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新章第22話 脅迫状の差出人
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その日の夜、アリスとビアトリスを屋敷に、リオルを部屋に帰すと、時刻は深夜を過ぎていた。
意外にもマリオンは、エルメを攫ったビアトリスに罰を与えなかった。集まりの時の彼の様子なら、何かしそうなものなのに、大人しく帰したのだ。
エルメは気になっていたが、あえて掘り返して、ビアトリスに嫌な思いをさせたくないので、黙っていた。
マリオンはベッドに座るエルメの横に並ぶと、彼女の細い身体に腕を巻きつけた。
「マリオン、今日はお疲れ様・・」
「・・・」
しかし返事はない。代わりに、強く抱きしめられた。そしてようやく耳元で聞こえてきたのは、憂いを帯びた声だった。
「君が城から居なくなった時は、肝を冷やしたぞ」
「でもビアトリスが犯人だって知ってたんでしょ?それにあの場所も検討がついてた。違う?」
「確かにそうだが、それでも君のこととなると、私は冷静でいられなくなるようだ」
ギュッと抱きしめられ、表情は見えなくても、マリオンがホッと安堵しているのが分かるエルメは、彼の背中に腕を回し、幸せを堪能する。
(はぁ~、幸せ・・ビアには悪いけど、この幸せを誰にも渡す気はないからね。自分の幸せは自分で掴み取ってもらわないと・・・)
そして身体を離したマリオンの顔が近付き、エルメは彼の口付けを受け入れた。しかし、一度離した唇を再び重ね合わせようとしたマリオンだったが、不意にエルメが疑問を口にして、雰囲気をぶち壊したため、お預けを食らう。
「ねえ、何でビアに協力したの?」
自分を溺愛する彼ならそんなことせず、ビアトリスをコテンパンに叩きのめしていたはずだ。だから、マリオンが彼女に協力をしていることを知った時、驚いた。
「それをいま聞くか?」
「だって気になっちゃって・・」
マリオンは「ハァ~」とため息をつくと、その理由を話し始める。
「ああいうのは、こちらの手の中に入れて泳がせるのが一番だ。私があれを放っておくはずがないだろ?」
ビアトリスを“あれ”とは随分な言い草だが、これでこそ俺様皇太子だ。
「それに愛する妻の物語が、異世界で小説になる。私たち二人の愛の日々が読まれるなら、思い通りのストーリーにしたいと思うのは、当たり前だろ?」
「えっ!それってマリオンの思惑通りに進んでたってこと?」
「ん?まあ色々とな」
エルメの胸がざわつき「色々って何?」と聞くが、マリオンは彼女の艶やかな髪にキスを落とすと、そのまま視線を向けた。その姿は、妙に色っぽい。
「知りたいか?」と視線をそのままに聞くマリオンに、エルメがコクコクと頷くが、彼の次のセリフはそれをはぐらかすものだった。
「ところで、これは何だ?」
そう言って、マリオンは鈍い光を放つある物をどこからともなく取り出した。
「・・あっ!それ!私の・・」
それはビアトリスとあの部屋で対峙した際に、エルメが袖から出したナイフだ。指でつまみ、ひらひらと揺らすと、刃が明かりに照らされ、キラリと光る。
「こんなものどこに隠してたんだ?まさかまだ持ち歩いていたとはな。もう隠してないと、言ってただろ」
「あ~・・嘘じゃないよ。あの時は『足に隠してない』って言ったもの」
「それじゃあ、どこだ?」
「・・フフフッ、何と袖の中なの!今日着てたドレス。袖が手首に向かって、広がってたでしょ?あれはナイフを隠すのにもってこいだし、取り出すのも簡単。元は私のアイデアなんだけど、アリスが少し改良した、いわば共同作品なの。
妊娠すると、お腹がジャマで足から出すのは大変じゃない。なかなかの秀作だと思うんだけど」
そう得意げに話すエルメは、どこか誇らしげだ。しかしマリオンは片眉を上げると、手に持っていたナイフを床に放り投げた。
フカフカの絨毯の上にポスッと落ちたそれを目で追うエルメに、マリオンが覆いかぶさるように身体を寄せると、そのままベッドに倒す。
「・・・えっ・・ちょっとマリオン!」
覆いかぶさり、口付けようとしたマリオンに目をギュッと瞑るエルメ。しかし待てど暮らせど、一向に唇に柔らかな温もりが重ならない。しびれを切らしたエルメがまぶたを開くと、目の前には見覚えのある紙が垂れ下がっていた。
「あっ!これ!」
そう言って、勢いよく身体を起こしたエルメが手にしたのは、マリオンがヒラヒラと目の前にぶら下げた契約書だ。それは懐かしい二人の思い出。
転生した当初、エルメが書かせたそれには、『マリオンが癒やしの乙女アリスとラブラブになったら、エルメと離婚し、莫大な慰謝料を渡す』という内容と彼のサインがある。
「これがどうしたの?」
「やはり気づいてないのか・・二人の思い出を取り返したんだぞ」
マリオンの言葉の意味が分からないエルメが「取り返した・・・?」と首を傾げると、マリオンから「あの脅迫状のこと忘れていたと見えるな」と苦笑された。
(脅迫状・・あっ、あれ!!)
