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第17話 幕開け

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「ねぇ、あの噂ご存知?」

「ええ、もちろん。驚きましたわ」

「それって、ヘンリー様とリリス様の噂でしょう?私も聞きましたわ」

「あんなに仲がよろしかったのに、何があったのかしら・・・やっぱり殿下と婚約なさるのかしらね」

「きゃあ、やっぱりそう思うわよね。以前もそんな噂あったわよね」

「あのヘンリー様をフッて、王太子妃になんて・・・まさかねぇ」

「傷心のヘンリー様をお慰めして、辺境伯家に・・・なんて考える人もいそうねぇ」

「あら、既にいるのよ。でも、玉砕してるみたいだけど・・ほら、メルカド家のエルマ様がそうらしいわよ。最近、学園をお休みになってるでしょう?」

「まあ、本当?驚いた。あの方、リリス様の後釜におさまれると思ったの?お目出度い頭をされてるのねぇ」

クスクスと嘲笑の笑いをこぼし、噂話に花を咲かせる女子生徒たち。学園では、リリスがヘンリーと婚約解消して、アーサーと婚約するのではという噂で持ちきりだった。噂の出処はリリスたちなのだが、そうとは知らない生徒たちは暇さえあれば噂している。学園ではあれだけ仲の良さを見せつけていたリリスとヘンリーが、全く一緒にいないことも噂の信憑性を増した。当然、登下校の馬車も別々だ。

それを陰から聞き耳を立てている人物がひとり。茶番劇の主人公サリーだ。肩を震わせ、嬉しさに顔がニヤついている。相変わらずブツブツと何かを呟く姿は、異様だ。

「フフフッ・・・きたきたきたきたぁ・・やっとこの展開きたぁ!物語補正きたぁ!最初は設定と違うから焦ったけど、待ってた甲斐があったわ。さぁて、これから忙しくなるわよぉ」

そしてサリーは踵を返すと、スキップをしながら廊下の奥へと姿を消した。
  

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


放課後、アリーナの屋敷に、リリス、アリーナ、エリーゼの姿があった。手紙を前に三人で話している。

「獲物がかかったわ」

そう言ってリリスは手に持つ手紙をヒラヒラとさせる。その手紙には『噂に大喜びしていました。作戦順調です。Aより』と書かれていた。

「思ったより、早かったわね」

「殿下に話してから、まだ一ヶ月よ」

「まあ、こんなものよ。こういう噂は広まるの信じるものも早いもの。卒業パーティーまで、八ヶ月余り。夏休みもあるから、巻きでいかないと」

「アリーナ・・巻きって、またリリスの影響・・」

「いいじゃないの。前世の言葉、面白いんだもの」

「私たちの中ではいいけれど、他で使ったら白い目で見られるわよ。下手したら、あの変わり者と同類よ」

「分かってるわ。気を付ける」

呆れた様子で忠告するエリーゼにアリーナは肩をすくめて答える。最近、アリーナが自分に似てきたなぁと、ぼんやりと考えているリリスにエリーゼは言った。

「ねえ、ヘンリー様は大丈夫?」

「えっ?あー・・・ヘンリー?何とかね・・」

「何とかって・・あのリリスにべた惚れのヘンリー様が、表立って貴女と一緒にいられないのよ。学園では氷点下の空気纏ってるじゃない。労ってあげなさいよ」

「ちゃんと労ってるわよ。この後も屋敷に来るわ。最近では、我が家で夕食をいただくのが日課なのよ。辺境伯家令息が夜の闇に紛れて、お忍びでやって来るなんて本当どっかの小説みたいね」

「甲斐甲斐しいわね。リリスの思いつきに一生懸命付き合って・・・もっと労ってあげるのよ」

「そんなこと言ったって、どうすればいいのよぉ」

待ってましたとばかりにエリーゼが目を光らせる。アリーナも唇の端を上げ、イタズラな笑みを浮かべている。

「キスぐらいしてあげなさいよ」

「キッ、キス!?」

「何よ、その反応。婚約してるんだし、キスぐらい普通でしょ?ねえ、アリーナ?・・・リリス・・貴女まさかまだキスもしてないの?」

「・・したよ・・・おでこに・・」

頬を染め、おずおずと白状するリリス。膝の上では、指を絡ませ手持ち無沙汰にしている。リリスの返答に二人は、声を揃えて大層驚いた。

「「おでこ!?」」

「嘘でしょ!?もう私たち15歳よ!それなのにキスもまだなの!?あぁ、ヘンリー様が不憫でならないわ」

「ちょっと二人共言い過ぎ・・そりゃあ、私だって悪いなぁとは思ってるのよ。でも・・・訳が分からなくなっちゃって・・」

「まあ、私たちも想像ついちゃうところがね・・・本当に貴女らしいわね」

「とにかくキスぐらいしてあげなさいよ。ヘンリー様、すごく我慢してると思うわ。今は特にね。“リリスが足りない”ってね。例え嘘でも大事な婚約者との不仲説が流れてるんだもの」

「そうよ!この茶番に決着がついても、元通りになれるようにちゃんとフォローしておきなさいよ」

二人が身を乗り出し、力説してくる圧に負けたリリスが渋々といった様子で頷くと、アリーナたちは満足そうに微笑んだ。そんな二人とは正反対にリリスは内心ため息をついた。

(キスって、どうすりゃいいのよぉ。前世でも経験すらないのに・・・あー、胃が痛い・・)

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