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第3章

第110.5話 幕間 ヘンリー視点

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ランチを終え、午後の授業の準備を教室でしていた僕の耳に愛しい人の名が入ってきた。

「えっ?・・・がリリス様を・・・・本当・・」

「・・なの。さっ・・・フェテリ・・見たのよ」

僕は手を止めて、声のする方へ顔を向けた。それは教室の入り口で小声で話すクラスメイトの会話だった。僕は彼女たちに近付き、質問した。

「いまリリスのことを話していたみたいだけど、何かな?」

「ええーと、それは」と躊躇するクラスメイトに僕は「彼女は僕の婚約者だ。知ってるよね?」と黒いオーラを放ちながらニッコリ笑った。それでようやく彼女たちは教えてくれた。
昼休みに僕の婚約者がアーサー殿下から城へ誘われたことを。そして彼女がそれを受けたことを。
殿下が学園に入学すれば、いずれはこうなることは予想していた。ただ思っていたより早かった。まさか入学早々とは。

僕は居ても立っても居られず、教室を飛び出した。彼女の教室へ向かうその足は自然と早くなる。しかしその歩みはクラスメイトのシシリーの「もうすぐ授業始まるわよ」という声に止められた。確かに午後の授業まであまり時間はなかった。しかも3年生になってから初の授業。さすがに初日から遅れるわけにはいけないので、僕は彼女の元へ向かうのを次の休み時間にした。

待ちに待った休み時間、僕は焦る気持ちをおさえ、彼女の教室へ向かった。彼女を目の前にすると、いつもの余裕は吹き飛び、いきなり本題を切り出してしまった。

「リリィ、殿下に誘われたって本当?」

僕に聞かれた彼女は肯定した。彼女の忘れている過去を教えるからと誘うとは、上手いこと言ったもんだ。
僕も同席させてもらう許可をもらおうと心のなかで決めた僕は彼女に「何も心配いらないよ」と言った。

次の休み時間、殿下の元へ向かった。新入生は属性判定の時間だから、会えるかどうか確かではなかったが、彼女のことに関しては悠長に構えてられない僕はとりあえず行ってみた。
教室を覗くと、ちょうどアーウィンと目があった。彼は僕を見ると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「ヘンリー様、どうしましたか?僕に何か・・」

僕は期待しているアーウィンの言葉を遮り、言った。

「殿下に話があるんだ」

自分に用があったわけではないことに、一瞬残念そうにしたアーウィンだが、すぐに「分かりました。ちょうど判定が終わったところなので、案内します」と言って別の教室へ向かった。
アーウィンには悪いが、今は急いでるんだ。今度埋め合わせするからさ。

案内された先に殿下はいた。真面目と噂されるリベイラと何か話していた。アーウィンが話があることを殿下に伝えてくれた。僕が来ることを予想していたのか殿下は驚きもせず「いいよ。何かな?」とニッコリ笑った。

殿下も人が悪い。絶対に僕の話の内容は分かってるはずなのに、しれっと聞いてくるなんて。僕は意を決して、口を開いた。

「殿下、恐れながらリリス・アルバート嬢を城にお誘いしたと伺いました。彼女は私の婚約者です。できればその場に私も同席させて頂きたいのです」

僕は一歩も引かない気概で言った。すると殿下は「ふーん」と勿体ぶった表情で僕を見返してきた。

「彼女が君の婚約者なのはもちろん知ってるよ。ただ、昔話をしようとお茶に誘っただけだ。せっかくの彼女との時間を邪魔されたくないんだけど」

「邪魔するつもりはございません」

「君は彼女の婚約の経緯を知ってるんだろう?だから、焦ってるんだね」

殿下はそう言うと、余裕の笑みを浮かべる。アーウィンが横でヤキモキしているのが感じられたが、もう引けなかった。

「焦ってなどおりません」

「それなら大人しくしててよ。別に彼女を君から奪おうなんて考えてないからさ。それとも、僕は有力貴族を敵に回すような頭が足りない王子に見えるのかな?ん?」

「いえ、決してそのような事はございません」

「そう。それなら良かった。というわけで、君の許可ももらったし、堂々と彼女を迎えられるね」

勝ち誇ったような殿下の笑顔に、僕はもう何も言えなかった。殿下相手では、ただの辺境伯家嫡男はさすがに無力だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


彼女が城へ呼ばれた日、あまり眠れなかった僕は夜が明ける前に目覚めてしまった。僕は彼女のことになると、こんなに余裕がなくなることに改めて思い知らされた。

僕はアルバート家を訪ねて、彼女の帰りを待った。約束はなかったが、彼女が変わらず僕のものであることを確かめないと、何も手につかない。
僕は今か今かと彼女の帰りを待った。

しばらく待っていると、外が騒がしくなった。僕の待ち人が帰ってきたようだった。僕は外に飛び出して彼女を抱きしめたい衝動を抑え、ソファーでじっと待った。

ガチャ

僕の待つ部屋の扉が開かれ、愛しい彼女が姿を見せた。

「ヘンリーどうしたの?今日は約束してなか・・」

僕はすぐに立ち上がり、彼女を僕の腕の中にしまい込んだ。

嗚呼、僕の愛しい婚約者・・・おかえり・・・
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