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第15話 弟の心配

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ヘンリーとのデートから帰ったリリスは、自室で寛いでいる。横で眠っていたネージュが、ソファーで人形のようにぼんやりと宙を見つめるリリスの膝の上で丸くなった。
ネージュの体は、猫より一回り大きい。そのため、乗るとなかなか重量感がある。リリスの膝は室温とネージュの体温で熱かった。寒い季節なら温かく大歓迎だが、今の時期は正直ご遠慮いただきたいところだ。しかし、かわいい聖獣様なので下ろすことはしない。

その時、部屋の扉をノックする音がした。その音にネージュは顔を上げると、膝を下り棚の上に寝場所を変える。「どうぞ」とリリスが声をかけると、開いた扉からアーウィンが顔を覗かせた。

「姉さん、少しいいかな」

「アーウィン、お帰りなさい。いいわよ。何かしら」

アーウィンは城から戻り、そのまま部屋を訪れたようで、外出着のままだ。ひとつ年下の弟アーウィンは、アーサーの側近だ。放課後や休日も城に出向くことが多いため、食事以外で家族として顔を合わせる機会はめっきり減った。昔からアーウィンはしっかり者だったが、最近益々頼もしい雰囲気を纏い、少年から青年の顔へと変わってきた。

アーウィンはソファーの向かいに座ると、早速、口を開く。

「明日、殿下に話があるって聞いたんだけど、急にどうしたの?」

「あぁ、その話ね・・」

実は一昨日のアリーナたちとの話し合いの中で、アーサーに早めに話を通し、協力を取り付けることになり、“明日の放課後、城へ行く”と手紙を出したのだ。アーサーからの返信は“待っている”だった。リリスたちは、アーサーが学園に入学した昨年から定期的に城でお茶を楽しんでいたが、わざわざリリスの方から願い出たのは初めてだ。しかも“話がある”と言われては、アーウィンが不思議に思うのも無理はない。

「殿下が“姉さんの話は何か”って、一日中ソワソワしてたよ。僕に“何か聞いてないのか?”って、しつこいぐらいに尋ねてくるんだよ」

「大した話ではないのよ。ただ殿下なら、ノリノリで話にのってきそうかなぁとは思うけど・・」

「何を相談するのさ」

「それは殿下にお話しするわ」

「嫌な予感しかないんだけど」

「失礼ねぇ。ちょっと殿下の協力をあおぎたいだけよ」

「協力?・・・ねえ、やっぱり先に教えてよ。姉さんが何を言おうと、弟として心の準備が必要だ」

「大袈裟ねぇ。だぁいじょうぶよぉ・・ほら、そろそろ夕食の時間じゃない?着替えたら?」

リリスは立ち上がり、アーウィンを無理矢理扉へと背中を押す。渋々、ノブに手をかけ、出ていくかと思われたアーウィンだったが、振り向き「やっぱり・・・」と言いかけたのをリリスは「しつこい」と食い気味に言った。それにアーウィンは肩をすくめ、諦めた様子で出て行った。

「ふぅ・・・」

息を吐いたリリスは、再びソファーに身体をあずける。そして頭の中で明日の話を繰り返した。それは侍女マリーが夕食を呼びに来るまで、続いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日、城の一室にはリリスやヘンリーたちといったいつもの面々に加えて、アーサーとアーウィンたち側近が顔を揃えていた。和気あいあいとした雰囲気が辺りを包みいつもお茶をするのと変わらない光景だが、アーウィンだけは少し緊張した面持ちで座っている。横には、にこやかな笑顔でリリスを見つめるアーサーがいた。

ひと通り雑談をすると、アーサーの方から話を切り出してきた。

「それで・・リリス嬢のいう話というのは、何かな?」

リリスはアリーナたちに視線を巡らせると、皆小さく頷く。

(私から話せってことね。さて、馬鹿馬鹿しいと一蹴されるか、それとも好意的に捉えられるか・・)

リリスはアーサーに真っ直ぐな眼差しを向けると、「殿下、これから話すことは、他言無用でお願い致します」と話し始めた。

「殿下は、今年入学されたボランタリー男爵家のサリー様をご存知でしょうか?」

いきなり“令嬢を知っているか”という予想もしなかった問いに、アーサーは面食らったような表情を一瞬見せる。しかし、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻ると「いや、その者の名は知らないな」と答えた。リリスはアーサーの答えに頷くと「では質問を変えます」と言い、再び尋ねる。

「最近、殿下の後をつけている令嬢の存在には、お気付きですか?」

その問いに側近のアーウィンたちは眉上げたが、アーサーは表情ひとつ変えずに黙っている。暫し皆の間に沈黙が流れるが、アーサーがゆっくりと口を開いたことで、その沈黙は破られた。

「あれだけ目立っていればね。気付かない方が難しいだろう・・・彼女が先程、名前の出た令嬢なのかな?」

質問にリリスが頷くと、アーサーは言葉を続けた。

「それであの子がどうかしたのかい?」

「私の話に殿下は突拍子もないと思われるかもしれません。しかし、どうか最後までお聞きください」
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