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   一 「王家のメイド」魔法使い宅へ派遣される


 唐突だが、私リリー・ルージャには前世の記憶がある。
 前世の私は、日本の女子高生。母を幼い頃に亡くしたため、仕事で忙しい父にかわって家事をこなし、中学生の妹と小学生の弟の面倒を見ていた。おかげで、こんなに所帯くさい学生、滅多にいないよねってくらい、主婦じみていたと思う。貧乏で、住んでいたのは小さな古いアパート。私は特待生で学費が免除だったので、なんとかやりくり出来ていた。そんな中、家族四人仲むつまじく暮らしていたけれど、私は事故にって死亡し、転生したのだ。
 思い出すとさびしいけど、死んでしまったことについてはちゃんと納得してる。
 今、私が生きているこの世界は、日本とは全く違う異世界。人々の髪色は金や赤が一般的だし、電気や水道、ガスはない。通貨は金貨や銀貨で、王政国家。中世ヨーロッパとか、某有名RPGを想像してくれればいいよ。青いスライムで有名なアレとか。
 RPGといえばお約束だけど、この世界にも魔法がある。でも実際に使える人は半分くらい。魔法使いとして仕事が出来るほどの実力者は、そのうちの一割くらいかな。
 そもそも魔法とは、自分の中に存在する魔力を放出して行使するものらしい。難しくてよくわからないけど。ただ、この世界の人々は、多かれ少なかれ必ず魔力を持っているんだって。
 魔法は使えなくても魔力を放出出来れば、魔法を封じ込めた石――魔石を使って、ちょっとした攻撃魔法や補助魔法と同じ効果が得られる。
 でもごく少数、その放出すら出来ないくらいかすかな魔力しか持たない人達がいて、その人達は魔力ゼロ体質と呼ばれている。そして私も魔力ゼロ体質だった。
 あ、火を起こすとか明かりをつけるとか、日常生活用の魔石なら、触ったり、特定の操作をしたりするだけで魔法が発動するから問題ないよ。その分、本当に小さな効果しかないんだけどさ。
 十八年前、異世界に転生した私は、魔力ゼロなこと以外は普通の女の子。どのくらい平凡かって、まず容姿が十人並み。母さんは金髪美人で兄さんも美形なんだけど、私は父さんと同じ濃いこげ茶の髪に、ほんの少し緑がかった茶色の目をした地味な顔立ち。年頃の女子としては、もうちょっと華やかな美人に生まれたかった。
 そんな私は十三歳の時、とある貴族のお嬢様の話し相手として奉公することになった。というのも、父がそのお屋敷の護衛をしていて、当主である旦那様に私のことをよく話していたそうだ。そうしたら、体が弱く閉じこもりがちなお嬢様の友人に、と年の近い私が選ばれたらしい。
 それで、行ってみたらビックリ。
 うん、なににって、その屋敷の管理のずさんさ! 掃除の仕方も食事内容も、体の弱いお嬢様の体調を悪化させるものでしかなかったんだよね。
 だってカーテンや絨毯じゅうたんを何年も洗ってないって言うんだよ!? そりゃほこりが舞って咳が出るに決まってるじゃん! その上、お嬢様がき込んでるのになにもしないメイドの態度にちょっとプッツンして、奉公初日にして盛大にやらかしました。
 天気がよかったのでお嬢様を庭へ避難させて、窓を全開にして空気の入れ替えをし、徹底的てっていてきに掃除にはげんだ。
 ちなみにその日の昼食は血のソーセージ。確かに鉄分やミネラルは豊富だけど、生臭くて食べられたものじゃない。すぐに野菜スープなんかが中心のメニューに切り替えさせた。
 今思うと、あの時の私、よく見逃してもらえたよね。相当好き勝手やったのに。
 あとで旦那様にどうして怒らないのか聞いたら、『娘のために率先して動いた君をなんで怒れる?』ってほほまれた。旦那様マジイケメン、禿げてたけど。
 掃除を徹底して野菜中心の食生活を続けていたら、お嬢様の咳は治まり、体調も良くなった。そして私は、素晴らしいメイドだという評価をいただくことに。そもそもメイドじゃなかったんだけど。おまけに、そのお嬢様が今は王太子妃……
 お嬢様が王太子妃になったことは、もちろん嬉しかった。でも『私がこうして王太子様と出会えて幸せになれたのは、ひとえにリリーが私を献身的に支えてくれたおかげです』なんて言ったものだから、私は王家に目をつけられちゃった。
 現在、私は「王家のメイド」と呼ばれている。この名称は、私だけに与えられた特別な名称らしい。といっても、私が仕えているのは王家というより、王太子夫妻なんだけどね。
 王家のメイドは王太子夫妻の覚えめでたく、彼女が派遣された先ではすべてのめ事が解決する、とか言われてる。要は、王太子の命令であっちこっちの家に派遣される使いっ走りのメイドってこと。まあ、お給料はどっさりだし、仕事は楽しいし、充実した人生だと思ってる。
 両親も喜んでくれたしね。ただ、嫁の貰い手があるのか心配はしてるみたい。この世界で十八歳といったら結婚適齢期なんだけど、前世の感覚が抜けないせいで実感がわかないのよ。


