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魔法省で臨時メイドになりました
戦場のようなその場所で
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シドさんが私を迎えに来るってことは、相当まずいんだよね。今までこんなことなかったもの。
でも、ひとつだけ確認しておかないと。
「魔法省の許可は下りてますか?」
「つーか、長が出来れば来てほしいって」
「わかりました、すぐに準備します。ミリス、あとを頼んでも大丈夫?」
焼き上がった最初のハニーマスタードチキンを取り分けつつ確認すると、ちょうどポテトサラダを作り終わったミリスが頷いてくれる。
「大丈夫ですわ。チキンを焼けばいいだけですわよね?」
「うん。パンも切ったしスープも温めたし、あとはポテトサラダとチキンを盛ればいいだけだもの」
「それなら大丈夫ですわ。あ、お弁当が……」
「ん、それは今から作っちゃう。手伝ってもらっていい?」
「もちろんですわ」
ミリスに頼んで薄く切り分けたチキンを氷の魔法でパンに挟める程度の温度に冷ましてもらいつつ、バターをたっぷり塗った柔らかいパンにポテトサラダを塗るようにして挟んでいく。
「シドさん、私も向こうでご飯食べていいのかしら」
「あー、そうしてもらえりゃ助かる」
「わかりました」
じゃあ私の分もポテトサラダサンドを作って……チキンサンドはレオナール様たちの分だけでいいや。
切れ目を入れたバゲットの間にバターを塗って、レタスと水に晒して辛味を抜いた玉ねぎ、それからハニーマスタードチキンを挟み込む。
食べやすいようにいくつか切り分けて、パパッとお弁当用のカゴに詰め込んでっと。
「急いで着替えてきます、もうちょっとだけ待っててくださいね」
「おう……」
シドさんがほんとに早えっと呟く声を聞きつつ、私は急いで着替えに向かう。
選んだのは紺色で前ボタンが控えめな金色をしたシンプルでカッチリとした印象のドレス。城で働くメイドたちに紛れても文句は言われないようにと思ったんだ。
それから私の持つ唯一の宝石箱を開け、一番下にしまっていた小箱から銀と真珠で象られたユリのブローチを取り出す。これは王家から贈られた、王家のメイドという私の身分を確かにするもの。
最後に髪が乱れていないかを確認して、とりあえず城に行っても問題がない格好であることを確認する。本当は少しくらい化粧をした方がいいんだろうけど、普段からしてないしまあこのままで。
……ちょっとくらいレオナール様に可愛いと思ってもらいたい乙女心もない訳じゃないけど、それはお休みが取れてゆっくりできる時でいいよね。忙しいところに行くんだもの。
「お待たせしました」
シドさんが待つ台所に飛び込むように入れば、まずはミリスがお弁当を手渡してくれる。
「行ってらっしゃい、リリー。マスターをよろしくお願いいたしますわ」
「うん、行ってきます。ミリスもジルたちをよろしくね」
しっかりお弁当を抱えて、差し出されたシドさんの手に片手を重ねる。
「それじゃ、行くぞ。ちゃんと目を閉じてろよ?」
「はい」
目を閉じるのと足元の感覚が変わるのは同時で、だけど不安はなかった。
シドさんに導かれて闇の中を通るのは、これがはじめてじゃない。粘度の高い水に沈むように体が包まれているのを感じながら、シドさんと約束した通り目は閉じたままでいると、ふっと浮かぶような感覚を覚える。
「もういいぞ、リリー」
シドさんの声にゆっくりと目を開ければ、前にも訪れた魔法省の入口の前にいた。お弁当を抱えなおす私の前で、シドさんが扉を開ける。
その途端、目に飛び込んだのはきりもみ回転しながら空を飛ぶ本。勢いよく飛び交う本と怒号も聞こえる大騒ぎにポカンと口を開けてしまった。
確かに前来た時も本が浮いてはいたけど、あの時はふわふわと宙を舞う幻想的な景色だった。これじゃまるで戦場だよ。
「シドさん、これ……」
「人手が足りない結果、らしい」
人手が足りないから魔法フル活用な中、お弁当を持っているのが物凄く場違いって感じがするんだけど。
誰にともなく申し訳なさを感じつつシドさんに守られるようにしてレオナール様の執務室に向かう。だって容赦なく本が飛んでくるんだもの、シドさんに庇われなかったら何回かぶつかってたよ。
そうしてなんとか無傷で目的の部屋に辿り着くと同時に、扉が内側から勢いよく吹き飛んだ。
「なによ、レオちゃんのいけずー! 美味しいじゃないのさっ!」
ビックリしている私の前で扉から吹き飛ばされて来た人が埃を払いつつ立ち上がる。
長く艶やかな紫銀の髪に菫の瞳を持った、細身の男性だ。魔法使いのローブも貝紫色と紫尽くしだけど、うるさくなく調和して色っぽさを醸し出しているのが凄い。
ただあの、うん。その手にお持ちの真っ赤な瓶はいったいなんですか?
