩したくないんだよね。
 ジルを起こさないよう静かにたくを整える。部屋に置かれた小さな鏡に映るのは、黒髪黒目だった前世とは違って、茶色の髪と目をした自分の姿。前世の記憶を持っていても、今の私はリリー・ルージャとして生きている。そんな当たり前のことを再確認してしまうのは、きっと夢のせいなんだろうな。
 物悲しい気持ちを自嘲じちょうするみたいに笑って、一度目を閉じる。感傷にひたるのはここまでにして、朝ご飯を作らなくちゃ。
 頭を振って気持ちを切り替えてから、キッチンに向かう。今日はレオナール様がお休みで、朝食の支度に時間がかけられるし、パンケーキにしよう。
 私が転生したこの世界は、魔法があったり、移動手段が馬車だったりと、前世と違って思いっ切りファンタジーな世界。だけど、前世と似ている部分もたくさんある。そのひとつが食材。ほぼ同じものが流通しているし、野菜とかの名前は一緒だから楽なんだよね。パンケーキに使うベーキングパウダーも、ちゃんと食料品店に売っている。さすがに初めて見た時にはびっくりした。まぁ、あるならありがたいってことで、使ってます。
 ちなみにパンケーキの材料は、卵とはくりきと牛乳と砂糖です。あとベーキングパウダーね。
 かなりシンプルだけど、ソーセージやベーコン、ジャムとかと一緒に食べるから、ふわっふわのスフレみたいなやつじゃなくていい。……そういうものも、レシピは知っているし、作ったことはあるんだよ? 別に、作れないってわけじゃないんだからね。
 そうして私が朝食作りをしていると、ふいにレオナール様から声をかけられる。

「おはよう、リリー」
「おはようございます、レオナール、様?」

 振り返ってあいさつを返したとたん、驚いて口ごもっちゃった。
 思わずれるはくせきぼうと、腰までの長さがある黒髪はいつも通り。ただ、着ている服がいつもと違っていた。今朝のレオナール様は普段の長いローブ姿ではなく、シンプルなシャツとズボンという、魔法使いっぽくない恰好をしている。
 だから、珍しくてまじまじと見つめてしまう。

「なに?」
「その姿、初めて見るなと思いまして」
「ああ……たまにはこういう恰好もしておかないと、着方を忘れる」
「普通、忘れないと思うんですが」

 普段、ローブの下になにを着ているんですか? 素肌の上にじかなの? ……いや、レオナール様の洗濯物を見る限り、そんなことはないはず。
 私が悩んでいたら、レオナール様は首をかしげた。

「変?」
「いえ、変ではありません。かっこいいです。そうしていると、魔法使いじゃないように見えるので新鮮ですね」

 うん、本当にかっこいい。ズボンもシャツも体の線に沿う造りなのでわかるんだけど、レオナール様、腰細い!! でも、細いなりに全身にしっかり筋肉がついてるんだよね。無駄のない筋肉っていうのかな。
 でも、惜しむらくは髪形が合っていないことかも。いつものローブなら下ろしっぱなしで問題なかったけど、今日の恰好だと、重たい印象になってしまっている。

「レオナール様、髪を結んでもよろしいですか?」
「髪?」
「ええ、その方がいいと思います」
「……リリーが言うなら」

 じゃ、失礼して。レオナール様は背が高いので背伸びをしつつ、持っていたリボンで軽くひとつに結んでみた。風の強い日にリボンを飛ばされたことがあって、それから必ず予備を持ち歩いている。
 レオナール様の黒髪は、しなやかでサラサラしていて、触り心地がいい。
 この世界において、黒髪は強大な魔力を持つあかしとしてされている。特に黒髪の子供は、魔力を暴走させるかもしれないからうとまれたり恐れられたりすることが多い。けれど、私は懐かしくてとても綺麗だなとしか思わなかった。前世では、私も同じ色の髪だったもの。
 それにしても、こうして髪をいじらせてもらえるということは、レオナール様は私をそこそこ信用してくれているって思っていいのかな。髪に触られるのって、親しい相手じゃないと無理だもんね。