 そんな私に新しい仕事の話がきたのは、ついさっきのこと。
 昨日までとある家に派遣されていて、久しぶりに登城したとたん、王宮騎士団長の執務室しつむしつに呼ばれた。呼び出した張本人からじきじきに告げられた仕事内容は、あまりにもひどかった。

「なんで魔法の適性のない私が、魔法使いの家にメイドとして行かなきゃいけないんですか!」
「ははは。リリー嬢ちゃんは相変わらずおっもしろいなー、俺にみつく若い女の子なんてそうそういないぞ?」

 目の前で豪快に笑う騎士団長のおっさんをなぐってやりたい。というか、面白いってなにさ。こっちは怒ってるんだってば!
 私が怒っているのには理由がある。私のように魔力ゼロ体質の人は、あまりにも強い魔力の近くにいすぎると、時に魔力当たりを起こす。吐き気と頭痛で倒れて、三日間はうなされることになるのだ。
 魔法使いの屋敷で住み込みのメイドをやれっていうのが今回の仕事内容なんだけどさ。魔力当たりを起こしかねない環境に行けだなんて、本当に理不尽だよね!
 それに、よりにもよってあるじとなる人が王宮に仕える魔法使いの一人、レオナール・マリエル様だなんて……
 レオナール様はたいの天才魔法使い、若き隠者いんじゃ、破壊と終焉しゅうえんの魔術師……などの異名を持つ、超優秀な魔法使いだ。
 長い黒髪と金の瞳に、芸術品のようなぼうを持つ。ただいつも無表情で、全身黒ずくめの異様な人。それに人と話すのはあまり好きじゃないみたい。
 この世界では、黒髪がとても珍しい。魔力の高い人だけが持つ特徴で、恐怖の対象になっている。
 何故なら魔力が暴走すると、台風が吹き荒れたような、隕石いんせきが落下したような、それはもうとんでもない被害が出るからだ。特に子供の頃は暴走する可能性が高い。生まれた子供が黒髪だと、捨てたり閉じ込めたりする親もいるんだとか。酷い話だよね。
 そんな黒髪の持ち主であるレオナール様だけど、とんでもない美貌と王家の信頼という好条件が揃ってるから、むしろ、侍女達の間で旦那にしたい男ランキングの上位にあげられている。住み込みで働くことになったら、しっされまくるのがありありと想像出来て嫌だ。

「だいたい、なんで騎士団長様が魔法使いのメイドを探してるのよ」
「いや、探してるのは俺じゃなくて、レオナールと王太子殿下なんだけどさ。前、仕事でレオナールと組んだことがあるんだよ。それを知ってる王太子殿下に、嬢ちゃんの説得と説明を任されたってわけだ」
「なんで私なの?」
「いや、実はよー……事情を聞いたら断れなくなるぞ?」
「どうせ、断ったってなんだかんだ言って了承させる気でしょ」
「ははは、まあな」

 全く悪びれないおっさんに、またイラッとした。つい立ち上がって置いてあったクッションをぶん投げちゃったけど、私は悪くないと思う。

「あ」

 ところが、おっさんがけたせいでクッションはそのまま飛んでいき、いつの間にか室内にいた人――レオナール・マリエル様にぶつかってしまった。

「あ、の、すみません」

 とまどいつつも頭を下げる私に、レオナール様がクッションを差し出してくる。

「……ん」

 怒りもせずクッションを返してくださるなんて、いい方ですね、とても。
 もう一度頭を下げたら……え、レオナール様、座るんですか? おっさんの隣に。なにこれ面接?

