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6.まがいもののお節介【前】

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「おれ、この役が良い! 大石内蔵助!」

朝の会で配布された台本を手に、陽太が言う。

最高学年とはいえ、やはり小学生の教室はいつも騒がしい。
流行っている芸人の真似事をしているクラスメイトの声や、
化粧デビューしたらしいませた女子たちの会話。有り余るエネルギーが教室中に溢れている。

自分だって体は小学生のはずなのに、
この賑やかさにやられてすでに疲れてしまっていた。
だるさに抗えず、椅子の背もたれにだらしなくもたれかかる。

そんなミントに近づき、
陽太は彼の机に腰を下ろした。

「ミントは? 何やるんだ?」

2時間目の後の15分休憩。
次の授業は役割決めだった。

「おーい。聞けって。無視すんな」

「……ああ、わり」

はっと意識を取り戻すと、ミントは目線の焦点を陽太に合わせる。

「どうしたよ、ぼーっとして。疲れてんの?」

「俺はいつも疲れてるから気にすんな。
何? 学習発表会の役割? 任せとけって、俺が推薦してやるよ。吉良上野介だろ」

「ちげえよ。それ殺される悪役じゃねえか」

「ぴったりじゃねえか、お前しかいねえよ。良い役だぞ」

「そっ、そうか?」

褒め言葉だと捉えたらしい。
もう一度台本に目をやり、吉良上野介のセリフを読み込んでいく。

そんな陽太の、似合っていないソフトモヒカンのてっぺんをぼんやりと眺める。
両親の趣味だろうか、否。おそらく自分がやりたいと言ったんだろうな。

そんなふうに想像して、口元に苦笑が滲んだ。

「良い役か? これ。めちゃくちゃムカつく役だぞ」

「悪役の存在感がデカいほど物語は生きるんだよ。ほら、ハリーポッターのヴォルデモートとかカリスマ性あんだろ」

「ハリーポッター見たことねえ」

「えっ」

今時の小学生ってそうなのか……?
ジェネレーションギャップに軽くショックを受けていると、
ふと、隣の席の少女が気になった。
何やら、深刻そうな顔をしている。

……確か、名前は飛鳥と言ったか。

普段から大人しい印象の彼女とは、
復学から1ヶ月ほど経つ今もほとんど会話は無い。

そもそも、ミントとクラスの女子はまだ距離がある状態だった。

陽太の態度が一変したことにより、
クラスメイトがミントをからかうことは無くなった。

男子たちは陽太にならって親しく接してくるが、女子たちはそれほど単純ではなかった。

突然人格が変わったミントを不審がり、恐れているようだ。

ーーまあ、当然の反応だろうな。

それは仕方ないとして。

飛鳥は、顔をしかめて台本を見ている。
その思い詰めた表情に、ミントは首を傾げた。

どうにも様子がおかしい。
とは言え、ミントも他人の心配をしているほど余裕はなかった。

ため息をつくと、3時間目開始のチャイムが鳴る。
同時に、悩みの元凶が教室に入って来た。

平原 桜太郎。

担任にして元同僚。
そして……。

ミントは昨日の放課後を思い出した。

**

ーー木下先生のことが好きだった?

予想外の質問を受けた桜太郎は、驚いてミントを凝視した。

「あ……」

口をぱくぱくと動かすものの、声は出ていない。そのうち、彼の頬が赤く染まり出した。

……まずい。

「おれ、」
「なんてな。ははは、んなわけねーってか。あは」

桜太郎の言葉に自分の声を重ねて、続きを遮った。

桜太郎の答えを聞いてはいけない。そんな気がした。

**

教壇に立つ桜太郎は、
ミントと目が合うと気まずそうにそらした。

そんな彼の態度に呆れてしまう。

(まじかよ、平原)

……だって、あんなに俺のこと邪険に扱ってたじゃねえか。

(好きの裏返しってやつ?)

