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1巻

1-2

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 ……それにしても、こんだけ雇い主にズバズバ言うメイドで本当にいいんだろうか。いや、自分のスタンスを変えるつもりはないけどさ。

「とりあえず、この子を地下から出してあげましょう。もうここにいる必要はないですし。……ジル、お腹いてる?」

 訊ねると、ジルは小さくうなずく。それと同時にぐーっと音が鳴った。真っ赤になってお腹を押さえる姿がいじらしい。しいものをたくさん食べさせてあげたい。

「ここから出たら、なにか食べようね。レオナール様、キッチンに食料品はありますか?」
「少し。あと、畑に野菜とか果物」
「果物……リンゴは?」
「ある。いる?」
「はい」

 まずはリンゴでも食べさせて、様子を見ようかな。お腹がいているところに一度に食べさせたら、胃に負担がかかるもんね。
 そうして地下から出た私達は、そのままキッチンへ向かった。
 キッチンに入り、調味料などを確認し始めた私に、レオナール様が声をかける。

「リンゴ、ってくる」
「お願いします」

 本当は私が採りにいくべきだけど、場所がわからない。なにより、今はジルのそばを離れない方がよさそうだ。
 レオナール様を見送り、ケトルでお湯を沸かしていた時、くんと服が引っ張られた。顔を下に向けると、ジルが不安そうな目で私を見上げている。

「どうかした?」
「こわく、ない?」

 怖いとは、なにに対してだろう。私はきょとんとしてしまう。ジルは慌てたようにきょろきょろと周りを確認してから、ひそひそと言葉を続ける。

「ジルの、力。それから、あの人」

 服を握る手にきゅっと力がもる。心細いんだなって、それだけでよくわかった。茶葉を入れたポットにお湯をそそぎながら、私は明るく笑ってみせた。

「ジルの力のことはよく知らない。高い魔力を持つ子だってことしか知らないの」
「そう、なの?」
「ええ。それに、レオナール様も怖くないわね。口下手でなにが言いたいのかわかりにくいけど、結構おひとよしだし」
「おひとよし?」
「だって、今もジルのためにリンゴを採りにいってるのよ?」

 そう言うと、ジルのぱっちりした目が見開かれた。
 そのあとにジルがたずねたのは、どうして自分がしばられて地下室に閉じ込められたのかということだった。

「そうね、それはレオナール様に直接聞かないとわからないわ」

 子供も飲めるハーブティーをカップに注ぎ、砂糖を入れてジルに渡す。熱いから気を付けるように言ったら、ふうふうと吹いてまし始めた。
 慎重にお茶を飲むジルを眺めながら、私はゆっくりと口を開く。

「私からひとつだけ言えるのは、レオナール様はジルを嫌っていないってことね」
「……どうして?」
「だって、私にジルのお母さんになってほしいって言ったんだもの」

 目を真ん丸に見開いたジルが口を開こうとしたのと、レオナール様が戻ってきたのは、ほぼ同時だった。

「お帰りなさい、レオナール様」
「……ん」

 私が声をかけると、レオナール様は少し驚いたように私を見つめてから、すぐにリンゴを差し出してきた。

「ありがとうございます。お茶をれたんですが、飲みますか?」
「ん」

 こくりとうなずいたレオナール様にお茶をそそいだカップを渡し、それからすぐにリンゴを切る。
 小さな欠片かけらを口にしたところ、ちょっとすっぱい。だけど幸い、キッチンには調味料も蜂蜜はちみつもある。
 うん、リンゴの蜜がけにしよう。あれなら、多少リンゴがすっぱくても大丈夫だよね。

