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魔法省で臨時メイドになりました
国を治めるということ
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不快感を顔に出せば、王太子が小さく頷く。
「そうだな。おそらくリリーが考えたように、ミュード国王は黒髪の魔法使いという存在を欲しているのだろう。その理由も見当はついている」
そう言って王太子が懐から取り出したのは、近隣諸国の描かれた地図だった。
「我が国がここで、この海に面した隣国がミュード王国だ。で、この海に点在する島々がわかるか?」
「ええ、わかります。ロンダール王国、ですよね」
ミュード王国の南側、遠浅や岩礁の多い一帯に点在する島々がロンダール王国だ。主な産業は海産物と難所を切り抜ける操舵術による貿易の補助で、西の大陸へ向かうにはロンダール王国の協力がない場合山越えをしてから大海を渡る方法しかない。
だから小さく人口も少ない国でも対等な関係を諸国と結んでいるんだ。小さな国土で十分な産業を行えないゆえの国策は、とても優れたものだと思う。地形的な問題もそうだけど、その海に住む精霊や幻獣たちがロンダール以外の船を警戒するそうで、安全確実な航海はロンダールに頼むというのが決まりのようなもの。そのかわりに食糧諸々の貿易が成り立っているんだ。
で、そのロンダールがどうかしたの?
「この最もミュードに近い島、ヴィヌアス島の近海で新たな貝紫を作れる貝が発見されたらしい。貝紫の価値は知っているだろう? ところがロンダールとしてはヴィヌアスを神聖なる土地であるとして全く開墾していない。あそこは海の神々の婚姻の地とされているからな」
ロンダールもまた海の国。ミュードが海の豊かさ美しさを象徴とすれば、ロンダールは厳しさと雄々しさの一面を強く持つ。そんな国なら海の神々を信奉するのは当然だ。
「貝紫だけでなく、海の神々すらも欲しいとか?」
「おそらくな。ミュードは海の国と言われているが、実際に海の神々にまつわる土地や出来事があったわけじゃない。立地も価値も、ヴィヌアスを手に入れれば解決するとでも思っているのだろう」
「でも、それでは戦になります」
「だから、レオナールが欲しいんだよ。ロンダールにいる魔法使いは十人程度でも、精霊を友とする人々は多い……その精霊たちにとっても畏怖される闇の精霊を生まれながらに使役するレオナールがいれば、抑え込むのがたやすくなるとでも考えたんだろうさ」
吐き捨てるような言い方で顔を顰める王太子。そこからひしひしと伝わってくるのは明らかな怒りだ。
「黒髪の魔法使いが二人もいるのならという言い方がまず腹立たしい。うちの大事な臣下を物のように扱おうとするその姿勢に誰が協力するものか。見習い魔法使いをうちで育てたいという申し出ならまだしも、すでに国の中枢近くで働く者を欲しがれば貰えると思う神経も信じられん。王位継承権を持たぬ姫一人でうちの臣下が釣れると思うなという話だ」
「聞かれたら外交問題になる文言を混ぜ込むのやめてください!」
王位継承権がない姫君とか言わないの! 事実でも隣国の誰かに聞かれたら軽んじられてるってこちらを責める口実になっちゃうから!
「だって本気で腹が立ってるんだよ! 自分たちの都合のいいように動こうとする姿勢や考え方もだが、こっちを自分たちより下だと見下すあの態度も、大事な家臣を粗略に扱えると思われてるのも、俺がまだ王太子だからだって言いやがる!」
「カシルド様、落ち着いて!」
お嬢様が後ろから抱きつくと、風船がしぼむように王太子から怒りの気配が薄れていく。ひとつ大きく息を吐き出し、もう大丈夫というようにお嬢様の手に触れる顔も先ほどよりは穏やかだ。
「悪い、熱くなりすぎたな」
「大丈夫、カシルド様を止めるのが私の役目ですもの。お気になさらないで」
にこやかに微笑むお嬢様に王太子も笑みを返す。本当に落ち着いたみたい。
王太子がお嬢様を最初に見初めた理由、この人なら自分が我を忘れても恐れることなく止めてくれるんじゃないかって期待も含んでたんだよね。
王太子の魔力は魔法使いと遜色ないほど強い分、怒りでコントロールが甘くなると普通の女性では怯えて近づくことも出来なくなるんだとか。
あ、お嬢様が大丈夫なのは多分私のせいね。出会ったばかりの頃に私が散々やらかしたから変な度胸がついたらしくて、大抵のことには動じなくなったんだ……目の前でソファー持ち上げたりしたからな、他のメイドが仕事しないから全部私がやるってキレながら掃除してたりしたからな……色々思い返すといたたまれない。
結果としてお嬢様の幸せに繋がったんだからよかった、と言っていいのかなぁ。
「まあ、ともかくだ。俺はレオナールを向こうにみすみす渡すつもりはないし、あの王女と結婚させるつもりもない。だがそれを公にこちらが言い出せば、向こうがまた馬鹿なことを言ってくることも確実だ。ということで、リリーを呼んだ」
「そこで私に話が繋がるのですか」
「ああ。お前にしかできない、お前にしか頼めない大事な仕事だ」
そう言った王太子の顔はとても真剣で、私も背筋を正して言葉を待つ。
私にしかできない仕事なら、全力で取り組んでみせる。それがレオナール様の手助けになるならなおさらやる気が。
「レオナールといちゃいちゃしろ」
「……は?」
重々しく真面目に告げられた言葉にそれしか返せなかったけど、でもこれはそうでしょ? そうなるでしょ?