「あ、っと……」

 私が来訪の理由をたずねようとすると、レオナール様が口を開いた。

「今、二人が話そうとしてたから」
「レオナール様のことを話そうとしていたので、ここにいらっしゃったということですか?」
「ん」

 や、やりにくい。会話が難しいよ、この人。おっさんもビックリしてるし。というか、理由になってないよね。
 仕方がないので席に着くと、おっさんがあせったように話し出した。

「い、いや、あのな? その、レオナールがちびっこを引き取ったんだよ。それでメイドを探してるんだ。リリー嬢ちゃんに頼む前に何人か当たったんだけど、色々あってな」

 うん、でもそれ私じゃなくて、子育ての経験が豊富な人の方が絶対いいよね。前世では、私も妹と弟を育ててたけどさ。弟なんて、おしめもミルクも私が面倒を見ましたよ?

「だからって、どうして私なのか、そこを聞きたいのよ」
「いや、まあ、そのな?」

 らちが明かないおっさんはほっといて、レオナール様を見つめる。するとわずかにたじろいだあと、目つきが少しだけ優しくなった気がした。え、なんで?

「……その目」
「目?」
「裏表ないから。変なこと、しなさそう」

 ……なにを言われてるのかわからないけど……うん、もうちょっと突っ込んで聞いてみよう。

「変なことってなんですか?」
「こういうこと」

 そう言って、レオナール様は私の頬に手を伸ばす。……って、こら。ちょっと、なにする気!?
 慌てて身を引くと、レオナール様は少し目を見開いて、それからもう一度目元をゆるめた。

「うん、やっぱり君がいい」
「な、あ」

 私は驚きで口をパクパクさせつつ、必死に考える。……まさか。そして思い当たった可能性をおずおずと口にした。

「色仕かけしてくるんですか、他の方」
「色仕かけ? わからないけど、キスしようとしたり……」
「ああ、はい、わかりました」

 いろけするメイドが多い中、私はそんな心配ないってことね、うん。

「つまり、レオナール様に妙な真似をしようとせず、子育てに集中するメイドがお望みだと」
「そう。母親になってくれる?」
「……もしかして、今までもそう言ってました?」
「ん」

 その言い方じゃあ、たいていの女性が誤解するよ。レオナール様にも大いに問題があるよね。
 でも、わかってないんだろうな。

「いいですか、その言い方では誤解されても仕方ありません」
「なんで?」
「レオナール様が引き取った子供でしたら、レオナール様が父親代わりですよね」
「ん」

 私の問いに、レオナール様はこくりとうなずく。

「で、その子の『母親になって』なんて、まるっきりプロポーズですよ?」
「……ごめん」
「いや、謝っていただかなくていいです。レオナール様が不器用なんだってことはわかりましたから」
「……やっぱり、君がいい」

 どことなく嬉しそうなレオナール様に、私は仕方がないなと苦笑した。
 うん、これは確かに、私に話がくるわ。大変そうだもの。あきらめに似た気持ちで、私はこの話を受けることを決めた。この人に引き取られた子供も心配だしね。
 それまで黙ってなりゆきを見ていたおっさんが、感心したように息をらす。

「すっげーな、嬢ちゃん。こんなにすぐレオナールと会話が成立するなんて」
「ちゃんと聞けば、なにを言いたいかくらいわかりますよ?」
「いやいや、今の見て、なんでこいつがリリー嬢ちゃんに頼みたいって言い出したのか、よくわかったわ」
「え? レオナール様のご希望だったんですか?」

 今まで挨拶あいさつくらいしかしたことがないのになんで? と首をかしげると、レオナール様が私を見た。

「ん……駄目? 嫌?」

 ちょ、美形なんだから、無駄に上目遣いとかしないで! 私、イケメンに免疫めんえきないの! やめて!
 内心で絶叫しつつ、なんとかあい笑いを浮かべた。

「いえ、その、あまり話したことないのに、どうしてかと」
「特別に見ないから。君だけ」
「私だけ?」

 思わず問い返せば、どこか安心したようなまなざしが向けられる。

「変なことするのも、怖がるのも、君だけはなかった。君がいい」
「……ええと、つまり色仕かけしたりしたりせず、レオナール様に接するメイドはいないと?」
「ん。だから、安心出来る。それに、リリーは最高のメイドだって言われた」
「……どなたに?」

