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17.大乱闘、再び【前】
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修学旅行2日目は曇りだった。
夜のうちに激しく雨が降ったらしく、地面がぬかるんでいる。
桜太郎はしおりのスケジュールを見返した。
西ノ湖から竜頭滝までのハイキング。
大人の足なら3時間足らずで歩き終わるルートだが、昼食を挟むこともあり余裕を持って夕方までの6時間を予定していた。
「足元が悪いから、くれぐれも気を付けてね」
桜太郎が呼びかけるが、ほとんどの子どもたちは聞いていない。
「よその中学校も俺らと同じコースでハイキングらしいぜ」
「げぇー。絡まれたらどうする」
「陽太なら勝てんだろ」
班の男子たちと会話を交わすミントの姿を、ちらりと見る。
騒ぐ同級生たちから一歩引いたところで、時には突っ込み、時には受け流す。
そんないつも通りの態度がひどく寂しい。いつだって、彼とのやりとりに一喜一憂するのは自分だけだ。
朝食は喉を通らなかった。
彼の冷たい微笑を思い出すたび、鉛を飲み込んだように胃が重くなる。
勝手に好きになって、勝手に傷ついて。ミントにとっては迷惑な話だろう。
沈む気持ちを奮い立たせようと、桜太郎は顔を上げた。
どこかから、野鳥のさえずりが聞こえる。
子どもたちの話し声が無ければ、風の音すら聞こえてきそうだ。
ふと、女子たちの盛り上がる声が聞こえて、そちらを振り向く。
中心にいるのはゆめりだ。
確かミントと同じ班のはずだが、分裂して女子だけの集団を形成している。
おそらく、男子が好き勝手に歩くので別の班の女子と合流したのだろう。
本来なら班で行動するように注意すべきだが、
せっかくの修学旅行を楽しい思い出にしてあげたい。
このあたりの塩梅が難しい。
集団の1人が、桜太郎の視線に気づき「あー!」と声を上げた。
「ダメだよ、先生。女の子だけの秘密の話なんだから」
「そうなの? ごめんごめん」
桜太郎が苦笑すると、
ゆめりは「でも平原先生には言っても良いかも」と恥ずかし気に言った。
桜太郎が首を傾げると、
イツハが内緒話をするように小声になった。
「あのね、ゆめりちゃんの好きな人、ミントくんなんだよ」
「……え」
傷ついた心に追い打ちをかけられたような気分だった。
どうにか笑顔を作り、「そうなんだ」と相槌を打つ。
……心臓の音が早くて、気分が悪い。
「最終日に告白するんだよねー」
きゃーっと盛り上がる女子たちを、桜太郎は呆然と見つめた。
「モテるんだ……」
ゆめりのような、いかにも人気がありそうな子から思いを寄せられるほどに。
ざわざわと競りあがる焦燥感に押しつぶされそうだった。
ーー彼女には悪いけど、あの人が小学生を相手にするはずない。
そんなことはわかっている。だけど。
例えば10年後。彼の同年代は1番瑞々しくて綺麗な年齢を迎える。
それこそ、今の晴翔のように魅力で溢れた若者たちがミントに言い寄るのだろう。
(そうなったら、俺なんて……)
「桜太郎さん? 大丈夫ですか?」
気づくと、隣に晴翔がいた。
「……顔、真っ青ですよ」
「ちょっと寒いだけだよ、冷えてきたから」
覗き込んでくる晴翔から、ふいと視線を逸らす。
「そんな薄着するから……。俺のコート着てください」
「晴翔が寒いだろ」
「俺は着こんでいるし、熱いぐらいなんで」
晴翔の申し出を何とか拒否しようとしたが、
とうとう彼の押しに負けてしまった。
渋々コートの袖に腕を通す桜太郎を、晴翔は満足そうに眺める。
「彼シャツならぬ彼コートですね」
「……晴翔」
「わかってますよ、体調が悪い時に攻める気はありませんって。
ただ不謹慎にもきゅんとしちゃって。仕方ないでしょ。好きなんだから」
晴翔の堂々とした態度に、呆れを通り越して笑ってしまう。
「君を好きになれたら、どんなにラクなんだろうね」
思わずこぼした言葉に、晴翔が目を見開く。
その反応を見て、桜太郎は自身の失言に気づいた。
「待って、忘れて!」
「1回言ったら取り消せませんよ」
後ずさる桜太郎を、晴翔がずいっと追いかける。
「違うんだって、本当にごめん」
「ずるいですよ、あんなこと言われて期待しない方が無理でしょ……!」
押し問答していると、ふと視線を感じた。
2人揃って、そちらを振り向く。
「……!!」
こちらを凝視していたのは陽太だった。
彼の少し後ろにミントがいる。
「先生とはるくん、ケンカしてんの?」
純粋に心配しているらしい陽太の言葉に、罪悪感で言葉が詰まる。
「放っとけ、痴話喧嘩だろ」
ミントによる呆れたような声色に、ずきんと心臓が痛んだ。