「……リリー、前にマスターが辛いもの苦手だって話をアムドから聞いてたよな」
「え、ええ」
あれははじめてケチャップを作った時。鮮やかな赤の色合いを見たアムドさんが心配して聞いたてきたんだよね。いつも美味しいってなんでも食べてくださるレオナール様だったから、そこではじめて辛いものが苦手なんだって知ったんだ。
元々ジルがいたから辛いものを作っていなかったんだよね。子供は辛いもの苦手な子の方が多いもの。
ちなみにアムドさんは緑がかった癖のある髪と深緑のまなざしの風の精霊さんで、大きな鳥の姿になって空を飛ぶこともできる。あの時も今みたいにお弁当を届けようとしてくれたんだよね。
なんとなく懐かしい気持ちになりつつ、それが今の質問とどう関係するのかわからないで首を傾ければ、シドさんは頭が痛そうな顔をしつつ男性を指差した。
「その原因が、あれだ」
でも、ひとつだけ確認しておかないと。
「魔法省の許可は下りてますか?」
「つーか、長が出来れば来てほしいって」
「わかりました、すぐに準備します。ミリス、あとを頼んでも大丈夫?」
焼き上がった最初のハニーマスタードチキンを取り分けつつ確認すると、ちょうどポテトサラダを作り終わったミリスが頷いてくれる。
「大丈夫ですわ。チキンを焼けばいいだけですわよね?」
「うん。パンも切ったしスープも温めたし、あとはポテトサラダとチキンを盛ればいいだけだもの」
「それなら大丈夫ですわ。あ、お弁当が……」
「ん、それは今から作っちゃう。手伝ってもらっていい?」
「もちろんですわ」
ミリスに頼んで薄く切り分けたチキンを氷の魔法でパンに挟める程度の温度に冷ましてもらいつつ、バターをたっぷり塗った柔らかいパンにポテトサラダを塗るようにして挟んでいく。
「シドさん、私も向こうでご飯食べていいのかしら」
「あー、そうしてもらえりゃ助かる」
「わかりました」
じゃあ私の分もポテトサラダサンドを作って……チキンサンドはレオナール様たちの分だけでいいや。
切れ目を入れたバゲットの間にバターを塗って、レタスと水に晒して辛味を抜いた玉ねぎ、それからハニーマスタードチキンを挟み込む。
食べやすいようにいくつか切り分けて、パパッとお弁当用のカゴに詰め込んでっと。
「急いで着替えてきます、もうちょっとだけ待っててくださいね」
「おう……」
シドさんがほんとに早えっと呟く声を聞きつつ、私は急いで着替えに向かう。
選んだのは紺色で前ボタンが控えめな金色をしたシンプルでカッチリとした印象のドレス。城で働くメイドたちに紛れても文句は言われないようにと思ったんだ。
それから私の持つ唯一の宝石箱を開け、一番下にしまっていた小箱から銀と真珠で象られたユリのブローチを取り出す。これは王家から贈られた、王家のメイドという私の身分を確かにするもの。
最後に髪が乱れていないかを確認して、とりあえず城に行っても問題がない格好であることを確認する。本当は少しくらい化粧をした方がいいんだろうけど、普段からしてないしまあこのままで。
……ちょっとくらいレオナール様に可愛いと思ってもらいたい乙女心もない訳じゃないけど、それはお休みが取れてゆっくりできる時でいいよね。忙しいところに行くんだもの。