え、ちょっと待って私流石にこれはピンとこないというか、意味がわからないよ!
「そうだな。おそらくリリーが考えたように、ミュード国王は黒髪の魔法使いという存在を欲しているのだろう。その理由も見当はついている」
そう言って王太子が懐から取り出したのは、近隣諸国の描かれた地図だった。
「我が国がここで、この海に面した隣国がミュード王国だ。で、この海に点在する島々がわかるか?」
「ええ、わかります。ロンダール王国、ですよね」
ミュード王国の南側、遠浅や岩礁の多い一帯に点在する島々がロンダール王国だ。主な産業は海産物と難所を切り抜ける操舵術による貿易の補助で、西の大陸へ向かうにはロンダール王国の協力がない場合山越えをしてから大海を渡る方法しかない。
だから小さく人口も少ない国でも対等な関係を諸国と結んでいるんだ。小さな国土で十分な産業を行えないゆえの国策は、とても優れたものだと思う。地形的な問題もそうだけど、その海に住む精霊や幻獣たちがロンダール以外の船を警戒するそうで、安全確実な航海はロンダールに頼むというのが決まりのようなもの。そのかわりに食糧諸々の貿易が成り立っているんだ。
で、そのロンダールがどうかしたの?
「この最もミュードに近い島、ヴィヌアス島の近海で新たな貝紫を作れる貝が発見されたらしい。貝紫の価値は知っているだろう? ところがロンダールとしてはヴィヌアスを神聖なる土地であるとして全く開墾していない。あそこは海の神々の婚姻の地とされているからな」
ロンダールもまた海の国。ミュードが海の豊かさ美しさを象徴とすれば、ロンダールは厳しさと雄々しさの一面を強く持つ。そんな国なら海の神々を信奉するのは当然だ。
「貝紫だけでなく、海の神々すらも欲しいとか?」
「おそらくな。ミュードは海の国と言われているが、実際に海の神々にまつわる土地や出来事があったわけじゃない。立地も価値も、ヴィヌアスを手に入れれば解決するとでも思っているのだろう」
「でも、それでは戦になります」
「だから、レオナールが欲しいんだよ。ロンダールにいる魔法使いは十人程度でも、精霊を友とする人々は多い……その精霊たちにとっても畏怖される闇の精霊を生まれながらに使役するレオナールがいれば、抑え込むのがたやすくなるとでも考えたんだろうさ」
吐き捨てるような言い方で顔を顰める王太子。そこからひしひしと伝わってくるのは明らかな怒りだ。
「黒髪の魔法使いが二人もいるのならという言い方がまず腹立たしい。うちの大事な臣下を物のように扱おうとするその姿勢に誰が協力するものか。見習い魔法使いをうちで育てたいという申し出ならまだしも、すでに国の中枢近くで働く者を欲しがれば貰えると思う神経も信じられん。王位継承権を持たぬ姫一人でうちの臣下が釣れると思うなという話だ」
「聞かれたら外交問題になる文言を混ぜ込むのやめてください!」
王位継承権がない姫君とか言わないの! 事実でも隣国の誰かに聞かれたら軽んじられてるってこちらを責める口実になっちゃうから!
「だって本気で腹が立ってるんだよ! 自分たちの都合のいいように動こうとする姿勢や考え方もだが、こっちを自分たちより下だと見下すあの態度も、大事な家臣を粗略に扱えると思われてるのも、俺がまだ王太子だからだって言いやがる!」
「カシルド様、落ち着いて!」
お嬢様が後ろから抱きつくと、風船がしぼむように王太子から怒りの気配が薄れていく。ひとつ大きく息を吐き出し、もう大丈夫というようにお嬢様の手に触れる顔も先ほどよりは穏やかだ。
「悪い、熱くなりすぎたな」
「大丈夫、カシルド様を止めるのが私の役目ですもの。お気になさらないで」
にこやかに微笑むお嬢様に王太子も笑みを返す。本当に落ち着いたみたい。
王太子がお嬢様を最初に見初めた理由、この人なら自分が我を忘れても恐れることなく止めてくれるんじゃないかって期待も含んでたんだよね。
王太子の魔力は魔法使いと遜色ないほど強い分、怒りでコントロールが甘くなると普通の女性では怯えて近づくことも出来なくなるんだとか。
あ、お嬢様が大丈夫なのは多分私のせいね。出会ったばかりの頃に私が散々やらかしたから変な度胸がついたらしくて、大抵のことには動じなくなったんだ……目の前でソファー持ち上げたりしたからな、他のメイドが仕事しないから全部私がやるってキレながら掃除してたりしたからな……色々思い返すといたたまれない。
結果としてお嬢様の幸せに繋がったんだからよかった、と言っていいのかなぁ。
「まあ、ともかくだ。俺はレオナールを向こうにみすみす渡すつもりはないし、あの王女と結婚させるつもりもない。だがそれを公にこちらが言い出せば、向こうがまた馬鹿なことを言ってくることも確実だ。ということで、リリーを呼んだ」
「そこで私に話が繋がるのですか」
「ああ。お前にしかできない、お前にしか頼めない大事な仕事だ」
そう言った王太子の顔はとても真剣で、私も背筋を正して言葉を待つ。
私にしかできない仕事なら、全力で取り組んでみせる。それがレオナール様の手助けになるならなおさらやる気が。
「レオナールといちゃいちゃしろ」
「……は?」
重々しく真面目に告げられた言葉にそれしか返せなかったけど、でもこれはそうでしょ? そうなるでしょ?
え、ちょっと待って私流石にこれはピンとこないというか、意味がわからないよ!
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