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 その足で、国王がセイラの為に設けてくれた控え室に戻る。
 急いで準備してあった簡素なワンピースに着替えると、必要最低限の荷物を詰めた鞄を持って王宮の出口へと向かう。
 国王には婚約解消の慰謝料と賠償金を先に直接貰っていた。侯爵家に払ってもセイラの手には渡らないだろうとの気遣いだった。
 それを金貨ではなくダイヤモンドにして貰っていたのだ。
 国を出るつもりだからその方が都合がいい。

 馬車止めに、簡素な馬車が待っていた。
 国王夫妻が隣国に向かうと言った私(セイラ)の為に用意してくれた。目的地に着くまでは危険だからと護衛までつけてくれたのだ。
 こんな事までしてもらうのは申し訳ないと思ったが、確かに単身で国外まで出るのは心細いので有難くお世話になる事にしたのである。
 素早く乗り込めば、滑らかに馬車が動きだした。簡素な外見ではあるが、驚く程に乗り心地がいい。流石王族がお忍びなど身分を隠して使う為に作られた馬車だ。
 ゆっくりと王都を抜けて隣国へと続く道を只管に走る。途中何度も馬車を止めて馬を休ませながら国境に辿り着いた。
 国から発行された正式な通行証のおかげで難なく隣国に入ると、王都の近くに目立たない場所に降ろしてもらった。ここまで連れて来てくれた御者と護衛の方々にお礼を述べて別れると、荷物を入れた鞄を手に、初めての国の王都に向かって歩き始めた。
 
 王都は白い石造りの建物が並ぶ、とても活気があって賑やかだ。雑貨屋や花屋洋服屋さんお洒落なカフェなどが並んでいる。
 私としては初めての王都の街並みを楽しみながら暫し歩き回っていたが、食堂の看板を目にすると急にお腹が空いた事を思い出して扉を開けて中に入った。
 「いらっしゃい」と気持ちのいい声を掛けられると威勢のいい気の良さそうな女将さんらしき人に、沢山のお客さんがいる中程の席に案内された。
 運ばれてきたお水で喉を潤してメニュー表を見る、丁度お昼時で日替わりランチを注文した。
 コロッケのような揚げ物と唐揚げとコンソメスープ、ふわふわのバターロールが二つと十分なボリュームのランチ。とても美味しくて夢中で食べていると女将さんらしき人が近づいてきた。

 「アンタ、初めて見る顔だけど一人で観光かい?」

 「えーと、観光と言うか·····」

 どう説明しようか、本当の事を話していいものなのか迷う。

 「服装はあれだけど、もしかして貴族のお嬢様じゃないかい?入ってきた時から気になっていたんだよ」

 悪い意味で聞かれているのではなく心配されている気配が感じられる。
 あまり嘘を吐いて誤魔化すのもよくないような気がして、婚約破棄された事などは省いて簡単に説明する。

 隣の国から出てきた事、元は貴族の令嬢であったが今は家を出て平民としてこの国に来た事など、そして

 「あの、もしよろしければ、私をこのお店で雇っていただけませんか?」

 ガタリと立ち上がって頭を下げる。
 女将さんは吃驚したようでポカンと口を開けていた。

 「精一杯働きます。お願いします」

 尚も頭を下げる私の肩を掴んで頭を上げさせた女将さんは

 「平民になったからといっても貴族のお嬢様がウチみたいな店で大丈夫かい?ウチみたいな店は荒っぽい客もいるし、忙しい割にはそんな給金も払ってやれないよ?」

 「大丈夫です。体力もそれなりに有りますし、それに、こんなに美味しいお料理のお店で働けたら嬉しいです」

 そう、厳しい王妃教育やダンスのレッスン等を受けていたセイラの身体は見た目とは違って思った以上に体力があり丈夫だった。
 長い時間馬車に揺られてきてもピンピンしている。

 「そう言ってもらえるのは嬉しいけどねぇ。旦那の自慢の料理だからね。うーん、よし!何かの縁だし、働いて貰おうか」

 「有難うございます!」

 隣国から来たばかりで慣れない国にお嬢さん一人で心配だしね、と言った女将さんが気の良さそうな笑みを浮かべて、もう少し忙しい時間が続くから少し待っててちょうだいと、裏の自宅で待つようにと案内してくれた。

 暫く待っていると一段落ついたらしい女将さんが戻ってきて住む部屋が決まっていないだろうと、店から歩いてすぐの所にあるアパートを紹介してくれた。
 部屋を探さないといけないと思っていた私には非常に有難かった。
 セイラの部屋に比べればとても狭い部屋だが、私にとっては十分な広さのワンルームの部屋でバスルームもトイレもキッチンも揃っている。
 ベッドや棚やテーブルなどは備え付けで揃っており、すぐに寝られるようにと女将さんが寝具を買うのに着いてきてくれた。
 寝具を部屋に運ぶのを手伝ってくれた女将さんがお店に戻ると、私は明るいうちにとキッチン用品など日用品を揃えに出た。
 教えて貰っていたお店を回って揃えると、洋服屋さんで着替えのワンピースを何着かとエプロンを買うと部屋に帰る。
 買ってきたものを片付けると、流石に疲れてベッドに横になった。

 『ねえセイラ、聞こえる?』

 『·····ええ、聞こえますわ』

 『ごめんね、セイラの思い描いてたのとは全然違っちゃたかも。平民になっちゃったし』

 まだこれからだけど、とりあえず一つ落ち着いた私は、この身体の奥に蹲っているセイラに話し掛けた。
 私、という立場では最善の道を選んだつもりであったけど、貴族の令嬢として生きてきたセイラにとって良かったのかどうかは分からなかったから。
 
 

 

 
 
  
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