「ちょっと待っててねー」

 そうと決まれば、さくさくと作ってしまいましょうか。と言っても、小さく切ったリンゴに蜂蜜をかけるだけだし、あっという間に出来ちゃうんだけどさ。

「はい、ジル。ちょっと食べてみて。ちゃんとしたご飯が出来るまで時間がかかるから、おやつ代わりになりそうなものを作ってみたよ」

 リンゴの蜂蜜がけを載せた皿を差し出して説明すると、ジルは私の手元と顔を何度か見比べて、さじを口に運ぶ。

「どう? 食べられそう?」
「あまーい……しい」

 ぱあっと表情を明るくさせたジルにホッとした。この分なら、普通に食べさせても大丈夫そうだね。

「レオナール様も食べますか? 甘いですけど」
「ん」

 一応聞いてみたら、彼は結構乗り気で頷いた。すぐに作って差し出すと、ちゅうちょなく口にする。しかもちょっと嬉しそう。甘いもの好きなのかな?
 二人がリンゴを食べている間に、素早くキッチンを見回す。お茶と調味料については確認したけど、肝心かんじんの食材を見てなかったのだ。

「うーん、思ったよりありますね……レオナール様も料理をされるんですか?」

 意外に野菜のストックが多い。私の問いに、レオナール様は頷いてみせた。

「たまに作る」
「そうですか、では食べられないものはありますか?」
「ない。大丈夫」

 じゃあ、買い足さなきゃならないのはパンと卵と、生肉とかかな。
 レオナール様はきっと家をけることが多いんだろう。燻製くんせいしおけにした肉はあるけど、日持ちしないものは買ってないようだ。
 あ、でも、まだ弱ってるジルを連れて買い物に行くわけにはいかないよね、どうしよう。さすがにレオナール様にお使いさせるのはなあ……。ただ二人きりにするのも不安だし、などと考えてたら、レオナール様が私の顔を覗き込んで首をかしげた。

「ん?」
「あ、いえ、買い物をどうしようかなと。ジルのそばを離れるのはよくないでしょうし、かといって連れてはいけませんから」
「……なら」

 レオナール様は、空中に向かっておもむろに手を伸ばした。すると、そこに光のうずが生じる。

「呼んだか、マスター」

 光の中心部からヒラリと姿を現したのは、一匹の白い猫。
 あまりのことに驚いてしまったけど、それは私だけじゃないらしく、リンゴを食べていたジルも目を見開いていた。

「ジル、おいで」

 両手を差し出して呼ぶと、ジルはちょっと躊躇ためらったような素振りを見せてから抱きついてきた。
 怖かったのか、しがみついてくる力は強く、半泣きになっている。だけど、ちゃんとお皿は机に置いてくるところが偉いなぁ。

「……どうした?」

 そんなジルの様子に、レオナール様が首を傾げた。

「宙から急に猫が現れたので怖かったんでしょうね。私も驚きました」
「そう、なのか」
「普通はビックリしますよ」
「……悪かった」

 おや素直。しょんぼりと肩を落とすレオナール様に気付いたジルが、オロオロしている。

「ね? レオナール様に悪気はないんだよ」
「……ジルにしたことも?」
「うん。ちゃんと理由があったからで、ジルを傷付けようとしたんじゃないみたい。それはレオナール様にあとで話してもらおうね。ジルには知る権利があるんだから」
「うん、しりたい」

 こくりとうなずいたジルの頭をでつつ、やっぱりこの子、凄くしっかりしてるなって実感した。
 泣きわめいてもおかしくないのに、なんでこんなに落ち着いてるんだろう。
 その妙な大人しさが、痛ましくて仕方ない。それとも魔法を使える子は、みんなこんな感じなのかな?
 ジルは、私の腕の中から身を乗り出して、さっきの猫を見つめた。

「ねこー」
「ああ、そうでした。レオナール様、この白い猫はいったい?」
「ん。シド」

 シドというのは、名前なのかな? そう思って見つめると、猫がこたえるように尻尾を振る。
 ……考えてみれば、さっきマスターとかってしゃべってたし、きっとただの猫じゃないんだよね。

「ええと、シドさん?」

 恐る恐る声をかけると、猫は私を見上げて口を開いた。

「なんだい、嬢ちゃん」

 うわ、やっぱり人の言葉喋った! レオナール様をマスターと呼ぶってことは、使い魔なのかな? ちなみに使い魔というのは、魔法使いと契約して、主従関係を結んだ魔獣や動物のことね。

「あ、あの、私はリリー。この子はジルです。今日からレオナール様のもとでお世話になりますので、よろしくお願いします」
「おう、よろしくな」

 ニカッと男前に笑う。やだ、なにこの猫かっこいい!

