ただ、その瞳を望む

夕月 星夜

文字の大きさ
上 下
2 / 3

名前を知らない

しおりを挟む
 ※レオナールがリリーへの気持ちを自覚する前の話です



朝起きるといい匂いがする。昔からシドがご飯を作っていてくれていたはずなのに、リリーが来てからは明らかに違う目覚めで一日が始まるようになった。

「おはようございます」

降りて行った僕に気付いたリリーが笑う。両手には美味しそうな匂いを漂わせる鍋を持っているのに、危なげなく行動していた。
ジルも身なりを整えて、お皿を出したりと自分にできるお手伝いをしているみたい。

「お父さん、おはよう!」
「おはようリリー、ジル。いい匂い」

テーブルに乗せられた鍋を覗き込めば、ふわりと立ち込める湯気の向こうに煮込まれた野菜や肉が見える。なんの料理なのかはわからないけれど、リリーが作ったものなんだから美味しいのは間違いない。
リリーの作るご飯は、特別豪華だったり凄く手の込んだものだったり、そういうものではない。そういうのが食べたいなら、城で出される食事の方が間違いなく上だ。
でも、なんて言えばいいのかな。リリーの作るご飯はホッとする。優しくて、また今日も頑張ろうって気になるし、毎日食べて飽きることもない。
それに、みんなでこうして一緒にご飯を食べられる。リリーが来るまでみんな揃ってなんてなかったから、なんだかとても胸があたたかくなるんだ。

「あたたかいうちに召し上がってくださいね」
「ん」

席につけば目の前の皿には綺麗なオムレツがある。リリーが作るオムレツはふんわりとろっと柔らかくて、どこか懐かしい優しい味がする。僕の好きな料理のひとつだと少し気分よくナイフを入れれば、中から卵以外の何かがとろっと溢れてきた。

「……リリー、これは?」
「あ、この間作った魚のオイル漬けとクリームを混ぜて入れてみたんです。お口にあいませんか?」

最初は嬉しそうに説明してくれたのに、最後にはしょんぼりとした顔になるリリー。慌てて口にしたら……うん。

「美味しい」
「本当ですか? よかったです!」

いつもだと結構あっさりしているからケチャップをつけたりするのに、これは何もいらない。
濃厚で舌に旨味が残るのに、しつこくなくてとても優しい味がする。
色々と言ってあげたいのに、それよりよかったと微笑むリリーの笑顔がとてもまぶしくて、言葉が上手く出てこない。
そんな僕に気付くことなく、リリーはよそったスープをそれぞれの席に運んでいた。

「お母さん、おいしい!」
「よかった、いっぱい食べてね」

にこにこするジルに微笑んで、リリーも自分の席に着く。
よそったばかりのスープを口に運ぶ仕草は上品で、それを見たジルが慌ててスプーンを持ち帰るのが微笑ましい。
こういう部分を見るだけでも、リリーに母親役を頼んでよかったなって思うんだけど……

「……で、つまり何が言いたいんだ?」

リリーに見送られて職場に来たのはいいんだけど、なんだかもやもやした気持ちが治らないからウィレムに聞いてみたら、何故かものすごく呆れた顔をされた。

「うまく、言えないけど。これ、なに?」
「その説明でわかれって言うなよなー」

ぶつぶつ言いながらも一緒に考えてくれるウィレムは優しい。なんでそんなに優しいんだって前に聞いたら、友達に頼られたら普通は一緒に考えるだろって言われた。
こういう感情とか心とか、そういう部分に関して僕はまだまだ分からないから、ウィレムがいてくれてよかったって思う。

「つまり、あれだろ。リリーが特別ってことだろ?」
「ん、大事な家族」
「あー、そうだけどよ。でも、家族でもジルに対する感情とは、また違うんだろ?」

守りたい。笑っててほしい。そう思うのはリリーもジルも一緒。
何か違うのかなって考えて、一つだけ浮かぶのは。

「僕が」
「あ?」
「僕が、リリーを笑顔にしたいなって」

笑ってくれるのが嬉しい。守りたい。でも、僕がリリーを笑顔にできたら、一番最初に笑顔を見れるんだよね?
それはなんだか、とても嬉しいことのような気がするんだ。
素直にそう伝えたら、ウィレムが目を見開いていた。

「おま……いや、いい」
「ウィレム?」
「もう少し、時間をおいてみろ。それ以外に何か感じることがあったら、また言え」
「ん、ウィレムがそう言うなら」

ウィレムが僕を騙したことなんて一度もない。だから素直に頷くけど、ウィレムは困ったように笑うだけ。

「いつか、その気持ちが実を結ぶといいな」

その言葉の意味も、この感じてる気持ちも、まだ何も知らないけど。
きっとこの先もリリーが笑ってくれると嬉しいんだろうなって、それだけは間違いないんだ。
早くこのもやもやが消えればいいのに。そしたら、リリーといっぱい話せるのに。
ちょっと考えるだけで、僕の中がリリーでいっぱいになる。
レオナール様と呼んでくれる声を聞きたくなって、僕は早く帰るために机に向かった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

メイドから母になりました 番外編

夕月 星夜
ファンタジー
メイドから母になりましたの番外編置き場になります リクエストなどもこちらです

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

最強の男ギルドから引退勧告を受ける

たぬまる
ファンタジー
 ハンターギルド最強の男ブラウンが突如の引退勧告を受け  あっさり辞めてしまう  最強の男を失ったギルドは?切欠を作った者は?  結末は?  

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...