「だから、違うって言ってるのに……」
どうしてこんな場面ばかり見られるんだろう。
ただでさえ望みなんて無いんだから、せめて綺麗な形で片思いをさせてほしいのに。
夜のうちに激しく雨が降ったらしく、地面がぬかるんでいる。
桜太郎はしおりのスケジュールを見返した。
西ノ湖から竜頭滝までのハイキング。
大人の足なら3時間足らずで歩き終わるルートだが、昼食を挟むこともあり余裕を持って夕方までの6時間を予定していた。
「足元が悪いから、くれぐれも気を付けてね」
桜太郎が呼びかけるが、ほとんどの子どもたちは聞いていない。
「よその中学校も俺らと同じコースでハイキングらしいぜ」
「げぇー。絡まれたらどうする」
「陽太なら勝てんだろ」
班の男子たちと会話を交わすミントの姿を、ちらりと見る。
騒ぐ同級生たちから一歩引いたところで、時には突っ込み、時には受け流す。
そんないつも通りの態度がひどく寂しい。いつだって、彼とのやりとりに一喜一憂するのは自分だけだ。
朝食は喉を通らなかった。
彼の冷たい微笑を思い出すたび、鉛を飲み込んだように胃が重くなる。
勝手に好きになって、勝手に傷ついて。ミントにとっては迷惑な話だろう。
沈む気持ちを奮い立たせようと、桜太郎は顔を上げた。
どこかから、野鳥のさえずりが聞こえる。
子どもたちの話し声が無ければ、風の音すら聞こえてきそうだ。
ふと、女子たちの盛り上がる声が聞こえて、そちらを振り向く。
中心にいるのはゆめりだ。
確かミントと同じ班のはずだが、分裂して女子だけの集団を形成している。
おそらく、男子が好き勝手に歩くので別の班の女子と合流したのだろう。
本来なら班で行動するように注意すべきだが、
せっかくの修学旅行を楽しい思い出にしてあげたい。
このあたりの塩梅が難しい。
集団の1人が、桜太郎の視線に気づき「あー!」と声を上げた。
「ダメだよ、先生。女の子だけの秘密の話なんだから」
「そうなの? ごめんごめん」
桜太郎が苦笑すると、
ゆめりは「でも平原先生には言っても良いかも」と恥ずかし気に言った。
桜太郎が首を傾げると、
イツハが内緒話をするように小声になった。
「あのね、ゆめりちゃんの好きな人、ミントくんなんだよ」
「……え」
傷ついた心に追い打ちをかけられたような気分だった。
どうにか笑顔を作り、「そうなんだ」と相槌を打つ。
……心臓の音が早くて、気分が悪い。
「最終日に告白するんだよねー」
きゃーっと盛り上がる女子たちを、桜太郎は呆然と見つめた。
「モテるんだ……」
ゆめりのような、いかにも人気がありそうな子から思いを寄せられるほどに。
ざわざわと競りあがる焦燥感に押しつぶされそうだった。
ーー彼女には悪いけど、あの人が小学生を相手にするはずない。
そんなことはわかっている。だけど。
例えば10年後。彼の同年代は1番瑞々しくて綺麗な年齢を迎える。
それこそ、今の晴翔のように魅力で溢れた若者たちがミントに言い寄るのだろう。
(そうなったら、俺なんて……)
「桜太郎さん? 大丈夫ですか?」
気づくと、隣に晴翔がいた。
「……顔、真っ青ですよ」
「ちょっと寒いだけだよ、冷えてきたから」
覗き込んでくる晴翔から、ふいと視線を逸らす。
「そんな薄着するから……。俺のコート着てください」
「晴翔が寒いだろ」
「俺は着こんでいるし、熱いぐらいなんで」
晴翔の申し出を何とか拒否しようとしたが、
とうとう彼の押しに負けてしまった。
渋々コートの袖に腕を通す桜太郎を、晴翔は満足そうに眺める。
「彼シャツならぬ彼コートですね」
「……晴翔」
「わかってますよ、体調が悪い時に攻める気はありませんって。
ただ不謹慎にもきゅんとしちゃって。仕方ないでしょ。好きなんだから」
晴翔の堂々とした態度に、呆れを通り越して笑ってしまう。
「君を好きになれたら、どんなにラクなんだろうね」
思わずこぼした言葉に、晴翔が目を見開く。
その反応を見て、桜太郎は自身の失言に気づいた。
「待って、忘れて!」
「1回言ったら取り消せませんよ」
後ずさる桜太郎を、晴翔がずいっと追いかける。
「違うんだって、本当にごめん」
「ずるいですよ、あんなこと言われて期待しない方が無理でしょ……!」
押し問答していると、ふと視線を感じた。
2人揃って、そちらを振り向く。
「……!!」
こちらを凝視していたのは陽太だった。
彼の少し後ろにミントがいる。
「先生とはるくん、ケンカしてんの?」
純粋に心配しているらしい陽太の言葉に、罪悪感で言葉が詰まる。
「放っとけ、痴話喧嘩だろ」
ミントによる呆れたような声色に、ずきんと心臓が痛んだ。
「だから、違うって言ってるのに……」
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