「んで? 面倒くさがりで人付き合いが大の苦手なマスターが、なんでまたちびっこと可愛いレディを家に招いたんだ?」
「ちびっこじゃない、ジル!」
「そう呼んでほしけりゃ、もっとでっかくなんな、ちびっこ」

 ぷう、と頬をふくらませたジルをあしらう姿もかっこいい。っていうか、可愛いレディとか照れる。……じゃなくて、うん。

「レオナール様、どうしてシドさんをお呼びに?」

 レオナール様にたずねると、シドさんもレオナール様を見上げて言葉を重ねる。

「おお、そうだった。用事はなんだ?」

 それまで無言で私達を眺めていたレオナール様は、ゆっくりと私を示して……ん? 私?

「お使い」

 あ、なるほど、私とレオナール様の代わりに、シドさんが買い物に行ってくれると……え、猫だよね? 喋ってるけど猫だよね? とまどってしまった私に、シドさんが問いかけてきた。

「どした?」
「えっと……」
「ああ、この姿だから頼みにくいのか。ちょっと待ってろ」

 シドさんは、ポンって音を立てて姿を変えた。……うん、どちら様でしょう?
 白猫のいた場所に立っているのは、さらさらのはくぎんの髪と、レオナール様と同じ金の瞳を持つ青年だった。整った顔立ちで、男性らしさと人懐こさを兼ね備えたイケメンだ。……凡人の私には、この部屋の中がまぶしすぎるんだけど。なにこの美形率、おかしいって。

「どしたよ、嬢ちゃん」
「いえ……ちょっと神様を呪いたい気分なだけなので大丈夫です」

 わかってるけどね、美形は美形で大変だって。でも平凡な外見の身としては、不公平だなって感じちゃうんだよ……
 そんなことを考えていたら、シドさんは大丈夫かーって頭をでてくれる。男前スキルが高すぎてキュン死にしそう。
 あの、うん、私が悪かったので、そろそろかんべんしてください、本当に。

「だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫。心配させてごめんね、ジル」

 不安そうにこっちを見上げていたジルの頭を撫でると、ふにゃりと柔らかく笑った。
 やだもう、なにこのえる子。こんなすぐに懐いてくれるなんて、どれだけ可愛いの。
 表情をゆるめていると、シドさんに服のすそを引っ張られた。

「で、お使いの内容は?」
「あ、はい。卵や肉などをお願いしたいのですが……」
「んー、とりあえず三日分くらい買えばいいか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
「んな硬い口調じゃなくていいっての。じゃ、マスター行ってくる」

 シドさんは苦笑しながらひらひらと手を振り、買い物に出かけた。
 うーん、使い魔さんってこんなに人間っぽいものだっけ。詳しくは知らないけど、使い魔さんは人の姿をとれなかったような。そもそも、人語は理解出来てもしゃべれなくて、契約者とだけテレパシーで意思疎通をすると聞いた気がする。
 私が考え込んでいると、リンゴを食べ終えたレオナール様が机に皿を置いて歩き出した。

「二人とも、こっち。案内する」
「あ、はい」

 急いでレオナール様についていく。まずは、私の部屋に案内された。場所はキッチンの二つ隣。メイドの部屋なんて屋根裏とかが普通なのに。
 室内には寝心地のよさそうなベッドとクローゼット、小さいけど机とまで備え付けられていた。ラックの上には水差しと洗面器もある。かべぎわには暖を取るための小さなストーブ。しかもまきじゃなくて魔石で暖める仕組みのものだ。いい値段がするよね、これ。
 この部屋なら、家具などを買い足す必要はとりあえずない。こんなに待遇がよくていいの? ってくらいの部屋だ。

「気に入った?」
「はい。これほど素敵な部屋、よろしいのですか?」
「ん」

 満足そうにうなずくレオナール様にうながされて、ひとまず部屋をあとにする。そのまま一階の他の部屋を確認したところ、キッチンの他に、風呂場とリビング、お手洗い、物置、応接間があった。きっと二階には、レオナール様とジルの部屋があるんだろうね。
 うーん、今のジルを一人で寝かせても大丈夫かな……

