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4.元ヤン児童の華麗なる逆襲【前】
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翌日。朝6時30分。
陽太は、目覚まし時計の音を止めながら、眠い目をこすった。
隣の部屋から、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。まだやまないのか……。うんざりとした気持ちで、上体を起こす。
キッチンのテーブルには、ラップがかけられたお皿とパックごはんが1つずつ。
それらを電子レンジに突っ込んだ。
「いってきます」
そっと声を落とす。ようやく夜泣きがおさまったらしい、奥の部屋から返事は無い。
ーーお前みたいな威勢だけの奴
昨日言われた言葉が脳裏に響いた。
腹の底から、言いようの無い苛立ちが込み上げてくる。
「なんでそんなこと、よりによってアイツに……」
奥歯を噛み締めると、ぎりっと鈍い音が鳴った。
ふと顔を上げると、苛立ちの要因である少年が目の前を歩いていた。
「アイツの家ってこっちのバス停だっけ……」
ああ、そういえば。新しい両親の元で生活しているとクラスの誰かが言っていた。
優しい母親で、まるで実の親子のように仲が良いと言う。
そこまで思い出すと、陽太は沈む気持ちを奮い立たせるように声を上げた。
「おいこら、ミントグリーン!」
振り向いた少年は、そのキラキラと光るまん丸な瞳をこちらに向けた。
ーーミント君って言ったっけ。この間の運動会で初めて顔を見たんだけど、あの子、すっごく可愛いわね。
思い出したく無い記憶を掻き消すように、少年を睨む。
「何で俺がお前なんかと同じバスに乗らなきゃいけねえんだ! 次のやつに乗れよ!」
「はあ? バカか、お前。俺の方が先に並んでただろうが。嫌ならお前が乗るな。学校まで走って行け」
そう言って、手で「しっしっ」と追い払う仕草をして見せる。
こちらを蔑むような眼差し。復学してからまるで人間が変わった。
今までなら黙って俯くだけだったのに。
「むかつくんだよ! お前なんかいつも暗くて! 自分が1番可哀想って態度で! 見てるだけでイライラする! その女みたいな顔のどこが……、は?」
責め立てるように叫んでいると、突然目の前でミントがしゃがみこんだ。
「げほっ、げほっ」
咳き込む彼を、陽太は戸惑いながら凝視する。
「え……? なん」
「ちょっと、君! 大丈夫?」
通りすがりの青年が、彼の前で屈んだ。
20代半ばぐらいだろうか。高い身長と幅広い二重瞼が特徴的な彼は、心配そうにミントの顔を覗き込む。
「安静にしないとダメだ。こっちにおいで」
そう言うと、青年はひょいとミントを担ぎ上げた。
「事情を聞きたいから、君も来てくれる?」
「えっ……」
「こっち」
青年は陽太の反応も待たず、商店街の方へと歩いて行く。
早朝の商店街は、ほとんどの店のシャッターが閉まっていて閑散としている。
陽太はその時初めて、目の前の青年がいわゆる「不審者」である可能性に気づいた。
逃げ出してしまおうか。
だけど、ミントはどうなるのだろう。本来あんな奴は知ったこっちゃないのだが、このまま自分1人逃げて何かあったら……。
「がはっ」
青年に担がれたミントの口から赤い液体が飛び散った。
「……は?」
ぞっとして、目を見開く。
「えっ、君! ちょっと」
青年が焦ったように、彼を地面に降ろした。
「ぐるし……、う」
転がりなごらうめき声を上げたかと思うと、ミントはそのままパタリと動かなくなった。
あまりに突然の出来事に、陽太はその場で固まる。
青年が、横たわる彼の手首を手に取った。脈を測っているらしい。
「死んでる……」
「え……?」
青年は、怯える陽太の顔をジロリと睨んだ。
「君、さっきこの子に酷いこと言っていたよね?」
「……へ?」
「君が殺したんだよ。君の暴言が彼を傷つけたんだ」
ーー俺が?
