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9.三者面談パニック【後】

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「最近特に仲が良いのは陽太くんだね。他にもクラスの男の子たちとは問題なく交友関係を築けている印象だけど、どうかな」

「ああ。学校も家庭も問題ねえよ。優秀なんだ、俺は」

「ダメよ、さく、じゃなくて、みんとぐりーん。学校の先生にそんな口の利き方」

母親は、人差し指を立てて「こら」とミントを注意した。
「策也」と呼ばないよう気をつけておけば、自分の任務は全うできるという解釈らしい。
すでに色々と破綻しているため、それすら無駄な努力だが。

「話し方と言えば、槙くんに対してだってもう少し丁寧な言葉遣いにしなきゃね。あなたのお父さんなんだから」

「冗談じゃねえ。アイツはもともと同級生なんだ、し……」

――あれ、俺、今……。

はっとして口をつぐむ。しまった。気を抜いていた。
ぐるんっと首をひねり、担任の反応を確認する。

「……」

桜太郎は、見たこともないような呆けた顔でミントを凝視していた。

――終わった。

状況を理解出来ていない小都美が、固まった2人を前にこてん、と首を傾げた。

**

翌日。1時間目は算数だった。単元は分数の割り算。
クラスメイトは、配布されたプリントを各自黙々と解いている。
鉛筆芯の音が響く中、ミントは冷や汗を流しながら俯いていた。プリントはとっくに解き終えていたが、顔を上げられないのには事情があった。

(アイツめっちゃ見てくる……!!)

教壇に立つ担任がこちらを凝視しているためである。
本来、解けなくて困っている児童の元へ行って助け舟を出すのが教師の役目だが、職務放棄とは彼らしくない。

原因には十分すぎるほど思い当たる節がある。
27歳の慎一を同級生だと言ってしまった自分のミスだ。

あの担任はミントが知る限り、馬鹿でも天然でもない。
例の失言が聞こえていれば、策也とミントがイコールだと簡単に気づくだろう。
局所的な難聴で聞き取れなかったなどのラッキーパターンを期待したが、当然そんなはずもなく。ミントは窮地に追い込まれていた。

1時間目終了のチャイムが鳴ると、ミントは桜太郎が声を掛ける間もなくトイレに逃げ込んだ。2時間目も3時間目も。昼休憩すら同じ行動でしのいだ。

「便所行きすぎじゃねえ?」と不審がる陽太には、「朝飯の味噌汁にあたった」と適当を言って誤魔化した。

5時間目の後の15分休憩。誰もいないトイレは静かだ。
もたれかかったタイルの壁がひやりと冷たい。桜太郎の射貫くような視線を思い出す。

「こんなことずっと続けんの無理だろ……」

背中がずり落ちた。しゃがみ込み、自分の髪をぐしゃりと握る。

もう観念するしかないのだろうか。だけど、認めてしまえば最後。桜太郎の気持ちと向き合わなければならない。

「そんな覚悟ねえよ……」

ため息まじりの嘆きは、誰に届くわけでもなく消えた。

**

ネットバンクアプリの画面を睨みつけながら、女は舌打ちをした。

すぐにアプリを閉じ、LINEのアイコンをタップする。
ボルドーの大理石風ネイルが、スマートフォンの画面にカツカツとぶつかる音が響く。

――今月の養育費が振り込まれていません。期限は過ぎています。

珍しく、既読はすぐについた。

――親権喪失したと聞きました。今後、支払いは停止します。

「ふざけんな!!」

声を荒げて、スマートフォンを床に投げつける。
周囲が驚いたように振り向くが、彼女の視界には入らない。

ハイトーンベージュの長い髪を乱暴にかき上げる。

「どいつもこいつも死ねよ、もう……!」

涙声で叫ぶと、女は唇を噛み締めた。
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