「お待たせしました」
シドさんが待つ台所に飛び込むように入れば、まずはミリスがお弁当を手渡してくれる。
「行ってらっしゃい、リリー。マスターをよろしくお願いいたしますわ」
「うん、行ってきます。ミリスもジルたちをよろしくね」
しっかりお弁当を抱えて、差し出されたシドさんの手に片手を重ねる。
「それじゃ、行くぞ。ちゃんと目を閉じてろよ?」
「はい」
目を閉じるのと足元の感覚が変わるのは同時で、だけど不安はなかった。
シドさんに導かれて闇の中を通るのは、これがはじめてじゃない。粘度の高い水に沈むように体が包まれているのを感じながら、シドさんと約束した通り目は閉じたままでいると、ふっと浮かぶような感覚を覚える。
「もういいぞ、リリー」
シドさんの声にゆっくりと目を開ければ、前にも訪れた魔法省の入口の前にいた。お弁当を抱えなおす私の前で、シドさんが扉を開ける。
その途端、目に飛び込んだのはきりもみ回転しながら空を飛ぶ本。勢いよく飛び交う本と怒号も聞こえる大騒ぎにポカンと口を開けてしまった。
確かに前来た時も本が浮いてはいたけど、あの時はふわふわと宙を舞う幻想的な景色だった。これじゃまるで戦場だよ。
「シドさん、これ……」
「人手が足りない結果、らしい」
人手が足りないから魔法フル活用な中、お弁当を持っているのが物凄く場違いって感じがするんだけど。
誰にともなく申し訳なさを感じつつシドさんに守られるようにしてレオナール様の執務室に向かう。だって容赦なく本が飛んでくるんだもの、シドさんに庇われなかったら何回かぶつかってたよ。
そうしてなんとか無傷で目的の部屋に辿り着くと同時に、扉が内側から勢いよく吹き飛んだ。
「なによ、レオちゃんのいけずー! 美味しいじゃないのさっ!」
ビックリしている私の前で扉から吹き飛ばされて来た人が埃を払いつつ立ち上がる。
長く艶やかな紫銀の髪に菫の瞳を持った、細身の男性だ。魔法使いのローブも貝紫色と紫尽くしだけど、うるさくなく調和して色っぽさを醸し出しているのが凄い。
ただあの、うん。その手にお持ちの真っ赤な瓶はいったいなんですか?
「……リリー、前にマスターが辛いもの苦手だって話をアムドから聞いてたよな」
「え、ええ」
あれははじめてケチャップを作った時。鮮やかな赤の色合いを見たアムドさんが心配して聞いたてきたんだよね。いつも美味しいってなんでも食べてくださるレオナール様だったから、そこではじめて辛いものが苦手なんだって知ったんだ。
元々ジルがいたから辛いものを作っていなかったんだよね。子供は辛いもの苦手な子の方が多いもの。
ちなみにアムドさんは緑がかった癖のある髪と深緑のまなざしの風の精霊さんで、大きな鳥の姿になって空を飛ぶこともできる。あの時も今みたいにお弁当を届けようとしてくれたんだよね。
なんとなく懐かしい気持ちになりつつ、それが今の質問とどう関係するのかわからないで首を傾ければ、シドさんは頭が痛そうな顔をしつつ男性を指差した。
「その原因が、あれだ」
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