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魔法省で臨時メイドになりました

幸せの形はそれぞれ

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「王とは孤独なものであると、いつだったか父が呟いていたのを聞いたことがある。俺自身、そうだと思っていた……お前たちを見るまでは」

そう言って王太子は優しいまなざしで私たちを見る。

「俺は肉親の情をあまり知らない。父は王であり俺以外の家族を持つ人で、育てた祖母と叔母は俺にただ良き王となることを望んでいたからな。生まれてすぐに母を亡くした俺に純粋な愛情を注ぐ人がいなかった。だからこそ、俺にとって家族は遠く自分には縁のないものだと思っていた」

静かに言葉を紡ぐ王太子の腕に、そっとお嬢様が触れる。心配そうなまなざしを向けるお嬢様に微笑み、王太子はそのままお嬢様を片手で抱き寄せた。

「欲しいと、傍にと望んだのはリディがはじめてだ。今でこそアランもエミディオも俺にとってなくてはならない存在だが、最初は自分たちの意志で出会ったわけじゃないからな。自分で選んで望んだのはリディだけで、だからこそ俺にとってリディはかけがえのないたった一人だ」
「カシルド様……」
「リディは俺の家族だ。たった一人、俺と心を通じさせてくれる俺の家族、そう思っていた。だが、そうじゃなかった。婚姻といった関係も、血でさえも、心さえ繋がっていれば必要ないのだとリリーたちが見せてくれた。そうだったろう?」
「そうですね。雇われた身でありながら母親であり、レオナール殿に信頼されているリリーは確かにレオナール殿の家族です」

お嬢様にそう言ってもらえるのはとても嬉しい。前はまだレオナール様と恋人ではなかったけれど、それでもちゃんと家族に見えたってことでしょう?
ジルを慈しんでレオナール様と信頼し合っていたその関係を好意的に認めてもらえるのはやっぱり嬉しい。
でも、それが私を妹分と呼ぶのにどう繋がるの?

「あの時思った。俺が信頼し懐に入れている存在も、俺にとっては家族みたいなものではないかとな。肉親の情とも、リディに抱く愛情とも違うこの信頼と好意に名前をつけるとしたら、そう言ってもかまわないのではないか。そう思ったら、俺は孤独ではなくなった気がしたんだ。特にリリーは元々リディの姉妹みたいな存在だからな、俺にとっても妹みたいなものになるかと」

そこに、ほんの少しだけ滲んだ感情はなんと呼べばいいのだろう。懐かしむような焦がれるような、諦めていた夢のかけらを手にした子供のような不思議な響き。
王太子には母親こそ違うけれど二人の妹がいる。立場上あまり関わり合いがなかったことを、本当は残念に思っていたのだとしたら。

「俺に、同じ母親の妹がもしもいたのなら、リリーのような感じだったのかと思ったんだよ」

穏やかな声で紡がれた切なすぎる言葉に声を失った。穏やかだからこそ滲む寂しさに打ちのめされたような気持ちでいると、鈴を転がすようなやわらかな声が聞こえた。

「私、やっとカシルド様の気持ちを理解できた気がします。本当は、王妃様とも妹姫たちとも仲良くしたかったんですね」
「リディ……」
「でも、リリーを妹と呼んでは駄目です。妹のように可愛がり信頼することは出来ても、明確にそう扱うことは私たちの立場上、それは許されない」

そう言ってお嬢様は自分のお腹に手を当てる。

「血の繋がりではなく心の繋がりをと考えた時、カシルド様の家族は私だけなのかもしれません。いつか私のここに、新しい家族が増えるまでは寂しい思いをさせるかもしれない。それでも、そこはきっちりとしなければいけない部分ですよ」
「わかってるが……長い付き合いにも関わらず他人行儀でいられるのはやはり少しばかり寂しいからな。いっそそう扱ってしまえればもう少し気を許してくれるのかと思ったのも事実だ」
「まあ、本当にカシルド様ったら……」

眉を下げた王太子にふふっと声を上げてお嬢様は笑いかけた。

「気を許すもなにも、リリーを一番甘やかしていたのはカシルド様でしょう?  だって、リリーの願いを叶えてくれたじゃありませんか」
「俺が?」

そうでしょう?  とお嬢様は私に向かって微笑む。それに対して私も、確かにと笑って頷いた。

「殿下が許してくれたのは、確かにいい抑止力になりましたね。そういう意味で、殿下が私を王太子妃のメイドとして城に呼んでくださったのは助かりました」
「そうだったのか。でも、リリーの願いに心当たりがないんだが」
「聞けばわかりますよ。殿下も、アランもロイゲンも、私の願いを知っていたはずです」

そう言えばアランが納得したらしく大きく頷く。

「殿下の叶えたリリーの願いは、結婚をしたくない、ですね」
「……それのどこが、甘やかしたことになるんだ?  したくないならしなければいいだけだろう?」
「これは推測にしか過ぎませんが、年頃の女性が婚期を逃すような状況を、普通の親は良しとしません。ですが殿下の下で働くと決まった結果、望まぬ婚姻の話を遅らせることが出来たのではないでしょうか」
「流石アラン、その通り。リディアーヌ様と共に城に行き、リディアーヌ様が身籠るまでは私のことなど二の次だと、新しい環境における王太子妃の心身の安定の方が大事だと言えば、両親も待ってくれました。心配はされたけれど、あの頃は本当に誰とも結婚したくありませんでしたから」

あの人を好きな『私』が泣いていた。あの人を裏切って幸せになるなんて許されない、そう思っていた。
城にいても、遠くないうちに再び結婚しろと言われたかもしれない。それでも逃げ道をくれたことに感謝している。

「幸せの形は人それぞれだから、好きにすればいい。殿下がそうおっしゃってくださったのは、とても励みになりました」
「そうか……いつもリリーの手を借りてばかりだから少しくらいなにか返したいと思ったのだが」
「この一言で充分です。ああでも、もしもまだなにか私にわがままを言わせていただけるのならひとつだけお願いを叶えてくださいますか?」
「なんだ?」

ついでだし、こうしてゆっくり話す時間もそう取れるものじゃない。そう思って私は微笑みながら言葉を紡ぐ。

「どうか、私がいなくなっても仲の良いご夫婦でいてください。喧嘩をするなとは言いませんが、まずお互いの言い分を聞きあってお二人の話し合いで解決できるよう心がけてくださいね」

だっていつも喧嘩した時私が仲立ちしてたからね。これからはそれが出来なくなる訳だしと思ったんだけど、うん。
そこで二人して視線をそらすとか不安にしかならないんだけど。
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