上 下
2 / 13

2

しおりを挟む
 何の行動をする事もないまま時は流れて、学園に入学する日がきた。

 今、私の目の前には、黒髪ショートの金色の瞳をした怜悧な恐ろしく美貌の王子様が座っている。   朝、立派な黒塗りの王家の紋章を付けた二頭引きの馬車で、婚約者である第2王子のアイザックが迎えに来たのだ。

 乙女ゲームはヒロイン目線で進むから悪役令嬢の日常なんて描かれてなかったけど、王子様はちゃんと婚約者らしい行動をしていたのね。
 そのうちこれも無くなるんだろうけれど。
 
 それよりも、入学式の日にヒロインと攻略対象者達との出会いのイベントがあって、アイザックと恋人同士になったヒロインを悪役令嬢が虐め抜いて断罪される、っていう曖昧な事以外は思い出せないまま、肝心なところも全く思い出せないで今日を迎えてしまったのだけど·····はぁぁ·····記憶があるのに記憶ない·····役立たずだわ·····などと馬車の窓から外の景色をぼんやりと見送りながら考え事に耽っていた私は、向かいに座るアイザックがジッと見つめていた事に気づいていなかった。

 アイザックのエスコートで入学式会場である講堂に入ると、予め爵位順に決められている席に着いた。私達が到着した頃には殆どの新入生が席に着いており、間もなく式が始まるところだった。男爵家の令嬢達が座る席の辺りにさり気なく顔を向けると、ヒロインはすぐに見つかった。分かりやすい桃色の毛先がクルンと丸まったふわふわの髪をした令嬢。丸く大きなシャンパンピンクの瞳をした目、白い肌にやはり桃色のぽってりと可愛らしい唇··········唇··········驚き過ぎて目が飛び出しそうだった。ポカンと口を半開きにして、大きな目は今にも閉じそうに半目になっている··········

 「·····っ!!」

 危うく変な声をあげそうになって口を押さえた。

 式が始まっても私の頭はそれどころではない、曖昧な記憶を総動員しても、入学式で不安そうな表情を浮かべながらも、大きなキラキラうるうるした瞳で真剣に王子の入学の挨拶と宣誓を聞いているスチルしか出てこない。

 ストーリー通り首席で入学したアイザックが壇上でスピーチを始めても、ヒロインは今にも船を漕ぎそうになっている·····何故?  私は何もしていないからストーリー通りに進んでいるはずなのに。

 彼女がヒロインじゃないのかしら·····

 でも他を見回しても桃色の髪でシャンパンピンクの瞳の令嬢なんて彼女以外にはいない。

 思考に耽る私はアイザックのスピーチが終わり式が終了した事にも気づかなかった。
 そしてアイザックが私を凝視していた事にも。

 「おい、お前はさっきから何を百面相しているんだ。終わったからクラスに移るぞ」

 頭上から声が降ってきて我に返った私は思わずびくりと顔を上げると、呆れた顔をしたアイザックが見下ろしていた。

 「ごめんなさい、少し考え事をしていて」

 「そんな面白い顔しながらか?」

 「──────────っ」

 面白い顔!?クルリと後ろを向くと頬を軽く叩いて顔を引き締めて向き直る。

 「何でもないの。行きましょう?」

 「·····ああ」

 普段通りの微笑みを浮かべると、アイザックは不思議そうに首を傾げながらも、二人並んで教室に向かった。

 担任の教師が教室に入ってきてオリエンテーションが済むと今日はこれで解散となる。
 荷物を鞄に詰めて、ガチャリ、と留め具を留める音が響いた時、なんと思い出した。ずっとモヤモヤしていた肝心なものを思い出してしまった。

 そう、このゲームは18禁だった事を。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

誰ですか、それ?

音爽(ネソウ)
恋愛
強欲でアホな従妹の話。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

婚約者と妹に毒を盛られて殺されましたが、お忘れですか?精霊の申し子である私の身に何か起これば無事に生き残れるわけないので、ざまぁないですね。

無名 -ムメイ-
恋愛
リハビリがてら書きます。 1話で完結します。 注意:低クオリティです。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

私知らないから!

mery
恋愛
いきなり子爵令嬢に殿下と婚約を解消するように詰め寄られる。 いやいや、私の権限では決められませんし、直接殿下に言って下さい。 あ、殿下のドス黒いオーラが見える…。 私、しーらないっ!!!

塩対応彼氏

詩織
恋愛
私から告白して付き合って1年。 彼はいつも寡黙、デートはいつも後ろからついていく。本当に恋人なんだろうか?

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

処理中です...