上 下
110 / 123
魔法省で臨時メイドになりました

王太子夫妻と

しおりを挟む
「さて、突然のことですまなかったなリリー」

王女様が退室するのを待って王太子が口にしたのは私に対する謝罪だった。

「アランから恋人なのだから傍にいた方が安心するだろうと言われて了承したが、レティに物凄く叱られたよ」
「まったくです。誰が愛しい方に他の女性が近づくのを見ている方が安心すると言うのです。リリーは確かに心の強い素敵な女性ですけど、傷つかないわけじゃありませんわ」

それまでの笑みを消し、お嬢様は頬を膨らませた。王太子妃になってから見ることの少なくなった素の表情に、思わず微笑んでしまう。
伯爵家に生まれたお嬢様は体が弱く、母親も乳母にも先立たれ、父親は仕事で忙しく飛び回り孤独な日々を過ごしていた。せめて話し相手にと、父親である伯爵様は自分の友人で護衛だった私の父に相談し、私をお嬢様に引き合わせたんだ。
で、私が盛大に色々やらかした。掃除したり食事に口出ししたり、本当に色々やらかした。だけどそんな私を、お嬢様のために力を尽くしているのだからと伯爵様は許すどころか褒めてさえくださって、私の好きにするようにと言ってくださったんだ。
実際、私が色々やった結果お嬢様の体調が良くなったのが大きな理由だと思うんだけど、それにしても心が広いよね。
そんなわけで小さい頃からお嬢様とずっと一緒にいたわけで、主人とメイドというよりはほぼ家族のような扱いに近いものをされている。お嬢様にもはっきりと親友って言われたし、伯爵様にもうちの子だって言われて王城に入る後ろ盾になっていただいた。私の身分は平民だからただのメイドならお嬢様の輿入れに付き添うことはできないけど、伯爵様が後ろ盾になったからそのままお嬢様のメイドとして働き続けることが許されたんだ。
その後王太子に使われることになったけどね。お嬢様のところにいた時から私を引き抜きたかったみたいな話を後で聞かされたけど、まあそれは置いといて。
レオナール様のところに来てからあまり会えなくなったし、こうして昔と変わらぬ姿を見ることができるのはなんとなくホッとしたというか元気そうでよかったなぁと思うんだ。

「もう、リリーったら。ちゃんとわかってます?」
「リディアーヌ様が私のために怒ってくださっているのだということはわかります。ありがとうございます」
「そ、それは親友として当たり前ですわ。そうではなくて、カシルド様がリリーを呼んだ理由をちゃんと理解していますか?」

王太子が私を呼んだ理由ねぇ……アランが言った説明じゃ足りないのかな?

「エスティリア王女様がレオナール様をお好きで、縁談を纏めたがっているとは聞きました。ただこちらとしては筆頭魔法使いを婿入りさせることも、向こうの国として王女様を嫁入りさせることも難しいので、承諾しかねる話だとか。王家のメイドである私が王女様の傍にいるのは牽制のようなものだと聞いています」
「そうね、それもあるわ。先ほどカシルド様が言ったように、他国の王女に誰も付くことなく視察をさせていたのも問題だったことも事実よ。機密を守るために王女付きの者たちを付き添わせることは出来ないのだから、その点において配慮できなかったのは私たちの落ち度。魔力ゼロ体質とはいえ、マリエル殿の魔法具を身につけて対処が出来るリリーならば魔法省に付き添っても問題がないからこれ幸いと付き添わせようとしている……ごめんね、これはどうしてもお願いしたいことなの」
「大丈夫です、わかっていますから」

魔法使いは誰であれその魔力の量から畏怖され倦厭されることがほとんどらしい。そのせいで人付き合いが苦手というか、うまく意思疎通ができないことが多いとか。研究者肌の人だとそれが特に強いというのはルーカスさんから聞いた話だ。
王女様が視察をしたいのが研究ならば尚更にうまく対応出来る人は少ないだろうし、そもそも魔法使いの女性が少ないからね。未婚の王女様に男性をつけるのも問題があるんだろうし……レオナール様が案内をさせられているのは地位とそういう含みを持たせた色々な結果なんだろうなとは思っていた。

「でもね、それだけならわざわざリリーとマリエル殿が恋人だってことはあからさまにしなくて良かったと思わない? それとなく匂わせて断ればいいだけ、なのにどうしてあんなにも挑発するかのような知らせ方をしたと思う?」

……確かに、妙に歯に衣着せぬ言い方だとは思ったのよね。アランもそうだし、王太子が私を紹介した時もハードル上げるような感じだった。

「言われてみれば、少々腑に落ちない部分がありましたが……それこそレオナール様を渡さないための牽制だと思っておりました」
「それは間違いないわ。ただ、それだけならあそこまでしなくてもよかったの。問題は、王女がこの国に来ると知らせるミュード国王の親書にね、この国として許しがたい一文があったことで」

そこで言葉を探すように口を噤むと、お嬢様は少し気遣うようなまなざしでレオナール様を見た。
だけどお嬢様より先に、王太子が口を開く。

「文面にはこうあった。そちらには黒髪の魔法使いが二人いるのだろう、ならば一人こちらに寄こせ。自国には黒髪がいないのだから、力関係を釣り合わせ友好関係を継続させるためならば当然だろう、とな」
「……ミュード王国とは対等の関係でしたよね。どうしてそう一方的な要求なのでしょう」

多分親書の中ではもっとやんわりした表現なんだろうけど、王太子がそういうなら国王の意志に大きな違いはないんだろう。というより、なんだか人を物のような扱いしてませんか?
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

メイドから母になりました 番外編

夕月 星夜
ファンタジー
メイドから母になりましたの番外編置き場になります リクエストなどもこちらです

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

継母の心得 〜 番外編 〜

トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。 【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。