「ここ」

 階段をのぼって二階へ行くと、レオナール様がある部屋の前で足を止め、ジルを手招きする。おずおずと近付いたジルの前で、ゆっくりと扉が開く。

「わぁ」
「頑張った」

 嬉しそうな声を上げたジルに、レオナール様はどことなくほこらしそうだ。ひょいっと室内を覗き込むと、シンプルで可愛い空間があった。
 淡い黄緑と白が基調の、さわやかな子供部屋。私の部屋と同じ家具が置かれてるけど、子供に合わせた作りで色も愛らしい。うん、はっきり言ってセンスがいい。
 ジルも気に入ったらしく、目をキラキラさせている。レオナール様も嬉しいみたいだ。いい感じだね。
 そういえば、さっきレオナール様が頑張ったって言ったけど、内装を考えたの、もしかしてレオナール様なの?

「でも、服はまだ」
「あ、服は揃ってないんですか?」
「ん……大きさ、わからなかった」
「そうですね、子供はすぐに大きくなりますし、あらかじめ用意しておくのは難しかったかもしれませんね」

 私はジルを見る。だいぶ服が汚れてるし、着替えが必要だよね。でも外出着すらない状態だから、服を買いにも行けないし……ここは、私の腕の見せどころかな?

「レオナール様、簡単な服や寝間着なら作れますよ」
「本当?」
「はい。ただ、布が必要なので……」

 なにか使っていい布はありますか。そう聞くより先に、目の前にドサッと大量の布が降ってきた……降ってきた? なんでこんなことで、いちいち魔法を使うかなあ……

「え、あの、これ」
「使っていい」

 って、えええー、どこから出したのか知らないけど、この大量の布、どれもとんでもなく質がいいものだよ。
 気が引けるものの、せっかくの厚意を無駄にするわけにはいかない。ひとまず選んだのは、柔らかくて手触りのいい、薄い青の布。これなら子供の肌を傷付けることはなさそうだ。
 選んだ布を持って一階のリビングに移動する。そして私はジルを呼んだ。

「ジルー、ちょっとおいで」
「なあに?」

 素直にやってきてちょこんと首をかしげるジルにほほみつつ、手早く採寸する。今回作るのはゆったりしたシンプルな服だから、こんなもんで充分でしょう。

「どれくらいかかる?」

 隣に座るレオナール様に問いかけられたので、手を動かしながら答える。

「そうですね、とりあえず寝間着だけなら三十分もあれば」
「早い」
「単純な作りにするので」

 かぶるタイプのノースリーブチュニックなんて、二枚の生地にえり首と袖口を作り、それを前後でい合わせるだけだもの。いつも持ち歩いてるさいほう道具からちばさみを取り出して、寸法に合わせて生地を切る。あとはちょいちょいと縫えば……ほら出来た。

「やっぱり、早い」
「簡単ですからね。ジルをお風呂に入れて着替えさせたいのですが」
「ん」

 私の言葉にうなずくレオナール様の素直さに、なんだか困惑してしまう。
 ……さっきから思ってたんだけど、私の意見とか要望を聞いてもらうばっかりで、大丈夫なの?

「あの、レオナール様がさせたいことを申し付けてくださっていいんですよ?」
「ん」

 レオナール様はまたこくんと頷いた。……いや、だからね、口下手なのはわかりましたが、言ってくれなきゃわかんないってば。

「全部、やってくれてる」
「え?」

 どうしたものか悩む私に、レオナール様はぽつぽつ言葉を重ねた。

「頼みたいこと」

 ……謎かけみたいだな。つまり、私は既にレオナール様がやってほしいことを全部やってるの? え、どういうこと?

