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8.めちゃくちゃ可愛いだろ【後】
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**
「かわいい! 女の子にしか見えないよ!」
「髪を編み込んでみよう!」
クラスメイトで町娘A役のゆめりとその友達が嬉しそうに声を上げる。
薄いピンク地に白い百合があしらわれた浴衣に身を包んだミントは、
彼女たちにされるがまま呆然としている。
ーーなんでこんなことになったんだ……。
**
ゆめりが話しかけてきたのは、放課後のことだった。
帰ろうとランドセルを背負っていたミントは、突然目の前に現れた彼女に首を傾げた。
女子からこちらに関わってくることは珍しい。
すると、彼女はおずおずと浴衣を差し出した。
「浴衣持ってないよね? もし良かったら貸すよ?」
「え」
顔を引き攣らせるミントの隣で、陽太が余計すぎる提案をした。
「良いじゃん、ミント。試着してみろよ!」
**
「まじでかわいい」
「男なのもったいねえ」
好奇心で集まってきた野次馬の男子たちをギッと睨む。
(そりゃあ、似合うだろうよ……!)
雪のように白い肌と、筋肉がついていない華奢な身体。
大きな猫目に長いまつ毛。薄い唇。
索也が引き継いだ爽人翠の容姿は、完全に美少女のそれだった。
しかし、例え似合っていたとしても当人の気持ちが追いつくかどうかは別問題である。
ミントは、自分の腰に巻きついているフリルの帯をおぞましいもののように見つめた。
「勘弁してくれ……」
自分がこんな風に華やかでふわふわしたものを身につけているなんて、それだけで身の毛がよだつ思いだった。
「木下くん」
こそっと耳打ちされ、振り向く。
そこには、心配そうにこちらを覗き込む飛鳥の姿があった。
「やっぱりその役イヤなんだよね? 今からでも配役を元に……」
「ばっ。イヤじゃねえよ! めちゃくちゃ可愛いだろ、俺! 見ろほら! 浴衣ってのはチビの方が似合うんだよ。お前より俺の方が適任だ!」
そう言って、親指を自分に向ける。
そんな堂々とした宣言に、周囲から「おお!」と歓声が上がった。
はっとして、陽太を見ると
彼は驚きで目を丸くしている。
やってしまった。手のひらで顔を覆う。
ーーアホか、俺。
「でもやっぱり髪飾りがいるね」
「この浴衣に合う髪飾りは持っていないんだよねー」
ミントを囲う女子たちが、きゃっきゃと話を進めていく。
「あ、じゃあさ。来週みんなで買いに行かない?」
「えっ」
「たのしそう!」
きらきらと目を輝かせる女子たち。
嫌な予感がして、ミントはそろりと手を挙げる。
「あ、あの、それって」
「もちろん、ミントくんも一緒に行くよね! 本人がいないと似合うものがわからないもん」
絶句するミントの隣で、陽太が「じゃあ俺も行きたい!」と名乗り出た。
**
買い物の約束を3日後に控えた木曜日。
ミントはジャングルジムの1番上に座っていた。
そよ風が前髪を靡かせる。
「暇すぎる」
今日は三者面談だ。1人15分ずつの入れ替え制で、ミントが割り振られた時間は17時。
授業は15時半に終わったので、面談まで校庭で時間を潰さないとならない。
暇潰しに陽太を付き合わせようとしたが、スイミングの習い事があるとかで逃げられてしまった。