「はい、出来ましたよ」
「ん……動きやすいな」
「髪を結んでいますからね。体にまとわりつかない分、動きやすいんだと思います」
「なるほど……いいな、これ」

 今まで、髪を結んだことがなかったのかな? レオナール様は結構気に入ったみたいで、しばらく結った髪を弄っていた。しかし、ふいに私の方を向く。

「そういえば、リリーは違う髪形にしないの? いつも同じだよね」
「ああ、これが一番動きやすいですから。寝る時はほどいていますよ?」
「……見てみたいって言ったら、怒る?」
「怒りはしませんけど……見たいのは、ほどいた姿ですか? それとも、別の髪形ですか?」

 前者は出来ればお断りしたいところです。基本的に、髪の毛を下ろしている自分が好きじゃないんだよね。でも、ただ違う髪形が見たいっていうだけなら、それは別に問題ない。

「レオナール様がお望みなら、髪形を変えるのは構いません。元々は、メイドとして家事をするための髪形ですからね。こだわりとかないですよ」
「じゃあ、明日出かける時は、違う髪形にしてくれる?」
「何故そんなに見たいのかわかりませんが、はい。……明日?」

 急に言われて驚いちゃった。明日、出かける予定なんて入れてなかったよね? 私が目を丸くしていると、レオナール様があっさり言う。

「ん、明日ジルも連れて三人で行こうかと。リリーの実家」
「ああ、なるほど。わかりました」

 確かに先日、実家に行きたいからお休みをくださいってお話しした時、レオナール様もついて行きたいなんて言ってたっけ。それにしても明日か。どうやって実家に行くかとか、色々と予定を立てておかないとな。
 会話をしつつ手は動かしていたので、朝食の準備はほとんど出来ている。あとはパンケーキを焼くだけ。パンケーキにえる用のバターと、泡立てた生クリーム、ラズベリージャム、蜂蜜はちみつも別皿に用意した。ソーセージにベーコン、スクランブルエッグとサラダも作ってある。

「そろそろ朝食にしますか?」
「ん」

 たずねたらレオナール様がうなずいたので、私はみんなの分のパンケーキを焼き始めることにした。多分、焼いている間にジルと精霊の三人も起きてくるだろう。


 それから数十分後。
 ふかふかのパンケーキをたくさん焼いた私は、最後に焼いた自分の分を持ってリビングに向かった。そこでは、すでにレオナール様とジル、シドさん、アムドさん、ミリスの五人が食べ始めている。
 あ、レオナール様は食べ終わっちゃっているみたい。うーん、ちょっと残念かも、出来れば一緒に食べたかった。けど、せっかくなら焼き立てを召し上がってもらいたいし、こればっかりはなぁ。
 そんなことを思いながら席についた私に、水の精霊のミリスが水色の瞳を輝かせて話しかけてきた。

「リリー、これしいですわ!! なんのジャムですの?」
「それはラズベリーだよ。イチゴより酸味が強くて、私は好きなの」
「私も好きになりましたわ!!」

 にこにこと食べているミリスは、隣のジルと同じ幸せそうな顔をしている。こういう姿を見ると、精霊さんだって信じられないくらい人間っぽいって思っちゃう。凄く可愛い。

「俺も好きだ」

 そう言ったのは風の精霊であるアムドさん。口数はそれほど多くなくても、わずかに細められた緑のまなざしやほころんでいる唇から、本当にそう思っているのがよくわかる。結構がっしりした体格で小さく切ったパンケーキを食べている様子が、ちょっと可愛い。ミリスと並ぶと美男美女で眼福がんぷくだなぁ。お似合いだから、早くくっつけばいいのに。

「甘いのよりも酸味が強いのがいい」
「確かにいが、俺はちゃんとめしって感じの方がいいな」

 アムドさんのつぶやきに、自分の意見を言うシドさんは、ソーセージを巻いて食べていた。短い銀髪にレオナール様と同じ金の瞳という外見からは信じにくいけれど、シドさんは闇の精霊。

