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2.アラサー児童、爆誕【後】
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母親との感動の再会から2時間後、
少年は再び病室に居た。
病院が警察に通報し、大ごとになるであろう未来が予想できた為である。
脱走については看護師からこっぴどく叱られた。
とは言え、叱られ慣れている彼にとってそれは大した出来事では無かった。
病室を出て、休憩室に向かう。
スマホからLINEのアイコンを選んでタップした。
「抜け出してきた子を保護している」と慎一が病院に電話してから、
お迎えが来るまでにLINEを交換しておいた。
気心の知れた人間といつでも連絡が取れることは大きな安心材料だった。
なぜ施設で暮らす子どもがスマホを持っているのかと疑問に思ったが、
どうやら契約者は少年の父親らしかった。
複雑な家庭の事情はよくわからない。
「おう、索也。無事に連れ戻されたか」
「おー。めちゃくちゃ怒られた。さっき説教が終わったとこ」
「お前は前世でも今世でも叱られて生きていく運命だな」と、慎一がけたけたと笑う。
いつもよりテンションが高い友人に、
ふ、と息を漏らす。
これでも10年親友をやってきたんだ。
突然の事故死なんて、相当なダメージを負わせたであろうことは想像がついた。
「考えたんだけどさー、
とりあえず俺はお前のこと今の名前で呼ぶことにするわ。ミントグリーンだっけ? さすがに長ぇからミントでいい?」
「あー。まあ、確かに側から見れば索也呼びは妙だわな。そういや看護師も俺のことミントって呼ぶわ。通称なんだろな」
そう言って頷く。
休憩室には他に数人のおばあちゃんが居て、テレビのワイドショーを観ていた。
「俺ら以外には中身もミントのままってことで通した方が無難だと思う。言ったところで誰も信じねえだろ」
「まあな。コイツのこと全然知らねえけど、その辺は記憶喪失で誤魔化せんだろ。てか、そもそもいつまで俺がこの体でいれるかわかんねえし……」
「ん?」
バツが悪そうに左頬を掻いた。
「いや、せっかく還って来た所悪ぃんだけどさ。
輪廻転生って言うの? ああいうのって、生まれ変わる先は赤ん坊とかだろ、普通」
そもそもが異常事態なので「普通」も何も無いが。
「だって、小学生とは言え12年生きてんだ。ミントの人格は既に形成されてたんだぜ? これじゃ乗っ取りだよ。いつ元の人格がこの身体に戻るかわからねえ」
「……死んでるんだろ、ミントの元の魂は事故の時に」
スマホの向こうで、慎一の静かな声が落とされた。
「……え」
「俺もそれは考えてたよ。だけど、現にミントの魂は消えてる。
突然復活する方が不自然だ。お前の今の身体に魂が2つ入ってるとも考えられない。1つの身体に魂は1つだ」
「……」
「世界の秩序って概念は知ってるか?
ミントがあの日死ぬことは決まっていた。だから車に向かって走った時点で魂は死んだ。
だけど、索也が飛び出したせいで身体だけ残っちまったんだ。
運命なんて言うと胡散臭いけどよ。ミントの身体が生きることと、索也の身体が死ぬことは予定外だったんだよ」
慎一は大学で文学部だった。
確か、哲学や宗教学など、変わった勉強をしていたことを思い出した。
「じゃあ何か? 俺の魂がミントの身体に入ったことは」
「1つの魂と1つの身体が死ぬことは決まっていた。残ったもの同士を生かすしか無い。予定調和だよ」
そんな馬鹿な。世界の秩序ってのは個数が合えば良いのか? 雑すぎる。
あまりの暴論に少年は絶句したが、
彼の唱える説には妙な説得力があった。
「まあ、雑めの転生だと受け取るしかねえな。
つまりお前はこれからミントとして生を全うしなければいけねえってことよ」
「……なるほど?」
合っているかどうかはさておき、
乗っ取った訳ではなく、この身体は元々死ぬ予定だったと言ってもらえた方が幾分罪悪感は薄れた。
「つまり、小学6年生として生きると……」
想像して恐ろしさに肩が震えた。
今更ガキ達と同じ目線で小学校に通うと言うのか。
確かに、小学生に戻りたいなどと能天気に妄想したことはあった。
勉強は簡単だし、
何事においても責任を取らなくて済むし。
だからと言って、他人の人生を生きるとなると話は別だ。
「難しく考えずにさ。2度目の人生だと思って気楽に楽しめよ。
お前は存在してるだけで良いんだよ。昨日から小都美さんは正気を取り戻したんだぜ。本当、索也が死んだ時なんて見てらんなかったんだから……」