「そんなところでぼーっとしてたら危ないよ」
声が聞こえて、下を覗き込む。
「……飛鳥」
ショートボブだった髪を最近さらに短く切った彼女は、その長身と姿勢の良さも相まっていつも凛として見える。
「そっち行っていい?」
「おー」
頷くと、飛鳥はするするとジャングルジムを登り、あっという間に頂上まで辿り着いた。
「飛鳥も今日が三者面談?」
「うん、自分は16時半から」
答えながら、ミントの隣に腰掛ける。
「俺の2個前か。暇を持て余して困るよなー。面談に使うから教室には居れねーし」
「ね」
パイプ部分に背中でよりかかり、飛鳥はこくりと頷いた。
「……自分、木下くんに謝りたくて」
「うん? 配役の話ならもういいからな」
そう言うと、飛鳥は目を丸くした。
「だって、木下くんだって本当は女役なんて嫌だったんじゃ」
弱々しい声で話す彼女を、ミントは横目で覗き見た。
オーバーサイズのトレーナーにカーゴパンツ。恐らく男児用だろう。
「小っ恥ずかしいけど、お前ほど拒否感はねえよ」
飛鳥が瞬きを繰り返す。
ミントの言葉の意味を図りかねているようだった。
「俺は所詮、『女役をする男』だからな。周りも俺のことを本当は男だって知ってるし」
飛鳥は眉をしかめた。
そして、ミントが言わんとしていることを理解すると、目を見開いた。
「……なんで」
「なんとなく。そうかなって思ってた」
多分、平原もわかってる。そう言うと、「やっぱりそうなんだ」と呟く声が聞こえた。
「……」
俯く飛鳥の表情は見えない。
ミントは前を向き直った。自分たち2人以外誰もいない校庭。
陽が傾き始めている。
「大丈夫。誰にも言わねえよ」
「ありがとう。……でも」
「うん?」
「本当は隠したくないんだ。親にも」
声が震えている。
ミントは声をかけようと口を開くが、言葉が出てこない。
「……」
「……飛鳥が本当に言いたくなったタイミングで良いと思う」
そう言うと、隣でゆっくりと頷く気配がした。
16時20分。駐車場に母親の車を見つけた飛鳥は、ジャングルジムを降りようとパイプに手をかけた。
「じゃあ、また。ありがとう、ミント」
にこりと笑う飛鳥に笑顔を返す。
母親のもとに駆けていく「彼」の後ろ姿を眺めた。
ーーもっと上手く励ませる言葉があったのかもしれない。
知識があれば。
教育について真面目に勉強していれば、何かが変わったんだろうか。
ふわりとした風を顔に受けながら、ミントは目を細めた。
「かわいい! 女の子にしか見えないよ!」
「髪を編み込んでみよう!」
クラスメイトで町娘A役のゆめりとその友達が嬉しそうに声を上げる。
薄いピンク地に白い百合があしらわれた浴衣に身を包んだミントは、
彼女たちにされるがまま呆然としている。
ーーなんでこんなことになったんだ……。
**
ゆめりが話しかけてきたのは、放課後のことだった。
帰ろうとランドセルを背負っていたミントは、突然目の前に現れた彼女に首を傾げた。
女子からこちらに関わってくることは珍しい。
すると、彼女はおずおずと浴衣を差し出した。
「浴衣持ってないよね? もし良かったら貸すよ?」
「え」
顔を引き攣らせるミントの隣で、陽太が余計すぎる提案をした。
「良いじゃん、ミント。試着してみろよ!」
**
「まじでかわいい」
「男なのもったいねえ」
好奇心で集まってきた野次馬の男子たちをギッと睨む。
(そりゃあ、似合うだろうよ……!)