「あれはマリオンも忘れろって言ってたじゃない。だから忘れてあげてたのに」
『皇太子ご夫妻の大事な思い出をいただきに参ります』
こんな面白い謎をふっかけられて、忘れるはずのないエルメだったが、ビアトリスのことがあり、すっかり頭から抜けてていた。強がってみせるが、彼の表情からそれすらバレていることがわかる。
「アリス嬢に見せただろ?」
(確かに見せた。こんな面白そうなこと、指をくわえて見てるだけなんて、無理だもん。アリスを仲間に入れて、探ろうと思ったんだよね。それなのに取り返したって、なに?)
エルメが疑問だらけのまま頷くと、意外な答えをもらう。
「アリス嬢からその話を聞いたアレが盗んだんだ」
「えっ!!アレってビア?」
「ああ・・ちなみにあの脅迫状もアレの仕業だ」
「あれもビアなの!?ウソ!何で!」
マリオンによると、これも続編のためだそうだ。二人の思い出エピソードだけでなく、何か品物を求めたビアトリスが部屋にこっそりあの手紙を置いて、エルメの反応を待った。
そしてアリスに契約書の存在を知らされたビアトリスは、隠し場所をまんまとアリスから聞き出し、手に入れたらしい。アリス自身もまさか自分がビアトリスの手助けをしていたとは、夢にもってないだろう。
「物は何でも良かったらしいぞ。小説を書くために何でもするとは、世も末だな」
マリオンはため息混じりにそう言うと、エルメはクスリと笑う。エルメは、続編執筆にかけるビアトリスの想いに脱帽した。
そして二人は顔を見合わせると、プッと吹き出し、マリオンは彼女の首筋に唇を落とした。
「さすがに疲れたな」
そのマリオンの呟きに返ってくる声はない。顔を上げ、エルメを見ると、たくましい腕の中でいつの間にかスースーと穏やかな寝息をたてていた。
「あー、くそっ・・この状況で寝るか!?まだ聞くことはあるんだが」
そう不満を口にしたマリオンだったが、小さな身体をベッドに横にすると、額に触れるだけのキスを送る。
「疲れたのは君もだったな・・おやすみ」
最愛の妻を見つめる眼差しは、どこまでも優しかった。
意外にもマリオンは、エルメを攫ったビアトリスに罰を与えなかった。集まりの時の彼の様子なら、何かしそうなものなのに、大人しく帰したのだ。
エルメは気になっていたが、あえて掘り返して、ビアトリスに嫌な思いをさせたくないので、黙っていた。
マリオンはベッドに座るエルメの横に並ぶと、彼女の細い身体に腕を巻きつけた。
「マリオン、今日はお疲れ様・・」
「・・・」
しかし返事はない。代わりに、強く抱きしめられた。そしてようやく耳元で聞こえてきたのは、憂いを帯びた声だった。
「君が城から居なくなった時は、肝を冷やしたぞ」
「でもビアトリスが犯人だって知ってたんでしょ?それにあの場所も検討がついてた。違う?」
「確かにそうだが、それでも君のこととなると、私は冷静でいられなくなるようだ」
ギュッと抱きしめられ、表情は見えなくても、マリオンがホッと安堵しているのが分かるエルメは、彼の背中に腕を回し、幸せを堪能する。
(はぁ~、幸せ・・ビアには悪いけど、この幸せを誰にも渡す気はないからね。自分の幸せは自分で掴み取ってもらわないと・・・)
そして身体を離したマリオンの顔が近付き、エルメは彼の口付けを受け入れた。しかし、一度離した唇を再び重ね合わせようとしたマリオンだったが、不意にエルメが疑問を口にして、雰囲気をぶち壊したため、お預けを食らう。
「ねえ、何でビアに協力したの?」
自分を溺愛する彼ならそんなことせず、ビアトリスをコテンパンに叩きのめしていたはずだ。だから、マリオンが彼女に協力をしていることを知った時、驚いた。
「それをいま聞くか?」
「だって気になっちゃって・・」
マリオンは「ハァ~」とため息をつくと、その理由を話し始める。
「ああいうのは、こちらの手の中に入れて泳がせるのが一番だ。私があれを放っておくはずがないだろ?」
ビアトリスを“あれ”とは随分な言い草だが、これでこそ俺様皇太子だ。
「それに愛する妻の物語が、異世界で小説になる。私たち二人の愛の日々が読まれるなら、思い通りのストーリーにしたいと思うのは、当たり前だろ?」
「えっ!それってマリオンの思惑通りに進んでたってこと?」
「ん?まあ色々とな」
エルメの胸がざわつき「色々って何?」と聞くが、マリオンは彼女の艶やかな髪にキスを落とすと、そのまま視線を向けた。その姿は、妙に色っぽい。
「知りたいか?」と視線をそのままに聞くマリオンに、エルメがコクコクと頷くが、彼の次のセリフはそれをはぐらかすものだった。
