ただ、その瞳を望む

夕月 星夜

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過去のような未来のような

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僕がその子に出会ったのは、小さな部屋の中だった。
ベッドと机、椅子にチェスト。本棚に入りきらない本は無造作に床へ積まれている。
まるで僕の部屋みたいな部屋の中に小さな女の子が一人でいる光景は、僕に過去を思い出させるのに充分なものだった。
黒髪に生まれたせいで離れに放置された子供の頃。シドがいて手助けをしてくれた人もいたから生きてこれたけれど、両親に会った記憶は数えるほどもなかったあの頃。
長が見つけてくれた時の僕は、この子のような怯えた目をしていたのだろうか。

「迎えに来ました、一緒に行きましょう?」

怯える子供を安心させるためと女性であるロザンナと物腰のやわらかなルーカスが声をかける。
そこに長もしゃがんで視線を合わせ、大丈夫だと告げればやっと子供は頷いた。
そろそろと伸ばした手は長の服を小さく掴む。僕の時はシドが手を引いてくれたけど、この子には誰もいないんだ。
僕によく似た、僕とは違う小さな女の子。
それでもこの時までは、時々出会う普通の魔力持ちとしての認識しか持っていなかった。

「お待ちください!  その子をどこに連れて行くのですか!」

そう叫んだ男が子供に触れようと手を伸ばす。この家の主でこの子の父親だとか聞いたけど、そんなに似てはいない。
それに、あの部屋を見ていながらこの子に触れようとするのを許すほど、僕たちは優しくもない。
およそ子供らしくない部屋、そのドアには外から鍵がかかっていた。窓には装飾だと言い切れなくもないギリギリの格子も嵌っていた。
どう見ても健全な子供の部屋ではないし、この家がこの子にしてきたことを知らないでやってきたわけでもない。
魔力の多い子供にありがちな暴走、それを恐れてこの部屋に閉じ込めたーーそれも3年近くもだと、調べは付いているんだ。

「前にもお話ししたように、この子を魔法省で引き取るだけですじゃ。なに、その方が魔力の正しい使い方をわかるようになるからでしてな、けしてあなた方がどうこうという話ではありませぬよ」

おっとりと男を牽制しつつ笑う長。僕たちの目的はあくまでも魔力を持つ子供の保護で、それ以外はなにもするつもりはないんだ。子供の体に傷があるとかなら別の話になるけど、多分ただ閉じ込めただけだろうと思うから。
だって、質素だしくたびれてはいるけれど、この子は着ている服はきちんと洗濯されたものだった。
体も驚くほど痩せてはいるけれど、食事を与えられていなかったというわけではないのが部屋にあった食器からわかっている。
扱いに困った親がとりあえず閉じ込めた、そんな感じの状況に目くじらを立てて怒れないのは、実際暴走した結果を知っている身としては仕方がないことだ。
ただ、もう三年。この子ももう、自分で魔力を操れるようになるべきだ。最初こそ親元から急に引き離すのもと遠慮していたが、もういいだろう。
これ以上ここにいても、この子のためにならない。むしろ暴走の危険が強くなるばかりだ。
そう判断して強制的に連れて行くことを決めたのだ。

「ジゼル!」

男が怒鳴るように名を叫ぶと、子供の体がびくりと跳ねた。
明らかな怯えと躊躇いを見せ、宥めようと伸ばされた長の手をも振り払う。
それでも、男の元へ戻ろうとする訳でもない。

「ジゼル、こっちに来なさい!」

男の声に躊躇い、怯えたようで戸惑ったようにあたりを見回す子供と、不意に目があった。
ジゼル・クロッズ。子爵家の長女で双子として生まれ、その魔力を恐れた両親に幽閉されている少女。調書で見た情報が、頭の中をかすめて消えていく。
この子には自分で自分の未来を選ぶ権利がある。その選ぶために何か必要な選択肢を用意するのだとしたら。

「……ジル」

考える前に僕の口から名前がこぼれた。
大きく目を見開いた子供が、僕をまっすぐに見つめる。

「外に出たいなら、名前をあげる」
「勝手なことを言わないでくれ!  ジゼル、ほら戻って来るんだ」

男が子供を呼ぶけれど、子供の目は僕を見つめたまま動かない。
それがなんとなくもう一度と言われているようで、再び口を開く。

「ジル」

再び呼んだ僕の声に、ジルは小さく、だけど確かに笑う。
その瞬間、この小さな女の子が僕の中で特別になった。

「行こう」

差し出した手に、小さな手が重なる。ちょっと力を入れただけで壊れそうな、あたたかくて小さな手。
この手を離したくない。この子を守るのは僕でありたい。
この気持ちの名前を僕は知らないけれど、確かにあたたかな何かを感じるんだ。
僕を見上げる子供に、昔の自分が重なる。あの時シドや長にもらった大切な時間を、今度は僕がこの子に与えられたらいい。

これがその後大事な娘になるジルと僕の出会いだった。



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