そこまで考えると、心臓がむず痒くなって慌てて首を振った。

「クソ。あいつに掻き乱される日が来るなんて」

心外だ。悔しさで顔が歪む。

「何か言った?」

振り向くと、隣の席で飛鳥が不思議そうにこちらを見ている。

ショートボブの彼女は、
切れ長の一重まぶたやシャープな顎が特徴的な美人だった。

「いや、何でもない。それより飛鳥こそどうした? さっきから神妙な顔して台本眺めてたろ?」


彼女は驚いたらしく、目を丸くした。
そして、気まずそうに俯いた。

「ううん。なんでもない」

「ふーん?」

明らかに何かありそうだが、
そこを突っ込むほどの間柄ではない。

頬杖をつきながら、台本をパラパラと捲る。
裏方の気分でいたが、自分も何かの役をしなければならない身分だったと思い出し、うんざりとした。

子どもに紛れてお遊戯している所を母親と慎一に見られることを想像してぞっとする。

(木の役とかで良いのに)

全員が主役になれるよう配慮された台本を恨む。
初めて読んだ時はよく出来ていると感心したものだが、自分が演じるとなると話は別だ。

「じゃあ、やりたい役がある人は手を挙げて。被ったらじゃんけんね」

ホワイトボードマーカーを右手に持ちながら、桜太郎が呼びかける。

「おれ吉良上野介!」

元気よく声を上げる陽太の素直さに、ミントは苦笑した。

「さて、俺はどうするかね」

物語の核を担う主要人物の他に、
お役人や、それぞれの妻、噂好きの町人など役割は様々だ。

「大石内蔵助やりたい人いないの? 主役だよ?」

桜太郎が困ったように声をかける。

みんな、主役をやりたくない訳ではないだろう。
陽太と対立する役割だから嫌なのだ。

演技とは言え、見た目も中身も凶暴な(中身は最近、多少まともになったが)彼と戦う役なんて避けられて当然と言える。

桜太郎もそれを察したらしい。眉を下げながら、ミントに目線を向けた。

それに気づかないふりをして、俯く。絶対に目を合わせてなるものか。

「仕方ない。担任の権限で木下くんを任命しよう」

「いやだ!」

(なんでアラサーの俺がガキのお遊戯会で主役をやらなきゃいけねえんだ!)

アホの父親がこれでもかと笑い物にする姿が目に浮かんで、背筋が凍りそうになる。

「やった! 俺もミントがいい!」

「よし、決まりだね」

陽太の援護射撃を受けて、桜太郎はにっこりと微笑んだ。

「最悪だ」

頭を抱えて机に突っ伏すミントを、飛鳥がじーっと眺める。

「なに」

その視線に居心地が悪くなって、顔を上げる。

「大石内蔵助は良い役だよ」

「良いと思うなら自分でやれよ」

反論すると、悲しそうにそっぽを向いた。

「出来るわけないじゃん」

吐き捨てるように言う。
そんな彼女の態度に、ミントは首を傾げた。

「じゃあ残りは、町娘Cだね。まだ役が決まってないのは……、大篠さんか。この役で良いかな」

教壇に立つ桜太郎の声がこちらに向く。
大篠とは、飛鳥の苗字だ。

自身で書いた「町娘C」の文字に、マーカーの先を当てながら桜太郎は伺うように彼女を見た。

「えっ……」

飛鳥が驚いたように動きを止める。

「嫌?」

心配そうに尋ねる桜太郎。

飛鳥は、怯えるように口を動かすものの声は出ていない。
クラスメイトによる、邪気の無い視線が彼女に集まっていた。

「大丈夫です……」

消えそうなほどか細い声で、飛鳥が答えた。

役割決めが終わると、議題は衣装へと移った。
予算はほとんど無い為、いらない服を有志で集める方向だ。

「あ、じゃあさ! 女子は自分の浴衣を着ようよ!」

1人の発案に、クラスの女子が喜んで賛成する。

「それ最高。去年買ってもらった浴衣を持ってこよう」

「えー! じゃあ俺たちはどうする! 侍だから刀だよなあ」

きゃっきゃと盛り上がる女子たちとそれに対抗する男子たち。
児童が自主的に発言していく空気に満足したのか、桜太郎は嬉しそうに微笑んでいる。

(おいおい。視野が狭いぞ、平原)

ミントは頬杖を突きながら、目線を横にずらした。
先ほどより更にひどくなっている。血の気が引いた飛鳥の表情。
これは、ただ事ではない。
彼女にとっては致命的な事情があるのだ、きっと。

「おまえ、本当に大丈夫か?」

こちらの声はまるで聞こえていないらしい。
そんな飛鳥の様子に、ふう、と息を吐く。

児童の事情に深入りなんてするもんじゃない。必要最小限。それが勤務態度最悪の教師、木下索也のスタンスだった気がする。

陽太の件は、結果的に彼を救うことになったものの
本来の目的は自己保身だった。
だけど、今回は完全に自分と無関係。他人事だ。

それでも。ミントは担任がいる教壇に視線を戻した。
お節介なんて自分らしくない。わかっているけど、一度気になってしまえば、もう首を突っ込まずにはいられない。

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