雪のように白い肌と、筋肉がついていない華奢な身体。
大きな猫目に長いまつ毛。薄い唇。
索也が引き継いだ爽人翠の容姿は、完全に美少女のそれだった。
しかし、例え似合っていたとしても当人の気持ちが追いつくかどうかは別問題である。
ミントは、自分の腰に巻きついているフリルの帯をおぞましいもののように見つめた。
「勘弁してくれ……」
自分がこんな風に華やかでふわふわしたものを身につけているなんて、それだけで身の毛がよだつ思いだった。
「木下くん」
こそっと耳打ちされ、振り向く。
そこには、心配そうにこちらを覗き込む飛鳥の姿があった。
「やっぱりその役イヤなんだよね? 今からでも配役を元に……」
「ばっ。イヤじゃねえよ! めちゃくちゃ可愛いだろ、俺! 見ろほら! 浴衣ってのはチビの方が似合うんだよ。お前より俺の方が適任だ!」
そう言って、親指を自分に向ける。
そんな堂々とした宣言に、周囲から「おお!」と歓声が上がった。
はっとして、陽太を見ると
彼は驚きで目を丸くしている。
やってしまった。手のひらで顔を覆う。
ーーアホか、俺。
「でもやっぱり髪飾りがいるね」
「この浴衣に合う髪飾りは持っていないんだよねー」
ミントを囲う女子たちが、きゃっきゃと話を進めていく。
「あ、じゃあさ。来週みんなで買いに行かない?」
「えっ」
「たのしそう!」
きらきらと目を輝かせる女子たち。
嫌な予感がして、ミントはそろりと手を挙げる。
「あ、あの、それって」
「もちろん、ミントくんも一緒に行くよね! 本人がいないと似合うものがわからないもん」
絶句するミントの隣で、陽太が「じゃあ俺も行きたい!」と名乗り出た。
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買い物の約束を3日後に控えた木曜日。
ミントはジャングルジムの1番上に座っていた。
そよ風が前髪を靡かせる。
「暇すぎる」
今日は三者面談だ。1人15分ずつの入れ替え制で、ミントが割り振られた時間は17時。
授業は15時半に終わったので、面談まで校庭で時間を潰さないとならない。
暇潰しに陽太を付き合わせようとしたが、スイミングの習い事があるとかで逃げられてしまった。
「そんなところでぼーっとしてたら危ないよ」
声が聞こえて、下を覗き込む。
「……飛鳥」
ショートボブだった髪を最近さらに短く切った彼女は、その長身と姿勢の良さも相まっていつも凛として見える。
「そっち行っていい?」
「おー」
頷くと、飛鳥はするするとジャングルジムを登り、あっという間に頂上まで辿り着いた。
「飛鳥も今日が三者面談?」
「うん、自分は16時半から」
答えながら、ミントの隣に腰掛ける。
「俺の2個前か。暇を持て余して困るよなー。面談に使うから教室には居れねーし」
「ね」
パイプ部分に背中でよりかかり、飛鳥はこくりと頷いた。
「……自分、木下くんに謝りたくて」
「うん? 配役の話ならもういいからな」
そう言うと、飛鳥は目を丸くした。
「だって、木下くんだって本当は女役なんて嫌だったんじゃ」
弱々しい声で話す彼女を、ミントは横目で覗き見た。
オーバーサイズのトレーナーにカーゴパンツ。恐らく男児用だろう。
「小っ恥ずかしいけど、お前ほど拒否感はねえよ」
飛鳥が瞬きを繰り返す。
ミントの言葉の意味を図りかねているようだった。
「俺は所詮、『女役をする男』だからな。周りも俺のことを本当は男だって知ってるし」
飛鳥は眉をしかめた。
そして、ミントが言わんとしていることを理解すると、目を見開いた。
「……なんで」
「なんとなく。そうかなって思ってた」
多分、平原もわかってる。そう言うと、「やっぱりそうなんだ」と呟く声が聞こえた。
「……」
俯く飛鳥の表情は見えない。
ミントは前を向き直った。自分たち2人以外誰もいない校庭。
陽が傾き始めている。
「大丈夫。誰にも言わねえよ」
「ありがとう。……でも」
「うん?」
「本当は隠したくないんだ。親にも」
声が震えている。
ミントは声をかけようと口を開くが、言葉が出てこない。
「……」
「……飛鳥が本当に言いたくなったタイミングで良いと思う」
そう言うと、隣でゆっくりと頷く気配がした。
16時20分。駐車場に母親の車を見つけた飛鳥は、ジャングルジムを降りようとパイプに手をかけた。
「じゃあ、また。ありがとう、ミント」
にこりと笑う飛鳥に笑顔を返す。
母親のもとに駆けていく「彼」の後ろ姿を眺めた。
ーーもっと上手く励ませる言葉があったのかもしれない。
知識があれば。
教育について真面目に勉強していれば、何かが変わったんだろうか。
ふわりとした風を顔に受けながら、ミントは目を細めた。
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