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魔法省で臨時メイドになりました
王太子夫妻と
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「さて、突然のことですまなかったなリリー」
王女様が退室するのを待って王太子が口にしたのは私に対する謝罪だった。
「アランから恋人なのだから傍にいた方が安心するだろうと言われて了承したが、レティに物凄く叱られたよ」
「まったくです。誰が愛しい方に他の女性が近づくのを見ている方が安心すると言うのです。リリーは確かに心の強い素敵な女性ですけど、傷つかないわけじゃありませんわ」
それまでの笑みを消し、お嬢様は頬を膨らませた。王太子妃になってから見ることの少なくなった素の表情に、思わず微笑んでしまう。
伯爵家に生まれたお嬢様は体が弱く、母親も乳母にも先立たれ、父親は仕事で忙しく飛び回り孤独な日々を過ごしていた。せめて話し相手にと、父親である伯爵様は自分の友人で護衛だった私の父に相談し、私をお嬢様に引き合わせたんだ。
で、私が盛大に色々やらかした。掃除したり食事に口出ししたり、本当に色々やらかした。だけどそんな私を、お嬢様のために力を尽くしているのだからと伯爵様は許すどころか褒めてさえくださって、私の好きにするようにと言ってくださったんだ。
実際、私が色々やった結果お嬢様の体調が良くなったのが大きな理由だと思うんだけど、それにしても心が広いよね。
そんなわけで小さい頃からお嬢様とずっと一緒にいたわけで、主人とメイドというよりはほぼ家族のような扱いに近いものをされている。お嬢様にもはっきりと親友って言われたし、伯爵様にもうちの子だって言われて王城に入る後ろ盾になっていただいた。私の身分は平民だからただのメイドならお嬢様の輿入れに付き添うことはできないけど、伯爵様が後ろ盾になったからそのままお嬢様のメイドとして働き続けることが許されたんだ。
その後王太子に使われることになったけどね。お嬢様のところにいた時から私を引き抜きたかったみたいな話を後で聞かされたけど、まあそれは置いといて。
レオナール様のところに来てからあまり会えなくなったし、こうして昔と変わらぬ姿を見ることができるのはなんとなくホッとしたというか元気そうでよかったなぁと思うんだ。
「もう、リリーったら。ちゃんとわかってます?」
「リディアーヌ様が私のために怒ってくださっているのだということはわかります。ありがとうございます」
「そ、それは親友として当たり前ですわ。そうではなくて、カシルド様がリリーを呼んだ理由をちゃんと理解していますか?」
王太子が私を呼んだ理由ねぇ……アランが言った説明じゃ足りないのかな?
「エスティリア王女様がレオナール様をお好きで、縁談を纏めたがっているとは聞きました。ただこちらとしては筆頭魔法使いを婿入りさせることも、向こうの国として王女様を嫁入りさせることも難しいので、承諾しかねる話だとか。王家のメイドである私が王女様の傍にいるのは牽制のようなものだと聞いています」
「そうね、それもあるわ。先ほどカシルド様が言ったように、他国の王女に誰も付くことなく視察をさせていたのも問題だったことも事実よ。機密を守るために王女付きの者たちを付き添わせることは出来ないのだから、その点において配慮できなかったのは私たちの落ち度。魔力ゼロ体質とはいえ、マリエル殿の魔法具を身につけて対処が出来るリリーならば魔法省に付き添っても問題がないからこれ幸いと付き添わせようとしている……ごめんね、これはどうしてもお願いしたいことなの」
「大丈夫です、わかっていますから」
魔法使いは誰であれその魔力の量から畏怖され倦厭されることがほとんどらしい。そのせいで人付き合いが苦手というか、うまく意思疎通ができないことが多いとか。研究者肌の人だとそれが特に強いというのはルーカスさんから聞いた話だ。
王女様が視察をしたいのが研究ならば尚更にうまく対応出来る人は少ないだろうし、そもそも魔法使いの女性が少ないからね。未婚の王女様に男性をつけるのも問題があるんだろうし……レオナール様が案内をさせられているのは地位とそういう含みを持たせた色々な結果なんだろうなとは思っていた。
「でもね、それだけならわざわざリリーとマリエル殿が恋人だってことはあからさまにしなくて良かったと思わない? それとなく匂わせて断ればいいだけ、なのにどうしてあんなにも挑発するかのような知らせ方をしたと思う?」
……確かに、妙に歯に衣着せぬ言い方だとは思ったのよね。アランもそうだし、王太子が私を紹介した時もハードル上げるような感じだった。
「言われてみれば、少々腑に落ちない部分がありましたが……それこそレオナール様を渡さないための牽制だと思っておりました」
「それは間違いないわ。ただ、それだけならあそこまでしなくてもよかったの。問題は、王女がこの国に来ると知らせるミュード国王の親書にね、この国として許しがたい一文があったことで」
そこで言葉を探すように口を噤むと、お嬢様は少し気遣うようなまなざしでレオナール様を見た。
だけどお嬢様より先に、王太子が口を開く。
「文面にはこうあった。そちらには黒髪の魔法使いが二人いるのだろう、ならば一人こちらに寄こせ。自国には黒髪がいないのだから、力関係を釣り合わせ友好関係を継続させるためならば当然だろう、とな」
「……ミュード王国とは対等の関係でしたよね。どうしてそう一方的な要求なのでしょう」
多分親書の中ではもっとやんわりした表現なんだろうけど、王太子がそういうなら国王の意志に大きな違いはないんだろう。というより、なんだか人を物のような扱いしてませんか?