「う」
痛い所を突かれ、言葉に詰まる。
何のために生きるのか、なんて。
柄にも無いことを考えたって仕方ない。
「まあ、そうだな……。よく考えりゃ教師より児童の方がラクだわ。パチンコ出来ねえのがかなり痛いけど。
それより施設暮らしっちゅーもんが想像つかなくてちょっと不安かもな」
「あ、それなんだけどさ」
思い出したように声を上げた慎一に、索也もとい、ミントは首を傾げた。
**
「荒窪くんが、そうしたいんだね?」
「はい」
邪推されないように、力強く答えた。
ベッドの脇のパイプ椅子に座る桜太郎は、困惑したようにこちらを見ている。
「教師として俺は、君に幸せになって欲しい。
確かに木下 小都美さんは優しそうな女性だよ。だけど……」
言いにくそうに口ごもる彼を眺める。
(そりゃ不審だわな)
木下 小都美にとって、荒窪 爽人翠は息子の死因そのものだ。
彼女が里親を名乗り出ること自体、不自然極まりない。
その上……。
一昨日のLINE通話を思い出し、ミントはため息を吐いた。
「里子を迎えるためには両親が揃ってないといけないんだ。
今更どこぞの馬の骨といきなり結婚されるより俺の方が100倍マシだろ? 彼女を絶対大切にする。お前にとっても良い父親になる」
「きめえって。母さんは何て言ってんだよ」
「今はまだ遠慮してるみたいだけど、説得してみせるから。
全員が幸せになれる方法だろ」
その説得が2日で完了するとは思いもしなかった。
「木下 爽人翠……。苗字だけ前世に戻った訳だ……」
下の名前の癖に加え、苗字までも友人のものを名乗ることに大きく抵抗すると、
慎一はあっさり自分の苗字を捨てた。
10年の片思いを前に苗字などどうでも良かったらしい。
かくして木下家は、奇妙な面子を揃えて再出発することとなったのだ。
母親との感動の再会から2時間後、
少年は再び病室に居た。
病院が警察に通報し、大ごとになるであろう未来が予想できた為である。
脱走については看護師からこっぴどく叱られた。
とは言え、叱られ慣れている彼にとってそれは大した出来事では無かった。
病室を出て、休憩室に向かう。
スマホからLINEのアイコンを選んでタップした。
「抜け出してきた子を保護している」と慎一が病院に電話してから、
お迎えが来るまでにLINEを交換しておいた。
気心の知れた人間といつでも連絡が取れることは大きな安心材料だった。
なぜ施設で暮らす子どもがスマホを持っているのかと疑問に思ったが、
どうやら契約者は少年の父親らしかった。
複雑な家庭の事情はよくわからない。
「おう、索也。無事に連れ戻されたか」
「おー。めちゃくちゃ怒られた。さっき説教が終わったとこ」
「お前は前世でも今世でも叱られて生きていく運命だな」と、慎一がけたけたと笑う。
いつもよりテンションが高い友人に、
ふ、と息を漏らす。
これでも10年親友をやってきたんだ。
突然の事故死なんて、相当なダメージを負わせたであろうことは想像がついた。
「考えたんだけどさー、
とりあえず俺はお前のこと今の名前で呼ぶことにするわ。ミントグリーンだっけ? さすがに長ぇからミントでいい?」
「あー。まあ、確かに側から見れば索也呼びは妙だわな。そういや看護師も俺のことミントって呼ぶわ。通称なんだろな」
そう言って頷く。
休憩室には他に数人のおばあちゃんが居て、テレビのワイドショーを観ていた。
「俺ら以外には中身もミントのままってことで通した方が無難だと思う。言ったところで誰も信じねえだろ」
「まあな。コイツのこと全然知らねえけど、その辺は記憶喪失で誤魔化せんだろ。てか、そもそもいつまで俺がこの体でいれるかわかんねえし……」
「ん?」
バツが悪そうに左頬を掻いた。
「いや、せっかく還って来た所悪ぃんだけどさ。
輪廻転生って言うの? ああいうのって、生まれ変わる先は赤ん坊とかだろ、普通」
そもそもが異常事態なので「普通」も何も無いが。
「だって、小学生とは言え12年生きてんだ。ミントの人格は既に形成されてたんだぜ? これじゃ乗っ取りだよ。いつ元の人格がこの身体に戻るかわからねえ」
「……死んでるんだろ、ミントの元の魂は事故の時に」
スマホの向こうで、慎一の静かな声が落とされた。
「……え」
「俺もそれは考えてたよ。だけど、現にミントの魂は消えてる。
突然復活する方が不自然だ。お前の今の身体に魂が2つ入ってるとも考えられない。1つの身体に魂は1つだ」
「……」
「世界の秩序って概念は知ってるか?
