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第19話 瞬く星の下で

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「大好き・・・」

リリスは今、自室の窓辺に佇んでいる。開いた窓から火照った彼女の身体を冷やす心地よい夜風が吹き抜ける部屋で、そのラベンダー色の瞳にヘンリーを映して・・・

夕食を終え、いつもなら父や弟と歓談をするのだが、今日はヘンリーが「リリスに話がある」と言って、ふたりきりになったのだ。少し強引な彼の手に引かれ、部屋へやって来たリリスはソファーへと座らされる。そして目の前に跪いたヘンリーに壊れ物を扱うように両手で手を取られた。何も言わずに黙ってされるがままのリリスに、ヘンリーがようやく口を開く。

「リリィ、何かあった?」

質問の意味が理解できないリリスは、ロボットのように「何かあった?」と真似る。目の前の整った顔を真っ直ぐに見つめ首を傾げるリリスに、ヘンリーはクシャッと笑う。

「今日の君は少し変だよ。こういう時は、何かあった時だからね」

「あっ・・・・」

ようやく彼の思いに追いついたリリスが言葉を漏らす。リリスはいつも通り振る舞っているつもりがったが、彼にはお見通しだった。緊張のしすぎで、いつものリリスではないことに。自分の不甲斐なさが彼にいらぬ心配をかけてしまったことに、リリスは申し訳なく思うと言った。

「何でもないの・・ほらっ、貴方と学園では一緒にいられないでしょ?いつもあんなに一緒にいたのに・・・だから緊張してるのかな。フフッ・・」

誤魔化したつもりのリリスのこのセリフは、ヘンリーの琴線に触れた。「リリィ・・」と嬉しそうに微笑むと、僅かに手に力が入る。それにピクッと反応するリリス。熱を帯びたヘンリーの瞳は、真っ直ぐに彼女へ向けられている。リリスは思わず逃れるように視線を落とすと、彼の手が視界に入る。長い指に少しゴツゴツした甲。それは見慣れた光景のはずなのに、その手がヘンリーが男性であることをリリスに意識させた。

リリスは、半ば強引にその手から逃げる。バッと立ち上がり、足早に窓辺へと移動すると、バルコニーへ続く窓を開いた。

「何だか暑いわね」

不自然な言葉を吐き、全身で心地よい風を受け止め空を見上げると、そこには溢れんばかりの星が瞬いていた。リリスはそっと目を閉じる。今のリリスにはその星の瞬きさえも眩しかったのだ。瞼を閉じれば、立ち上がった時にチラッと見えたヘンリーの悲しげな表情が浮かんだ。

(あぁ、また逃げちゃった・・・私だって分かってる。私がいつも逃げてるから、進展しないことも・・ヘンリーはいつも私の気持ちを優先してくれてる。それに私は甘えてる。ただのズルい女。いいの?リリス!大事な彼に悲しい思いさせて・・・あんな顔させて・・・いいわけないっ!そうよ!女は度胸・・女は度胸よ!)

「星が落ちてきそうだね」

そばで聞こえるヘンリーの声。穏やかで優しい昔から変わらぬ声だ。それはまるで耳障りの良い音楽のようにリリスの耳をくすぐる。
リリスは再び瞳に夜空を映すと、それはさっきとは違って見えた。うるさいくらいの眩しさは消え、淡く優しい光に見守られているように感じる。

その意味をリリスは、悟った。ヘンリーと一緒なら、同じ光景がこんなにも違って見えることに・・・

リリスはふっと笑みをこぼし「本当だね」と振り返る。すると、ヘンリーの胸が彼女が思うよりもすぐそばにあった。思わず、目の前の袖をそっと掴むリリス。キュッと掴むその手は、大切なものを失くさないように掴む子供のように見える。そして、そのまま彼の胸に顔を埋めた。突然のリリスの行動にヘンリーが戸惑っているのが、分かる。

「リリィ?どうかした?」

埋める胸から、ドクドクと規則正しい心臓の音が聞こえる。その音はリリスの邪念をはらう。彼女はそのまま首を横に振り、否定した。

そしてリリスが見上げると、ブルーの瞳からリリスを想う気持ちがシャワーのように降ってくる。それを受け止めるリリスの胸は、ざわざわとゆらゆらと騒ぎ出した。そして、リリスの口から想いが溢れた。

「大好き・・・」

静寂が支配する二人っきりの部屋にその言葉だけが、響く。そして、ゆっくりとリリスの瞳からヘンリーの姿が消えた。彼女の瞼が閉じられたのだ。僅かにピクッと身体を震わせるヘンリー。やがて、リリスの唇に僅かに息がかかった。

そうして、ようやく星に見守られた二人は、唇を合わせたのだった。

リリスはそれ以降のことをあまり覚えていなかった。ヘンリーがうっとりとした表情を浮かべ、これまでにないほど幸せそうに微笑んだこと以外は・・・
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