「ところで、これは何だ?」
そう言って、マリオンは鈍い光を放つある物をどこからともなく取り出した。
「・・あっ!それ!私の・・」
それはビアトリスとあの部屋で対峙した際に、エルメが袖から出したナイフだ。指でつまみ、ひらひらと揺らすと、刃が明かりに照らされ、キラリと光る。
「こんなものどこに隠してたんだ?まさかまだ持ち歩いていたとはな。もう隠してないと、言ってただろ」
「あ~・・嘘じゃないよ。あの時は『足に隠してない』って言ったもの」
「それじゃあ、どこだ?」
「・・フフフッ、何と袖の中なの!今日着てたドレス。袖が手首に向かって、広がってたでしょ?あれはナイフを隠すのにもってこいだし、取り出すのも簡単。元は私のアイデアなんだけど、アリスが少し改良した、いわば共同作品なの。
妊娠すると、お腹がジャマで足から出すのは大変じゃない。なかなかの秀作だと思うんだけど」
そう得意げに話すエルメは、どこか誇らしげだ。しかしマリオンは片眉を上げると、手に持っていたナイフを床に放り投げた。
フカフカの絨毯の上にポスッと落ちたそれを目で追うエルメに、マリオンが覆いかぶさるように身体を寄せると、そのままベッドに倒す。
「・・・えっ・・ちょっとマリオン!」
覆いかぶさり、口付けようとしたマリオンに目をギュッと瞑るエルメ。しかし待てど暮らせど、一向に唇に柔らかな温もりが重ならない。しびれを切らしたエルメがまぶたを開くと、目の前には見覚えのある紙が垂れ下がっていた。
「あっ!これ!」
そう言って、勢いよく身体を起こしたエルメが手にしたのは、マリオンがヒラヒラと目の前にぶら下げた契約書だ。それは懐かしい二人の思い出。
転生した当初、エルメが書かせたそれには、『マリオンが癒やしの乙女アリスとラブラブになったら、エルメと離婚し、莫大な慰謝料を渡す』という内容と彼のサインがある。
「これがどうしたの?」
「やはり気づいてないのか・・二人の思い出を取り返したんだぞ」
マリオンの言葉の意味が分からないエルメが「取り返した・・・?」と首を傾げると、マリオンから「あの脅迫状のこと忘れていたと見えるな」と苦笑された。
(脅迫状・・あっ、あれ!!)
「あれはマリオンも忘れろって言ってたじゃない。だから忘れてあげてたのに」
『皇太子ご夫妻の大事な思い出をいただきに参ります』
こんな面白い謎をふっかけられて、忘れるはずのないエルメだったが、ビアトリスのことがあり、すっかり頭から抜けてていた。強がってみせるが、彼の表情からそれすらバレていることがわかる。
「アリス嬢に見せただろ?」
(確かに見せた。こんな面白そうなこと、指をくわえて見てるだけなんて、無理だもん。アリスを仲間に入れて、探ろうと思ったんだよね。それなのに取り返したって、なに?)
エルメが疑問だらけのまま頷くと、意外な答えをもらう。
「アリス嬢からその話を聞いたアレが盗んだんだ」
「えっ!!アレってビア?」
「ああ・・ちなみにあの脅迫状もアレの仕業だ」
「あれもビアなの!?ウソ!何で!」
マリオンによると、これも続編のためだそうだ。二人の思い出エピソードだけでなく、何か品物を求めたビアトリスが部屋にこっそりあの手紙を置いて、エルメの反応を待った。
そしてアリスに契約書の存在を知らされたビアトリスは、隠し場所をまんまとアリスから聞き出し、手に入れたらしい。アリス自身もまさか自分がビアトリスの手助けをしていたとは、夢にもってないだろう。
「物は何でも良かったらしいぞ。小説を書くために何でもするとは、世も末だな」
マリオンはため息混じりにそう言うと、エルメはクスリと笑う。エルメは、続編執筆にかけるビアトリスの想いに脱帽した。
そして二人は顔を見合わせると、プッと吹き出し、マリオンは彼女の首筋に唇を落とした。
「さすがに疲れたな」
そのマリオンの呟きに返ってくる声はない。顔を上げ、エルメを見ると、たくましい腕の中でいつの間にかスースーと穏やかな寝息をたてていた。
「あー、くそっ・・この状況で寝るか!?まだ聞くことはあるんだが」
そう不満を口にしたマリオンだったが、小さな身体をベッドに横にすると、額に触れるだけのキスを送る。
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最愛の妻を見つめる眼差しは、どこまでも優しかった。
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