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新章
新章第2話 癒やしの乙女未だ来ず
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「本当に何ともないよ」
「ダメだ。大人しくしてろ。君一人の身体じゃないんだ」
「え~、大袈裟だってぇ。二人目だから余裕だし」
「そういう問題じゃないだろ」
マリオンは医者たちとの話し合いを終えると、リオルと共にエルメの元へと駆けつけた。愛する妻が心臓に爆弾を抱えていると知って、片時も彼女の側を離れていたくないという気持ちが更に膨らんだ結果だ。
数時間前、エルメが立ちくらみに襲われ、急遽あの医者たちの診察が行われたのだが、その後から彼女はベッドに横になるようマリオンにきつく言われていた。しかし当の本人は、軽い立ちくらみだけで大袈裟だと思っていたのだ。
そんな夫の姿を見たエルメは苦笑いを浮かべながら、「大丈夫だよ」と言ったのだが、マリオンがそれを聞き入れるはずもなく、強制的にベッドへと寝かされていた。
ちなみにエルメのお腹の中の子は、現在五ヶ月目に入っている。エルメは、ベッドの中で少し目立ってきたお腹をさすりながら、へら~と笑っている。その様子からは、とても心臓が悪いとは思えない。
「パパは、本当に心配性なんでちゅねぇ」
「エルメ・・バカにしてるのか?」
「あ、バレちゃった?」
「当たり前だ・・・」
お腹をさする妻の手に自分の手を重ね、マリオンはため息をつく。そして、エルメを見つめて微笑むと、彼女は照れくさそうに笑ってみせた。
そんな二人の様子をリオルは微笑ましく見つめていた。そんな控えめな息子をエルメが優しく呼ぶ。
「リオル、いらっしゃい」
すると、リオルは嬉しそうな顔をして母親の元へと向かう。隣まで来ると、リオルは彼女の手を握り、その手を握り返したエルメも優しい笑顔を向けた。
(リオルは大きくなったわね。あっという間に八歳になっちゃった。それに落ち着きも出てきたし・・・)
ここ最近のリオルは、ぐんと成長した。少し前までは、エルメを巡ってマリオンと子供のような・・・いや、リオルは正真正銘まだ幼いのだから、子供らしく喧嘩を繰り広げていたが、今もそうだがマリオンが妻に愛情を注ぐ間は、控えめに一歩引いたところから見守るようになった。
この年頃は成長著しいものだなと、マリオンは息子の心の成長を感じていた。
リオルが生まれてから八年。リオルの身長はどんどん伸びていき、八歳にして既に百五十センチを超えている。エルメに似て美しくもあり、可愛らしい顔立ちをしているリオルに、周囲の人間はみんな可愛いと口を揃えて言った。
そんな母親譲りの見目が、父親であるマリオンのエルメに対する独占欲をかき立てた。そしてリオルと微笑ましいバトルを繰り広げていた頃がもう懐かしい。
マリオンもリオルも先程、医者から告げられた心臓のことを話さなかった。話せば、彼女は表面では笑い飛ばしながらも、不安を抱えるからだ。
マリオンと結んだ真実の契約により、悩みも想いも素直に口にするエルメだったが、自分が新しい生命をこの世に残すかわりに消えるかもしれない未来に、恐怖を覚えないわけがない。
だから二人は、あえて彼女には何も言わなかったのだ。
リオルは、母の手を握る力を僅かに強めた。すると、エルメはその小さな変化に気づいたのか、彼の頭を優しく撫でる。
(リオルは、こんなに大きくなってもやっぱりまだ子供ね)
リオルはそれに甘えるように目を細め、ふわりと微笑んで見せた。
「リオル、本当に大きくなったわね。もうすぐお兄ちゃんになるんだから、当たり前ね。リオルになら、この子のこと安心して任せられるわ」
そう言ってエルメは、視線をお腹に落とし目を細めると、マリオンはそっと彼女の肩を抱き寄せた。