「可愛がっていつくしんで、必要なものを与えること。充分やってる」
「ええと……」

 さ、さすがに理解するのが難しい。
 でもレオナール様は満足そうだし、これ以上聞きづらいや。うーん、本当にいいのかなぁ。

「お風呂、こっち」
「あ、はい……」

 そんなことを考えてる間に、レオナール様は部屋を出ていった。慌ててジルと一緒に追いかけると、風呂場に着いてすぐ、ポンとなにかを渡された。

「タオル」
「あ、ありがとうございます……」

 至れり尽くせりすぎて、いたたまれない。しかもこのタオル、どう見ても新品だ。

「わからないことあったら、シドに。家事、任せてる」
「シドさん?」

 シドさん凄いな、家事全般が出来ちゃうのか。あ、レオナール様も料理は出来るんだっけ?
 私が感心していると、レオナール様は浴槽に歩み寄って手をかざす。

「レオナール様?」
「お湯」

 浴槽に水がまった次の瞬間、水はこぽこぽと音を立てて沸き、お湯に変わった。あの、うん。魔法は反則じゃない? まきとかを燃やして一生懸命お湯を沸かしてる一般人の苦労って……いや、おかげですぐにジルを洗えるんだし、感謝しよう。

「ありがとうございます、レオナール様」
「ん」

 どことなく満足そうなレオナール様が、ちょっと可愛く思えちゃった。雇い主相手にきんしんだね、反省。


 隅々すみずみまで綺麗に洗い、髪を整えると、ジルはもの凄く可愛い女の子に変身した。
 背中までの長さの、少しくせのあるストロベリーブロンドの髪。ぱっちりと大きな青い目。せていて子供特有の柔らかさには欠けるけど、将来が楽しみな美少女だ。
 ちなみに、ジルが女の子だとわかったのはローブを脱がせた時。男の子だったら、ズボンもわなきゃって思ってたんだけどね。

「ああほら、まだ髪がれてるから」

 体をいてすぐ、裸のまま駆け出そうとするジルを呼び止める。

「はぁい」

 私にはすっかり慣れたらしく、笑顔を見せてくれるのが嬉しい。よく髪を拭いてから、作ったばかりの寝間着に着替えさせる。

「着心地は大丈夫?」
「うん!」

 にこにこ顔のジルを抱っこしてリビングに戻ると、読書中のレオナール様と、シドさんの姿があった。

「戻りました。お帰りなさい、シドさん。あの」
「おう、ただいま。今日は二人とも疲れてるだろうから、晩ご飯は俺が作ってやるよ」
「ええと……」

 つい視線が、シドさんの着けているエプロンにいってしまう。ず、ずいぶんと可愛らしいピンク色……駄目だ、笑いそう。胸元の猫の刺繍ししゅうがファンシーすぎて、もう耐えられない。

「あ、あの、メイドなので私が作ります。お使いさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」

 そうそう、忘れちゃいけない。エプロンのインパクトが強すぎてスルーしかけたけど、家事は私の役目。

「おー、いい心がけだな。よし、俺様が特別に作るのを手伝ってやろう」

 シドさんがニカッと笑って申し出てくれたけど、彼には料理以外で頼みたいことがあるんだよね。

「では、ジルの髪を乾かしつつ相手をしていただいてもいいですか?」
「え」
「生乾きだと風邪を引くかもしれませんし、私が包丁を使ってる時にジルがそばに来たら危ないですから」

 シドさんにお願いをしている途中で、ジルのはしゃぐ声が聞こえた。振り返ると、レオナール様のひざの上に乗ったジルの髪が、ふわふわと宙に広がっている。

「あったかーい!」
「おいおい、ずいぶんと優しいなマスター。温風で髪を包むなんて」
「早く乾く」

 呆れたようなシドさんの声に、レオナール様がぽつりと答える。ほほましい光景なものの、前世のことを思い出さずにはいられない。
 うん、温風で髪を乾かすって、ドライヤー? 思わずあっにとられたけど、さっさと料理をしてしまおう。そう決めて、私はキッチンに移動した。
 といっても、今日作る予定のメニューは本当に簡単なんだよね。たっぷり野菜が取れてお腹も満足、なおかつ胃に優しい料理――ポトフを作るのだ。
 日本ならおかゆやうどん、ぞうすいとかがあるけど、この世界には米もうどんもない。なによりしょうもないのよねー。もう慣れたし、いいけど。
 シドさんがとりを丸々一羽買ってきてくれたから、モモ肉を使って作ろう。まずは適当な大きさにして、くさみをとるため塩をみ込んで置いておく。
 その間にニンジンと玉ねぎを大きめに切って……他にはなにを作ろうかな。


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