王女様が退室するのを待って王太子が口にしたのは私に対する謝罪だった。
「アランから恋人なのだから傍にいた方が安心するだろうと言われて了承したが、レティに物凄く叱られたよ」
「まったくです。誰が愛しい方に他の女性が近づくのを見ている方が安心すると言うのです。リリーは確かに心の強い素敵な女性ですけど、傷つかないわけじゃありませんわ」
それまでの笑みを消し、お嬢様は頬を膨らませた。王太子妃になってから見ることの少なくなった素の表情に、思わず微笑んでしまう。
伯爵家に生まれたお嬢様は体が弱く、母親も乳母にも先立たれ、父親は仕事で忙しく飛び回り孤独な日々を過ごしていた。せめて話し相手にと、父親である伯爵様は自分の友人で護衛だった私の父に相談し、私をお嬢様に引き合わせたんだ。
で、私が盛大に色々やらかした。掃除したり食事に口出ししたり、本当に色々やらかした。だけどそんな私を、お嬢様のために力を尽くしているのだからと伯爵様は許すどころか褒めてさえくださって、私の好きにするようにと言ってくださったんだ。
実際、私が色々やった結果お嬢様の体調が良くなったのが大きな理由だと思うんだけど、それにしても心が広いよね。
そんなわけで小さい頃からお嬢様とずっと一緒にいたわけで、主人とメイドというよりはほぼ家族のような扱いに近いものをされている。お嬢様にもはっきりと親友って言われたし、伯爵様にもうちの子だって言われて王城に入る後ろ盾になっていただいた。私の身分は平民だからただのメイドならお嬢様の輿入れに付き添うことはできないけど、伯爵様が後ろ盾になったからそのままお嬢様のメイドとして働き続けることが許されたんだ。
その後王太子に使われることになったけどね。お嬢様のところにいた時から私を引き抜きたかったみたいな話を後で聞かされたけど、まあそれは置いといて。
レオナール様のところに来てからあまり会えなくなったし、こうして昔と変わらぬ姿を見ることができるのはなんとなくホッとしたというか元気そうでよかったなぁと思うんだ。
「もう、リリーったら。ちゃんとわかってます?」
「リディアーヌ様が私のために怒ってくださっているのだということはわかります。ありがとうございます」
「そ、それは親友として当たり前ですわ。そうではなくて、カシルド様がリリーを呼んだ理由をちゃんと理解していますか?」
王太子が私を呼んだ理由ねぇ……アランが言った説明じゃ足りないのかな?
「エスティリア王女様がレオナール様をお好きで、縁談を纏めたがっているとは聞きました。ただこちらとしては筆頭魔法使いを婿入りさせることも、向こうの国として王女様を嫁入りさせることも難しいので、承諾しかねる話だとか。王家のメイドである私が王女様の傍にいるのは牽制のようなものだと聞いています」
「そうね、それもあるわ。先ほどカシルド様が言ったように、他国の王女に誰も付くことなく視察をさせていたのも問題だったことも事実よ。機密を守るために王女付きの者たちを付き添わせることは出来ないのだから、その点において配慮できなかったのは私たちの落ち度。魔力ゼロ体質とはいえ、マリエル殿の魔法具を身につけて対処が出来るリリーならば魔法省に付き添っても問題がないからこれ幸いと付き添わせようとしている……ごめんね、これはどうしてもお願いしたいことなの」
「大丈夫です、わかっていますから」
魔法使いは誰であれその魔力の量から畏怖され倦厭されることがほとんどらしい。そのせいで人付き合いが苦手というか、うまく意思疎通ができないことが多いとか。研究者肌の人だとそれが特に強いというのはルーカスさんから聞いた話だ。
王女様が視察をしたいのが研究ならば尚更にうまく対応出来る人は少ないだろうし、そもそも魔法使いの女性が少ないからね。未婚の王女様に男性をつけるのも問題があるんだろうし……レオナール様が案内をさせられているのは地位とそういう含みを持たせた色々な結果なんだろうなとは思っていた。
「でもね、それだけならわざわざリリーとマリエル殿が恋人だってことはあからさまにしなくて良かったと思わない? それとなく匂わせて断ればいいだけ、なのにどうしてあんなにも挑発するかのような知らせ方をしたと思う?」
……確かに、妙に歯に衣着せぬ言い方だとは思ったのよね。アランもそうだし、王太子が私を紹介した時もハードル上げるような感じだった。
「言われてみれば、少々腑に落ちない部分がありましたが……それこそレオナール様を渡さないための牽制だと思っておりました」
「それは間違いないわ。ただ、それだけならあそこまでしなくてもよかったの。問題は、王女がこの国に来ると知らせるミュード国王の親書にね、この国として許しがたい一文があったことで」
そこで言葉を探すように口を噤むと、お嬢様は少し気遣うようなまなざしでレオナール様を見た。
だけどお嬢様より先に、王太子が口を開く。
「文面にはこうあった。そちらには黒髪の魔法使いが二人いるのだろう、ならば一人こちらに寄こせ。自国には黒髪がいないのだから、力関係を釣り合わせ友好関係を継続させるためならば当然だろう、とな」
「……ミュード王国とは対等の関係でしたよね。どうしてそう一方的な要求なのでしょう」
多分親書の中ではもっとやんわりした表現なんだろうけど、王太子がそういうなら国王の意志に大きな違いはないんだろう。というより、なんだか人を物のような扱いしてませんか?
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