 嫌な予感に顔を引きらせる私を気にもとめず、レオナール様が口を開く。

「王太子」
「やっぱりかぁぁぁ!」

 予想通りの答えについ絶叫する。ええ、わかってますよ、最愛のお妃様がなにかというと私を頼るから、しっ全開なことくらい。すきあらば仕事を押しつけて、城から遠ざけたくて仕方ないのも知ってるけど……

「私が止めなきゃ暴走しまくってお嬢様泣かせるくせに、なにいっちょまえに嫉妬してるのよ! その前に女心を学んでこい! あのいろけえぇ!」
「お嬢、お嬢、不敬罪にされんぞ、声抑えとけ」
「だって! 泣きながら『夜の営みが激しくて耐えられない』ってすがられる身にもなってよ!」
「頼む! 若い娘が人の色事について叫ばないでくれ!」

 ソファから下りて半泣きで土下座し始めたおっさんを見て、ちょっと頭が冷えた。
 でも、やっぱりあの王太子は一発なぐりたい。

「いくら好きだからって、お嬢様に近付く男性の情報を全部集めてこいなんて、婚約前から私に命令するのよ。それでいて今度は私が邪魔だとか、もうやってられない」

 王太子はお嬢様をめてすぐ、私に接近してあれこれ命令をしてきたのだ。

「お嬢が真顔で言うと怖い」
「怒ってるもの。それ以外にも、本で調べて東の国の薬を作れって命令もあったし……私、メイドだよ?」
「……聞きたい」

 ぼそりとつぶやかれた言葉に振り向くと、目を輝かせているレオナール様がいた。
 ……え、なんで?

「東の国の薬、知りたい。教えて」
「本で読んだ知識しかないですよ?」
「読み解けるのが凄い。知りたい」
「私が知ってる程度の知識でよろしいのでしたら……」
「ん」

 どことなく機嫌がよさそうなレオナール様に首をかしげる。薬の知識なら、魔法使いのレオナール様の方がありそうなんだけどなぁ。
 そんな感じですっかり気に入られたらしい私は、さっそく今日からレオナール様の家に派遣されることになりました。


 レオナール様の屋敷に住み込みで働くことが決まり、派遣にあたっての手続きなどを済ませたあと。彼の自宅に連れてこられた私は、門前でポカンと口を開けた。

「わー……」

 マヌケなことに、それしか言葉が出ない。門の向こうにあるのは、二階建ての広大な屋敷。煙突えんとつが四本もそびえ立っている。外壁は石造りで、あちこちにつるが巻きつき、ずいぶん雰囲気がある。敷地の奥の方に、屋敷とは別の高い塔が見える上に、視線の先の玄関は両開きの大きなものだ。想像していたよりも凄く立派で、なんだかおくれしてしまう。貴族の邸宅ていたくに引けを取らないほど豪奢ごうしゃだ。

「こっち」
「は、はい」

 手招きされるままついていくと、大きな扉がででんと……あれ、鍵穴も取っ手もない?
 とまどう私に、レオナール様が扉を指差して告げる。

「手、つけて。こう」
「あ、はい」

 言われるまま手のひらを扉につけたら、ぽうっと淡い光があふれて扉が開いた。……え、なにこれ。

「認識」
「認識?」

 レオナール様のつぶやきに、首を傾げて問い返す。
 すると、彼は淡々と口を開いた。

「そう。扉が覚えた」
「……ええと、もしかして鍵穴と取っ手がないのって、認識してる人じゃないと開かないからですか?」

 たずねると、彼はこくりとうなずいた。
 なるほど、さすが魔法使い。
 感心してしみじみと自分の手を見つめていたら、レオナール様が手を伸ばしてきて、私の手を両手で包み込む。え、なんで?

「変?」
「えっ、あの、特に体調悪くないですよ?」
「でも、手」
「あぁ、生まれて初めて魔法を体験したので、ちょっと不思議で。だから見ていただけです」

 勘違いされたみたいだ。気を遣ってくれたと喜ぶべきかな。それとも、女性にいきなり触れないよう忠告すべきか。うーん。
 私がそんなことを考えていると、レオナール様は手を離して歩き出した。

「行こう」
「はい」

 レオナール様のあとについて屋敷の中に入る。そのとたん、今まで感じたことのない異様な空気に気付いた。物音がするわけじゃないのに、どこか騒がしい気がする……これも魔法の影響なのかな?