「うそだ、そんなことで死なない」
「そんなこと、じゃない」
青年の真剣な眼差しを前に、心臓の音が速くなる。
「ブロークンハート症候群って知ってる?」
陽太は、ふるふると首を振った。
「簡単に言うと、心の傷で死に至ることがあるってことだよ。
君の言葉のひとつひとつがこの子にとって耐え難い苦痛だった。蓄積されたダメージでこの子は……」
そこまで言うと、青年はぴたりと動きを止めた。
陽太の背後を見つめ、口をあんぐりと開けている。
不思議に思いながら、彼の視線の先を追うように振り返った。
「うわあ!?」
なんだこれは。
そこには、白装束を身に纏ったミントの姿があった。白い三角頭巾をつけた頭からはどくどくと血が流れている。
「ゆ、幽霊……」
陽太は腰が抜け地面に尻餅をついた。
「お前が俺をコロシタ。許さねえ。呪ってやる」
血走った目玉がギョロリとこちらを見る。
その恨めしそうな視線が怖くて、体が冷えていく。
「ご、ごめんなさ……」
「なんで俺を除け者にした? 俺がお前に何かしたか? 顔が女みたいだから傷つけていいのか? 名前が変わってるから馬鹿にしていいのか?」
恐怖で涙が出た。自分がしてきたことを思い出す。一方的に抱いた醜い感情を、そのままミントにぶつけ続けてきた。
いつも彼は、悲しそうに俯くだけで。
「やめてくれって言わなかった……」
「そんなことも言われないとわからねえのか?」
翌日。朝6時30分。
陽太は、目覚まし時計の音を止めながら、眠い目をこすった。
隣の部屋から、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。まだやまないのか……。うんざりとした気持ちで、上体を起こす。
キッチンのテーブルには、ラップがかけられたお皿とパックごはんが1つずつ。
それらを電子レンジに突っ込んだ。
「いってきます」
そっと声を落とす。ようやく夜泣きがおさまったらしい、奥の部屋から返事は無い。
ーーお前みたいな威勢だけの奴
昨日言われた言葉が脳裏に響いた。
腹の底から、言いようの無い苛立ちが込み上げてくる。
「なんでそんなこと、よりによってアイツに……」
奥歯を噛み締めると、ぎりっと鈍い音が鳴った。
ふと顔を上げると、苛立ちの要因である少年が目の前を歩いていた。
「アイツの家ってこっちのバス停だっけ……」
ああ、そういえば。新しい両親の元で生活しているとクラスの誰かが言っていた。
優しい母親で、まるで実の親子のように仲が良いと言う。
そこまで思い出すと、陽太は沈む気持ちを奮い立たせるように声を上げた。
「おいこら、ミントグリーン!」
振り向いた少年は、そのキラキラと光るまん丸な瞳をこちらに向けた。
ーーミント君って言ったっけ。この間の運動会で初めて顔を見たんだけど、あの子、すっごく可愛いわね。
思い出したく無い記憶を掻き消すように、少年を睨む。
「何で俺がお前なんかと同じバスに乗らなきゃいけねえんだ! 次のやつに乗れよ!」
「はあ? バカか、お前。俺の方が先に並んでただろうが。嫌ならお前が乗るな。学校まで走って行け」
そう言って、手で「しっしっ」と追い払う仕草をして見せる。
こちらを蔑むような眼差し。復学してからまるで人間が変わった。
今までなら黙って俯くだけだったのに。
「むかつくんだよ! お前なんかいつも暗くて! 自分が1番可哀想って態度で! 見てるだけでイライラする! その女みたいな顔のどこが……、は?」
責め立てるように叫んでいると、突然目の前でミントがしゃがみこんだ。
「げほっ、げほっ」
咳き込む彼を、陽太は戸惑いながら凝視する。
「え……? なん」
「ちょっと、君! 大丈夫?」
通りすがりの青年が、彼の前で屈んだ。
20代半ばぐらいだろうか。高い身長と幅広い二重瞼が特徴的な彼は、心配そうにミントの顔を覗き込む。
「安静にしないとダメだ。こっちにおいで」
そう言うと、青年はひょいとミントを担ぎ上げた。
「事情を聞きたいから、君も来てくれる?」
「えっ……」
「こっち」
青年は陽太の反応も待たず、商店街の方へと歩いて行く。
早朝の商店街は、ほとんどの店のシャッターが閉まっていて閑散としている。
陽太はその時初めて、目の前の青年がいわゆる「不審者」である可能性に気づいた。
逃げ出してしまおうか。
だけど、ミントはどうなるのだろう。本来あんな奴は知ったこっちゃないのだが、このまま自分1人逃げて何かあったら……。
「がはっ」
青年に担がれたミントの口から赤い液体が飛び散った。
「……は?」
ぞっとして、目を見開く。
「えっ、君! ちょっと」
青年が焦ったように、彼を地面に降ろした。
「ぐるし……、う」
転がりなごらうめき声を上げたかと思うと、ミントはそのままパタリと動かなくなった。
あまりに突然の出来事に、陽太はその場で固まる。
青年が、横たわる彼の手首を手に取った。脈を測っているらしい。
「死んでる……」
「え……?」
青年は、怯える陽太の顔をジロリと睨んだ。
「君、さっきこの子に酷いこと言っていたよね?」
「……へ?」
「君が殺したんだよ。君の暴言が彼を傷つけたんだ」
ーー俺が?
「うそだ、そんなことで死なない」
「そんなこと、じゃない」
青年の真剣な眼差しを前に、心臓の音が速くなる。
「ブロークンハート症候群って知ってる?」
陽太は、ふるふると首を振った。
「簡単に言うと、心の傷で死に至ることがあるってことだよ。
君の言葉のひとつひとつがこの子にとって耐え難い苦痛だった。蓄積されたダメージでこの子は……」
そこまで言うと、青年はぴたりと動きを止めた。
陽太の背後を見つめ、口をあんぐりと開けている。
不思議に思いながら、彼の視線の先を追うように振り返った。
「うわあ!?」
なんだこれは。
そこには、白装束を身に纏ったミントの姿があった。白い三角頭巾をつけた頭からはどくどくと血が流れている。
「ゆ、幽霊……」
陽太は腰が抜け地面に尻餅をついた。
「お前が俺をコロシタ。許さねえ。呪ってやる」
血走った目玉がギョロリとこちらを見る。
その恨めしそうな視線が怖くて、体が冷えていく。
「ご、ごめんなさ……」
「なんで俺を除け者にした? 俺がお前に何かしたか? 顔が女みたいだから傷つけていいのか? 名前が変わってるから馬鹿にしていいのか?」
恐怖で涙が出た。自分がしてきたことを思い出す。一方的に抱いた醜い感情を、そのままミントにぶつけ続けてきた。
いつも彼は、悲しそうに俯くだけで。
「やめてくれって言わなかった……」
「そんなことも言われないとわからねえのか?」
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