「ベーコンも合いそうだぜ?」
「確かにそうですね」

 一般的に男性は甘いのより、しょっぱい方が好きだもんね。でも、甘いのも美味しいって言ってくれたのは嬉しい。どちらも用意しておいてよかった。
 さて、私も一口……ん、しい。個人的には、バターと蜂蜜はちみつが好きかな。ラズベリーとホイップクリームも美味しいけど、やっぱりオーソドックスっていいよねぇ。
 半分くらい食べ進めたところで、先に食べ終わったミリスがお皿を片付けつつ話しかけてくる。

「そういえば、明日どこかに行くんですの?」
「うん、レオナール様とジルと、ちょっと実家に行くことになったの」
「そうですの。なら明日はなにを着ていきますの?」
「なにって……普通に今着ているみたいな、ブラウスとスカートだけど?」

 答えたとたん、ミリスはもの凄く渋い顔をした、え、駄目? 休みでも、いつもそんな恰好ばかりなんだけど。着回しがしやすい服が好きなんだよね。

「駄目ですわ! せっかくですもの、おしゃをしないと!!」
「いや、でも服を持ってないから」
「でしたら買いましょう!! マスター、それでいいですわよね?」

 ちょ、ええっ、レオナール様を巻き込んだよこの子。
 でも、そんな無駄金をレオナール様が使うはずない、よね?
 私が慌てて止めるよりも早く、ミリスはレオナール様を説得にかかる。

「外出用の服も買えないくらいのお給料だって、ご実家のご家族に思われてしまっては、マスターのめいになりますわよ」
「ん、そうだね」

 レオナール様、納得したー!? どうして言いくるめられちゃってるんですか……
 そもそも正式な契約が完了してないから、まだお給料は王家から支払われているんだけど。

「リリーがドレスを着るのを見たい。今日、一緒に買いに行こう」
「へ?」
「……駄目?」

 えー、なんで子犬みたいな目で見るの。う、うう、どうしよう、断ったら面倒なことになる予感が……仕方ない、今回はうなずいておくか。

「……わかりました」
「本当?」

 うわ、なにその笑顔。そんなに嬉しそうな顔しなくても……な、なんかこっちが恥ずかしくなってきちゃう。ああ、ミリスとシドさん、アムドさんの三人が、驚きのあまり持っていたものを落っことした。

「……明日、雨か?」
「雪かもしれないぞ」
「もうなにが降っても驚きませんわ」

 ちょ、精霊さんたち、そこで内緒話しないで。聞こえてる、聞こえてるから!!

「じゃあ、これからリリーの服を買いに行く」

 レオナール様が言い切ると、ミリスがキラキラした顔で挙手した。

「なら、私が護衛につきますわ」
「……案外、自分が服を見たいだけだったりしてな」
「ち、ち、違いますわ!! シドの意地悪!!」

 ああ、うん、見たいんだねミリス。でも、一人で服屋さんに入る勇気がないから、私をダシにしたいのね。

「お父さん、ジルは? おるすばん?」

 こてりと首をかしげたのはジル。今日は白地に水色の刺繍ししゅうほどこしたワンピースに、ピンクがかった金の髪をふわふわと自然になびかせている。まるで天使みたいに可愛い。
 レオナール様はジルの頭を優しくでて、顔を覗き込んだ。

「出来るか?」
「うん! シドさんもアムドさんもいるなら大丈夫!」

 それに、とジルは満面の笑みを浮かべる。

「でーとのじゃましちゃ、駄目なんだよ?」

 ……うん、待って。誰よ、そんな言葉をジルに教えたの。思わずき出しかけたじゃない。レオナール様がむせちゃってるじゃん!!