「なんか、ざわざわしてるような……」

 そう言ったら、レオナール様は大きくうなずいた。

「あの子がいるから、安定してない」
「あの子……ああ、私が面倒を見る予定の?」
「そう。魔力が高いせい」

 どうやら、その子供は屋敷の空気に影響を及ぼすほど魔力が高いらしい。
 レオナール様はどんどん歩いて、地下への階段を下り始めた。ん? なんかおかしくない?

「レオナール様、どこに向かっているのですか?」

 慌ててあとを追いつつ、私はレオナール様の背中に疑問をぶつける。

「地下」
「それはわかりますが、あの、何故、地下に?」
「いるから」

 あ、やだどうしよう。なんか凄く嫌な予感。

「ついた」

 明かりがないせいで、小さな扉をゆっくり開けるレオナール様の表情は見えない。だけど、部屋の中には光源があり、ちゃんと見えた。そこに広がる光景を見た私は――

「ちっちゃい子になにをやってるんですかあぁ!」

 間髪かんはついれずにレオナール様の足をり飛ばした。うん、きっと私は悪くない。室内の状況が最悪だったからだ。
 床一面に描かれた、淡く光を放つ魔法陣。それはいいのよ、それは。
 問題は、その真ん中に猿轡さるぐつわまされてぐるぐる巻きにしばり上げられた子供がいるってこと。年は五歳程度だろう。簡素なローブを着ている。もじゃもじゃの髪と汚れた顔のせいで、性別はよくわからない。

「あれは、暴走を……」

 蹴られた場所をさすりながら説明しようとするレオナール様に、ぴしゃりと声をかける。

「わかってます。魔力が高いから、なにかしらの処置をしなきゃならないってことは。そのための魔法陣なのでしょう?」

 そう言ったらレオナール様は目を見開いた。

「どうして」
「魔力が高く、暴走するかもしれない子供。床一面に広がる魔法陣。このふたつが揃っていれば、推測するのは簡単です」
「そう、なの?」
「私は魔法使いではありませんから、この魔法陣の効果はわかりませんけれどね」

 でもね、レオナール様。問題はそこじゃないから。

「レオナール様。猿轡さるぐつわませてぐるぐる巻きは駄目です」
「だって、逃げようとするから」
「もう少しましな方法をとりなさい! 貴方あなたはいくつですか!」

 いい大人なんだから、不器用って言っても限度はあるでしょうに、まったく。
 ふと気付いて子供を見たら、私達のやり取りに驚いたらしく、目を丸くしてこちらを見つめていた。

「で、これは私が入っても大丈夫な魔法陣ですか?」

 ジト目でたずねると、レオナール様は自分を指差しながらうなずく。

「大丈夫。帰ってきたから」
「レオナール様がこの家にいる時は、魔法陣の影響はないんですね。では、あの子を自由にしても?」
「ん」

 もう一度頷いたのを見てから子供に近付く。
 魔法陣を踏んでも、とりたてて妙なことは起こらなかった。相変わらず光ってるだけ。ただ、私が近付くにつれて子供の顔におびえが浮かぶ。

「ごめんね、怖かったでしょう」

 そう声をかけて子供に手を伸ばす。小さな体がびくりと震えたけど、そのまま頭の上に手をのせてゆっくりとでた。すると徐々じょじょに緊張がゆるんでいく。
 この子はどれだけ怯えていたのだろう。まるでいのけものみたいな反応だ。

「私の言葉がわかる?」

 訊ねると、子供は小さく頷いた。安心させるようにほほみ、それから猿轡に手をかける。


「外すまで大人しくしていてね。動くと痛いかもしれないから」

 もう一度小さく頷いたのを確認して猿轡を外し、続けて体と足首を拘束こうそくしていた縄もく。

「大丈夫? どこか痛いところはある?」

 私の問いに、子供は困惑したような表情で首を横に振る。たまらずそっと抱き締めたら、おずおずと口を開いた。

「だぁれ?」
「私はリリー、今日からこの家でメイドをすることになったの。貴方は?」
「……ジル」
「そう。ジル、どうしてここに連れてこられたかわかる?」

 たずねると、ジルは再びふるふると首を横に振った。それからレオナール様をちらりと見て、体をちぢこまらせた。
 本当に、なににも説明しないままここに放り込んだらしい。嫌な予感が大当たりすぎて、なんかもう……

「レオナール様、あとでお説教しますからね」

 レオナール様の方を振り返って宣言すると、ぎくっと彼の肩が跳ねた。

「……ん」

 ちょっと後悔しているみたいだけど、しかるところはきっちり叱らないとね。


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