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第Ⅰ章

第3話 サージバル侯爵

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外へ出ると、先の見えない廊下が続いていた。まるで城のような広い屋敷に、ナタリアの足は自然とすくむ。何年もあの狭い男爵家に籠もっていたナタリアは、見るものすべてが眩しかった。

サマンサが立ちすくむナタリアの手を取り「大丈夫です!お側におりますから」と安心させるように笑うと、ゆっくりと手を引く。それにつられて、ナタリアの足も一歩一歩と前へ進んだ。

すると、ナタリアを待ち構える人影を見つけたサマンサが声をかける。

「もう、旦那様!下でお待ちいただくよう申し上げましたよねぇ」

そう言いながらもサマンサは、足を止めることはない。待ち受ける人物に近付いて見れば、昨日の男だった。サマンサが“旦那様”と呼ぶのなら、サージバル侯爵だろうとナタリアは思った。

月明かりに照らされた顔を見つけた時も思ったが、明るい光の中で見る侯爵の顔は、まるで彫刻のように整っていた。スーッと通った鼻筋に、目尻の吊り上がった大きな瞳、甘いマスクというよりスッキリとした顔だ。そして、何より左右で違う瞳の色。ナタリアは、侯爵の顔を見て“猫みたい”と漠然と思った。

侯爵の前までやって来たナタリアに彼の呟きが送られる。

「・・美しい・・・」

その声に横のサマンサはウンウンと頷いている。そして褒められた当のナタリアは、恥ずかしさで俯いた。

「俯くな・・もっと私に君を見せてくれ」

そう言ってナタリアの顎を優しく持ち上げると、侯爵は目を細めた。何も言わずにナタリアを曇りのない瞳で見つめる眼差しに耐えられなくなった彼女が「あの・・・侯爵様・・」と口を開く。すると、サマンサが興奮した様子で声を上げた。

「お声も素晴らしい!ああ、やっとナタリア様のお声を聞くことができました!鈴を鳴らしたような可愛らしいお声でございます。旦那様、ナタリア様にお名前を呼ばれたり愛を囁やかれたら、もう死んでもいいかもしれませんよ」

「サマンサは、少し黙れ。私が彼女と話せないだろう。それに彼女とやっと会えたのに、私が死ぬわけないだろう」

「ああ、それは失礼いたしました。はい!サマンサは、黙っております!」

侯爵の文句にサマンサはそう返すと、口を閉じ銅像のように固まった。そんなサマンサに苦笑した侯爵は「もうサマンサは、下へ行ってろ。彼女は私が連れて行く」と告げる。サマンサは何か言おうと口を開きかけたが、口を真一文字に閉じると、深々と頭を下げ階段を降りていった。

二人きりになった侯爵は、ナタリアの頬へ手を添える。そして彼女を堪能するように、マジマジと見つめた。階下でする人の気配もここ二階にはなく、静けさに鼓動が聞こえてしまいそうなほどナタリアの心臓はうるさくなっていた。

そして、言葉のない二人だけの時間に耐えられなくなったナタリアが口を開く。

「侯爵様・・・あの子たちは・・?」

「ライモンだ・・・君には、そう呼んでもらいたい」

「・・・はい・・ライモン様・・・あの子たちはどこ・・・」

ライモンはナタリアの唇に指で触れると、彼女のセリフが途切れた。彼の親指がナタリアのふっくらとした唇を撫でる。その色香を漂わせるライモンの仕草に、ナタリアの胸は更にうるさくなった。

「食事を用意している。冷めてしまうから、話は食べながらにしよう」

ライモンは優しくそう言うと、ナタリアの手を愛おしそうに取る。そして美味しそうな匂いのする階下へと階段を下りていった。
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