ミントがあの日死ぬことは決まっていた。だから車に向かって走った時点で魂は死んだ。
だけど、索也が飛び出したせいで身体だけ残っちまったんだ。
運命なんて言うと胡散臭いけどよ。ミントの身体が生きることと、索也の身体が死ぬことは予定外だったんだよ」
慎一は大学で文学部だった。
確か、哲学や宗教学など、変わった勉強をしていたことを思い出した。
「じゃあ何か? 俺の魂がミントの身体に入ったことは」
「1つの魂と1つの身体が死ぬことは決まっていた。残ったもの同士を生かすしか無い。予定調和だよ」
そんな馬鹿な。世界の秩序ってのは個数が合えば良いのか? 雑すぎる。
あまりの暴論に少年は絶句したが、
彼の唱える説には妙な説得力があった。
「まあ、雑めの転生だと受け取るしかねえな。
つまりお前はこれからミントとして生を全うしなければいけねえってことよ」
「……なるほど?」
合っているかどうかはさておき、
乗っ取った訳ではなく、この身体は元々死ぬ予定だったと言ってもらえた方が幾分罪悪感は薄れた。
「つまり、小学6年生として生きると……」
想像して恐ろしさに肩が震えた。
今更ガキ達と同じ目線で小学校に通うと言うのか。
確かに、小学生に戻りたいなどと能天気に妄想したことはあった。
勉強は簡単だし、
何事においても責任を取らなくて済むし。
だからと言って、他人の人生を生きるとなると話は別だ。
「難しく考えずにさ。2度目の人生だと思って気楽に楽しめよ。
お前は存在してるだけで良いんだよ。昨日から小都美さんは正気を取り戻したんだぜ。本当、索也が死んだ時なんて見てらんなかったんだから……」
「う」
痛い所を突かれ、言葉に詰まる。
何のために生きるのか、なんて。
柄にも無いことを考えたって仕方ない。
「まあ、そうだな……。よく考えりゃ教師より児童の方がラクだわ。パチンコ出来ねえのがかなり痛いけど。
それより施設暮らしっちゅーもんが想像つかなくてちょっと不安かもな」
「あ、それなんだけどさ」
思い出したように声を上げた慎一に、索也もとい、ミントは首を傾げた。
**
「荒窪くんが、そうしたいんだね?」
「はい」
邪推されないように、力強く答えた。
ベッドの脇のパイプ椅子に座る桜太郎は、困惑したようにこちらを見ている。
「教師として俺は、君に幸せになって欲しい。
確かに木下 小都美さんは優しそうな女性だよ。だけど……」
言いにくそうに口ごもる彼を眺める。
(そりゃ不審だわな)
木下 小都美にとって、荒窪 爽人翠は息子の死因そのものだ。
彼女が里親を名乗り出ること自体、不自然極まりない。
その上……。
一昨日のLINE通話を思い出し、ミントはため息を吐いた。
「里子を迎えるためには両親が揃ってないといけないんだ。
今更どこぞの馬の骨といきなり結婚されるより俺の方が100倍マシだろ? 彼女を絶対大切にする。お前にとっても良い父親になる」
「きめえって。母さんは何て言ってんだよ」
「今はまだ遠慮してるみたいだけど、説得してみせるから。
全員が幸せになれる方法だろ」
その説得が2日で完了するとは思いもしなかった。
「木下 爽人翠……。苗字だけ前世に戻った訳だ……」
下の名前の癖に加え、苗字までも友人のものを名乗ることに大きく抵抗すると、
慎一はあっさり自分の苗字を捨てた。
10年の片思いを前に苗字などどうでも良かったらしい。
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