「何を言ってるんだ。リオルも頼もしいが、この子を育てるのは私たちだろう?私と君の長い共同作業だ」
マリオンの言葉を聞いたエルメは、一瞬きょとんとした表情を見せた後、「フフッ、マリオンったら大袈裟」とすぐに吹き出した。そして、リオルも楽しげに笑う。
三人の心の中には、これから生まれてくる生命と、共に過ごす幸せな未来が描かれていた。
しかし、その幸せに一波乱が目の前まで迫っていた。
◇◇◇◇◇
「アリス嬢は、まだなのかっ!」
「申し訳ございません。いまドーブルまで早馬を走らせております。今しばらくお待ち下さい」
マリオンが、アリスを呼びだして二日が経っていた。
てっきり王都の屋敷にいると思っていたアリスは、帝国の最東端の街ドーブルにいることが判明。急ぎ馬を走らせ、癒やしの乙女の実力をもつ彼女を迎えに行っていた。
何年も前の流行り病の際、町長と意気投合し、それ以来ドーブルを頻繁に訪れていたアリス。当初はドーブルに住むと言った彼女をマリオンが説き伏せ、王都に豪華な屋敷を用意し、そこに住む契約を交わしたことはまだ記憶に新しい。
癒やしの乙女として、どんな医者や魔道士たちにも歯が立たなかった流行り病をあっという間に終息させた彼女の実力は、帝国民なら誰もが知っていた。
しかしその流行り病も、転生者であるアリスが推しのエルメ会いたさに、少しばかり細工していたという事実は、アリスとエルメ、マリオンの中だけの秘密だ。
マリオンは苛立った様子で机に肘をつけ、指を組む。そんな父親の様子を見かねて、リオルは口を開いた。
「父上、落ち着きましょう」
息子からの忠告にマリオンはふっと自虐的な笑みを浮かべると、言った。
「ああ、分かっている。私は息子にたしなめられてばかりだな」
マリオンはふぅっと息を吐くと、冷静さを取り戻すために目を閉じる。そして、リオルはそんなマリオンに苦笑いを向けてから、窓の外を見やった。
その視界に広がる空には、混乱するマリオンたちを嘲笑うかのように雲ひとつない青空が広がっていた。
「ダメだ。大人しくしてろ。君一人の身体じゃないんだ」
「え~、大袈裟だってぇ。二人目だから余裕だし」
「そういう問題じゃないだろ」
マリオンは医者たちとの話し合いを終えると、リオルと共にエルメの元へと駆けつけた。愛する妻が心臓に爆弾を抱えていると知って、片時も彼女の側を離れていたくないという気持ちが更に膨らんだ結果だ。
数時間前、エルメが立ちくらみに襲われ、急遽あの医者たちの診察が行われたのだが、その後から彼女はベッドに横になるようマリオンにきつく言われていた。しかし当の本人は、軽い立ちくらみだけで大袈裟だと思っていたのだ。
そんな夫の姿を見たエルメは苦笑いを浮かべながら、「大丈夫だよ」と言ったのだが、マリオンがそれを聞き入れるはずもなく、強制的にベッドへと寝かされていた。
ちなみにエルメのお腹の中の子は、現在五ヶ月目に入っている。エルメは、ベッドの中で少し目立ってきたお腹をさすりながら、へら~と笑っている。その様子からは、とても心臓が悪いとは思えない。
「パパは、本当に心配性なんでちゅねぇ」
「エルメ・・バカにしてるのか?」
「あ、バレちゃった?」
「当たり前だ・・・」
お腹をさする妻の手に自分の手を重ね、マリオンはため息をつく。そして、エルメを見つめて微笑むと、彼女は照れくさそうに笑ってみせた。
そんな二人の様子をリオルは微笑ましく見つめていた。そんな控えめな息子をエルメが優しく呼ぶ。
「リオル、いらっしゃい」
すると、リオルは嬉しそうな顔をして母親の元へと向かう。隣まで来ると、リオルは彼女の手を握り、その手を握り返したエルメも優しい笑顔を向けた。
(リオルは大きくなったわね。あっという間に八歳になっちゃった。それに落ち着きも出てきたし・・・)