「ジ、ジル、デートだなんて、どこで聞いたの?」
「え? この前、まちにお買いものに行った時、シドさんにおねえさんが言ってたよ? 『こんどでーとしてくれるって言ってたのに』って。それで、でーとってなにってシドさんにきいたら、おとこのひととおんなのひとが二人きりで出かけることだって教えてくれたの」

 ジルの答えに、私とレオナール様は揃ってシドさんに冷たい目を向けた。

「シドさん……」
「シド、子供の前で教育に悪い」
「いや、デートの意味を教えるくらい、いいだろ!!」

 シドさんはオロオロしている。でも、気になるのは、今度デートするって約束の方だわ。
 確かにシドさんにはレオナール様とは系統が違う、男性っぽい魅力がある。短い銀の髪に金の瞳は目を引くし、少し着崩した服もよく似合っていて色気たっぷり。なのに、すっごく優しいので、頼れるお兄ちゃんみたいな感じもある。だから女の子にモテモテなのは、私も知ってるけど。

「シドさんってば、女の子に気を持たせておいて……」
「なんだよ、はっきり言えよ」
「じゃあ言います、最低」

 私の言葉にシドさんが思いっ切りへこんだけど、そこはスルーで。

「お父さん、お母さん、でーとたのしんでね」
「いや、デートじゃないのよ、ジル。それは違うの」
「二人でお出かけだよね?」
「ミリスも一緒だからね? 違うの、違うから」

 といっても、恋愛のを六歳の子供に説明して、理解出来るはずもない。ああもう、本当にシドさんってば余計なことを!!


 ジルの誤解をとけないまま朝食を終えたあと、私はレオナール様とミリスに引きずられるようにして街に出た。やって来た先は、女性向けの既製服を売っているお店。いくつかのドレスを見比べつつ、小さく息を吐き出す。

「うーん……」

 入店してからずっと、私はミリスの着せ替え人形にされていた。まあそれはいいんだけど、ミリスがすすめてくれる服は、ちょっと私のイメージとは違う気がする。

「リリー、可愛いですわ!」

 目をキラキラさせつつ私に服を当てているミリス。その手には、あざやかなオレンジと黄色の服が握られている。

「そうかなぁ、もう少し大人しい色の方が――」
「まあ、そんなの駄目ですわ! せっかく女の子に生まれたんですもの、もっと明るい色で華やいだ服を着た方がいいはずです」

 いや、それとこれは別問題だと思う。そもそも私みたいな平凡な顔には、こんな服は痛いって。

「マスター、可愛いと思いませんか?」
「んー……」

 ほら、レオナール様も首かしげちゃってるじゃん。これは失敗だって。
 反応がいまいちなレオナール様に、ミリスはちょっと唇をとがらせている。

「では、マスターならどんな服を選びますの?」
「僕なら、それ」

 レオナール様が示したのは、壁にディスプレイされていた青いドレス。
 色は綺麗だけど控えめだし、デザインもシンプルで着やすそう。少し広めのえりぐりには、りのせんさいなレースがついている。正直言って、凄く好み。というか、レオナール様って本当にセンスいいよね。

「綺麗な青ですわね。晴れた南の海はこういう色ですわ」
「それから、あれとこれと、それ」

 ミリスがはずんだ声で言うと、レオナール様は立て続けに三着のドレスを指差した。
 ひとつ目は淡いレモンイエローの、女性らしい柔らかなシルエットのドレス。かすかにふくらんだ肩以外に目立つ特徴はないけれど、その分、小物を着けることで印象を何通りにも変えられそう。
 ふたつ目は、暗い緑色のシックなドレス。胸の上から肩までが、細かいレース地で出来ていて透けているデザイン。スカートにも同じレースが飾られていて、ちょっと着るのに勇気が必要な感じ。綺麗だけどね、これを着こなせるほど胸がないです。
 最後はピンクベージュと、つややかな深い茶色のドレス。これ好きだな、大人っぽくて落ち着いているけど、可愛さもある。
 つい見入ってしまった私に、レオナール様が声をかけてきた。

「気に入ったのがあれば、全部買うから」
「え? いや、さすがにそれは……」
「一着だけあってもどうしようもない。七着くらい買う」
「お金の無駄遣いはやめましょうよ、レオナール様」

 って、気が付いたら、さっきレオナール様が選んだ四着、もうお会計済まされてる……待って、本当にかんべんして!!


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