ここ最近のリオルは、ぐんと成長した。少し前までは、エルメを巡ってマリオンと子供のような・・・いや、リオルは正真正銘まだ幼いのだから、子供らしく喧嘩を繰り広げていたが、今もそうだがマリオンが妻に愛情を注ぐ間は、控えめに一歩引いたところから見守るようになった。
この年頃は成長著しいものだなと、マリオンは息子の心の成長を感じていた。
リオルが生まれてから八年。リオルの身長はどんどん伸びていき、八歳にして既に百五十センチを超えている。エルメに似て美しくもあり、可愛らしい顔立ちをしているリオルに、周囲の人間はみんな可愛いと口を揃えて言った。
そんな母親譲りの見目が、父親であるマリオンのエルメに対する独占欲をかき立てた。そしてリオルと微笑ましいバトルを繰り広げていた頃がもう懐かしい。
マリオンもリオルも先程、医者から告げられた心臓のことを話さなかった。話せば、彼女は表面では笑い飛ばしながらも、不安を抱えるからだ。
マリオンと結んだ真実の契約により、悩みも想いも素直に口にするエルメだったが、自分が新しい生命をこの世に残すかわりに消えるかもしれない未来に、恐怖を覚えないわけがない。
だから二人は、あえて彼女には何も言わなかったのだ。
リオルは、母の手を握る力を僅かに強めた。すると、エルメはその小さな変化に気づいたのか、彼の頭を優しく撫でる。
(リオルは、こんなに大きくなってもやっぱりまだ子供ね)
リオルはそれに甘えるように目を細め、ふわりと微笑んで見せた。
「リオル、本当に大きくなったわね。もうすぐお兄ちゃんになるんだから、当たり前ね。リオルになら、この子のこと安心して任せられるわ」
そう言ってエルメは、視線をお腹に落とし目を細めると、マリオンはそっと彼女の肩を抱き寄せた。
「何を言ってるんだ。リオルも頼もしいが、この子を育てるのは私たちだろう?私と君の長い共同作業だ」
マリオンの言葉を聞いたエルメは、一瞬きょとんとした表情を見せた後、「フフッ、マリオンったら大袈裟」とすぐに吹き出した。そして、リオルも楽しげに笑う。
三人の心の中には、これから生まれてくる生命と、共に過ごす幸せな未来が描かれていた。
しかし、その幸せに一波乱が目の前まで迫っていた。
◇◇◇◇◇
「アリス嬢は、まだなのかっ!」
「申し訳ございません。いまドーブルまで早馬を走らせております。今しばらくお待ち下さい」
マリオンが、アリスを呼びだして二日が経っていた。
てっきり王都の屋敷にいると思っていたアリスは、帝国の最東端の街ドーブルにいることが判明。急ぎ馬を走らせ、癒やしの乙女の実力をもつ彼女を迎えに行っていた。
何年も前の流行り病の際、町長と意気投合し、それ以来ドーブルを頻繁に訪れていたアリス。当初はドーブルに住むと言った彼女をマリオンが説き伏せ、王都に豪華な屋敷を用意し、そこに住む契約を交わしたことはまだ記憶に新しい。
癒やしの乙女として、どんな医者や魔道士たちにも歯が立たなかった流行り病をあっという間に終息させた彼女の実力は、帝国民なら誰もが知っていた。
しかしその流行り病も、転生者であるアリスが推しのエルメ会いたさに、少しばかり細工していたという事実は、アリスとエルメ、マリオンの中だけの秘密だ。
マリオンは苛立った様子で机に肘をつけ、指を組む。そんな父親の様子を見かねて、リオルは口を開いた。
「父上、落ち着きましょう」
息子からの忠告にマリオンはふっと自虐的な笑みを浮かべると、言った。
「ああ、分かっている。私は息子にたしなめられてばかりだな」
マリオンはふぅっと息を吐くと、冷静さを取り戻すために目を閉じる。そして、リオルはそんなマリオンに苦笑いを向けてから、窓の外を見やった。
その視界に広がる空には、混乱するマリオンたちを嘲笑うかのように雲ひとつない青空が広がっていた。
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